まちも人も、時間とともに変わっていくもの。

わかっていても、「昔からあった場所がなくなる」ということは悲しい。

昔からある定食屋さんや、若い人が働くカフェ、職人さんの作品が買える工房に、地域のハブになっている宿屋……そうした、誰かが開いた場所が長く続いていくということは、それだけで奇跡のようなことです。

地方には昔から、商売と暮らしの距離が近い商店街がたくさんありました。1階で店をやって、店の2階に家族で住んで、商店会の人たちと濃いつながりを持っている。

しかしそうした商店街も、店主たちとともに次第に年をとりました。通りに面した1階の店を閉めて、静かに暮らしている……そんな場所も少なくはありません。

僕は、そういう商店街に住み着き、不思議な暮らし方をしているひとりの公務員がいることを知っています。彼の名前はチャンさん(本名:平田良さん)。

兵庫県宝塚市にある清荒神参道沿いで、3階建のビルを購入した彼は、「INCLINE(インクライン)」と名付けたそのビルに住みながら、1階をイベントスペースとして開放。「おもろい人が集まって、やりたいことする場所にできたらいい」と、まちの内外の人々を呼び込んでいます。

人が往来する初詣の時期には、参道を歩く人に日本酒や熱燗を販売する屋台をひらいたり

けっこうまじめに、映画を見て語り合うトークイベントをひらいてみたり

アーティストの滞在制作や

人の集まる展示スペースになったかと思えば

2階に人を呼んで、音楽のライブを開催したりもします

普段は公務員として働く彼。「なんやかんや、家でもあるから。人を呼ぶのが好きなだけで」とのらりくらりと話しながらも、チャンさんの言葉からはしっかりと地域に向き合う意志と葛藤が感じられます。

本業一本に仕事と人生を込めるのではなく、堅実な公務員の仕事と、まちに面白い人が集まる場をつくること、そんなあたらしい二足のわらじをつくっているチャンさん。

お店ではない、しかし家にしては開かれすぎている「INCLINE」。その謎に迫るべく、ライター・いぬいと、ジモコロ編集長の友光だんごが清荒神に行きました。

 

「いまは無職」なチャンさんとの再会

やってきたのは、阪急宝塚線沿いにある「清荒神」駅。宝塚歌劇団で知られる宝塚市にあり、駅から続く参道を上がった先にある「清荒神清澄寺」には、初詣に多くの参拝客が訪れます。

普段は静かな参道にも、お正月にはたくさんの人が行き交う

歴史ある参道商店街を中心としたこのまちで、チャンさんと待ち合わせをしました。

いぬい あ!チャンさん、お久しぶりです〜!

チャンさん お!いぬいくん元気そうやん。

こちらが、今日お話を伺うチャンさん。ライターのいぬいとは、2年くらい同じシェアハウスで暮らしたシェアルームメイトでもあります。なんだか最近、変化があったようで……

だんご 平日ですけど、今日はお休みですか?

チャンさん あ、僕ね、実は3月いっぱいまで無職なんですよ。隣の市の市役所で働いてたんですけど。

いぬい 退職したんですか! じゃあこれからは……?

チャンさん 4月からは、地元の宝塚市に再就職して、市役所職員をやります!

いぬい 公務員であることは変わらないんだ!

チャンさん そりゃそうよ! INCLINEのローンも払っていかなあかんからね。

いぬい チャンさんのやってることって不思議だな、話を聞きたいなと思って今日来たんですけど。そもそも「INCLINE」が何をやってる場所なのか、 説明が難しくて。

毎年きっちり周年パーティーを企画して、Tシャツまでちゃんと作っていたりと、「趣味でやってる場所」にしてはちゃんとしすぎている

チャンさん 僕もそう聞かれると、どう説明したらいいんか自分でもわかってないんよね。

まあ、まずは清荒神がどんな場所かを知ってもらうのがいいんじゃない? 参道を案内するから、とりあえず歩こうよ!

