向き合うべきは保育園に預ける寂しさではなく我が子の長い人生だった。入園から4年がたち思うこと

 田中伶

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保育園に子どもを預けて仕事に復帰したものの、子どもと過ごす時間を犠牲にしたように感じ、「仕事をやめた方がいいのでは」と悩んでしまう。そんな葛藤を抱えている人は意外と多いのかもしれません。

3年前、生まれてすぐの子どもを保育園に預けると決めたときの葛藤を書いた田中伶さんのブログは、同じ気持ちを抱える多くの人にシェアされました。ウェブマガジン「HowtoTaiwan」の編集長を務め、台湾に関わる書籍や企画に携わる田中さんは、仕事に大きなやりがいを感じる一方で、「保育園に預ける選択は正しいのか」という罪悪感からなかなか抜け出せなかったと語ります。

時がたち、今はかつての選択をどのように捉えているのか。「預けるか、預けないか」という目の前の選択ではなく、長い目で子どもの人生を考えるようになったという心の変化を書いていただきました。

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今年も一斉に咲いた桜並木を見て、胸の奥が少しだけ疼いた。

手をつなぎ楽しそうに歩く親子を見ながら思い出すのは、今から数年前に経験した、生後4カ月になったばかりのわが子の保育園への入園だ。まだ寝返りもままならないふにゃふにゃとした息子の入園が決まり「よっしゃ! 保活を勝ち抜いた!」とガッツポーズをしたのもつかの間、いざ預けるとなったら寂しくて寂しくてたまらない。

この世に産み落とされてたった4カ月のかわいいわが子が、一日のほとんどの時間を家族ではない誰かと過ごすなんて。一方のわたしはパソコンを開いてカタカタと仕事。えっ、仕事って、子供よりも大事なことなんでしたっけ……?

かつての悩みを書いたnoteは、息子が間もなく5歳を迎える今でも感想コメントが寄せられている。小さなわが子を保育園に預ける寂しさと、それでも働かないわけにはいかない現実の葛藤。子供に対して申し訳ないと罪悪感を抱くこともあったけれど、それはある一つの考え方によって、次第にポジティブに昇華されていった。どうか今年も、不安に押しつぶされそうになっている誰かに届いてほしい。

保育園受かった! けど、どうしよう?

「どうしよう?」なんて言ってみたけれど、頼れる親族が近くに住んでいないことに加えて、育休制度のない自営業のパートナーと私は、ともに働かなければ収入がない。保育園なりベビーシッターなり、託児サービスなしの子育ては考えられなかった。

だけどいざ保育園に入ることが決まったら、それまで妊娠期間も含めて一心同体だったわが子を見知らぬ環境に託すなんて、という不安に襲われた。仕事が大好きだったし、産休を取っていた妊娠後期は「早く復帰したい!」なんて気持ちもあったのに、いざ赤ちゃんの顔を目にしたら。毎日目まぐるしく成長する子供のそばにいたら。自分のためか子供のためか、とにかく「わが子のそばにいてあげたい」というピュアな気持ちがむくむくと芽生えたのだった。

保育園に入るまであと2週間、あと5日、あと1日……。

心の中でカウントダウンをしながら、昼下がりに赤ちゃんを抱っこしたままソファでうたた寝するのもあと何回……と切ない気持ちになった。

まだまだ小さな子供を保育園に通わせること。芽生えたばかりの温かい母性にピシっとフタをして、すました顔でパソコンを開くということ。私の仕事には子供と一緒に時間を過ごすこと以上の価値があるのか? これが本当に私の欲しかった人生なんだろうか? とモヤモヤは絶えなかった。どれだけ悩んだとしても、預けないという選択肢はないのだけれど……。

私が働かなくても平気なぐらいの収入があればいいのに、とパートナーを責めたこともある。問題はそこじゃない。出産しても仕事を続けるという意思決定をしたのは自分だ。そんなことはもちろん分かっていたけれど、どうにか何かのせいにしたかった。

情緒不安定な自分との戦い

いまでも鮮明に覚えている記憶。それは保育園の「慣らし保育*1」の期間のこと。

初めて保育園に預けた日、わざわざ出社するのもなあと思い、保育園の近くのカフェで仕事をしてみた。するとそこで、子供が自分のお母さんと仲睦まじく過ごしているのが目に入る。その子は自分の息子よりもずっと大きい子で、幸せそうな親子の姿に思わず目頭が熱くなる。まだ授乳中の胸が張って痛い。おもわずトイレの個室に駆け込み、空いたペットボトルに搾乳をした。本当なら子供が飲んでくれるはずの母乳をトイレに流しながら、自分は一体なにをしているんだろう? と涙が止まらなくなった。

