
ジモコロ編集部の徳谷柿次郎です。
先日、久しぶりに山形県鶴岡市の山澤 清さん(推定80歳)を訪ねました。日本古来の「在来種」を600種類以上保存し、継ぎ手が現れなければ「燃やす」と言い切った人です。
初めて会ったのは10年近く前。温室に入った瞬間から山澤さんはトップギアで、「微生物フェチ」「乳首上げ計画」「2052年5月28日に息を止めて死ぬ」と、次々と謎の言葉を放っていました。
何を言っているのかよくわからない。けど、なぜか目が離せない。気づいたら「マッドサイエンティスト農家」と名付けて記事にしていました。
その後も取材を続けるうちに、彼の言葉の奥に、植物や微生物の研究から導き出された深い哲学があることがわかってきました。
「在来種を残す」という途方もない目標と、「継ぐ者がいなければ燃やす」という容赦のない覚悟。その生き方は、まるで「未来が見えなくても、やる」という、意志そのものに思えました。
久しぶりに会った山澤さんは、少し変わっていました。足の重りは外れていて、長年続けた食用鳩の養殖もやめていた。伝統野菜とハーブのレストランも畳み、その事業をどんどん手放していた。
でもその目は、全然死んでいなかった。むしろ10年前よりも深いところから、こちらに輝きを放っているようにも思えた。
これから始まる話は、あの「燃やす宣言」からのその後を追った、今、この瞬間を生きる男の現在地です。
語り口とトーンを縦動画で撮ったので、まずはこのニュアンスをインストールしてください。きっと記事を読みながら山澤さんのニュアンスが脳内再生されます
「重り」を外して、新たな道へ

「山澤さん、こんにちは〜!」
「何あなた、また来たの! 何回目?」
「3回目です。山澤さんに会いたくて来ちゃいました。記事のこと覚えてます?」
「ああ、面白おかしく書いてくれてたな〜」
「いやいや……って、あれ!? 足の重りがないんじゃ!?」


前回の山澤さんの足。片足3kgずつ、計6kgの重りを着用
「そう、あれはもうあんまりつけてねえ。膝やられっちまうからダメだ」
「前回は両足で6kgつけてましたよね! じゃあ、あのカッチカチのお尻は?」
「ちょっと柔らかくなった。80のジジィの尻がカチカチなんて気持ち悪ぃ」
「そっか、山澤さんもう80か〜。変わっていきますねぇ」
「だな。おれ、40年間食用鳩の養殖やってたろ。去年やめたの。すべて処分した」
「えぇ! あの高級店に卸してた鳩、やめたんですか!?」
「そう、あんなもの構ってらんねぇの。あとほら、アルケッチャーノの奥田シェフと立ち上げた伝統野菜のレストランもあったが、あれも今休んでんだ」

お休み中の伝統野菜とハーブのレストラン「土 遊 農」では、山澤さんが手がけた伝統野菜をふんだんに使ったプレート料理を提供していた
「なんと、じゃあ今何してるんですか? 普通のおじいちゃんになった?」
「大豆の研究だぁ。毎日6時間以上本読んでる。論文も取り寄せて、片っ端から読み漁ってんな」
「へぇぇ、大豆!その変化、めちゃくちゃ気になります」
「そうだろ。その話の前にな、ちょっとタバコ飲んでもええか?」
「あ、もちろんです」

「あー、落っ着くな」
「山澤さんヘビースモーカーですよね。今も毎日60本吸ってるんですか?」
「おう、そうだぁ。死ぬ気でやってる。歯の裏は真っ黒になっけどな!」
「相変わらずですね。でもお元気そうだ」
「くたばってらんねぇ。大豆極めるのにあと30年はかかるんだから」
「30年って! じゃあ、110歳までやらないとじゃないですか」
「そうよ、えらい迷惑な話だ。人類にとって大事なことなのに、誰もやらないんだから! まあ、人類なんてどうせ滅亡するからおれの知ったことじゃないけどな」
10万人から電話があっても「容赦なく燃やす」