 

個性派店主と出くわす、清荒神の町歩き

平日の夕方5時ごろを過ぎると開店している店はめっきり減る

駅前から続く道をずっと歩けば、坂の上にある「清荒神清澄寺」へと繋がる参道商店街。アーケードを抜け、上へ上へと坂を登って行く道中には、世代も業態もさまざまな店が連なります。

 

だんご 僕は初めてなんですけど、清荒神ってどんな場所なんですか?

チャンさん はっきり言ってしまえば、ハレとケがめっちゃハッキリしてる町なんですよね。イベントをやってる日はすごく人が集まるけど、日常はお店が閉まる時間が早くて、そもそも何年もシャッターが閉まったままの物件もある。

2026年3月に開催されたイベント「yoru pika bon」の様子。清荒神駅前にフード出店が集まり、図書館前ではライブが開かれるなど賑わいの夜を見せた

チャンさん 元々、参道はたくさんの人で賑わう場所だった。参道商店街を上から下まで歩いたら、生活に必要なものは全部揃うって言われるくらいお店も多くて。いまは店主さんが高齢になって閉まったお店も多いね。

でも、参道の上の方にいくと、若い人がやっているお店も結構あるんですよ。そっちから案内しようかな!

 

豊中から来た器屋さん「ミズタマ舎」

商店街を抜け、ちょっと奥まった路地を歩くと見えてきたのは、淡い水色の一軒家。ここは作家ものの器の販売をしている「ミズタマ舎」さん。

店主のじろうさんこと、平山さん夫婦はこれまで宝塚から数駅先にある「豊中」でうつわのお店をしてきたけれど、ひょんなきっかけから清荒神に拠点を移したそう。

じろうさん チャン! また誰かアテンドしてるの?

チャンさん そうなんです〜今日は取材の人たちが来てくれてて。

じろうさん そうなんや! じゃあ、チャンとINCLINEのこれからの展望は?

チャンさん ええ!?

いぬい (僕より先にインタビューしてくれてる)

じろうさん そりゃそうでしょう。展望は考えとかんと。僕らもせっかく街に来たからには、頑張って楽しくしていきたいと思ってるよ。チャンはどうなん?ってところよ!

チャンさん 展望かあ……

だんご 清荒神でも、商店街に空き店舗は増えてるんですか?

いぬい (割って入った!)

じろうさん めちゃありますね。完全に空き家というか、2階にまだ住まわれていて、だから1階だけ人に貸すのもちょっと……って理由でシャッターが閉まってるお店も多い。

ただそれは僕らも、何十年とお店を続けてると同じ状況になってしまうかもしれん。だからこそ、どうするかを考えとかないとと思うよね。

いぬい ちなみに、清荒神ってここ数年でかなりお店も増えてきたと聞いたんですけど。

じろうさん うん、変わってきたと思うよ! 僕らも来たのは5年前とかやけど、その頃から見ても素敵なお店も増えたしね。よそから目がけて来てくれる人もいる。もっとランクを上げて行かなあかんとも思うけど……。

人によっては「おしゃれなお店ばっかり増えても、普通の人が来づらくなる」って意見もあるみたいやから。

チャンさん そんなん言われるんすか?

じろうさん 言われるよ〜。「清荒神はなんかチームが団結してる感じがあるから、お客さんが外から入られへん感じする」って前も言われたもん。

でもそれは、店同士の横の繋がりやからね。商店街の店はみんな“参道商店会”に入っていて、まちでどんなイベントやるにしても皆さんに一言お伝えしてからやってる。何も知らせないまま若い人たちで新しいことをしても、皆さん心配やし不安やろうから。

取材に訪れた3月にも、駅前で大規模なイベントが企画されていた。町中のあちこちの店にフライヤーが貼られていて、みんなの協力を感じる

いぬい 必要な“チーム感”でもあるんですね。

チャンさん じろうさん、僕らもうちょっと案内してきます!

じろうさん おお!またね!!

いぬい (チャンさん、展望の話は答えなかったな…)

 

革職人であり商店会長さんの「Before Dark」

チャンさん あ! Before Darkも今日開いてるな。挨拶してこ! こんにちは〜!

