「本を読むのは99.9%が一般人」独自の文学賞をことでん×香川のブックバーが仕掛けた理由とは

2019.01.28

「本を読むのは99.9%が一般人」独自の文学賞をことでん×香川のブックバーが仕掛けた理由とは

香川県高松市にあるブックカフェバー『半空(なかぞら)』が地元のローカル電鉄「ことでん」と共にに立ち上げた独自の文学賞『半空文学賞』。その審査員はなんとプロではなく一般人だというから驚き。文学好き以外にも愛される文学賞と「ことでん」の秘密をマスターの岡田陽介さんに聞きました。

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    こんにちは。編集者の今井雄紀と申します。香川県は高松市へとやってきました。

     

    高松駅から、かわいいローカル電車「ことでん」に乗って二駅の瓦町。小さな飲み屋がひしめきあう古馬場町の少し南の路地裏に、そのお店はあります。

     

    店の名は、半空(なかぞら)

    2002年にオープンした、このブックカフェバーは『コーヒーと本と音楽』をテーマに、昼はカフェとして、夜はカフェバーとして営業しています。

    それだけ聞くと、地方の県庁所在地にひとつはありそうな、雰囲気も使い勝手もいいお店という印象です。

    ただこの店、

    ・「プロ」ではない一般人が審査員という独自の文学賞を主催していたり

    ・引きこもっていた男性を居候させて自立できるようサポートしていたり

    と、ちょっと……いや、かなり変わっているようです。

     

    カフェ営業も落ち着いた夕方ごろ。ゆったりとした店内で、マスターの岡田陽介さんにお話を伺いました。

    高松が、盛り上がっている

    今井 「本が棚におさまってないですね」

    岡田 「そうですね(笑)。この通り本だらけなので、気になった本を手に取ってそれを読みながらゆっくりしていってくれる人も多いです」

    今井 「まだお邪魔して数分ですが、すでに『こんな店が近所にあれば……』と思わせてくれるお店ですね」

     

    岡田 「ありがとうございます。僕自身が欲しかった店を作っているつもりです」

    今井 「岡田さん自身は、高松のご出身なんですか?」

    岡田 「はい。ここのすぐ近くの学校に通ってて、馴染んだ土地です。まぁ高松は四国の玄関口みたいなところですから、人の流動性もあるし、適度に風通しも良い街というか」

    今井 「昨日から滞在してるんですけど、外国人観光客、特に欧米の方の多さにびっくりしました」

    岡田 「欧米の方の割合が高いのは、高松ならではの特徴かもしれません。2019年は、瀬戸内国際芸術祭もあるから、またどっと外国人観光客が増えるでしょうね。芸術祭はじめ、文化的な面でも元気です。最近は個人書店とかも増えていて」

    今井 「新しいお店を出す人は、移住してこられて……という感じですか?」 

    岡田 「いえ。僕の同い年くらいで知ってる人たちはみんな『帰って来た』人たちですね。高松出身だけどいちど外に出て、そこで学んだ知識や技術を携えて帰ってくる。僕はそういうのが嬉しいですけどね。そういう流れもあるし、今、高松は盛り上がってると思いますよ」

    今井 「今日『ことでん』(高松琴平電気鉄道琴平線)に乗ったんですけど、駅の中にビアスタンドがあって、オリジナルのクラフトビールが売られたりして面白いし、活気があるなと思いました。あんな駅が通勤路にあったらいいなって」

    岡田 「ことでん、すごいですよね。いちど経営破綻したのによく盛り返したなと思います」

    今井 「つぶれているんですか?」

    県民から嫌われていた「ことでん」

    岡田 「はい。経営破綻した後に、外部から来た真鍋親子が経営を任されてからは、すっかり黒字経営ですよ」

    今井 「へー!」

    岡田 「今の真鍋康正社長は先代からさらに業績を伸ばしていて。まだ42歳なんですけど、香川の日産とかゴルフ場とかいろんな企業の取締役とか経験していて。カリスマなんですよ」

    今井 「たしか、くるりの整備工場ライブとかもしてらっしゃいますよね」

    岡田 「してました。そのほかにも、車両を貸し切って飲み放題のパブにして走らせたり、『あなたの家の前に敷きませんか?』って線路を売りに出したり。でも真鍋さんはビジネス書や経営書の類いはほとんど読んだことがないような人で」

