転職、部署異動など、「仕事環境が変わる」要因はさまざま。その中でも、引っ越しを伴う転勤は、生活環境もがらっと変化します。自分自身の都合はもとより、配偶者の仕事の都合で引っ越しせざるを得ず、働き方を含めた人生設計の変更を余儀なくされることも考えられます。
「必ずしもなじみのある土地へ行くとは限らない」「人間関係がリセットされる」「仕事をしながらの引っ越し準備が大変」など、精神的にも身体的にも負担が大きいことが予想される一方で、新天地に赴いたことが、自分の生き方をプラス方向に変えるきっかけになることもありそうです。
そこで今回は、ご自身の仕事の都合、または配偶者の仕事の都合で引っ越しを経験した3名の女性に、「引っ越しにまつわる仕事・キャリア」を中心にお話を伺いました。
<<参加者プロフィール>>
引っ越し先での人間関係、吉と出るか、凶と出るか
マリさん(敬称略、以下同) 私は大阪から東京への引っ越しだったのですが、大阪以外の場所で暮らすのは初めてだったので「東京の生活」のイメージが湧きませんでした。ただ、大学時代に海外留学した際に、すぐに慣れることができていたので、順応性は高いんじゃないかと思っていました。
千紘さん 居住地が変わることで最も不安だったのが家賃ですね。私も大阪で生まれ育って、社会人になってからは一人暮らしをしていたのですが、地元では4万円台~6万円台の物件が多く、更新料もありませんでした。それに比べて東京の家賃相場の高さにはびっくり……。東京にはオタク活動で頻繁に遊びに来ていたので身近な土地でしたが、「休日のオフで遊ぶ」のと、「平日のオンの東京」に根差して生活するのは全然違うんだなって。今住んでいるところも、大阪にいた頃は知りませんでした。
Pontaさん 私は新卒時からずっと「全国転勤あり」が前提の会社にいるので、「転勤の話が来たら楽しんでやるぞ」という気持ちでいくしかないと思っていました。でも、一人暮らしの経験がなく、全く知らない土地で生活と仕事をしていかなければならないという場面になると「本当に一人で生きていけるのだろうか」というレベルで不安になりました。実際、転勤後に体調を崩したり元気がなくなったこともあります。仕事でひどく怒られた後などは、たまたま同じ支社にいる同期の友人と食事に行っていろいろ話して、何とか心の平安を保っていましたね。
マリ 順応性はあると思っていたのですが、意外と土地になじめなかったことと、引っ越してからの人間関係の構築で苦労しました。今ほどスマートフォンやSNSが普及していない頃だったので、高校や大学の友達にもよほど仲良くないと密な連絡を取っていなくて。東京に住んでいる知り合いといえば「インターネットでつながっている人」くらいでした。
また、引っ越しの関係で勤めていた会社を退職することにはなりましたが、本当に運良く、仕事でつながりのあった会社の東京支社に転職することができたんです。だからその会社についてはある程度分かっていたつもりだったのですが、実際に直接つながりがのあった人は大阪で知り合った関西の人だったため、東京支社の知り合いはいなくて……。まずは業務委託契約からという形でいざ会社に入ってみたら、空気感も何もかも違い、「本当に同じ会社なのか」と感じました。
マリ そうですね。ほどなくして、ネットつながりの知人から「事業立ち上げをしているので、もし転職を考えているようなら来ないか?」と声を掛けてもらえて。「せっかく東京に引っ越してきたんだし何でもいいからやってみよう!」と思って東京の最初の会社を辞めました。半年たってフリーランスでやっていくことを選び、人づてに仕事を引き受けて、これまでやってこれた感じです。
千紘 私は逆に、転勤前の部署に7年ほどいたので、ちょっとマンネリ感があったんです。長く同じ場所にいると、皆が私のことを理解してくれているので、どうしても周囲への甘えが生まれる場面もあって。自分を引き締め直す意味で、全く知らない人たちの中で、ゼロから自分を作り変えていきたいなという思いがありました。不安というよりも「あらためて頑張っていこう」という気持ちが強かったです。
千紘 「東京はドライだ」などとよくいわれていますが、地域性の違いは心配していたよりもあまり関係ありませんでした。幸い今の部署には「人に興味がある」人が多く、コミュニケーションが活発な部署だったので、ドライだという印象は覆されました。
Ponta うちの会社には割と会社の目標に共感した人が集まっているため、どこの支社でも一体感があり、幸いなことに人間関係がこじれることは少なかったです。たまに「ちょっとこの人と一緒に仕事するの大変そう」と思っても、ずっと同じ人間関係ではないことがあらかじめ分かっているという、転勤族ならではの特性はあるかもしれません。
