あなたには喫茶店の思い出はありますか?

仕事をサボってコーヒーを飲んだり。たまの休日にひとりの時間を過ごすために、近所の喫茶店に足を運んだり。恋人と時間つぶしに入った喫茶店で思わぬ話に花が咲いて、店とセットで大切な記憶になっている……なんてこともあるかもしれません。

実はいま、愛すべき“喫茶店”が全国で減ってきているといいます。なんと、全盛期である80年代のおよそ半分以下になっているんだとか。

そんななか、失われゆく喫茶店の文化を継承するために活動する人の噂を耳にしました。それは、日本喫茶文化協会の山口修平さん

取り壊されることが決まっていた金沢の喫茶店「禁煙室」の内装を残すべく、なんと内装や調度品のほとんどをもらいうけ、地元である大阪に「喫茶 水鯨」を開いた山口さん。

そのかたわら、全国から閉店する店の情報を仕入れては「喫茶店を継業したい」と考える人たちに共有し、間を取り持つ活動を続けています。

「喫茶店の居心地をこれからも体験してほしいから、喫茶店を残していきたい」と語る山口さん。彼の語る言葉のなかには、古き良き商売の苦労と美学、そして現代には失われつつある「店ですごす豊かな時間」の話が詰まっていました。

 

80年代の半分に。減りゆく喫茶店の現状

チリンチリン・・・・

ドアベルの音を鳴らしながら店内に入ると、そこには昔ながらの喫茶店の風景が。明るい色のステンドグラス、品のある赤のベルベットの椅子は、いかにもくつろぎの時間を過ごせそうな、どっしりとした佇まいです。

店内に飾られた看板には、「たばこの吸える喫茶店」の文字が

店内は、昔からずっとここにあったみたいに、なんだか落ち着く雰囲気

「外は暑かったでしょう」と出迎えてくれたのは、「喫茶 水鯨」店主の山口さん。淹れてくれた冷たいコーヒーを飲みながら、お話を伺いました。

いぬい:早速なんですが、喫茶店のいまについてお話を聞かせてください。喫茶店って昔に比べて減ってきてると聞きます。

山口さん:すごく減っていってますね。ピークだった80年代は全国に15万件くらいの喫茶店があったと言われているんですが、いまでは半分以下の5万〜7万軒になっていると言われてます。

いぬい:そんなに? 原因はなんなんでしょう。

山口さん:お店によってさまざまだとは思うんですが、建物の老朽化で閉めなきゃいけなくなるって話はよく聞きますね。80年代に30〜40歳で店をはじめた世代の人たちが、いまは70〜80歳くらい。体力的に厳しいなと思っていたところで「移転するかどうか」という判断を迫られて、それなら閉めようと。

あとは、カフェブームなんかも理由のひとつだと聞きます。

いぬい:喫茶店が流行した時代から50年近く経って、店主さんたちも世の中も変わってきたから。

山口さん:「昔は出前で儲かった」ともよく聞きますね。いまではいろんなデリバリーがあるし、コーヒーが飲めるところも、買えるところもたくさんある。当時ほどは儲からないから、子どもにも別の仕事を勧めて、後継者がいないまま閉店する店が多いんです。

いまは他のものにとって変わられているけれど、もともとは喫茶店が果たしてた役割というのものがたくさんあるんだと思います

いぬい:昔の喫茶店の役割……たとえば、どんな?

山口さん:当時は、待ち合わせ場所といえば喫茶店だったと聞きました。「何日の何時にあの店」みたいに待ち合わせたり、「この時間帯なら大体この店にいるやろ」で会いに行ったり。まだ携帯電話がいまほど普及してなくて、伝言板とかが駅にあった時代ですよね。

いぬい:シティーハンターの世界だ!

山口さん:それからポケベルとか携帯電話が出てきて「いつでも誰とでも連絡が取り合える」ようになった。そうすると、待ち合わせの場所が店じゃなくてもよくなったんですよね。

それから、会社にとっては面接とか商談の場にも使われていたみたいで。東海エリアの喫茶店の方々に聞いたのは、「エリア内にたくさん工場があるけど、どの工場にも面談できる部屋がない。だから喫茶店が応接間の代わりになってて、工場や会社の人たちがお得意さんだった」と。

いぬい:へえ〜! おもしろいですね。人を招いて話す場所としても頼られていた。

山口さん:面白いですよね。僕は、そんな風に愛されてきた喫茶店が好きなんです。だから、どんどんまちから喫茶店が減っていくのが嫌で。なんとか残せないか?という気持ちから「いまある喫茶店を継業したい」と思うようになりました。

いぬい:まさにこのお店の誕生に迫るところですよね。ぜひ聞かせてください!

