未来に対する不安や閉塞感を打ち破る「SF思考」について、未来作家・奇想アドバイザーの宮本道人さんにインタビューしました。
少子高齢化や経済の停滞といった暗い話題が多く、“明るい未来”が語られることが減ってきた昨今。自分の将来に漠然とした不安を抱き、「これからやってくる未来は自分の力では到底コントロールできないもの」というイメージを持っている人もいるかもしれません。
しかし、宮本さんは、SF(サイエンスフィクション)の力を使いこなせば、誰もが「新しい未来」をつくることができると論じています。未来への不安や無力感を打破し得る「SF思考」とはどういうものなのでしょうか。
『となりのトトロ』もSF。SF思考は既存のルールをぶっ飛ばしてくれる
宮本道人さん(以下、宮本) あ、でもみなさんたぶん、知らず知らずのうちにSF作品を読んだり見たりしていると思いますよ。スタジオジブリやディズニー作品のなかにもSFは少なくないですし、文学の領域でも、近年では『コンビニ人間』などで知られる村田沙耶香さんはSF要素の強い作品を書かれています。ジブリでいうと『風の谷のナウシカ』はSFド真ん中ですし、『となりのトトロ』も実は過去に星雲賞(長い歴史を持つ日本のSF賞)をとってるんですよ。
宮本 トトロをSFだと捉えるSFファンは意外と多いと思います(笑)。日本では、空想上のできごとに科学的・論理的な背景があるか否かでファンタジーとSFを区別することも多いですが、海外では「スペキュレイティブ・フィクション」という名前で、それらのジャンルをまとめて呼ぶことも少なくないんです。
宮本 本格的にSF小説を読みはじめたのは中学生になってからです。小説家のレイ・ブラッドベリや北野勇作の作品に触れていると、フィクションを通じて現実の世界が組み立て直されていくような感覚がありました。その頃から、ツラい体験や嫌なことがあったらそれを自分でSFやファンタジー仕立ての小説にしたり、ある種のメンタルケアの道具としてフィクションを使っていて。例えば、誰かと喧嘩したとき、直接的に書いてしまうと悪口になってしまうことでも、フィクションにすることでうまくイライラを発散させられるなとか(笑)。
本格的にフィクションの力を深掘りしていきたいと考えた大きなきっかけは、大学生のときに経験した東日本大震災です。苦しい環境のなかでもフィクションに心を癒やされている人たちを目の当たりにして、フィクションは単なる絵空事ではなく、私たちの社会はイマジネーションに大きな影響を受けて変化していくものなんだと実感しました*1。
宮本 SFって既存のルールや枠組みをぶっ飛ばして、まったく別の可能性を考えるための飛び道具になるんですよ。例えば「いまの自分」を起点に未来の可能性について考えようとしても、「これまでの自分」からなかなか逃れられませんよね。けれどそこからいったん外れて、「自分とはまったくの別人が未来でどう生きているか」を考えてみると、これまでとは違う新たな可能性が見えてくる気がしませんか? それこそがSF的な発想、つまり「SF思考」がもつ力だと思います。
宮本 そうですね。ただ、そこで持ち出されている未来って、基本的に過去や現在から将来を見通そうとするフォアキャスティングな未来だと思います。だから、「未来について考えろ」とみんな盛んに言うけれど、いざ未来について自由なアイデアを発信した人に対しては、ネガティブな意見が返ってきてしまう。
例えば、子どもに将来の夢を聞いて「YouTuberになりたい」と返ってきたら、周りは「無理だからやめておけ」と言うことが少なくないと思うんです。つまり、その時点で社会に受け入れてもらいやすい未来と、そうでない未来がある。
そうして自分の意見を出しても否定されるだけという経験が積み重なっていくと、学習性無力感といって、人はどんどん無気力になっていくんです。結果的にいまの社会では、専門家や一部の特権的な人だけが考えた「古びた未来」に視界を塞がれてしまって、その未来に自分を合わせなければいけないということにプレッシャーを感じている人も多いんじゃないかと思います。
宮本 そこから脱出するためのヒントが、SF思考にはあると思います。人ってそれぞれが自分のストーリーを持っていて、日々、お互いのストーリーを書き換え合って生きているんですよ。「こういう目標を叶えたい」というのもひとつのストーリーだし、「そんなの無理だよ」というのもまた別のストーリーなんです。
だから、誰かから自分のストーリーを勝手に書き換えられそうになったときに、選択肢は目の前のひとつだけじゃないと考えられるといいですよね。マルチバースのように、実は可能性は無数に存在していて、自分はそのうちのひとつを見ているにすぎないんだと思えると、自分のストーリーに対するコントロール感覚もすこし拡張していくかもしれない。SF的な考え方を身に付けることにはそういった効用もあると思います。
“斜め上の未来”を想像することが現実を変えていく
宮本 大きく分けて、SFのような斜め上の未来像を考えたい人におすすめのアプローチが「SFプロトタイピング」、SF的な未来像をもとに、いまやるべきことを考えたい人におすすめのアプローチが「SFバックキャスティング」です。僕はこのふたつを合わせた思考法を「SF思考」と呼んでいます。
SFプロトタイピングは、SF的な発想をもとにフィクションとして未来像を描き、それをひとつの作品として仕上げる手法です。例えば、「未来の食卓」「未来のガジェット」などのテーマを切り口にアイデアを出し、実際にそこで出たアイデアが実現した世界では、どういった制度や技術が成立しているのかを考えてみるのです。
そして、最終的には考え出した未来の世界で生きるキャラクターを主人公にした物語にまで仕上げる。つまり、未来のイメージをプロトタイプ(試作品)にしてみるわけです。
宮本さんが考える、SFプロトタイピングの3つの定義
- 未来像や別様の可能性を「フィクション」の形式で作り出すこと
- 作品制作が最終目的ではなく、別の目的を持ってSF作品を作ること
- クリエイター以外の専門家が関与して創作が行われること
この中でどれかひとつでも当てはまれば、「SFプロトタイピング的な活動」と考えてOK!