    今井 「えぇっ!?」

    岡田 「経営に関する本は読んだこともないし読む気もないと。ただ文学だけは俺めっちゃ好きやからって、文学作品ばっかり読むんですよ。だけどそういう面は多分、僕らが文学賞を一緒にやるまでは誰も知らなかったんじゃないかな」

    今井 「経営者の方って、ジョブズやドラッカーの本を読み込んでるんだろなってイメージありますよね」

    岡田 「本当に頭が柔らかくて、凄い人ですよ。37歳でことでんの経営に携わってそこから黒字経営を続けてるっていうのは、人口の少ない都市の私鉄においては奇跡みたいな話で」

     

    今井 「人口がどんどん減ってるんだから、売り上げなんてそう簡単に変わらないですよね」

    岡田 「そうなんですよ。全国の私鉄では人口の減少とともに乗降者数も減ってるんですけど、不思議なことに、ことでんは乗降者数が上がってるんですよ。おかしいんですよね」

    今井 「へー! 確かに不思議」

    岡田 「で、これがなんでかっていうのを聞いたら、理由は一つではない。いろんなことが重なってるんやと」

    今井 「みんなことでんのことが好きなんでしょうね。さっき乗ったんですけど、自動改札通過時にも駅員さんたちが気持ちよくあいさつしてくださって、雰囲気いいなーと思ってました。『ことでん』という通称からも、市民の愛着を感じます」

    岡田 「実は昔は嫌われてたんですよ。駅構内は汚いし、駅員の愛想も悪いから『殿様商売や』ってめちゃめちゃ嫌われてた。で、経営破綻ですよ」

    今井 「ほー!」

     

    岡田 「そこで白羽の矢が立ったのが地元出身の真鍋親子だったんですよね。でも当初は『俺もことでんが大嫌いだから、絶対に経営したくない』と」

    今井 「ははは」

    岡田 「それでも他に適任がいないってことで押し切られたんですよ。結果、きっちり再建してるから、親子そろって本当にすごいです。今はめちゃめちゃサービスいいですよ」

    私鉄に問い合わせをした5分後、店に社長が来た

    岡田 「僕もことでんは、高校の時にずっと使っていて。通学中、ずっと車内で本を読んでた思い出があります。あるとき、久しぶりに乗ったらほとんどの人がスマホを見てた。それもええけど、ことでんに揺られて本読むの最高なのにな〜って」

    今井 「リズムに乗って読めますよね」

    岡田 「でしょ? でも、この人らに本読めって言っても読まんしな〜と思った時に、ふと思いついた。ことでんにまつわる2ページくらいの作品なら、この人らでも読むやろと。すぐに社長に『一緒にことでんをテーマにした文学賞を作って、乗客の方に読んでもらいませんか?』と声をかけたんです」

    今井 「いきなり声かけ? そもそもどうして声をかけることができたんですか? 繋がりがあったとか?」

    岡田 「いや、繋がりはなんもなかったです。ダメもとで会社の問い合わせフォームに送ったら、5分後くらいに社長の真鍋さんがお店まで来てくださって。『近くにいたんや!』って」

    今井 「へー! お問い合わせメールを社長が見てるのも、5分で店に来るのもすごい」

    岡田 「それで是非やりたいと言ってくださって。話を聞いたら、真鍋さんがフランスに行った時、田舎の私鉄の駅に小説の自動販売機があったんだと」

    今井 「ほう」

    岡田 「その自動販売機にはボタンが3つあって、1を押したら1分で読める小説が。3は3分。5は5分。レシートが出て来るみたいに、小説が紙に印字されてビーッと出て来るらしいんですね。で、お客さんは電車待ってる間にピッとちぎって電車の中で読んでると」

    今井 「それは無料なんですね」

    岡田 「無料。真鍋さんはそのシステムをみて『めっちゃええやんこれ!』と。ことでんも都会の電車じゃないから待ち時間も長いし、遠くから乗って通勤している人も多い。だから、自販機システムみたいなことをいつかやりたいなと思っていたらしいんですよね。そこで僕から話が来たと」

    今井 「タイムリーだったんですね。でも文学賞ってどういうことですか?」

    ネットから切り離された「半空文学賞」

    岡田 「『半空文学賞』というものをやってるんです。今年で4回目になります」

    今井 「どんな賞なんですか?」

    岡田 「有名な文学賞、例えば芥川賞とか直木賞って、基本プロが選ぶじゃないですか」

    今井 「そうですね」

    岡田 「それにちょっと違和感を感じてて。だって本を読む人は99.9%プロ『じゃない』人たちだと思うんですよ。なのになんで作家の選んだものがいいとされ、大賞とされるんだろうって