ただ、転勤によって社外の取引先や関連会社と、またイチから信頼関係を構築していかないといけないのは苦労しました。ようやく慣れてきたなと思ったら、また転勤……みたいな。人間関係に関する調整の頻度が高いのは、ちょっと大変ですね。
マリ 単身だったら、そう思ったかも……。でも、結婚生活のスタートも同時だったため、ちょうど新婚ホヤホヤで楽しい時期でもあったので、大阪に帰りたいとまでは思わなかったです。それに、祝福して送り出してもらいましたし、大阪の会社とつながりのある会社に入ったため、泣き言を言うのは申し訳ないような気持ちもありました。
千紘 私も同じです。地元の同僚や友人が恋しくなるときはありましたが、大阪を出る際に「希望が叶ってよかったね」と言ってもらえたので気持ちを立て直しました。転勤前の部署には自分が抜けることで多少なりとも迷惑を掛けてしまったので、ちゃんとしないと申し訳が立たない。できるだけ早く成果を出して、活躍している姿を見せたい気持ちの方が強かったですね。オタク活動の面でも、仕事終わりに現場にすぐ行けるようになったし……(笑)。
Ponta そうですね。私の場合は最初から転勤前提なので、転勤を重ねるごとに楽しみ方を見つけられるようになったように思います。ただ、子どもが生まれてからの転勤はやはり大変でした。赤ちゃんがいると、とにかく引っ越し作業が進まなくて。
夫も同じ会社にいるため異動・転勤も同じタイミングであることが多かったのですが、妊娠の前は朝7時に出勤、夜11時半に帰ってきて、フラフラになりながらも何とか2人で荷造りができていたんです。でも、子どもがいるとそうはいかない。会社には「女性にも長く活躍してほしい」という姿勢があるので、転勤に際しての業務量の調整など、会社とどう交渉するべきが今後の課題だと感じています。
新天地だからこそ暮らしをゼロから開拓する楽しさもある
マリ 私の場合は、住む土地が変わったことで「心機一転ができた」ことですね。大阪から東京に引っ越した当時は、「いろいろな会社で働きたい」という選択肢はやってみたくても難しかったと思います。新天地である東京でフリーランスとして働くことを決断できたのは「引っ越しをしたから」なんです。「こういう仕事があるからどう?」と呼ばれる、知人づてで仕事がつながっていくことが増えました。「環境を変えたい」「何かを始めるきっかけが欲しい」「自分の視点を変える」などのきっかけにもなりました。
そう考えると、もしパートナーの都合で引っ越しせざるを得ない状況でも、前向きに捉えられるんじゃないかと。しかも、今では東京に限らず、地方で仕事ができる環境も整いつつあります。もちろん、地元が好きな人や、在籍している職場で働き続けたいと思う人にとっては、生活環境や仕事環境を変えることに対してつらいと感じるかもしれないのですが……。
千紘 確かに人生の切り替えはできますよね。特に、私みたいに結婚せずに一人で生きていこうとしている人間はライフイベントが少ないので、人生で自分自身が何かを選択する機会を持つのが難しいんですよね。意識してライフイベントを作らないと、成長も変化もできないので。その観点からであれば、転勤による引っ越しって良い切り替えポイントと解釈できるのかもしれませんね。
Ponta 価値観も広がるように思います。私は新卒で入社してから受けた最初の研修は東京でしたが、広島、名古屋、大阪、横浜……と転勤を繰り返す中で、地方によって衣食住のあり方が全然違うことに気づきました。
食べ物もさることながら、洋服も関西にしかないブランドがあったりするんですよ。そうすると、自分の中で好きなものがどんどん増えていくし、より具体的になるんです。それに、その土地土地でさまざまな人の話を聞いたり、地元ならではのスーパーマーケットなどを見たりするだけでも、本当に多様な価値観があることが分かる。私が「常識だ」「普通だ」と思っていたことは、ただの思い込みだったんだなと気づかされることも多いです。
Ponta 新しい土地で新しいお店を開拓するのも楽しいですよ。私はヘアサロンやマッサージもそうだし、レストランやバーも一人で開拓していました。思い切って飛び込んでみると皆さん優しいんです(笑)。時間を掛けて日本のあちこちに友人や仲間、行きつけのお店が増えていくようで、人生の幅が広がっていくと感じます。久しぶりに会いに行くと、お店の人が覚えててくれるのもうれしいですね。