出典:『古びた未来をどう壊す? 世界を書き換える「ストーリー」のつくり方とつかい方』(光文社)
宮本 SFバックキャスティングは、SFプロトタイピングにより考案した未来像や、参考にしたい既存のSF作品を起点に、10年前、20年前、30年前……などとすこしずつ遡りながら現在までの道筋を考えていく手法を指します。ポイントは、SFプロトタイピングの時点でなるべく「AI」などのビッグワードを使わないこと。そうすることで「古びた未来」の呪縛から離れることができ、SFバックキャスティングをしたときに、よりさまざまな現実の可能性が見えてきます。
宮本さんが考える、SFバックキャスティングの3つの定義
- 未来ストーリーを参考にして「今やるべきこと」を考えること
- 単にビジネス的に逆算するのではなく、逆算のプロセスでもSF要素を介すこと
- フィクションを要素分解し、一部でも現実化して社会を変えようとすること
過去や現在を起点に未来を予測するフォアキャスティングと異なり、未来を起点として、逆行的に現在までの道すじを考える! 一言で言えば、フィクションを使いこなすための手法。
出典:同上
宮本 そこがSFバックキャスティングのポイントです。現在の社会状況や科学技術を起点に未来を考えるフォアキャスティングな未来予想は、これまでにも多くの専門家や企業によっておこなわれてきました。けれどそれでは実現可能性の高い未来が導き出されるだけで、斜め上の未来はなかなか想像できません。
そのために、僕が実施しているワークショップでは、最初にテーマをもとに話し合ったときに出た言葉をかけ合わせ、未来の新概念をつくる、というやり方を取り入れています。例えば、「共感」と「肩こり」を結びつけ、「共感肩こり」という新概念を考案し、この概念が流行している未来はどういった世界になっているだろうと考えたり。そうすることで、過去や現在の延長線にない新しい未来を考えることができます。
宮本 一例を挙げれば、ホームセンター事業を手がけるカインズさんで社員研修の一環としておこなったワークショップでは、SF思考のフレームワークに沿って未来を考えるということをしました。「パーツキャンプ」「リフォーム遊園地」「プロフェッショナル温泉」など各チームの話し合いで生まれた新概念を軸に未来を考えていき、最終的に「超ホームセンター文明のひみつ」という小説にまとめました*3。
このワークショップで僕が目指していたのは、「ホームセンターの仕事には、宇宙的価値がある」と気付いてもらうことです。日々、同じような仕事をしていると、どうしてもルーティンになりがちですが、一見すると荒唐無稽の未来を構想することにより、仕事の思わぬ可能性に気付くきっかけにしてもらえたら嬉しいなと。
ひとりでも実践できる手軽なSF思考のポイント
宮本 もちろんです。先ほどのように言葉と言葉を組み合わせ、新概念を起点に未来を考えてみることもできるでしょうし、あるいはもっと純粋に「技術や文明が急激に発展して、自分の仕事が思い通りの形で完璧に回るようになったとしたら、未来はどんな社会になっているだろう?」というような問いかけを起点にしてみてもいいかもしれないですね。
例えば僕の仕事の場合、自分が書いた本が全世界の人の思考に一瞬で刷り込まれる社会になったらどうなるだろう……とか。もちろんそれは危険なのであくまで妄想ですが(笑)。そんなふうに考えてみるだけでも、違った形の未来像がイメージできるんじゃないかと思います。
宮本 未来がつまらないと感じるときって、自分の想像の範囲内だけで仕事や理想を探しているときか、もしくは自分の興味範囲から大きく外れた未来を見ているときのどちらかじゃないかなと思います。つまらなさを打破するには、自分なりの新しい仕事のかけ合わせを探してみて、そのジャンルの第一人者になる未来を想像してみるといいかもしれませんね。
例えば、「自分の強みや興味があること」と「社会課題や社会的ニーズ」をかけ合わせたらどんな仕事ができるかを考えてみると、新しい可能性が生まれてくるかもしれません。
宮本 そうです、そうです。あとは、履歴書のように過去ではなく、未来を起点にした自分のプロフィールをつくってみる、というのも気軽にできることかもしれないですね。例えば、僕は名刺に「未来作家」「奇想アドバイザー」と入れているのですが、これは僕の造語です。先に肩書をつくってしまうことにより、想像もつかない未来が連想されていく部分もあるのではないでしょうか。