 

「内装だけ引き継いだ」お店の立ち上げ

山口さん:元々は、自分で新規開業できたらいいなと思って、地元の大阪にある飲食店や喫茶店でアルバイトをしながら準備をしてたんです。その頃にちょうど、バイト先の近所の喫茶店が閉業すると聞いて

紹介してくれた人が「店やりたいんやろ、閉業するなら椅子くらいくれるんちゃう?」と言ってくれたので、会いに行きました。

「50年やって、もう引退やなと思った」という店主さんと色々お話しするうちに、「閉めようとしてる店を継業するってやり方もあるのか」と気づいたんです。

いぬい:自分で新しくはじめる以外の方法もある、と知ったんですね。

山口さん:そのお店を継業することは難しかったんですが、それ以来、閉店するお店があると聞いては挨拶に行くようになって。すごく失礼だとは思いながら、「継がれる方はいらっしゃらないですか?」「僕が継がせてもらうことはできませんか?」とお話しして。

いぬい:ド直球の相談! (笑)

山口さん:そうなんです。閉店していく一方なのでダメもとで行くんですけど、僕自身も実績も何もないし、門前払いばかりでした。

喫茶店はずっと好きだから、その期間にもお店巡りをしていたんです。それでたまたま、兼六園に妻と旅行に行ったときに「禁煙室」という喫茶店に行きました。

「禁煙室」の営業当時の写真

山口さん:外観に惹かれて行ったんですが、入ってみると内装がすばらしい。それに、店主さんとママさんの人柄というか、常連さんとお話しされている様子がとても素敵だったんです。人と人が繋がるような空間で、それって僕が喫茶店でよく見かけてきた理想的な風景だなと思いました。

妻と「こういうお店を将来できたらいいね」と言いながら、その時は帰ったんですけど。2〜3年経って、北國新聞のニュースで「『禁煙室』が閉店する」と聞いて、すぐに金沢へ会いに行きました。

いぬい:憧れの喫茶店が! それは気が気じゃないですよね。

山口さん:話を聞いてみると、やはり建物の老朽化の関係で取り壊しと耐震工事が決まって、退去しないといけなくなったと。同じ建物で継業することはできないとわかったんです。

そこで、店主さんと建物のオーナーさんに「喫茶店を継いでいく活動をしたくて、自分も喫茶店をしたい」とお伝えして、内装を購入させて欲しいと話しました。

いぬい:内装を……?

山口さん:はい、内装だけでも残したくて。オーナーさんも「自分たちで全部、外すならいいよ」と言ってくれて。それで、「禁煙室」の内装をまるっと全て譲り受けて、その風景を受け継いだ店を大阪でやろうと決めたんです。

いぬい:そんなやり方が!? 喫茶店を継ぐって「店があった場所を、そのまま受け継ぐ」ことだとばかり思っていました。

山口さん:やると決めてすぐ、知り合いの職人さんに相談して、建具や家具を外す工事に取り掛かりました。このステンドグラスも、「禁煙室」さんにあったものをそのまま持ってきたんですよ。

店内を一際華やかにするステンドグラス。雨の日や夜もその美しさが楽しめるように、ステンドグラスの奥に照明をつけているところも、「禁煙室」の頃と同じ設え方だという

山口さん:こういうステンドグラスは意外とポンと外せるんですけど、奥にある青いタイルとかカウンターの席は大変で。職人さんが丁寧に外してくれて。それを一旦大阪に持ち帰って、どこかにまた付けられるようにしようと。

いぬい:となると、もう自分の店をやる場所を決めないといけない? 一気に話が進みますね。

山口さん:そうなんです! 内装の取り外し工事と並行して、急いで地元の大阪で物件を探して。ちょうど、このビンテージビルの募集が出ているのを見つけました。すごく素敵な建物だし、いいなと。

喫茶 水鯨は、中央線・千日前線阿波座(あわざ)駅から徒歩5分ほどの場所にある。明治〜大正にかけて居留地があったとされる阿波座には、関西最古の喫茶店があったとも言われている。喫茶店の文脈があるまちで、また喫茶店をはじめることに魅力を感じたという

いぬい:「禁煙室」の内装を運び込むのもまた大変だったんじゃないですか?