千紘 ちなみに、私は実のところ仕事よりも、オタク活動が何より重要で(笑)。オタク活動がしやすいエリアに引っ越すのも一つの手かなと思っています。会社に転勤制度があれば、転職活動にパワーをかけるよりも、趣味活動を視野に入れつつ自分の希望するエリアへの異動の希望を出してみるのはいかがでしょうか。もし「会社都合の転勤であれば引っ越し費用を会社が補助してくれる制度」があればそれを利用して、仕事とのバランスを取りつつ全体の支出を抑えられるという考え方もできます。
自分の本当にやりたいことが趣味であっても、自分の人生をより良く回すために、「利用できるものは何でも利用する」という考え方もありだと思います。
マリ 「物を整理しない」ですね。引っ越しのダンボールが増えても気にしない、捨てるか捨てないかは新居で開けるときに決めればいいんです! 「良い機会だから片付けよう」と考えるのは無謀だと感じました。片付けにエネルギーを割いていると時間切れになってしまいますからね。
千紘 引っ越しの前段階ではありますが、私は遠距離の物件を探す時に、「Google ストリートビュー」にめちゃくちゃ助けられましたね。仕事をしながら遠距離の引っ越しの準備をしようと思っても、何度も物件を見に行けないじゃないですか。でも、Google ストリートビューを使えば、駅からの通り道や近所のスーパーまでシミュレーションできるので、初めて内見で足を運んだ時でもある程度の土地勘を持って物件を見ることができました。
Ponta 引っ越しを繰り返している私の立場からは、睡眠を削ってまで引っ越し作業をしないことだと思います。お子さんがいる場合は、一時保育を使うのも良いと思います。私は一時保育でプロの方に子どもの面倒を見てもらい、夫と2人で集中して作業するようにしていました。小さいお子さんがいるご家庭で無理をすると絶対身体にガタがきてしまうので、子どもを預けることに罪悪感を持たないでほしいとお伝えしたいです。
結婚でキャリアが頓挫……転勤族との結婚が夫婦に与える影響は
マリ います。確かに、3年程度で転勤する前提の夫を持つ友人たちは、ほぼ専業主婦ですね。男性に話を聞くと「みんなそういうもんだよ」なんて言っていて。どんなに資格などを取っていても、夫が転勤族の場合は長くても2~3年働き続けられるかどうか分からない状況なので、働こうという意思はあっても転勤ですぐ辞めることになるし、キャリアを積みたくても企業側から見て採用しにくいとのことで……。「俺の稼ぎだけで十分だから仕事しなくてもいいじゃん、あきらめたら?」と夫に言われた友人もいます。
一同 えー……。
マリ その友人は夫の転勤に伴う引っ越しを繰り返しつつ3人目のお子さんが生まれた時に、単身赴任の形をとってもらい、やっと1つの場所に落ち着いたそうです。
千紘 「夫の都合で仕事を辞めた」はよく耳にします。東京の商社で営業事務をしていた私のオタク友達も、夫の転勤先エリアに自分が勤める会社の支社があったものの、「空きがないから異動は難しい」と言われたそうです。結局、退職しました。家族も友達もいない土地への転居とあって、泣いていました。雇用期間が短い契約社員での勤め先はあるようなんですが……。
Ponta もし私は夫からそう言われたら、離婚します(笑)。でも転勤族と結婚すると、「自分のキャリアを支えてほしいから、仕事を諦めてほしい」と言われ、仕事を続けたい女性がいわゆる“転妻”としてキャリアを断念するケースが多いですね。もちろん、キャリアより家庭を優先したい方もいると思うので、歩み方は人それぞれだと思います。
Ponta うちの会社も、上層部の方々たちは、妻がおしなべて専業主婦です。私がまだ出産について考えていなかった頃、社内で女性の活躍を推進する担当の女性がすごく頑張って上層部に掛け合ってくださっていたんです。でも、ご自身も出産・育児と仕事の両立、さらにそこに転勤が重なり、バランスを取ることが難しくなってしまったようで、苦しくなって辞めてしまったそうなんです。彼女が辞めた時に上層部の一人が「あいつは一皮むけなかったな」みたいな話をしていて。
一同 うわ~(ドン引き)。
Ponta その時は自分が出産やその後のキャリアに対するビジョンが全くなかったため、ただ聞いていただけなんですが、今振り返ってみて強い憤りを感じます。でも、その悪しき風潮もここ1年~2年の働き方改革の波で、結構変わってきたんじゃないかと思いますし、変えていかないといけないと思うんです。私たちもその波を絶やさないように、周囲で悩んでいる人を支えていかなければならないと思いますね。
編集:はてな編集部
※座談会参加者のプロフィールは、取材時点(2019年5月25日)のものです