仕事や日常生活におけるモヤモヤを解消する手段として、近年、注目を集めている「コーチング」。コーチングとは、相手の話に耳を傾け、質問を投げかけながら内面にある答えを引き出していくコミュニケーション手法とされています。
言葉自体は耳にしたことがあり、気になってはいるものの「実際にはどんなことを聞かれるんだろう?」「コーチングを受けることでどんな効果が得られるんだろう?」とハードルの高さを感じている方は多いのではないでしょうか。
そこで今回は、イラストレーター・漫画家の吉本ユータヌキさんのコーチングを担当し、書籍「気にしすぎな人クラブへようこそ」の監修も担当されたプロコーチ・公認心理師の中山陽平さんに、コーチングの実際のセッションの進め方やその効果について、詳しくお話を伺いました。
「気にしすぎあるあるシチュエーション」の4コマ漫画と、気にしすぎ作家・吉本ユータヌキと公認心理師・中山陽平の対話を読み進めていくうちに、ラクに生きられるヒントが見つかります。
▶気にしすぎな人クラブへようこそ
コーチングとは「前向きな気持ちが湧いてくるような関係性」をつくること
中山陽平さん(以下、中山) 世界最大のコーチングに関わる組織、ICF国際コーチング連盟では、コーチングを「思考を刺激し続ける創造的なプロセスを通して、クライアントが自身の可能性を公私において最大化させるように、コーチとクライアントのパートナー関係を築くこと」と定義しています*1。
……と言ってもちょっと分かりづらいと思うので、僕なりに噛み砕くと「コーチとクライアント(=コーチングを受ける人)とのコミュニケーションを通して、クライアントがふだん目を向けない気持ちや考えに目を向け、前向きになれるような関係性をつくること」でしょうか。
コーチと話をしたことで、「やってみよう」というチャレンジの気持ちが湧いてくるような関係性をつくることをコーチングと呼んでいます。
中山陽平さん
中山 カウンセリングというのは基本的に、病気などによって日常生活を送ることに困難を感じている人が、平常運転するための力を取り戻すものです。コーチングは対照的に、日常生活は問題なく送れている、ある程度エネルギーのある人が、あえてステップを設けて壁に向かっていくチャレンジをするためのものですね。
カウンセリングの場合、カウンセラーはクライアントのストレスを取り除くことを目指しますが、コーチングでは、クライアントがストレスに感じて取り組めなかったことにコーチとともにチャレンジしていくので、コーチとクライアントは常に同じ位置に立っていて、同じ視点からゴールを見つめているイメージです。
中山 いろいろな悩みをお持ちの方がいらっしゃいますが、「会社を辞めたい」という声は特によく聞きますね。そのほかにも、部下との関係性で悩んでいるとか、親として子どもとどう接すればいいかに悩んでいるとか、本当にさまざまです。
中山 もちろんです。その場合は「モヤモヤを言語化する」というゴールを持ってコーチングを受けていただくといいと思います。ある程度の腕のあるコーチにコーチングを頼めば、そのゴールはおそらく初回で達成できると思いますね。
中山 自分の気持ちをさらけ出すことに抵抗があってなかなか素直に話せない方には、「素直じゃないままでいいですよ」とあえて伝えるようにしています。素直じゃない自分を認めてくれる相手の前でなければ、「素直になろう」とはなかなか思えないはずなので。
中山 そういう場合は、クライアント自身が使える知識や経験に頼らせてもらいます。例えば音楽が好きな方なら「その気持ちって、好きなアーティストの曲でいうとどんな曲に近いですか?」とか、「その曲はどんなときによく聴いていて、どんなふうに気分を変えてくれるんですか?」と尋ねたり。
そうやって問いかけていくうちに、徐々に自分の言葉で言語化できるようになっていくものなので、「喋るのがうまくないから……」と心配しなくても大丈夫です。
Point 💡
- コーチングとは【コーチと話をすることで、「やってみよう」というチャレンジの気持ちが湧いてくるような関係性を作ること】
