
咀嚼が難しい事象をメディアアートで伝えたい
市原えつこさん(以下、市原) 基本的にはメディアアーティストが本業で、日本特有の文化とテクノロジーをかけ合わせたデバイスやインスタレーションの企画・制作を得意としています。それを主軸にしながら、アートやテクノロジー関連の執筆・連載を任せてもらっていたり、イベント・番組のディレクションや司会などの喋るお仕事もさせていただいています。あと、会社員時代はデザイナーとして働いていたので、「稼ぎが足りねー!」となったらデザインの仕事を請け負うことも。あまりにも自分の軸からブレるものはお断りさせていただくこともありますが、面白そうと思えばこだわらずに引き受けるようにしていますね。
市原 そこは表現者としてこだわっているところです。もともと社会でタブー視され、隠蔽されている物事に興味があるので、性的なものや死、精神世界など咀嚼しにくい事象についてテクノロジーを活用することで、具現化していきたいんですよね。左脳で分析して、右脳で表現に昇華させていくプロセスが脳トレっぽくて面白いんです。それに、メディアアートは、目の前で体感できるもの。現実世界で自分の表現がダイレクトに伝わるところも魅力だと感じています。
市原 私は個人的な体験を大切にしてるんです。例えば、身内の葬儀に参加した経験が、Pepperに故人のマスクを被せて生前の言動を再現する「デジタルシャーマン・プロジェクト」の発想につながりました。自分の中にある世界を表現したいというよりは、日常の出来事から触発されることが多いですね。調べて満足せず、実際に現場へ行った方がインスピレーションを得られます。
安定or挑戦で悩んだ日々。独立のきっかけは骨折!?
市原 いえ、メディアアートは完全に趣味でしたね。大学生のころは、それを仕事にしようと思ったことはなくて、好きだからやっていただけでした。しかし、就職後も大学時代の経験が忘れられなくて、今に至るという感じです。
市原 就職した当時は、デザインができれば幸せで満足度は高かったんです。サービスのウェブデザインとか、新しいスマホアプリのデザインとかを担当させていただいていたので、「デザインの勉強もできてお金ももらえるなんて、なんてありがてぇんだ」と。ただ、デザイナーとして企業に勤めていると、対象となるユーザーを想定し、誰かの課題解決のためにデザインをすることになります。そうじゃなくて、自分の欲望で作品を作らないと「精神的に死ぬ!」とだんだん思うようになったんですよね。また、デザイナーとしての伸び悩みも感じていました。

市原 学生時代に知り合った、AR(拡張現実)分野の最先端をいく開発ユニット「AR三兄弟」の川田十夢さんに久しぶりにお会いしたときに、「イベントに作品を出してみなよ」って声をかけていただいて。そのイベントがきっかけで、各所からお声がけをいただく機会が増え、副業として作品制作を始めるようになりました。
市原 そうですね。副業を始めてからは、平均睡眠時間が4〜5時間くらいでした。7時くらいに起きてから副業の企画制作やメールの返信などをこなし10時に出社。ランチはPC を小脇に抱えて、カフェでサンドイッチをかき込みながら副業の企画を練り、ダッシュで戻りなるべく定時上がりを心がけ、帰ってからはハンバーガーとかをむさぼりながら、個人の作品制作をする、みたいな生活でした。遊ぶ時間がなかったですし、炭水化物ばっかり食べていたので、栄養面でもいろいろ問題があったと思います。
市原 いや、そんな生活が常態化していたので、つらさを実感したことはなかったですね。稼ぎも安定していてベストじゃんと思っていました。2年くらい前までは……。
市原 27歳で今が最後のチャンスだと思って独立を決心したんです。ちょっとスピリチュアルな話になってしまいますが、たまたま知人の展覧会でブースを開いていた占い師に鑑定をお願いしたら、「早く会社を辞めた方がいい、守護霊が今後のことを考えさせるために足を折ろうとしている」って言われたんです。そのときは、フーンと聞き流していたんですが、その1ヶ月後、本当に会社で階段から落ちて足を折っちゃって。それが退職の一番大きな理由ですね。
市原 手堅いキャリアを選びたくて、普通に文系の大学に進学して会社員になったのですが、その身分を捨ててしまって、社会的に大丈夫か、みたいな不安があったんです。

市原 はい、お金になりそうな気はしなかったですね。アーティストが食えるイメージは全くないですから。そもそも本当は美大に行こうと思っていたんですが、将来のことを考えて断念したところもあって。
市原 両親はむしろ美大に行けばいいと言ってくれたんですが、学費も高いですし、卒業後にペイできるのか? みたいな。文系大学に行った方が潰しがきくし、コスパは良いだろうと思って進学したので。結構、堅実だと思いますね。
市原 うすうす辞めた方がいいのかなと思っているなかで、何か決定的な出来事が欲しかったんですよね。それが上司と喧嘩するとか、職場環境が悪くなるとか、きっといつかあるのだろうと待っていたんですが……なかったんですよね。それで、骨折を決定的な出来事にしたかったんだと思います。
一つの会社に特化するのは危険。スキルを磨き応用力をつけるべき
市原 私の場合、ブログの退職エントリへの反響が大きかったですね。どういう経緯で会社を辞めて、どういうことをしたくて独立したのか、ポリシーとか、自分ができることをつらつらと書いたのですが、そこからお仕事のご依頼をたくさんいただけました。執筆やデザインの仕事や、大きい企業からお仕事を打診されることもあって、「ああ、良かった。とりあえず当面はやっていけそうだな」と。
市原 不安はありましたが、会社に戻りたいとは1ミリも思いませんでした。葛藤がなくなったというか、やりたいことをストレートにやれるようになったので、すごく健やかな気持ちになれたんです。完全に自分のやりたいことありきであらゆる選択ができる働き方は、やっぱりいいですね。会社員時代からの知り合いと久しぶりに会うと、「憑き物が落ちた顔してるね」って言われますもん。フリーは野生動物みたいなものなので、サバイバルに必死で悩んでいる余裕がないというのもあります。
市原 気を抜くとすぐにマズい状況になることですね。フリーランスは雇用される立場と比較すると法に守られていないので、契約書をよく読んでいなかったり、資金繰りがちゃんとできていなかったり、リスクマネジメントができていなかったりすると簡単に立ち行かなくなります。あと、お人好しすぎると自分の首を締めることです。ギャラや条件面の交渉が不十分なまま、「いいよ、いいよ」と安請け合いしちゃうと、後で苦労することも多いです。