山澤さんの温室では日本中から集められた在来種の野菜が植えられている
「そういえば、山澤さんずっと在来種を保存してきたじゃないですか」
「うん、よく覚えてんな」
「『残す価値のない社会になってたら燃やす。執行猶予を与えてる』って確か言ってましたけど、あれどうなりました?」
「燃やす。容赦はしないな」
「そこの意志は引き続き固い!」
「でもチャンスは作ったんだから。2年間限定で連絡先を公開して、10万人から連絡あったらひとまず延期ってことにしたの」
「10万人ってまた途方も無い人数! 連絡はあったんですか?」
「そりゃもう。日本、アメリカ、ヨーロッパ、もういろっんなところから来て、みんなに『捨てないで〜!』って言われたんだから。一日1000件ぐらいLINE来るときもあった」
「すごい。全部対応したんですか?」
「たいがいな。電話来たら30分も40分も話してやったよ。なにせ暇だからね〜」
「いやいや、暇じゃないでしょ」
「暇だよ〜。道楽でやってんだからこれ!」
「山澤さんの道楽に、みんな価値があると思ってるってことですよ!」
「あのなぁ、そう思うなら本気でやってみなさいって。『捨てないでぇ〜』じゃないよ。男と女じゃないんだから」
「本気の人がいなかったんですか?」

「熱心な人はいた。日本に古い野菜を残したいからってなぁ。うん、素晴らしい!って思ったよ。でも、金の話をしたらみんな諦めてった」
「そうなんだ。でも、種は『あげる』って言ってませんでした?」
「うん、くれてやる。技術も教えてやる。でもなんていうかな〜、おれがこの道楽に“億”かけてきたってことがわかってない野郎が多すぎんなぁ。ただ、植えればいいって話じゃないんだから」
「あ、設備投資がいるってことですね」
「そうよ。大体、在来野菜ってのは交雑するんだ。それを防ぐためには品種ごとにハウスを作る必要があるの。ちゃんとやろうと思ったら、ざっと3億はかかる」
「3億円!!」
「そんでハウスができたら育てて、種取りもしてくべ。品種ごとに3年に1回、5年に1回、10年に1回のサイクル目ってのがあるから、それを逃さないようにしなきゃなんね」
「品種ごとって、めっちゃありますよね。管理も大変そう」

山澤さんが保存している在来種の一覧表
「簡単じゃあないんだから。おれがここまで集めるのに40年かかったんだ。それを全部くれてやるって言ってんのに、誰一人やろうとしないわけ」
「切ないというか、なんというか」
「な〜。これができるのはもう、金と暇を持て余してる裏社会の人だけだ。でも、そういう人は……や、ん、ね、ぇ、の!」
「やんなそう!(笑)」
「なぜか貧乏人だけが『お金あったらやりたいです』なんて言う。おっかしな話だねぇ」
「んんん〜、どうしたらいいんでしょう」
「知らねぇ。だからおれは言ってんの。金がないなら、宝くじでも買ってくださいなって。でもわかってんだ。そういう人は当たったってやんねぇよ」
「チャンスは与えたが、掴める人がいなかったと」
「うん。だから燃やすの。今年から種取りもやめたし、そろそろ時間切れだ」
志を持ったら、成功しない

「でもそれだけ連絡があって、みんな価値は感じてるはずなのに、なんでやれないんでしょうね」
「志がないんだ。今時、人類のことを考えて本気でやろうなんて人はいない。どうせみんな自分のことで一杯一杯だ。そんで楽な方に楽な方に、逃げてく」
「これは単純な好奇心なんですけど、山澤さんにとっての志って何なんですか?」
「あなた、そんなことおれに聞いてどうする。 志ってのはな、コンピュータにないものだ。AIにもない。人間だけがやれるやつ。わかる?」
「同じようなことをマッキンゼーの人が言ってた気がする!」
「誰だそれ。でも普通に考えて、そうだろ。AIは答えを出せるけど、なぜその答えを出すのかって問いは持てないんだから。でも、はっきり言っておく。志なんて持ったら成功しない」
「え、逆じゃないですか。志があるから成功するんじゃ」
「違う違う! よっぽど金とかエネルギー持ってたら成功するかもしれんが、普通の人間が志を持ったら、まず成功しない。おれを見てみろ! まったく成功してない」
「そんなこともないでしょ!?」
「実際、誰も継ぎ手が現れてない。志なんか持ったらうまくいかないんだな。それをわかってるのが今の若者だ」
「そうなんですね」
「賢いよ、今の若者は。でも、志がないとどうなるか知ってる? 何もなくなっちまうんだ。スッカスカの人間になる。人間凍み豆腐だ」
「例え方が独特! どうすりゃいいんですか?」
「どうもこうもない。そういう風に生きてりゃそうなるってだけよ。スカスカ同士で集まって生きていけばいい。凍み豆腐も、食べ方次第でうまいんだから」
「なんかフォローしてるのかしてないのかわからないけど、志って未来に向かう意志みたいなものじゃないんですか?」
「あのね、そもそも未来なんてないの。おれには0.1秒先の未来も見えねぇ。志っていうのはそのない未来に向かうこと……」

「ない未来を掴もうとする心なんだ」
「かつてないほど、いいこと言う」
「おれだってたまには気の利いたこと言うだろ。じゃあな、その志ってどうやったら持てると思う?」
「んん〜〜また難しい問題が!……足に重りつけたら持てますか!」
「それもある」
「あるの!?」
「自分の中にルールを持つって大事だ。そういう段階がある。そこには志が宿る。志があるから、ルールが生まれると言ってもいいな」
「混乱してきました!!」
「たくさん混乱しろ。そこから志が芽生えていくから。でも志を持ったら成功しないからね〜」
“ボランティアウイルス”に気をつけろ!