山口さん:そうですね。運搬もいろいろ調べたんですが、「自分たちでやってみよう」ということになって。普通免許で運転できる2トントラックを借りて、金沢と大阪を何回も往復して搬入しました。

「内装をもらって開業した」とはいえ、外す工事、運搬、内装工事とすごくこだわって作ったので、結局は新規開業するのと同じくらいの値段はかかりましたね(笑)

禁煙室からいただいたのは、建具や調度品、赤いベルベットのソファなど

カウンターの奥、一際目をひく青いタイルも、禁煙室にあったもの

いぬい:大変でしたね。完成してからはどうですか? 喫茶店の内装を受け継いで店をはじめて、周囲からはどんな反応があったんでしょう。

山口さん:実は店がオープンしたときに、「禁煙室」のママさんにも遊びに来ていただいたんです。

いぬい:おお!

山口さん:すごく喜んでくれていました。お店では、「禁煙室」のブレンドを再現したブレンドコーヒーを提供しようとメニュー開発していたんですが、その味も「近いね」と言って許してくださって。

いぬい:いい関係が続いているんですね。いまでも連絡を取りあわれたりしますか?

山口さん:たまに電話しますね。ずっとコーラス部に所属して忙しかったと言ってたんですが、いまはシルバー大学みたいなところに通って、金沢の歴史を勉強されているみたいです。

いぬい:喫茶店を閉めてなお、大学に!?

山口さん:いろんなことを学ぶのが楽しいらしくて。たしか、今年で卒業して、大学院に進学すると言ってたかな。

いぬい:さすが40年以上も喫茶店を続けてきたママさん、バイタリティがすごい……!

 

受け継がないと、若い世代は体験できない。日本喫茶文化協会の取り組み

いぬい:山口さんは、ご自身で喫茶店を受け継いでいるだけじゃなく、閉店する喫茶店と継承したい後継者をマッチさせる活動もしていますよね。活動をはじめたきっかけについても、聞いていいですか?

山口さんが運営する「日本喫茶文化協会」では、古き良き喫茶文化を残すこと、そしていまある喫茶空間の再評価と利用の促進を目的に活動している

山口さん:「喫茶店の文化を残していくには、どうしたらいいんだろう?」と考えたときに、やっぱり理想的な残し方は「同じ場所で、常連さんごとお店を受け継ぐこと」だと思いました

店主さんにとっては、続けられなくなった店の姿が残るし、常連さんにとっても、毎日コーヒーを飲みにいく場所が残る。お互いにいいんじゃないかと。

それで、引退する店主さんと「これからはじめたい」と考える僕みたいな人たちを繋ぐ窓口を作ろうと思って、「日本喫茶文化協会」を立ち上げました。

いぬい:確かに、常連さんにとっても近所の喫茶店がなくなるのって一大事ですよね。

山口さん:もちろん、場所を継いだからと言って常連さんが引き続き来てくださるかどうかはわかりません。お店って立つ人によって雰囲気が変わるものだし、どうしても店主の色が出る。それを好ましく思わない喫茶店の店主さんがいるとも思います。

だから、継承の相談をするときに一番大切にしたいのは、店主さんの意向を汲み取ること。「継いでほしい」という方と出会えたときに、後継者募集のお手伝いをするようにしています。

店内にある焙煎機は、活動をするなかで出会った閉店する喫茶店から譲り受けたもの。店は閉店したが、焙煎機はいまも元気に、喫茶 水鯨のコーヒーを支えている

いぬい:引退される店主さんたちの反応はどうですか? いろいろな方がいると思うんですけど。

山口さん:いま、協会では3軒の喫茶店の後継者探しをお手伝いしています。(2026年7月時点)。

そのうち1軒は、ママさんが「ウチのコーヒーの作り方も全部教えてあげるよ!」ってくらい継業に前向きで。そのぶん継がれる方のプレッシャーはあると思うんですけど、「店の味まで引き継いで、常連さんにも喜んでほしい」って思いを持てる方が見つかれば、話は進んでいくのかなと。

いぬい:なんだかお見合いみたいですね。ただ物件の引継ぎじゃない、仕事と人付き合いまで引き継いでいけるかどうか。

山口さん:やっぱり、最終的にはママさんや店主さんに決めてもらいたいなと思うので。面談をしたりもしますね。

いぬい:協会には、どのくらいの人数が参加されているんですか?