久しぶりに訪れた一人の自由時間を謳歌することもなく、お迎えの時間よりも少し早く子供を迎えに行った。子供は案外ケロッとしている、というか何が起きているかあまり分かっていない様子だった。

それでも、幼いわが子が保育園で過ごしているのに自分が優雅にランチをするなんて考えられず、昼食も食べられなかった。子供が保育園で頑張っている時間は一秒たりとも無駄にしてはいけないような、そんな気持ちがあったんだと思う。

保育園で過ごす、小さなわが子の毎日の発見

慣らし保育は、子供だけでなく親にとっても ”子供と離れる” という新しい環境に慣れるために必要な時間だった。多くの先輩パパママたちが「子供も親もそのうち慣れるよ」と話すように、私が ”見知らぬ環境” と呼んだ保育園はいつしか子供が笑顔で待っているほっと安心する場所になり、私が ”家族以外の誰か” と呼んだ保育士さんたちは、息子の熱が下がったことをまるで家族のように喜んでくれる頼もしい子育てチームになったのだ。

田舎から上京して経験したことのない子育てに奮闘している核家族の私とパートナーにとっては、自分たちの子供を一緒に見てくれる仲間が同じ街にいるということが心からの安心感につながった。ベビーベッドにぶつけてできた息子の小さなタンコブを、自分やパートナーと同じように心配してくれる人はこれまで誰もいなかったのだ。

そして毎日保育園の連絡帳にぎっしりと書かれているさまざまなできごと。

年上のお姉さんに髪の毛を撫でられたこと、いつものお散歩コースにおきにいりの犬がいること、お友達と目を合わせて初めて笑いあったこと、節分の豆まきで目を丸くしていたこと。生後4カ月、ただゴロンと寝ているだけの息子の毎日は目まぐるしい。

夕方には、私やパートナーがドタバタと仕事を終わらせてお迎えに行く。そこから子供と過ごす時間は本当にかけがえのないもので、さっきまで対応していた仕事のトラブルのこともすっかり忘れ、子供と思いきり遊び、笑い、眠った。一緒に過ごす時間が貴重だからこそ、私の心にも余裕があったのだと思う。

子供と一緒に過ごすか、保育園に預けるか。

そんな単純な二択を迫られているように感じていたけれど、子供と一緒に過ごすことで得られる幸せが、保育園に預けることで全て奪われるわけではないのだ。子供が体調を崩せば保育園を休んで一日中そばにいることも(しょっちゅう!)あるし、仕事に余裕があるときには「今日は一日遊んじゃおっか」と思い切って平日に遊びに行くこともある。

それは保育園に預ける前には想像していなかったことだった。いつからか私は、子供を保育園に預けている間にランチをするのも平気になった。

向き合うべき悩みは、保育園に預ける or 預けない じゃない!

保育園に預けるべきかどうかで悩んでいたときに、ある言葉に出合った。さまざまな悩みや意見が集まるサイトで、確かこんなような内容が書かれていた。

” 母親が子供と一緒にいて幸せな時間はお金では買えないけれど、子供が希望する将来の道をお金で諦めなくてはならないこともある。子供が20歳30歳60歳になった時に、どちらを幸せに思ってくれるか? ”

その言葉は預ける理由を正当化していると言われればそれまでだけれど、私はこの意見に妙に納得したし、当時とても背中を押された。いま自分が向き合っているのは、保育園に預けるか否かという選択ではなく、今目の前にいるわが子にどういう人生を歩んでほしいかを考えるということなんだと思ったから。

そんなふうに思考を転換すると、それまで悩みに埋もれていた未来へのポジティブな野望が疼いた。

私は働く自分の背中を子供に見せたいし、家にいる自分と別の顔を持つことで「お母さんってカッコイイ」と何歳になっても思われたい。経済的に余裕を持つことで子供の世界を広げられるかもしれないし、もちろんお金だけじゃない、私が働くことで得られる体験や学びがダイレクトに子育てに生きることだってあるかもしれないと。

少し先の未来を考えることで、家族として進むべき方向が見えた。モヤモヤをぶつけていたパートナーともしっかり話し合い、保育園に預けるという選択について、子供にも胸を張って説明できると思えた。

いま思えば、私が平日の昼間に見かけて「いいなあ」とうらやましく感じた親子は、本当は毎日保育園に通っていてたまたまその日がお休みだっただけなのかもしれない。貴重な時間をめいっぱい楽しんでいただけなのかもしれない。