「山澤さんの話は、矛盾の中に独自の哲学が炸裂してて面白すぎますよ」
「まあ、おれの講演料50万だからな」
「いや、確かにその価値あるかも! どうやったらその領域にいけます?」
「簡単な話よ。自分をとっても大事にすればいいの。そうすればヤマちゃんみたいになれるよ。前にも言ったろ? おれスタンド使いなんだ」
「『ジブンバッカシ』ですよね」

前回の取材で飛び出した山澤さんの名言
「そうだ。みんなちゃんと自分を大事にしないから、おかしなことになる。戦争だって起きる。問題は、その自分を大事にするやり方ってものが、わからねぇってことなんじゃないの」
「たしかに学校では教えてくれないかも」
「そうだろう? 『人のために生きなさい』みたいな、きれいごとばっかり聞かされて可哀想だよな。そんな話、クソの役にも立たねぇのによ」
「そこまで言っちゃう!!」
「クソの方が肥料として役に立つよな。ちょっとおれの持論を述べていいか?」
「持論しかないですけど、どうぞ!」
「例えば、ボランティアってあるべ? 被災地とか行って、地元の人たちから『あんちゃん、ありがとう!』とか言われるやつなぁ。あれ、尊いと思う?」
「そうですねぇ〜、実際に役に立ってるなら」
「けどな、気をつけろ。ボランティアに行ったら感謝の快楽を覚えちまう」
「感謝されて気持ちいい〜!みたいな?」
「そう。それが一度でも入り込んだら、もう治らない。社会出ても『なんでここでは感謝されない?』ってなる。上司が認めてくれないとか、仲間が理解してくれないとか、あらゆることを『人のせい』にするようになるわ」
「人のせいかぁ……ボランティアが原因かはわからないですけど」

「勘違いされないように言っておくが、ボランティアは行ってもいい。ただ、人には会うな。やりたいと思うなら一人で行って、そこで自分のやれることをやって、誰にも会わずに帰れ! 感謝なんてされるな」
「極論! けど、感謝中毒になるなって話はボランティア以外にも通じますね」
「そう。自分がやりたくてやってるのか、感謝されたくてやってるのか、ごっちゃになってくことが問題だ。それが自分をわからなくさせる。そもそも自分は、自分のことしか考えられない人間だってことをまず知らないとな。すべてはそっからだ」
「そこからなんだ! じゃあ、志を持つのも?」
「持ったところでだめよ〜。自分を大事にできない人に何ができるの。植物は自分を大事にするから根を生やす。自分を大事にできないのは、根なし草と一緒だ。それでどこまで大きくなれるかな」
「前回は山澤さん、植物が根を張るのは不安だからって言ってましたよね。自分を大事にするってことは、不安と共に生きるってことでもある?」
「そうよ。不安がないと花は咲かない。その不安を引き受ける覚悟もないのに、『種捨てないで〜』なんてお気楽に電話してくるのが、今の人たちだな」
「そこに戻ってくる」
「人にどうにかしてもらいたいってのと、自分がやるってのは違うってことがわかってないわけよ。志以前の話だな」

<プルルルルル〜(電話の音)>
「ちょっと電話出ていいか?」
「あ。どうぞ、出てください」
「この会社からおれ、100万もらってっからさ。顧問なんだよ」
「急に経営者モードに!」

「はい、どうも〜! ええ、ええ! わからないことあったら、何でも聞いてくださいね!」
「(この変わり身……!)」
「……はい、はい! 私にできることはなーんでもやらせてもらいますからね。じゃ、どうも失礼しますね〜……ごめんごめん。で、何の話だっけ?」
「今のも、山澤さんの志……?」
「そうだ。金もらってんだから当たり前だ。引き受けたことは、最後まで精神誠意やることが大事なんだよ」
「中途半端が一番だめっていう」
「よくわかってるじゃない。筋を通してこそ、おれの道楽も生きるってもんよ。気分変えて、ちょっとハウスの中でも歩きながら話しすっか」
80歳、そして大豆に夢中になる