長く使える丁寧な革製品を製作する工房兼ショップ『Before Dark』。店主の笠井さん(愛称:カズさん)はチャンさんとも仲良し

カズさん おお、チャンか。なんかみんな噂してんで、「あいつ無職やからって旅行行き過ぎちゃうか」って。

チャンさん いいでしょ別に!(笑)カズさんはね、いま商店会の会長をやってくれてるんですよ。

カズさん もう大変よ! 宙ぶらりんやったことは決めて行かなあかんし。僕は静かなアトリエをやろうと思ってこのまちに来たのに……

いぬい 元々、清荒神の人と知り合いだったとかではないんですね?

カズさん そうそう。いい環境やなと思ってアトリエを準備してたら、工事中にチャンとかに「なにかはじめるんですか?」って声かけられて。まあそっから一緒に遊ぶようになったからよかったけど……

チャンさん ほんまに、ただ遊んでたね。

カズさん お互いに商売は関係無しでね。そうやっていろいろやってた時も、おもろい人が来てたなあ。

いまはいろいろイベントをやるようになって人が増えたけど、やっぱり集客とか売り上げとか、考えないといけないことは増えたよなって思う。尖った人も、前よりは来てない気がするし。

2023年に開催された「清荒神ナイトウォーク」では、参道周辺のライトアップとウォーキングイベントが開催。電飾でピカピカ光る「ナイト獅子」が練り歩くうしろを、たくさんの人々が楽しく一緒に歩いた

いぬい ちょっと意外でした。外から見てると、イベントもたくさん打ってどんどん楽しそうになってるな〜って見えてたから。

カズさん 商業を取ることと、自分らの遊びを取ることと、バランスは難しいよね。僕はもうちょっと個別の店が立ってる状態も楽しいと思うけど……どっちを目指すかやな。

いぬい ちょっと思うところありますね……ただ人通りが増えることだけが、まちが良くなるってことでもないのかも。

 
 
 
 
 
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いぬい しかし本当に、いろんなお店がありますね。土日にお買い物にくるのも楽しそう。

チャンさん そうでしょ? ちなみに、この参道商店街のあたりって用途地域でいうと「近隣商業地域」にあたるみたいで、わりと規制もゆるいエリア。なんならカラオケとかも営業できちゃう。ただ、周りは住宅街やからあんまり騒がしくなる店は……ってことで入ってこないだけで。

いぬい だから開発されすぎない、みたいなこともあるんですかね?

チャンさん マンションの開発とかははじまっていて。商店会としては「参道商店街の歴史があるまちなので、新築マンションの1階にも店舗区画を設けてほしい」と声は上げてるんやけど、聞いてくれない不動産の人らもいる。1階から上まで住居だけのマンションが建ったりもしてるね。

いぬい ちょっと嫌ですね。不動産屋の商売として「こういう物件にしたい」はあるんだろうけど、「元々の風景を変えていく」ことになるって、どのくらいわかってるんかな?とは思っちゃう。

チャンさん 急にボルテージ上がるやん。でも、まちに対して愛がある大家さんと不動産屋さんが増えて欲しいね。切実に。

いぬい 僕も、清荒神にはこどもの頃から初詣に来てました。当時と比べたら、僕ら世代が行くお店も増えて、清荒神はこれから賑わっていくんやろうなって印象があります。でも、そんな簡単な話ではないんですかね。

チャンさん そうやなあ。店の数が増えたり仲間が増えたりするのはもちろん嬉しいことやけど、まちがどうなっていくかは難しいね。そのなかでINCLINEもどうしていくか考えないとあかん。

いぬい そうだ、そろそろINCLINEの話も聞きたいです!

 

「公務員だけど、自分で場所を持ってみる」INCLINEのはじまり

チャンさん ついたよ!こちらがINCLINEです!

参道の中腹にある、INCLINE

INCLINE 2階のスペースで、インタビューの続きがはじまります

いぬい さっき一緒にお店を巡るなかで気になってたんですけど、ミズタマ舎で「街を盛り上げて行かなあかん!!」って話に、チャンさんちょっと黙ってたじゃないですか。チャンさんは何を考えて、本当はなんて答えたかったんですか?