山口さん:全体で25名くらいですかね。その全員が喫茶店を継業したいという訳ではなく、「喫茶店文化と活動に興味がある」という方、「継業を考えていて、閉店する店の情報があれば教えてほしい」という方、そして「自分で喫茶店を営んでいて、活動に協力したい」という方が協会に参加してくださっています。

ただ、情報を待ってもらうだけだと協会としての動きもないですし、喫茶店をこれからはじめる方々のためにノウハウを伝える勉強会も企画しています。コーヒーのことも、店の営業のことも、ノウハウがあった方が絶対に店のピンチに立ち向かえると思うので。

喫茶店店主の方を講師に招いて、アイスコーヒーの基礎から美味しい淹れ方までを学ぶワークショップを企画した

いぬい:確かに、これから喫茶店のマスターになる人にとって、相談できる相手がいるのは安心ですよね。それが業界の先輩方ならなおいい。

山口さん:実際に、親から代替わりして店を続けているという店主さんもいます。代替わりした時に何を継いで残して、何を残さなかったか? というバランスも、情報共有していけたらなって。

喫茶店って、いろんなコネクションとか知識とか経験がないとはじめられないと思われるかもしれない。もちろん必要な部分はありますが、意外と「軽食の食材は近所のスーパーで買ってるよ」とか、そういうことも知ってもらえたらと思って。

いぬい:スーパーでいいんだ! って、ちょっとだけ気が楽になりますね(笑)。

山口さん:喫茶店同士の横のつながりも、実際のところそれほどないですからね。既存のお店の間でも、そもそも知りたいことを聞ける関係性がない。

なので協会がそこをサポートして、喫茶店文化を残していきたい人同士の情報交換や交流を生むコミュニティのようになっていけばいいなとも考えています。

 

店とはまちの文化じゃないか。継業したいま、何を思う?

いぬい:喫茶 水鯨って、何年くらい営業されているんですか?

山口さん:2026年で5年目になりますね。

いぬい:どうですか、実際に喫茶店を継いでみて。

山口さん:まあ、あんまり儲かりはしないですよね。昔は「店を開いて儲けて、外車を乗り回す」みたいなことがあったらしいですけど。

お金もそうだし、基本的に喫茶店を回すための仕事を全部自分たちでやるわけじゃないですか。営業時間外に食材の買い出しをして、仕込みをして、オープンしてからもコーヒーを淹れながら、トーストとかサンドイッチとかを調理する。

一見簡単そうに見えるかもしれないけれど、これがやってみると結構大変なんですよ。僕もカウンターのこちら側に立って、はじめて痛感しました。お客さんのためにしっかりと食事のメニューを出し続けている喫茶店の先輩方を見ると、「喫茶店って飲食店なんだな」と思うんですよね。

いぬい:喫茶店は飲食店。そう聞くと、仕事内容がグッと多くなるような印象を受けますね。高齢になると続けられなくなっていくのも、わかる気がします。

山口さん:生涯現役のマスターやママさんもいますけどね。ただ、その大変さがやりがいになるという人じゃないと続かないような気がします

店内に飾られたカップの数々も、閉店した喫茶店から譲り受けたもの。これだけでも、たくさんのお店が惜しまれながら閉店したことがわかる

いぬい:いまの時代、昔から続いている飲食店やお店が次々と閉業していくじゃないですか。店主さんの年齢や建物の老朽化などを考えると仕方のない面もあり、一概に「寂しい」とだけ言うわけにもいかないのですが……。

資材費の高騰やエリアの再開発もあって、どんどん「新しく店をはじめる」ことのハードルが高くなっている気がするんです。

個人的に、まちの魅力は店がつくっている側面が大きいと思っているので、昔のような店とまちが生む豊かな時間そのものが、失われていくんじゃないかと思っていて。

山口さん:よくわかります。

いぬい:「昔からあった店を、若い人たちが継承していくこと」は、そのまちの文化を残して次に繋いでいくような側面もあると思うんです。そのあたりはどう思いますか?

山口さん:そうですね……正直、僕が語るにはまだまだ恐れ多いなと思っています。でも、自分が目指している部分で言うのであれば、「地域に根付いたお店であり続ける」ことを目指したいなと思いますね

「喫茶 水鯨」にも、コーヒーチケットを買って毎日のように来てくれる常連さんがたくさんいるんです。

いぬい:コーヒーチケット、なつかしい!

