大きな野望は持たない。私たちにとって仕事は「思い出づくり」のようなもの──阿佐ヶ谷姉妹の仕事観

阿佐ヶ谷姉妹

「他人なのに顔が似ている」という理由で2007年にコンビを結成して以来、シュールなネタとどこか力の抜けたスタンスでじわじわと人気を集めてきたお笑いコンビ・阿佐ヶ谷姉妹。近年では阿佐ヶ谷のアパートでの同居(※現在はアパートの隣同士)生活や、老後に友人や家族とひとつのアパートに暮らす「阿佐ヶ谷ハイム」の構想が話題になったりと、おふたりの生き方・暮らし方も注目されつつあります。

そんな阿佐ヶ谷姉妹の姉・渡辺江里子さんと妹・木村美穂さんに、今回は「思い出づくり」として取り組まれているという仕事の話を軸に、下積み時代のことや、外野からの言葉への向き合い方、「息切れしない程度に働く」ためのコツなどを伺いました。

30代半ばまで続いた「モヤモヤ期」

今日はおふたりに、お仕事に対するスタンスやこれまでの働き方について伺えればと思っています。

渡辺江里子さん(以下、エリコ) 私たちって働いてるの?

木村美穂さん(以下、ミホ) 他の人よりのんきかもしれないけど働いてるんじゃない?

阿佐ヶ谷姉妹

妹・木村美穂さん(左)と姉・渡辺江里子さん(右)

もともとエリコさんとミホさんは、芸人としての活動を始める前に「東京乾電池」という劇団にいらっしゃったんですよね。おふたりとも、大学卒業後にすぐに劇団に入られたんですか?

ミホ 私は短大を出たあと一度就職してるんです、百貨店に入っていた寝具屋さんに。でもちょっと販売とか向いてないな、と気づいて短期間で辞めてしまって、そこから劇団に研究生っていう形で入って……。

エリコ 当時はお芝居とお笑いがすごくはやっていて、テレビなんかでもよく放送されてたのよね。東京乾電池という劇団は特に、お芝居とお笑いをニュートラルに行き来するような舞台をずっと作られていたので、ああ面白そうだなと思って。私は大学4年生のときにそこに入らせていただいたんですけど、ミホさんも私も、劇団には1年しかいなかったんです。

そうだったんですね、もっと長く在籍されていたのかと。

エリコ 正確には「劇団員」としては在籍すらしていないんです。研究生として授業やお稽古を1年間受けて優秀であればそのまま劇団員になれるということだったんですけど、私たちは優秀ではない、もろもろの方に入ってしまって。

ミホ 残れなかったのよね。

エリコ そうなんです。当時はなんとなく、研究生からそのまま劇団員になれれば楽しい気持ちのままで社会人デビューできるのかなあ、なんて思ってたんですけど、大学の卒論と教育実習、劇団の活動がぜんぶ重なっちゃったものだからなにもうまくいかなくって。

ミホ お姉さんはちょっと計画性がないのよね。だいたい強欲なのよ。

エリコ そうねえ、強欲なのかもしれない……。なにかひとつでもうまくいけばラッキーなんじゃないかと思ったんだけど、結局そんな器用な人間でもなくて。大学を卒業する頃には、就職もしてないし劇団にも残れなかったので、なんにもなくなってしまったんです。

当時はアルバイトなどをしながら生活されていたんですか?

エリコ そうですね。私はコールセンターのアルバイトをしながら、知り合いの方と年にほんの数回、お芝居をやらせていただいたりしてました。お芝居の方がメインのはずなのに、なんだかだんだんその日のお金を稼ぐことがメインになってきているような気がしてモヤモヤしていたんですけど……。

ミホ 私も似たような感じで、目的もなくデータ入力のアルバイトをしてました。バイト中にときどきお姉さんに手紙書いたり。またぱっと思い立って演劇の学校に行ったりして。