チャンさん それで言うと、答えはもう……「沈黙」かなあ……。

いぬい そんなハンター試験みたいな。

チャンさん いやあ、難しいんよね。周りの店を見て、自分たちの立ち位置を考えるなら、INCLINEは尖ったことを求められてるのかなと思うし。DJとか、アーティストとか、サブカル的なものをまちに呼び込んでくることを求められてるのかなって。

実はこれから体制も変わって、1階でカフェ営業がはじまる予定で。そこを例えば、SNSで流行るカフェにしたいか?っていうとそうでもない。でも、いろんな人に来てほしいなとは思うし……

いぬい どう集客するかと別に、どんな人たちを集客するか?って問題もある。

チャンさん そうやなあ。理想は、この街に遊びに来てくれる人がちゃんと増えて、その人たちがそれぞれの店に分散していくのがいいんやろうけど。

だんご そもそものところを聞いちゃうんですけど、チャンさんはなんで「INCLINE」をはじめようと思ったんですか?

チャンさん もともと、まちづくりに興味があったんですよ。大学時代にアメリカのコロラド大学ボルダー校ってところに留学をして。そこがすごく良かった。緑が多くて、電柱もないし、昔からある建物をうまく活用して、町として綺麗やった。

しかも、出会った人もみんないい人たちで嫌な人がいなかったから、「建物にはこんな力があるんや」って感じて。それからもう1つ大学に入り直して、建築系のことを学んだんです。

コロラド州ボルダーの風景

いぬい 大学へ2回行って、それから市役所職員になったんですもんね。

チャンさん そうそう。市役所に入ったのも、ソフトとハードの両面からまちづくりに関わることができるかなと思って。それで住宅整備の課に配属されたけど、あんまり自分の思うようには出来なくて……

今思えば、自分のやり方も良くなかった。公営団地の建替事業に関わって、竣工したときに、引っ越してくる方々と団地周辺の方々にお互いご挨拶してもらいつつ、団地の屋上が災害時の緊急避難場所になることも周知できたらいいんじゃないか?と考えて。そこで提案したのが「屋上でビアガーデンやりましょうよ!」というものだった。そんなん行政的には「いいね!」とは言いづらいじゃないですか(笑)。

いぬい 先を行きすぎてたんでしょうね。まずは「見学会」ならまだしも(笑)。

チャンさん そうそう。アイデア先行で喋ってた。そうこうしてるなかで、「やっぱり自分の場所を持ってみるのもアリかも」と考えるようになって。その時に偶然この物件に出会えたし、公務員としてローンを払っていく形なら手が届く範囲だったから、思い切って買ってみようと。

だんご 30代前半で、いきなりビルを買っちゃったんですね。すごい。

チャンさん 当時は「住み開き(※)」って言葉も流行っていて。友達にもそういうことをしている人がいたし、場所を開くと知り合いや友人が増えていくって実例も見ていたから、自分としては自然な発想やったんです。

※「自宅の一部を自分の好きなこと・表現をきっかけに、他者に無理なく開放する活動」をさす言葉。日常編集家・アサダワタル氏が2008年に提唱し、まちづくりや地域コミュニティに関心がある層へと広まった

だんご 当時、周りの公務員の同僚とかには話したりしてたんですか?

チャンさん 話したりはしましたけど、伝わってはなかったですね。そもそも当時は……そうや! まだいぬいくんと、もうひとりの友達と3人でルームシェアをしてたんですよ。それも職場で話したら「え? ルームシェアしてんの?」って感じやったし。ビルを買いますって言っても「え? 結婚もまだやんね?」って(笑)

だんご 聞いてると、チャンさんっていろいろ早かったんでしょうね。ルームシェアも住み開きも今だとだいぶ普通になってきたし、ローカルで活動する公務員も増えてきましたし。