    今井 「なるほど」

    岡田 「たとえば裁判員制度みたいに、市民からランダムで選ばれた人に選考してもらったほうが、本当に面白いものが出てくるんじゃないかと。だから、素人が選ぶ文学賞にしようと」

     

    今井 「応募は、どうやったらできるんですか?」

    岡田 「応募は、持ち込みか郵送限定です。メールは受け付けないようにしていて。テーマに沿ったものでA4用紙1枚に収めてもらえれば、形式は問いません。小説はもちろん、詩でも俳句でも、なんでもOKです」

    今井 「Webの窓口はないんですね」

    岡田 「文学賞自体はネットで告知してるんですけど、作品はこの店に来ないと読めないんです。投票できるのも店に来た人だけ

    今井 「ほう!何か理由があるんですか?」

    岡田 「たとえば『芸能界の噂話』みたいな遠い世界のことって面白いけど、もしかしたら『このお店にいる人が書いているかも』とか、『目の前の日常を書いているのかも』っていうリアリティはないんですよ」

    今井 「確かにそうですね」

    岡田 「けど地元の私鉄『ことでん』をテーマにして書いた作品があったら、ふと手に取った時にちょっと読んでみようとなるかもしれない。いざ読んでみたら『うわっ、これっていつも俺が乗ってる車両のことちゃうか?』ってなったりする」

    今井 「文学と現実が近いわけですね」

    岡田 「はい。僕は、そういう現象を作りたいんです。その距離の近さが人間らしくて、あったかいなって。だから、送られて来た原稿をそのまま掲載してるんですよ。手書きだったり、パソコンだったり、絵を描いてたり。文字って人柄が出るんですよね」

     

    今井 「ほんとだ! 縦横も全然違いますね。このお店で書いていかれた人なんかもいるんですか?」

    岡田 「いますいます。ここが舞台になった話もありますし」

    今井 「おもしろい!  極端な話、僕が今なにか書いて出していってもいいってことですもんね」

    岡田 「いいです。テーマに軽くタッチさえしてれば、3行の話でもいいんです。やっぱり嬉しいのは、作家になりたいわけではない人も、たくさん書いてくれたこと。そういう人の作品が意外と『これめっちゃええやん!』って言われたりするんですよね」

    今井 「みんな、書いてくれるものなんですね」

    岡田 「そうなんですよ。それに、もともと本を読まない人でも、このA4一枚の話だったら読んでみるかとなってくれて。結局読み手としても書き手としても、本に触れることのなかった人たちを文学に触れさせることができた。ここにやりがいがあったし、文学を起点にして人生にあったかいものが増えたら楽しいやろうなって」

    今井 「うんうん」

    岡田 「やってる僕も楽しいし、その実感はずっと感じてますね」

    今井 「作品に記載されているのは、すべてペンネームなんですね」

    岡田 「はい。だから、直接持ってきてくれた場合は別として、僕も含めて、誰の作品なのかは一切わかりません。そこがおもしろいところなんです」

    「肩書きを下ろせる場所」が必要

    今井 「岡田さんが本を読むようになったきっかけが『ブックオフ』だったというのを、過去に受けられたインタビューで拝見しました」

    岡田 「そうですね。ずっとブックオフの本を読んでました。今この店に並んでるのは、そのとき好きになった作家のものばかりですね。もう今ではなかなか行かなくなりましたけど、やっぱりその中学生時代の体験が『本』を好きになったきっかけですね」

    今井 「お友達にも、本好きの方がいらっしゃったんですか?」

    岡田 「いえ。だから友達の誘いもほとんど断ってたんですよ(笑)」

    今井 「ふふふ」

     

    岡田 「バーベキューやスノボとか、みんなでワイワイするのが僕苦手だったんですよね。だから高校入ったら、バイトして、ジャズ喫茶行って、本読んで。そういうことが好きでしたね」