いくつか例は挙げてみましたが、どんな方法でどんな未来をイメージするかはあくまで個人の自由です。SF思考において大切なのは、「いまの自分起点ではない別の可能性を考えてみる」ことなので、この記事を読み終えたら1時間ぐらい時間をとって、思いついたことをノートになんとなく書き出してみようかな……という感じでもいいんですよ。何も思い浮かばなかったらやめればいいですし、そのくらい気軽に未来について考えてみる、というのをぜひやってみてほしいなと思います。
誰もが気軽に未来を思い描けるようになれば、無力感は減っていく
宮本 ロンダ・シービンガーという研究者が提唱した、技術開発や政策に生物学的・社会的な性差分析を取り入れることで新たなイノベーションを創出する「ジェンダード・イノベーション」という考え方があるんですね。
例えばある自動車メーカーではこれまで、男性サイズのダミー人形だけが衝突実験に用いられてきたため、男性よりも女性の方が自動車事故の際にシートベルトの不具合で重症を負う確率が高いという大きな問題があった。けれど、新たに多様な人々の体を考慮してシートベルトの再開発を進めたことでその問題が解消され、結果的にメーカーにとっても大きな利益が生まれたんです。
宮本 はい。僕は、SFプロトタイピングも同じように、そういった多様性にあふれた未来に寄与するものだと考えています。ありとあらゆる場所でこれまで意見が言えていなかった人たちの声を吸い上げられるようにして、「こういうアイデアがあるんだけど」と誰しもが気軽に投げかけられる土壌をつくる。それに加えて、専門家がアイデアをサポートし、ソリューションまで直結するような議論を重ねていける環境をつくっていければいい。
本心をいえば、誰もが自由に意見を言えるなんてことは当たり前の権利なので、メリット、デメリットで語るべきじゃないという気持ちもあるのですが……その上で社会に与えるインパクトを考えてみても、一人ひとりがそれぞれの未来を描けるようになると、古びた既存の未来とはまったく違った発想が生まれてくる、ということはやっぱりとても重要だと思います。
宮本 僕の大好きな映画に『ホドロフスキーのDUNE』という作品があります。ホドロフスキーという映画監督が「DUNE」という作品を撮ろうとしたのに、結果的にポシャってしまう。その様子を描いたドキュメンタリーなのですが、面白いのは製作のために準備された素材が後の『スターウォーズ』や『マトリックス』などのSF超大作へとつながっていく点です。
確かにプロジェクトとしては失敗に終わったけど、長い目で見れば私たちの生きる世界に途方もない影響を与えている。SFプロトタイピングにより斜め上の未来を考えることも、もしかしたら短期的には意味がないように見えるかもしれないけど、同様に社会に影響を与えることがあるのではないかと僕は思うんです。
宮本 未来について気軽に考えてみようと感じていただけたならうれしいです。僕たちって、よくも悪くも過去に強く引っ張られてしまうんですね。未来のことを考えるときにも、自分がこれまでどんな仕事をして、どういうスキルを身につけてきたかばかり考えてしまう。
でも、自分がこれからどれだけ生きられるかは分かりませんが、技術の進化などを踏まえても、これまで生きてきた年数よりもこれから生きていく年数の方が多い可能性だって、大いにあるわけです。その場合、自分を規定している範囲って、割合的には過去よりも未来の方が大きいですよね。そう考えれば、過去なんて1ミリも自分じゃないっていう気がしてきませんか?
取材・文:生湯葉シホ
撮影:関口佳代
編集:はてな編集部
「なんとなく不安」への向き合い方
お話を伺った方:宮本道人(みやもと・どうじん)さん
*1:宮本さんは、2017年に刊行された『東日本大震災後文学論 』(南雲堂)にて、「対震災実用文学論—東日本大震災において文学はどう使われたか」というタイトルで論考も発表している
*2:『古びた未来をどう壊す? 世界を書き換える「ストーリー」のつくり方とつかい方』
*3:詳しい経緯と出来上がった小説は『古びた未来をどう壊す? 世界を書き換える「ストーリー」のつくり方とつかい方』に掲載されています