市原 確かに、この変化の大きい時代に特定の会社に特化しすぎるのは怖いなとは思いますね。他の現場でも応用可能なスキルかどうかを意識し、組織依存スキルばかりを身につけないように目配りする方が安全かなと思います。私も新卒の頃はそうだったのですが、その会社にいないと生きていけないという状況だと、「クビになったらどうしよう」というプレッシャーがすごいですし、いざというときに困ってしまうこともあるんじゃないかな。倒産やリストラの可能性もゼロではないわけですし。だからこそ、個人の人脈を作っておいた方が、精神的な安定につながりますよね。「会社を辞めてもどうにかなるぞ」と思えた方が、気持ちの面で楽だろうなとは思います。
市原 自己顕示欲が強い人はフリーになると水を得た魚のようになるというのが持論ですが、マネジメント力が優秀で協調性もあり、サポーターとして輝けるという方もいらっしゃいますよね。それであれば無理に独立することはないと思います。SNS時代になり、独自性を出せ出せ言われて苦しい時代だなぁという気がしますが、外圧にあわせて無理しなくてもいいんじゃないかなと。私は自己顕示欲が強い方だと自覚しているんですが、個性がモノを言う仕事は自我や自己顕示欲がないとつらくなるんじゃないかなと思います。
発明おばあちゃんになって、仙人みたいな暮らしをしたい
市原 今は特にないですね。25歳くらいまでは、「歳とるのがつらいわ~」って漠然と憂鬱に思ってたんですけど、別に容姿を売りにして仕事をしているわけではないので、思考を切り替えました。若さはアドバンテージでもありますが、その反面ビジネスの場においてなめられやすくなる側面もあると思います。また、中堅どころの年齢になると各業界で同世代の友人たちが裁量を持つようになってくるので、遊ぶように仕事ができたりもしますし。よくよく考えると年齢を重ねることは別に苦痛でもなんでもなく、年々生きるのがラクになっている感覚があります。晩年は発明おばあちゃんになって、山奥のラボに篭って仙人みたいな暮らしをしたいって思いますね。ただ、40代から50代にかけてのイメージがすっぽり抜けてるんで、その辺りはしっかり考えないといけないです(笑)。
市原 はい。でも、できれば一生働きたいという気持ちが強いですね。フリーになると、結婚・出産・定年など人生のライフステージが変化しても対応しやすいのが強みではあります。大きな収入じゃなかったとしても、自分で生み出せるお金がある程度あると精神的な安定にはつながると思いますね。
市原 最近は「フリーになるべし」という意見が目立つような気がしますが、フリーも良し悪しがあって、万人におすすめできるわけではないと思うんですよね。ただ、今は人材の流動化が当たり前になってきて、会社員に戻ろうとすれば戻れることも多い。独立に踏み切りやすい状況ではあるので、悩み続けるくらいならチャレンジしてみて、向き不向きを判断してみるのもいいと思います。フリーになってみたら、意外と食べていけることに気付くかもしれませんし、改めて会社員の良さに気付くこともあるかもしれない。
「丸腰」で出るのが不安であれば、副業というレベルではなくても個人で発信しておくとか、自分で作りたいものを作っていくとか、安定した会社員という強みを活かして、面白がってもらえるようなことをやっておく。最初はあまりお金にならないかもしれませんが、自分を面白がってくれる人や応援してくれる人がいる、というのはこの不安定な時代におけるリスクヘッジになるかなと思います。

市原 何を副業にすべきか考えるとき、まずは自分がなんとなく気になるもの、やりたいものに時間を使うことで見えてくる気がします。まずは軽い気持ちでもいいのでやってみて、そのうえで無意識に出てくる個性は何なのか、その都度振り返って自己分析してみるのはどうでしょうか。あと、自分が言い出しっぺでやっていることって独自性が出やすいですよね。特に、副業の場合だと本業の収入があって、利益度外視でやりたい放題やれるわけです。会社員であればそれを強みに、純粋に興味あることに向き合い、やりたいことや適性のあることをあぶり出せばいいと思います。
取材・文/末吉陽子(やじろべえ)
撮影/関口佳代
お話を伺った方:市原えつこさん
メディアアーティスト、妄想インベンター。1988年、愛知県生まれ。早稲田大学 文化構想学部 表象・メディア論系卒業。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作する。主な作品に家庭用ロボットに死者の痕跡を宿らせ49日間共生できる「デジタルシャーマン・プロジェクト」など。2016年にヤフー株式会社を退社し独立、現在はフリーランス。第20回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門優秀賞を受賞。
Web:市原えつこ 公式Webサイト
Twitter:@etsuko_ichihara
編集/はてな編集部