    今井 「誰かと一緒にというわけでもなく……」

    岡田 「もうずっと一人で。で、高校生が背伸びしてジャズ喫茶なんて来てるもんだから、他のお客さんがすごい大事にしてくれたし、厳しいことも言ってくれた。

    その時に思ったのが、家に帰れば『家族』がおって。学校に行けば『生徒』だし、幼馴染と会ったら『友達』だし、バイト先だったら『先輩・後輩』。でもジャズ喫茶だと誰も『肩書き』で僕を扱わないんですよね

    今井 「はい、はい」

    岡田 「年齢とか関係なく。そういう場所って一人一つは絶対必要だよなって思ったんですよ。やっぱ友達とか家族に言えないようなことを、お店で知り合った人には言えたりするし。『肩書きを外せる場所』が必要だなとその時に思ったんですよ」

    今井 「いいですねえ」

    岡田 「でしょ。だから、そういう店をおれも作ろうと思って。『本』と『音楽』と『コーヒー』という、好きなものをテーマにしてはいるんですけど、もっと根底のところでは『肩書きを外せる場所も必要やろ』というのがベースにあります」

    ひきこもりの青年と、2年の共同生活

    今井 「高校生の岡田さんにとってのジャズ喫茶がそうだったように、誰かの居場所になれている実感はありますか?」

    岡田 「ちょっとだけ、ありますね。引きこもりの子が店に来て、話をしてるうちに、2年間一緒に住むようになったりして

    今井 「さらっとすごい話した!」

    岡田 「ははは。27歳の男の子で。この街にも店にもたまたま来た子だったんです。そこから、なぜかこの店に通ってくれるようになって。話の中で『君はそもそも社会に出たいんか?』って聞いたら、その意思はあると。じゃあ、うちに住んで手伝ってみる? って提案したんです」

    今井 「へえ〜。そこからどうなったんですか?」

    岡田 「話し合った結果、彼はここで居候することになりました。『ここにおったらいろんな人に会えるし、なんかまずいことがあっても俺がおるけん』って伝えて。そこから2年、ですね」

    今井 「なるほど」

    岡田 「でもね、やっぱり引きこもっていたから、せっかく店の人と知り合っても対人関係がうまくいかないんですよ。その度にどうするかって話しながら、いろんなことを朝まで話し続けて。

    そうこうしてるうちに、その子の親が『うちの息子は心の病気持ちだから、外に出しとくと他人に迷惑をかける。家まで戻してくれ!』って言いに来てね。そこを説得するのが一番難しかった」

    今井 「まあ親御さんは心配ですよね」

    岡田 「そう。でも『お父さんがそう考えてるのはそのままでええけん。だけどちょっとやらして!』って言って。『もし重大なことがあったらお父さんにすぐ連絡するから』って。結局、どんどん元気になるわけで。

    そのうちお父さんが菓子折り持って来てくれるようになったりもしたけど、そこに持って行くまでが大変でしたね。親は病気だと思ってるから、子供は二重にしんどいですよ。学校行ったら、いじめで死ぬかもしれん。家におっても病気やと思われてる。これは地獄です」

    今井 「ここで人との距離感をつかんだ一方で、親御さんと離れたのも良かったんでしょうね」

    岡田 「2年間経って、そいつも頑張って、自分を上手くチューニングしたんでしょうね。バイト掛け持ちして一人暮らしまで始めて。今は一人で食っていけてますからね。

    『今日泊まるとこがない』って若者を、その子が連れて帰ったりもしてて。僕が住まいを提供してた子が、他の人を泊まらせてる。なんかすごい良かったですね」

    今井 「いい話。どうしてそんなことができるんですか? 家に知らない人が住むなんて……」

     

    岡田 「そいつのためにやってるって気持ちが全くないからかもしれないです。雨が降ったから傘を差したのと同じくらい反射的なことで。深く考えてないんです。ただちょっと困ったのが、街で噂になるんですよ」

    今井 「あ! ということは……」

    岡田 「噂を聞きつけた別のお父さんが来て『うちの引きこもりもどうにかしてくれ!』って」

    今井 「やっぱり!」

    岡田 「いや、仕事じゃないから、それはちょっと無理なんだけど……(笑)ってね。ただ、そういう話がたくさん来る中で思ったのは、普通に生活してると見えないだけで今そういう若者がめちゃめちゃ多いんやなと。びっくりしました。店をやってると、予測不可能なことがあるから、それが最高ですね」