チャンさん 当時はまだ、無意識に「公務員でそういうことをするって無理ちゃう?」って思う人は多かったと思います。副業の範囲もある程度定められているし。

僕の場合は、INCLINEの活動で儲けようとしてこなかったからできたし、それは公務員って本業があったから成り立ったことだと思います。

いぬい なんか、チャンさんってずっと「人のいる場所」が好きやったじゃないですか。パーティーにも行くし、飲みにも出るし。そういうチャンさんが「場所を一棟借りたら、楽しく使いこなせるんちゃうか」って考えたのって、当時見ててもすごい自然なことだったんですよね。ルームメイトとしても。

チャンさん あ、ほんまに? 自分としては結構ビビりながらやったけどね。ローンもウン十年もあるし(笑)

いぬい 実際にやってみて、どうでした?

チャンさん やっぱり、一回やってみてわかったことは多かったかな。参道商店会にも入らせてもらってるんやけど、自分で場所をやったら視点が全然変わった。

地元でお店をやってる人は何に不満を抱くのかなとか、それを行政に通すためにはどういう言い方をしたらいいんかなとか。行き来しながら考えるようになった気はする。

イベントでは、住居に近い2階を解放することも。人の集まる場所として、その場を開いてきた

いぬい どっちの顔もあるわけですもんね。行政側と、まちで場所を持ってる人としての。

チャンさん そう。今やったらまちのみんなには「パーティーとかできるといいですよね!」って言いつつ、市に通すときは「カジュアルな見学会を……」って言えると思う(笑)

だんご チャンさんみたいな動きをする公務員の方が増えると、違う立場の人同士の気持ちを翻訳できる人が増えていきそうですよね。

チャンさん 実際に前職の職場の同僚たちが、INCLINEを視察に来てくれたこともあって。その時は「こういう場所をこんな使い方ができるって、想像したことなかった」って言ってくれて。やっぱり1つの方法として、自分で地域の会議に出てみるとか、地域で場を持ってみると見えてくるものってあるんかもって思いましたね。

 

続けていくこと、モチベーションの難しさ

いぬい まだ答えは出てないかもなんですけど、結局、INCLINEってなんなんですかね?

チャンさん これを言ったらおしまいかもしれんけど、結局「家」でもあるんよな。1階でイベントも展示もライブもやるけど、家でもあって。

だんご 家! たしかにビルを買って、公務員で…とかって変わってますけど、言ってみたら「イベント好きで家でいろいろやってるお兄さん」でもあるのか。

いぬい たしかに。INCLINEを「事業」としてみると今後のビジョンも心配したくなるけど、チャンさんからしたらもっと曖昧なものなんですね。

チャンさん 人件費もかかってこなかったし、コストは家賃だけやから、「ちょっと大きめの家」やね(笑)。僕が役所を辞めない限りは続けていけるかなと思う。

でも、これから僕らも「事業」的なことに向き合わないといけないと思います。カフェがはじまるのもそうだし、これから先、INCLINEを続けていくためには。

だんご なんでも最初はノリと勢いでいけても、それだけじゃ難しくなってきますよね。1周したあとでどう続けるか問題。

チャンさん 場所の風通しって意味ではもっともっとイベントとか企画をやって、新陳代謝をあげないといけないと思ってます。「INCLINEが面白そうなことやってるから、清荒神に行こうかな」って人たちのためにも。

いぬい 「店じゃない」けど「人が集まる場所ではある」っていうのが難しそうだなと思っていて。売上げとか、数字みたいなものだけがモチベーションじゃないわけじゃないですか。いまの難しさとかはないんですか?

チャンさん 難しさは……なんやろう? さっき言った通り本業で収支はあってるし。ここ1~2年は静かにやってたけど、最近はモチベーションも上がってきて。

いぬい それはなんでですか?

チャンさん 結婚したのが大きかったかなあ。実は、妻のことりが僕と同じタイミングで仕事をやめて。これからはINCLINEの運営をやっていくって言ってくれてるんですよ。

いぬい それは大きな変化ですね!!