山口さん:そういう方々は、ニュースを見たりしてコーヒーの原価やいろんなものが値上がりしているのを知って「値段上げてもいいからね」と言ってくださるんです。「いきなり1000円になったら困るけど(笑)何十円の値上げは気にしないから」と。

そうは言っても、1ヶ月とか1年で考えると毎日来る人には結構な金額の差が出てしまう。その折り合いをつけるのは難しいなと思うんです。

「値上げしていいよ」と言ってくれる人たちのためにも、どうすれば店を続けられるのか? どうすれば喜んでもらえるサービスが出来るのか? を考え続けたい。やっぱり、いつまでも近所の人たちが普段使いできる店でありたいんですよね

いぬい:特別な日じゃなく、日々来れる場所をどう続けるかが大事だと。

山口さん:そのためにも、先輩方と同じようにちゃんとサービスをやりたいなと思っています。僕自身、喫茶店が好きでよく行くんですが、印象に残っているのは「会話が楽しかったお店」なんですよ。

山口さん:「どこから来たの?」とか、それだけでも話しかけられると嬉しかったりして。ちょっとした会話が生まれて、でも一人でくつろぐこともできて。そう言う居心地の良さがあるのが喫茶店の良さだと思うんです。

いぬい:確かに、喫茶店には独特の居心地がありますよね。

山口さん:喫茶店って、自分の部屋みたいなプライベートな空気と、公園みたいな公共の施設との間にある「半分公共」みたいな場所だと思うんです。喫茶店の常連さんのなかには、リビングみたいな使い方をしているお客さんが多くて。

パッと入ってきて「いつもの」って言って、コーヒーを飲んで、「じゃあ行ってくるわ」に店主さんも「はい行ってらっしゃい」って返したり。あそこにいけば誰かとしゃべれる、みたいな期待もあるし。ランドマークとまでは行かなくても、地域のなかに必要な場所なのかなって思うんです。

いぬい:家でも、外でもない不思議な場所。

山口さん:でも、それって実際に喫茶店に身を置かないと体験できない。良さを知ってもらうためにも、1つでも多くの喫茶店が残っていけばいいなと思うんです

山口さん:常連さんの多い店は、やっぱり、マスターやママさんが愛され続けるための工夫をきちんとされているんですよね。それはお店によって正解が変わってくるんですよ。「ウチの店はこう」と決めて、それで終わりとすると、それ以上はないような気がします。

いぬい:考えて工夫し続けないといけない。

山口さん:この活動をしていると、閉店されるマスターやママさんのお話を聞く機会が多いんです。40年、50年と店を続けられてきた上で引退される方々は、僕からすると先を走り続けられてきた大先輩。そういう方たちの背中を追えるのは、すごくありがたいことですね。

いぬい:そんな先輩たちをみて、山口さんはどんな風に店を続けていきたいですか?

山口さん:「いま来てくれてる人達のためには、どうしたら良くなるやろう」って考えて試し続けないといけないかなって思います。それが僕らからしたらやりがいになるはず。大変ではあるんですけど、楽しみながら、できればゆっくり長く、店を続けていきたいですね。

 

おわりに

「喫茶店ってすごいですよ。当時の喫茶店文化を体験していない若い人たちにとってはこのデザインや雰囲気は斬新で、僕より年上の方々は“使い慣れていて懐かしい”と感じる。見る人によって、輝き方が違うんです」と話していた山口さん。

80年代の喫茶ブーム当時に設られた多くの店は、調度品にも内装にもきちんとお金をかけて、店主たちの一生の城として作り上げられた場所が少なくない。そんな思いと時間が積み重なった店が、後世に引き継がれていって欲しいものです。

「神社とかお寺とかと同じような、日本の文化財やと思います」。山口さんがそう話すのは、何も店のデザインに対してではありません。喫茶店という店のなかで、店主と客の間に流れる時間。その時間そのものを、残していきたいのでしょう。

もしもあなたが普段いるまちに、「気になっているけど、行ったことのないお店」があったなら。思い切って扉を開けてみてください。リスペクトを持って店に入れば、あなたとそのお店の間にしか流れない「居心地のいい時間」と、きっと出会えますから。

撮影:山元裕人
編集:友光だんご