- カウンセリングとは異なり【日常生活を問題なく送れている、ある程度エネルギーのある人がチャレンジをするためのもの】
- コーチングを受ける前に、自分の悩みを認識・言語化できていなくても大丈夫。「素直に話さなくては」と思わなくてもOK
コーチングセッションのゴールは、回数を重ねるごとに変わっていってもいい
中山 僕の場合になるのですが、まずは実際にコーチングを始める前にクライアントと30分ほどお話をする時間を設けます。その方が目指したい未来を明確にした上で、その後のコーチングを受けるか受けないかを判断していただくためです。
行動力のある方だと、その30分だけでモヤモヤが整理され、解決に向けてどう動けばいいかがはっきりすることも。そういった場合は特にこちらからコーチングを薦めることはしません。
コーチングを受けることが決まったら、最終的にクライアントがコーチなしで自走できるようになる状態を目指して、1時間×全6回のセッションを実施します。料金は10万円。回数や期間はコーチによってさまざまですが、現在は1時間3万円前後が平均額だと思います。
僕が知っているコーチには、専門的な資格やMBAを保持していたりコンサルタント職の経験があったりと、専門的な見識を持っている方もいます。そういった方はもう少し高額ですが、やはり問いかけの視点や視野が広いと感じます。個々人の悩みや目指すゴール、料金などに合わせてコーチを選んでいただくといいと思います。
中山 最初に言ったとおり、コーチングはあくまでコーチとの“関係性”なので、契約を結ぶまでの時間に自分が信頼できると思える関係性を築くことができるかどうかをひとつの判断基準にするのがいいでしょうね。
あらかじめコーチとお試しで話す機会がある方が安心して任せられる、という方もいれば、もっとサクサク進む方が話が早くていい、という方もいると思うので、そこは個人の心地よさで決めていただければいいと思います。
ただ、最初から何かを一方的に決めつけてきたり、クライアント主体ではなくコーチ主体で「こうした方がいい」と言ってきたりするような人は避けた方がいいと思いますね。
中山 初回は「全6回のセッションが終わったあとに自分はどうなっていたいか」という大きな枠組みと、「そのゴールを目指すために今日はどんなことをすればいいか」をクライアント自身に決めてもらうところからスタートします。僕はあくまでクライアントが描いているゴールを認識した上で、そこに進んでいくための道筋をサポートする役割です。
もちろん、始めからゴールがはっきりしている方は少ないですし、最初はみなさん緊張もされているので、雑談やアイスブレイクは必ず入れた上で対話を進めていきます。こちらからの最初の問いかけとしては、「コーチングを受けようと思うきっかけになったお話をしてください」と聞くことが多いです。
中山 それだとまだちょっとぼんやりしているので、もうすこし具体的なイメージに絞り込めるように質問を重ねていきます。例えば「仕事でモヤモヤしている」のであれば、仕事におけるどんなシーンを思い浮かべて「モヤモヤ」と呼んでいるのか、1枚の写真やビジョンに落とし込める状態まで持っていく。
クライアントにそのときの状況を思い出してもらい、「私はこういうシチュエーションで覚えた違和感を『モヤモヤ』と呼んでいたんだ」と納得してもらえたら、そのモヤモヤがどういった状態になればいいかを考えていただいて、それをゴールにしていくという流れです。こちらから質問を重ねて状況を確認していくというより、同じ方向を一緒に眺めながらそこまでの道筋を確かめていく、というイメージですね。
中山 まずはクライアントの現在地を探るところからですね。「会社を辞めたい」と思っているけれど実際に辞めていないということは、いまは「辞めたくない」とか「辞められない」の気持ちの方が強いということ。なのでそこをどう考えているかを尋ねていきます。
そうやって問題をほぐしつつ話していくと、「自分が思っていたのはどうやら『辞めたい』じゃないな」「じゃあどうして会社をストレスに感じていたんだろう」というふうに思考が変化して、また違った悩みが出てくることが多いんです。