家族のことはその家族にしか分からないし、正解もない。周りを見て一喜一憂する必要なんてないのだ。そのことに気づくまで、少しだけ時間がかかった。

あれから4年がたちましたよっと

そんなことに悩んでいた日々から、気づけば4年という月日がたっていた(!)。寝返りもままならなかった息子は4歳になり、仲良しのお友達と早く遊びたいと夢中で保育園に駆けていく。私は2歳になったばかりの娘を抱っこして、慌ててその背中を追いかける。12月生まれの娘は、兄の入園よりもさらに早い生後3カ月の春、保育園に入ることになった。

二人目の子供に関してはあっさりと……と言いたいところだが、やっぱり葛藤はあった。だからどんなに沢山子育てを経験したとしても、この悩みは避けられないものなんだと思う。だけど、0歳3カ月の娘を連れて保育園の面談に行ったとき、「こんなに小さい子は5年ぶり!」とうれしそうに集まる保育士さんたちの姿を見て、兄のときと同じように安堵した。

保育士さんだけでなく、お兄さんお姉さん、同じ学年のお友達からも「かわいいかわいい」とたっぷり愛情を受けている早生まれの娘は、ややお姫様体質に育っているが、周りから大切にされていると感じる瞬間が生まれたときからずうっと続いているなんて、どれほど尊いことだろう。

一方の私は、子供たちが保育園に行っている間にせっせと頑張った仕事のご縁がつながり、この4年間で3冊の書籍の制作に関わることになった。コツコツと続けてきた仕事が実を結んだり、子供を持ったからこそ叶えられた実績もたくさんあった。

自分が子供と一緒に楽しむ ”子連れ台湾旅行” に関する書籍を出版して、4年前に泣いていたカフェのある書店でトークショーをしているなんて! あの頃は想像もしてなかったよ……。 書店で「ママが作ってた本、あったよ!」と報告してくれる子供たちはつくづく眩しい。

今の私は、自分の仕事の成果や積み上げたキャリアを「家族(子供たち)のおかげ」と胸を張って言える。保育園のお迎えに行ったときに「ごめんね」という気持ちではなく、「今日も頑張ってくれてありがとね〜〜!」と清々しい気持ちで子供たちを抱きしめるのだ。

自分が働く背中を子供たちに見せたいなんて思っていたけれど、たくましく保育園に向かう子供たちの背中に、親の方が毎日励まされる。子供たちを見てくれる保育士さんや保育園という存在もまた自分のキャリアを支えてくれるチームの一員であるということも日々痛感している。

昨日は野菜の収穫、今日はボディペイント、明日は餅つき……!?
相変わらず、子供たちの保育園での毎日は目まぐるしい。

大切なことを忘れないために

私自身は保育園に早くから預けて復帰することを選んだけれど、もちろんそれだけが正解だとはまったく思わない。会社の育休をしっかり有効活用して子育てに励む友人もいるし、パートナーの転勤が重なって仕事を辞め、家庭に専念することを決めた仕事友達もいる。誰もがそれぞれの環境で、家族として考えられるベストな選択をしているわけで、それを周りの人たちが自分の価値観であれこれ意見するのはあまりに勝手なことだ。

人生は選択の連続だけれど、わが子にどういう人生を歩んでほしいのかと真剣に悩んで出した結論はどれも正解なのだ。

「仕事の価値は?」「子供と過ごすことの価値は?」と言われれば、きっと全てに価値があり、それを測ることなんてできない。ただ忘れてはいけないのは、子供たちの人生はいまこの瞬間だけではなく、これからもずうっと続いていくということ。

子供が ”自分は大切にされている” と無意識の中で感じられること、家族が笑顔であること、そして10年後、20年後の子供たちに「お母さんの子で良かった」と感じてもらえれば、それ以上の幸せはないのだ。

編集:はてな編集部

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著者:田中伶

田中伶

今よりもっと台湾が好きになるメディア「HowtoTaiwan」編集長。台湾&ITまわりのPR/ライター/企画/編集。著書『FAMILY TAIWAN TRIP #子連れ台湾』、制作・執筆『妄想Trip! #おうち台湾』他。台湾と大同電鍋とNetflixが好き。息子4歳&娘2歳
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*1:子供が保育園など新しい環境に少しずつ慣れるように、初日は2時間、二日目は3時間、と一週間〜一カ月ほどかけて徐々に預ける時間を長くしていく期間のこと