阿佐ヶ谷姉妹

当時、すでにおふたりはお友達だったんですね。

エリコ 劇団の研究所に入った当初から似たような顔の人がいるなとはお互いに思ってて、お喋りしているうちに仲良くなったんです。当時はまだミホさんは実家にいたので、たまにうちに遊びにきてもらったり、電話したりしてね。ミホさんあの頃、すっごくたくさん手紙くれたわね。

ミホ そうねえ。

エリコ 一度、手紙に「P.S.今日はプレゼントが2つもあるぞ」みたいなことが書かれていて、なにかなと思ったら封筒の中にパンダコパンダのシールと、どこかの雑誌から切り抜いてきたジャイアント馬場さんの写真が入ってたことがあった。この人、イカれてるわねえと思いましたね。

ミホ いい写真だったでしょう、アラーキーさんの撮った写真だったのよ。

エリコ あれは確かにとってもいいお写真だった。当時お互いに20代後半だったんですけどね。

ミホ そんな好き勝手なものを送りつけられる相手がお姉さんくらいしかいなかったんです。モヤモヤしてた気持ちを唯一分かってくれそうなのがお姉さんだった。

「次も呼ばれるにはどうすればいいか」ばかり考えていた

その後、おふたりは2007年に30代半ばでコンビを組み、お笑い芸人としてのお仕事を始められたんですよね。

エリコ そうです、いちばん最初は知り合いの方のお笑いライブに呼んでいただいて。1回だけ出てみてくれないか、というお話だったので、そうミホさんにもお願いしたんですけど、ありがたいことにそれからときどきお仕事のお声がかかるようになって。

阿佐ヶ谷姉妹

当時はどんなネタをされていたんでしょう。

エリコ ライブで、ひと組あたりの持ち時間が4分のところを私たちだけ8分やってしまって。しかも喋るのは最初の1~2分だけで、あとはフルサイズで6分間ただ「トルコ行進曲」を歌うっていう。

(一同爆笑)。

エリコ 当時はバラエティ番組のテレビカメラが新人発掘のためにいろんな劇場やライブハウスに入っていたみたいで、私たちそんな年齢でピンクのドレスなんか着てるし、変わった人たちがいるってことで少しずつ皆さんに知っていただいて……という。ミホさん、あってる?

ミホ あってるあってる。

30代半ばというとお笑い芸人さんとしては比較的遅めのスタートなのかなと思うのですが、それに関して迷いや不安を感じられたことってありましたか?

エリコ そのときそのときのライブをどうこなすかで頭がいっぱいでしたね。

お笑いで天下とったるみたいな気持ちでこの世界に飛び込んだわけでもないので、お仕事も毎回恐る恐るでしたし、ネタを作るのもそんなに得意じゃないですし、他の先輩方がやってらっしゃるのを真似したつもりでいても、体力的にも技術的にも全然及ばなくって。今回もうまくいかなかったわね、みたいなことがコンビを組んで数年はずっと続いていたと思います。

ミホ でももうこのドレスでロケに行ったりしてるものですから。

エリコ そうねえ。そこからドレスを脱いで他のことをやる、というほど自分たちに芸があるとも思えなかったですし、その頃はその頃で行き詰まっていて。

そんな中で、お仕事を続けられるモチベーションはどこにあったんでしょうか。

エリコ 当時はアルバイトもしてましたから、一応お笑いのお仕事1本で食べられるようになるのがいちばんいいなあとは思っていて。親孝行もしたいし、できればたまにはちょっと旅行も行きたいみたいな、そういう日々のことかしら……でも、なんだったのかしらねえ、モチベーション。

ミホ ふふ。

エリコ あらなんで笑ったの。

ミホ なんだったんだろうと思って。

エリコ モチベーションのモチで笑ったのかと思った、ミホさんお餅が好きだから。

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きなこ餅が好物だというミホさん

(笑)。日々のちょっとした目標がお仕事のやる気につながっていたのかもしれないですね。

ミホ 私たち、やる気がすごくあったわけじゃないもんね。

エリコ だったらもっとネタ作ってるわよね。ただ、面白いって思っていただかないと次がなくなっちゃいますから、次も呼んでいただくにはどうすればいいか、ということだけを毎回考えてた気がします。

肩の荷を下ろしてくれた「思い出づくり」という言葉

おふたりはマネージャーさんとの二人三脚の関係性でも知られていると思うのですが、今のマネージャーさんとの出会いは大きかったですか?