 

夫婦ふたりで、人があつまる場所をつづける

いぬい あ、噂をすれば……。

用事を終えて帰宅した、ことりさんが登場! 早速、インタビューに混ざってもらいます

いぬい ちょうどチャンさんから話を聞いてました! ことりさんもINCLINEの運営に入っていくんですね。

ことりさん そうなんです。そもそも私がチャンさんと出会った時には、INCLINEははじまってたんですけど。ちょうどオープンから1ヶ月経った6年前くらいかな。

共通の知人が参加する忘年会で知り合って、「公務員だけど自分でビルを買って、スペースをはじめた」って聞いて。「変な人がいるなあ」くらいに思ってた。ちょうど展示もやってたので、実際にINCLINEにも遊びに行って、仲良くなって、付き合って結婚して。

いぬい めっちゃはしょってくれた。話が早くて助かります。

ことりさん 元々、自分も場所を開くことに興味はあったんですよ。私は東京出身なんですけど、ローカルな場づくりに興味があって、ギャラリーを併設した京都のホテルで働くのをキッカケに関西に来ました。そのあと、大阪にある“千鳥文化”ってスペースのカフェ・スペース運営をしたりしていました。

だから私の中で、これから私がINCLINEの運営をやるというのは自然なことというか。キャリアとしても違和感がないんです。

ことりさんが昔働いていた「千鳥文化」は、食堂・バー・ホールなどさまざまな商いと交流の機能を持つ文化複合施設。造船のまちとしてさかえた大阪・北加賀屋に1960年代に建てられた「旧千鳥文化住宅」を再生した、あたらしい地域の交流の場です

ことりさん むしろ、今のINCLINEにもったいなさを感じてもいて。やっぱりチャンさんの仕事柄、開けられるのは土日だけだし、展示以外の活用方法も試していいと思うし。

千鳥文化のカフェは、もともと街に開けたハブのような場所を目指していたので、そこが毎日開いていることの意味や、お客さんが自然と「あそこに行こう」と思える状態をつくることの大切さを感じていました。INCLINEもそんなふうに、もっと開いていけたらと思って。

いぬい もっと場所として開いていく。

ことりさん まちに対して、もっとソフトの面で提供できるものがあるというか。自分自身、人とどう関わって、どうまちを楽しくしていけるか?ということがやりたいなと思っていました。

だから、もっとINCLINEを人が集まる場所にしたいし、好きな作家さんを紹介する場所でもありたいなと思ってます。

チャンさん ちなみに、INCLINEに引っ越してみてどうやった……? 外から見てくれてた時と、一緒に住みはじめてからとで、違ったところもあったかもしれんなって……。

いぬい こういう機会じゃないと聞けないやつですね。

ことりさん それで言うと「チャンさんって凄かったんやな」と思いましたよ。

さっきは「もっと開きたい」って言ったけど、そもそも平日週五で働きながら、土日にイベントを企画したり、INCLINEに好きな作家さんとか料理人さんを引っ張ってきたり、他の場所にも遊びに行ったり。そこで出会った人たちを清荒神と繋いだり……

「自分の遊びでもあるから」とは言うんですけど、INCLINEのことしてない休日も、友達のイベントの手伝いとかしてて。「めっちゃパワーあるやん、この人!」って思いました(笑)。

チャンさん 遊ぶの好きなんですよねえ。

ことりさん 昼間から神戸のフェスに遊びに行ったのに、夜は移動して京都で飲んだりしてるんですよ。変ですよこの人(笑)。

だんご それはけっこう変です。行動力オバケ。

チャンさん 気づかんかった……(笑)。

ことりさん これからは、チャンさんの脳も借りながらですけど、メインで動かしていくのは自分になると思うので。一緒に運営していけたらいいなって思いますね。

4月からは、1階でことりさんがカフェを営業中

いぬい 体制が変わって、INCLINEも再出発というタイミングですね。今後の具体的な目標とかってありますか?