「山澤さんが今、夢中になってる大豆は、その道楽の集大成って理解でいいですか?」
「まあ、そう言ってもいいな。野菜を40年やってきてよ、やっと気づいたんだ。野菜では人類は救えない」
「野菜めっちゃ大事だと思ってたな……」
「大事だ。ビタミンとかミネラルとか、野菜からしか摂れないものはたくさんあるからね。でも足りないものがあるの。それがタンパク質だ」
「あー、たしかに。野菜だけじゃタンパク質は摂れないですもんね」

「タンパク質って人にもよるが、大人は大体1日70gぐらい必要だ。でも野菜食ったって全然足りない。キャベツとかレタスとか、あんなもんいくら食っても無理。だから肉を食うんだが、それがまた問題なの」
「肉の何が問題なんですか?」
「効率が悪すぎる。牛を1kg太らせるのに、穀物が15kgくらいいるんだよ。その穀物を人間が直接食えば、何人救えると思うの」
「家畜ってそんなに穀物食べるのか」
「豚だって鶏だって一緒だ。だからおれ、食用鳩もやめた。あんなの構うくらいなら、大豆植えた方がよっぽど人類のためになる」
「あれだけ力を注いでたことを手放す心意気がすごいですね」
「気付いちゃったんだからやるしかないよなぁ。大豆はほら、畑の肉って言うだろ。タンパク質が豊富で、しかも根っこに根粒菌ってのがいるから、窒素肥料もいらない。荒れた土地でも育つところがすごいんだから」

豆類の根には根粒菌が共生している。根粒菌は植物が自力では取り込めない空気中の窒素を栄養に変える
「なるほど。でも大豆って、そのまま食うわけじゃないですよね。食品として加工する?」
「そこは、『おから』だと思ってる」
「おから、ですか!!」
「そう。おからっていうのは、豆乳を搾ったあとに残る、あの繊維の固まりのことな。昔から『搾りかす』なんて言われてきたけど、実際は栄養が詰まった本体みたいなもんで、それをおれは『生搾り』したいの」
「『生搾り』って普通しないんですか?」
「普通は火を入れるな。でもそうすると無くなる栄養がある。おれは大豆の栄養をできる限り無駄なく、閉じ込めたものにしたい。それをどうやったらうまくできるかってことを考えるのが今は楽しいのよ」
「いや〜、山澤さんのおからだったら絶対うまいでしょうね」
「まかせてくれ。ただ、もうちょっと時間はかかるよ。日本には在来の大豆が150種類ぐらいあって、その中から今厳選してるとこだから。これだっていうものができるまでには……まあ、5年はかかるだろうなぁ」
「5年! 80歳からそれにチャレンジするってマジで狂ってて最高です」
「神のお告げだから」
「え、神のお告げ!?」
「何でやるのかって聞かれたらそう答えてる。いちいち説明するのがめんどくせぇの。神のお告げだったら一言で済むから楽だ」
「そこは、志じゃないんだ」
「違う違う。志持ったら成功しないって言ったよな。これはおれの道楽だよ。全部、暇つぶしなんだから」
おわりに

山澤さんの言葉は、いつも過激で、冗談のようで、でも最後には妙に静かなところへ着地するから不思議です。
「未来なんてない」と言いながら在来種を守り、「燃やす」と言いながらチャンスを残す。「志は成功しない」と言いながら誰よりも時間をかけて、熱心に探究を続けている。その矛盾のすべてが、この人の生き方そのものなのだと思いました。
在来種も、大豆も、おからも、どれも人類を救うかどうかはわからない。でも、誰もやらないことを、暇つぶしだと言いながら本気でやり続ける人がいるから、世界は少しずつ新しい景色へと変わっていくんでしょう。
「志は、ない未来を掴もうとする心なんだ」
山澤さんのその言葉がいつまでも頭の中でリフレインしています。もしこの先、どこかで彼の種が受け継がれたり、新しい大豆の食べ方が生まれたりしたら、それはきっと「未来を信じた」からではなく、ない未来に向かって「今やりたいことをやりきった」結果なのかもしれません。

あなたの「ない未来」に、やりたいことは何ですか?
構成:根岸達朗
写真:小林直博
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この記事を書いたライター
株式会社Huuuu代表。8年間に及ぶジモコロ編集長務めを果たして、自然大好きライター編集者に転向。長野の山奥(信濃町)で農家資格をGETし、好奇心の赴くままに苗とタネを植えている。






