エリコ それは本当に。2012年に今の事務所に移らせていただいて、4年くらい前から今のマネージャーさんに担当いただいているんですけど、これまで他の事務所でいろんな有名な方とお仕事されてきて、ご自身でも表現活動をされている方なんですよ。年齢は私とひと回り違う、とてもお若い方ではあるんですけど……あら、子年だから年男だわ。

ミホ お姉さんもね。

エリコ 私も年女だわ。……そんなお若い方ではあるんですけど、いろんなことに造詣の深い方で。尊敬できる部分が多々あったので、私たちももうプライドとか関係なく「どうしたら面白くなりますかね」って日々相談して、一緒に考えていただいたりして。いちばん行き詰まっていた頃に、お仕事に対する姿勢をすこし変えてくださったのもマネージャーさんのアドバイスでしたね。

そのお話、ぜひお聞きしたいです。

エリコ 何年か前、私たちがすごく悩んでいたときに、マネージャーさんが「仕事を『思い出づくり』と捉えればいいんじゃないですか」って言ってくださったんです。

「おふたりとも努力が似合うタイプではないし、大きな夢とか野望を持つよりも、仕事の楽しいこともちょっとしんどいことも人生の中の思い出の1ページっていうふうに捉えたらいいんじゃないですか。修学旅行で撮った写真を集めてあとから『これ楽しかったわね』って言うみたいに」って。その言葉が当時の私たちにはすごくストンと落ちたんですよね。

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好物は餃子だというエリコさん

ミホ そうねえ。

エリコ もちろん、どうやったらもっと売れるかというのは自分たちでも考えなきゃいけないことなんですけど、そのアドバイスで本当に肩の荷がひとつ下りたというか。

ミホ たぶん他の芸人さんだったらもっと熱いアドバイスをされると思うんですけど、私たちの性格を把握した上でそういう言葉をかけてくれたんだと思います。

エリコ ああ、そうかもしれないわね。

(同席されていたマネージャーさんに)そうだったんですか?

マネージャーOさん いや、僕ももともとあんまり夢とか野望とか大きいものがあるタイプじゃないんです。だから自然体のアドバイスだったと思います。

エリコ でもやっぱり、その方その方に応じたマネジメントをしてくださってるっていうのはあると思う。それは私たちでどうこうできることじゃないですから、出会いや環境に恵まれてるっていうのは本当にあると思うんですけどね。

ミホ ご縁だわね。

エリコ ご縁ねえ。

「もっとガツガツいかないとだめだよ」外野の言葉との向き合い方

おふたりともお仕事に対して大きな夢や野望を持っているわけじゃない、というのはすごくリアルだなと思うんです。働いていらっしゃる方全員が大きな夢を持っているわけではないと思いますし。

エリコ すみませんねえ、なんだか。

ミホ でもやっぱり、何年後にどうなりたいかをもっと考えていかないとだめだ、って人に言われることもあったんですよ。

エリコ そうねえ。言われたわ。

ミホ 全然考えられないそういうの。

阿佐ヶ谷姉妹

そういう外からの言葉には、「芸人なんだから」とか「もう40代なんだから」とか、もしかすると「女性なんだから」みたいなものもあったかもしれないなと想像するんですが、どういうふうに向き合ってこられたんですか。

エリコ 本当にいろんなことを言われたわよね。私たちって昔からふたりとも容姿があまり変わらなくって老け顔なんですけど、コンビを組んだ当初から「阿佐ヶ谷姉妹はもっと『おばさん』を推していった方がいいと思うよ」って言ってくる方もいて。でも当時はあまりしっくりこなかったというか……そのアドバイスを受け止められなくって。