    「悠々と急ぐ」

    岡田 「すごく好きな言葉に『悠々と急ぐ』というのがあって。開高健の言葉なんですけど」

    今井 「いい言葉! ただちょっと矛盾を感じる表現ですけど、どう解釈されてますか?」

    岡田 「例えば、釣りに行ったときって待つ時間が長いじゃないですか。そんな時せっかちな人って『まだか……』ってイライラしちゃうと思うんです。

    でも逆にのんびり待つのが得意な人は、いざ魚がバっと食いついた時に対応できなかったりもする。だから釣りをする人はのんびり屋であると同時に性急な部分もなきゃいけない」

    今井 「はい、はい」

    岡田 「西田幾多郎という有名な哲学者が『絶対矛盾的自己同一』という本で『相反するものが大事』と書いてるんですけど、全てのことに言えることなんじゃないのかなと。そういう風に僕はその言葉を捉えてます。なんか良いなぁって」

    今井 「お店を作っていかれる中でも、当てはまる場面がありそうですね」

    岡田 「カウンターで隣同士になって友達になる人も多いんですけど、多分あの二人は合わないだろうなと思うこともあります。『片方は意気揚々としてるけど、受けてる方はすごい嫌がってるな』みたいな」

    今井 「ありますよね」

    岡田 「今この瞬間だけ見たら席を分けたほうがいい気もするけど、『この人最初は苦手だった』と思っても仲良くなるみたいな人めちゃめちゃあるから、長い目で見たらわかんないし、それも修行になるかなと。だからわかっていてもほっとくみたいなのはありますね。まあそういうこともあるよ、と」

    今井 「お客さんとの信頼関係がなせる業ですね」

    岡田 「そうかもしれませんね。次来てくれたときに解説する前提というか。おっさんになって、そういうのができるようになってきました」

    今井 「うんうん」

     

    岡田 「若い時はやっぱり、できることをやってしまってた。『これ、俺が分けてあげればいいな。気を利かせてやろう(スッ)』みたいな。だけど大人になったら、そういう苦い思い出もいずれ栄養になるしな、と」

    今井 「若いうちから半空に通える人がうらやましいです」

    岡田 「ははは。そう思ってもらえてたらうれしいですね」

    こんなお店に通いたかった

    取材は夕方、比較的お客さんの少ない時間に行いました。つまり、お酒を飲むことはなかったんです。なかったんですけど……こんなすてきな話を聞いたら、どうしても飲みに来たくなっちゃって。予定を変更して、高松に残ることにしました。

    22時ごろ戻ってくると、木曜日にもかかわらずお店はほぼ満席。

    カウンターの端、角の席では大学生3人がこれからはじまる就活への不安で共感しあっていて、その隣ではカップルが店内にあった『POPEYE』で理想のデートについて議論し、その奥ではそれぞれひとりで来た20代と思しき女性4人がハイボール片手に本を読んだり、ただぼーっとしたり。なんと、スマホをさわっている人が誰もいません。

    岡田さんは僕の顔を認めると少し驚き、「あれ? 泊まりだったんですか?」とやわらかい笑顔でおしぼりを出してくれました。

     

    隣の席になった、常連さんだという大学4年生の女性と少し話しました。

    「どんなきっかけで通うようになったんですか?」

    「ジャズ研究会の先輩に連れてきてもらったのがきっかけで通うようになりました。最初はドキドキしたんですけど、だんだん居心地がよくなって」

    「いつも夜、ひとりで?」

    「ジャズの勉強会が開かれることなんかもあるので、そういうのに、彼氏と一緒に来たりもします」

    「こんないい店が近所にあってうらやましいです」

    「えー。東京ならありそうですけど」

    「ないんです」

    「そうなんですね。なんか、うれしい。金欠で2、3ヶ月に1度しか来れない時期もあったけど、これからは出来るだけ通います!もうすぐ卒業なのでやりたいこと全部やるんです」

    岡田さんはお酒をつくりながら、その話をうれしそうに聞いています。

    僕は「ほらやっぱりうらやましい」と思いながら、「百年の孤独」のソーダ割をぐいっとやるのでした。

     

     

    撮影:藤原慶

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    この記事を書いた人

    今井雄紀
    今井雄紀

    1986年生まれ。滋賀県出身。新宿在住。新卒でリクルートメディアコミュニケーションズに入社し、Webディレクターとして勤務。2012年より、フリー編集者として星海社に合流し新書を中心に編集業務を遂行。2017年6月、編集とイベントの会社ツドイを設立。社長1年生です。

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