チャンさん ことりがINCILNEをやってくれるのはほんまに心強いです。でも、同時に「共同で場を運営すること」の難しさも、ふたりとも分かってると思う。まずは、ふたりともやりやすい形で、最高の状態を目指すことが一番かなと。

いぬい INCLINEという場所があって、そこに面白い人が集まってくる状態を、いかに続けられる形にするか。そこの共通認識がふたりの間にある気がしますね。

ことりさん 実は、ずっと続けてた周年イベントを「今年はもうええかな」って言った年があったんですよ。

フードを提供したり、音楽ライブをしたり、毎年大賑わいの周年イベント

チャンさん ちょうど結婚した年で、忙しくしてるうちに「今年はもうええかな」って思っちゃって。そしたらことりが「6年目で急に周年やらないの、変だよ!」って言ってくれて。

1周年の頃から、毎年あたらしいデザインで作り続けてきた「INCLINE周年Tシャツ」。枚数を重ねるごとに、年月を積み重ねてきた

ことりさん 元々は「なんで周年やって、こんなにちゃんとTシャツつくってるんやろ?」って疑問だったのに。いつの間にか「やらないと変だよ!」って言ってる(笑)

チャンさん 毎年相談してた友達のDJのみんなにも連絡が遅れてたし、Tシャツの発注もまだやったし……いろいろ乗り切れるかな?って不安やったんやけど……ふたを開けてみたらめっちゃ楽しかった。

DJのみんなも、恐る恐る連絡してみたら「周年やるやろ? 予定空けてるで」って当たり前みたいな顔して言ってくれて。

いぬい これまでの5年間やってきたから、ちゃんと「当たり前」になってたんですね。すごい。

チャンさん そういうことがあると、やっぱりINCILNEをやってよかったし、続けるって大事やな、って思う。

間に合った6周年のINCLINE Tシャツ。新婚旅行で足を骨折したチャンさんが項垂れている写真に、ことりさんがグラフィティな文字を入れた夫婦共作のデザイン

チャンさん 目標でいえば、どうやって若い人たちも来る場所にしていけるかな、と言うのは考えてる。

高円寺に「HoiPoi」ってイベントスペースがあるんです。そこは「ネグラ」ってカレー屋さんのふたりがやってるんですけど、ずっと尖ってる。DJいっぱい呼んで、漫画家さん呼んで、フード出してお酒出して……ほんまに「ザ・サブカル」みたいなイベントをして、ちゃんと人が集まってる。

この間、久しぶりにことりと二人で東京に行った時も、めっちゃ賑わってて。テーマを持ち込んで何かをやってくれる人がいて、ちゃんと人が集まって、それができる場所やと多くの人に知られてる。そんな状態は、結構理想やなと思った。

でも、HoiPoiをそのまま清荒神に持ってくるんも違うと思うから。どうしたらいいんやろうって考えてますね。

いぬい そうやっていろんな土地で見たものをINCLINEに落とし込んでいく作業を“ふたりでできる”っていうのは、めっちゃいいですよね。もっと面白くなっていくんだろうな、って聞いてて感じます。

チャンさん INCLINEってなんですか?って聞かれて、ずっと答えられなかったんですけど、今日言語化できた気がします。やっぱりどこまでいっても「家」なんですよね。

大きめの家に、面白い人いっぱい呼んで、まちに開いて。「INCLINEやったらやりたいことができそう!」ってずっと思ってもらえてたらいいね。

 

おわりに

公務員として働きながら、好きな町にビルを買って、人が集まれる場所を開いたチャンさん。「傾き」や「好奇心」という意味を持つ「INCLINE」という場所は、いまもいろんな“頼まれてもいないのにやりたいこと”を持っている誰かの居場所になっています。

町が移り変わるなかで、ひとつの場所に何ができるのか? そもそも、町はどう変わっていくといいのか。悩みながらも場所を持ち続ける彼は「結局、僕は恵まれてるんよな」と語ります。

一緒に動いてくれる人もいる、遊びに来る人もいる。出かけてばかりで町にいないときに「いないやん!!」と怒ってくれるご近所さんもいる。そんな状況を本人もわかっているのでしょう。

でも大丈夫ですよチャンさん。いろんな人に愛されながら、人が集まる場所をやる。多分、それがあなたの役割だから。

撮影:米田真也(INCLINEでのインタビュー)
編集・撮影(清荒神町歩き):友光だんご