ミホ それでちょっと若い人ぶって、私たちなりのとんがったネタをやったりもしてたんです。

エリコ とんがったネタ、あったわね。コントの途中で急に「五輪の新競技だ」ってミホさんが手で輪っかを作って、私が本気でそこに飛び込もうとするんだけど絶対に失敗するっていう、自分たちですら意味の分からないいネタ。

……30代はそういうことをしていたから「その歳で恥ずかしくないのか」って言われたこともありましたし、「もっとガツガツいかないとだめだよ」って言われたこともあったんですけど……聞く耳をあんまり持たなかったんですよね。

ミホ 頑固だから聞き入れないんですよ。

それはお二方ともですか。

エリコ そうだと思います。でも、人からのアドバイスに対して「そうじゃないと思います」って言うほどの自信や気概もないので、そのときは「そうですね、ありがとうございます」ってさも聞いたかのように受け流していた気がします。もちろん、全てのアドバイスをスルーしていたわけではないと思うんですけど。

ミホ そうね。聞いてはいた。

エリコ 「おばさん」というものに対しては、40歳前後になってきてから初めて自分たちの「おばさん性」みたいなものを面白がれるようになってきた感じがあって。だから30代のときに頂いたアドバイスが全然役に立たなかったっていうわけではなく、頂いたものは頂いたものとして、使えるときになってそれを引き出して参考にさせていただいたという気がします。私たちはそういうスタンスだったから、大きく壊れずにここまでこられたのかなとは思いますね。

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ただ今度は逆に自分たちのことを「おばさん」と言わない方がいい、とおっしゃる方もいると思うのですが。

エリコ 自分を「おばさん」とか「おじさん」と自称することでなにか失われるものがある、と感じていらっしゃる方ももちろんいると思うんです。

そういう方を「おばさん」と呼ぶのはもちろん違うと思うんですが、もしも「おばさん」と自称するかどうかでモヤモヤしているなら、「そうねえ、まあおばさんよね」と思ってしまうのもアリじゃないかしら、と最近は思います。

ミホ とんがってたネタから「おばさんあるある」みたいなちょっと分かりやすいネタをやってみたときに、いつの間にか自分たちで違和感がなかったというか、受け入れられるようになってたんですよね。

エリコ もちろん「おばさんは最強」みたいなことでもないんですけど、卑下するでもそれを振りかざすでもなく、ニュートラルに自分の中にあるおばさん性みたいなものと付き合っていけたらいいのかなっていうのはありますね。私たちはおばさんって言うようになって楽にはなった気はするわね?

ミホ うん、そうねえ。

「息切れしない程度に働く」ためのルーティン

いま、おふたりには目標や目指していらっしゃるところってあったりしますか? 2018年には「女芸人No.1決定戦 THE W」で優勝もされていますが。

ミホ 目標……。今年はどうしようか、みたいなことは考えたりするんですけどね。

エリコ おとといだったかしら、ミホさん家のこたつで話し合ったのよね。確か、今年はもっと面白くなりたいねって言ってたわね。

阿佐ヶ谷姉妹

「THE W 2018」優勝時には奮発して98円の豆苗を4つ購入したそう

それはライブやお笑いのコンテストを盛り上げたい、ということでしょうか。

エリコ ライブもそうですし、テレビもそうですしね。今年のお正月も地方でステージに立たせていただいたんですけど、ご家族連れでいらしてくださってるお客様もいて。全方向に向けたお笑いって本当に難しいとは思うんですけど、皆さんもっと笑いたいだろうな、どうしたら笑っていただけるのかなって思う気持ちもあるので。まだまだだなあって思ったりして。

「まだまだ」というのは、どういうときに思われるんですか?