中山 そうですね。例えば「自分は会社を辞めたいのではなく、職場の人たちから認められたいんだ」とクライアントが気づいたとしたら、「じゃあ、誰にどんな評価をされたら『認められた』ことになるんでしょうか?」とまた問いかけていきます。そうやって一つひとつの言葉を再定義しながら、その人自身の言葉を形づくっていく。
初回におおまかな道筋は立てると言いましたが、2回目以降はそのようにゴール自体が変わっていく可能性も大いにあるので、毎回「今回も同じゴールに向かいますか?」と確かめながら進めていきます。フレームは用意しつつ、それを壊すのもクライアント次第なんです。
Point 💡
- 回数や期間、料金などはコーチによってさまざま。現在は1時間3万円前後が平均額
- コーチングで大事なのはコーチとの関係性。最初から一方的に決めつけてきたり、クライアント主体ではなくコーチ主体でアドバイスをしてくる人は避けた方がベター
- 都度コーチと確認しながら、クライアントが悩みや課題に対して「どうしたいか」「どう考えているか」を掘り下げていくため、求める「ゴール」が変わってもOK
自分自身は大きく変わらなくても、自分のモヤモヤへの向き合い方は変わる
中山 決断力やコミュニケーションスキル、生産性の向上を感じる人が多いというデータはICF国際コーチング連盟から出ているのですが*2、僕が個人的にクライアントからよくお聞きするのは「今まで向き合う覚悟が持てずに手がつけられなかったことが進み始めた」「『自分を変えなきゃ』と思うのではなく、いまの自分を生かすにはどうすればいいかに目を向けられるようになった」といった感想ですね。
多くの方は「自分を変えたい」と思ってコーチングを受けるわけです。けれどそこで「変わらない自分」にフォーカスしすぎてしまうと、いまの自分に対して否定的になってしまう。
変化したいけれどどう変わりたいのかは分からない、という状態はとても苦しいので、まずは「変わりたいと思うくらい苦しい」ことに目を向けてもらう。そうやっていまの自分を見つめ直すことで、ありのままの自分自身を受け止めた上でこれからのことを考える、というスタート地点にようやく立てるんです。
中山 でも、何回かコーチングを受けると、セルフコーチングのスキルも自然と身に付いていくんです。コーチから「あなたはどうしたいんですか?」という質問を何度もされるうちに、自分の中に「自分ってどうしたいんだろう?」という問いが積み重なっていくので、コーチがいなくても自分で自分にコーチングができるようになる。
僕が以前コーチングをさせてもらったイラストレーターの吉本ユータヌキさんは、セッションを重ねることで「自分の中に中山さんの代わりが現れた感じ」になったと言っていましたね。吉本さんは、仕事や対人関係における些細な違和感を気にし過ぎてしまうことに悩んでいたのですが、コーチングを受けたことで、悩む1回あたりの時間がすこし短くなったとおっしゃっていました。
👉 吉本ユータヌキさんに「コーチングを受けてみた感想」を教えてもらった記事はこちら
中山 そうですそうです。些細なことで悩みやすい自分自体は変わらなくても、その悩みにどのような答えを出すかのバリエーションが身に付いていくことで、トータルで悩む時間が減っていく。そうなると人生単位で考えてもコスパがいいですよね。
不安や苛立ちって、その感情に長い時間触れていればいるほど強くなるものなので、触れる時間が短くなると、自ずとすこし弱まってもいくんです。そういうふうに、仮に自分自身の性格は大きく変わらなかったとしても、自分のモヤモヤにどう向き合うかの方法を知れることもコーチングの重要な成果だと思います。
Point 💡
- コーチングをすることで得られる効果は決断力やコミュニケーションスキル、生産性の向上など。「自分を否定せずに、自分を見つめ直す」という効果も
- コーチングを受けることで、次第に自分で自分自身を「コーチ」できるようになってくる
取材・文:生湯葉シホ
イラスト:吉本ユータヌキ
編集:はてな編集部
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