ミホ ネタのあの場所なかなかウケないね、みたいな。

エリコ そうねえ……やっぱりこう、なにかがカチッと合ったときのドカン、というお客様の反応はうれしいんですよ。それは快感でもありますし、このお仕事をしててよかったなと思える瞬間なので。まだどうもね、カチッ、がゆるいのよね私たち。それでまあ、もっと面白くなって、ご近所さんとか家族に恩返ししていくしかないわね。

ご近所さんといえば、いまは同じアパートのお隣の部屋同士に住んでいるおふたりですが、将来はその暮らしをもっと拡張して、友人や家族たちと同じアパートで暮らす「阿佐ヶ谷ハイム」の構想があると最近よく話していらっしゃいますよね。それに対して、周りの方から反響などありましたか?

ミホ まだ全然、家を建てるには程遠いんですけどね。

エリコ でもすでにもう、独身のフリーアナウンサーの方とか、ご結婚はされているけどいつなにがあるか分からないので入りたい、という方がいらっしゃって、予約は3部屋分埋まってるんですよ。

ミホ そこに親とかも入ったらいっぱいになっちゃうか。

エリコ そうね、家族も入れると8部屋以上のアパートを建てなきゃいけない計算になるのかな。けっこうハードねえ。自分たちが息切れしない程度にやっていって、いずれ家も建てられたらいいんじゃないかしら、とは思うんですけど。

「息切れしない程度に」働くのが意外と難しいんじゃないかなと感じたりもするのですが、おふたりはいかがですか。目の前に仕事がたくさんあるとつい無理をしてしまう、という方も多いと思うんですが……。

エリコ 会社員の方なんてきっとそうでしょうねえ。

ミホ 私たちより会社とかに勤められている方のほうが、毎日すごく働いてると思いますよ。

エリコ 本当に素晴らしいと思う。ときどき自分たちが朝早い時間に出なきゃいけないことがあると、阿佐ヶ谷の商店街や電車の中にもこれから働きに行く方がたくさんいらっしゃって、それだけで素晴らしいって思うもん。……あっごめんなさい、息切れしないためにはの話だったわね。

ミホ 銭湯かしらね。

エリコ えっ?

阿佐ヶ谷姉妹

ミホ 近所の銭湯に行くこと。

エリコ 銭湯?

ミホさんはよく行かれるんですか?

ミホ この前やっと1回行ったのよね。阿佐ヶ谷に20年住んでて初めて。

エリコ しかもそれ私がついていったんじゃない。ひとりだと怖いからって。

(笑)。他にもそういう、ストレスを溜めないための生活のコツやルーティンってありますか?

エリコ ミホさんは猫とか温泉の動画をよく見てるわね。

ミホ そうねえ。あとは整骨院に行ったり、体操教室にお姉さんと通ったり。

エリコ 私たちは自分たちのこと甘やかしてばっかりだもんね。己に全然厳しくないんですよ。……ねえ、このお話、働いてる方のためになるのかしら?

ミホ 全然なんともならない話しちゃった気がするわね。

阿佐ヶ谷姉妹

取材・文/生湯葉シホ
撮影/加藤岳
編集/はてな編集部

『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』文庫版発売!

『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』書影

2020年2月6日発売予定 / 600円(+税) / 幻冬舎刊

40代・独身・女芸人の同居生活はちょっとした小競合いと人情味溢れるご近所づきあいが満載。エアコンの設定温度や布団の陣地で揉める一方、ご近所からの手作り餃子おすそわけに舌鼓。白髪染めや運動不足等の加齢事情を抱えつつもマイペースな日々が続くと思いきや―。

地味な暮らしと不思議な家族愛漂う往復エッセイ。その後の姉妹対談も収録。

お話を伺った方:阿佐ヶ谷姉妹(あさがやしまい)

阿佐ヶ谷姉妹

妹の木村美穂(きむら みほ)さんと、姉の渡辺 江里子(わたなべ えりこ)さんによるお笑いコンビ。劇団東京乾電池研究所にて知り合い、その後2007年にコンビ結成。2016年フジテレビ「とんねるずのみなさんのおかげでした『第22回細かすぎて伝わらないモノマネ選手権』」優勝。2018年「女芸人No.1決定戦 THE W」優勝。
Twitter:@asagayanoane
Blog:姉妹だより

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