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「20代で結婚しなきゃ」という呪いーー地方と東京の生き方を描く作家・山内マリコさん

山内マリコさん
地元に帰ると、誰もが結婚の話ばかりしていて肩身が狭い――東京で働く地方出身女性の多くが経験したことがあるのではないでしょうか。小説家の山内マリコさんもその一人。25歳で上京し、31歳で作家デビュー、34歳のときに結婚。「みんなみたいに20代のうちに結婚しなきゃ」と焦りながらも、周囲の友人とは違う人生を歩むことを選んだ山内さんに、ライフステージの変化やこれからの女性の生き方について伺いました。

小説家を目指すも、ほぼニートだった20代

山内さんの作品は「女性の生き方」や「地方出身者の葛藤」がテーマになることが多いですが、ご自身も富山から上京されているんですよね?

山内マリコ(以下、山内) はい。高校までは富山で、大学で大阪の芸大に行って、卒業後に3年くらい京都で過ごして、そこから上京しました。高校まで過ごした地元に、自分の居場所がない感覚はありましたね。

そういう感覚を持っている方はまっすぐに東京を目指すことが多いイメージがありますが、山内さんは結構転々とされているんですね。

山内 どうしても東京に行きたい、と思っていたわけじゃないんです。東京の大学も受けたけど落ちて、受かったのが大阪の郊外にある芸大でした。じゃあ、大阪でもいいかなーと。それで、映画が好きだったので、安直に映像学科に進学しました。ところがいざ入ってみたら、集団行動が死ぬほど苦手なことに気付いて、こりゃダメだ、と(笑)。もう、みんなでやる撮影が嫌で嫌で!

じゃあ、その頃はまだ小説家になりたいと思っていたわけではなかったのでしょうか?

山内 文学部に行こうと考えたことこそなかったけど、小説家もぼんやりと憧れていた職業の一つでした。最初になりたいと思ったのは、中2のとき。うわ、改めて言うと、ダッサ(笑)! まあ、思春期で内面が複雑化してきた頃で、マンガの直接的な心理描写では自分の心が満たされないと思い始めたんです。それで小説をたくさん読むようになって、「こういう本、私も書きたい!」って。あと、小説家は家で仕事できるのがいいなぁーと。「家にいたい! なりたい!」って(笑)。

ははは。

山内 読書量が増えると、文章を褒められることも多くなって、書くことには少しだけ自負があったんです。それで大学卒業後に、小説新人賞に応募してみたのですが、一次選考にも通らない駄作で……(笑)。でも、文章を書く仕事に就きたいという気持ちは大きくなってて。京都でバイトしていた雑貨屋さんを取材しにきた方に、「ライターってどうやったらなれるんですか!?」と逆質問したら、編集プロダクションを紹介してくれて。どうにかライターの職にありつくことができました。文章を書く仕事だったら何でもいいや、と思ったんですよ。

山内マリコさん

なるほど。実際は全然違います……よね?

山内 そう! ライターの仕事は1年くらい続けたものの、全然向いてなくて……。私がやっていた仕事は京都ローカルのフリーペーパーとか、関西圏で発行されている情報誌とか、店や寺の取材がメインで。だからニュートラルな紹介記事を書かなきゃいけないのに、こう、出したくなっちゃうんですよね、自分を。まだ20代前半で、いらぬ表現欲求がありあまってたんですね。無個性な文章を書くのがつらくなってきちゃった。記名記事なわけでもないんだから、個性いらないのに!

媒体にもよるかと思いますが、お店の紹介記事とかだとそうですよね。

山内 そういう流れがあって、同じ文章を書く仕事でも、やっぱり自分は小説なんだ! とはっきりしてきた感じですね。京都でいろいろ煮詰まってたところだったので、東京に行って心機一転、今度こそ小説家を本気で目指そうって。ただ、「小説家目指して上京します!」なんて、死ぬほど恥ずかしいこと言いたくないから(笑)、周囲には「映画が好きだから、映画ライターになりたいんです」とかボカして伝えて、見送ってもらいました。

一同 (爆笑)

山内 上京後は、ボロアパートでパソコンを叩いて、締め切りの近い文芸誌の新人賞に送りまくる生活が始まります。これ、小説家あるあるだと思うんですけど、郵便局で「なんとか文学新人賞係」と書かれた大きな封筒を渡すの、すごく恥ずかしいんです! 「こいつ小説家になりたがってるんだ」って思われる恥辱!

た、確かに……郵便局の窓口の人にバレるのはちょっと恥ずかしい(笑)。

山内 そうなの! みんなあの辱めを乗り越えて小説家になってるんですよ! で、東京で小説家をちゃんと目指そう、と頑張り始めた。……と言うと聞こえがいいのですが、25歳にして最悪のすねかじりニート時代に突入するのです。

そのあたり、親御さんは厳しくはなかったのでしょうか?

山内 うちの親はそこらへん甘くて、好きなことをやりなさいと野放しにしてくれていました。内心は罪悪感でいっぱいでしたが……。

同世代は働いているわけですものね。

山内 そうそうそう! 同世代の子に「最近は何してるの?」と聞かれるのが本当に嫌で。極力、新しい友人はつくらずに、当時住んでいたアパートに潜伏してました。同窓会とか絶対行きたくなかった!

小説家志望の知られざるタブーの話

そこからどれくらいで最初の賞を取れたのでしょう?

山内 27歳のときです。上京してから2年くらいで、R-18文学賞の読者賞をいただきました。これでやっと小説家としてデビューできる! あとは担当編集者さんに育ててもらおう、くらいの気持ちでいたんです(笑)。ところが、ここからが長くて……。

山内マリコさん

担当編集者さんと一緒に、賞を取った作品を本にしていく、という流れになっていくんですよね?

山内 そうそう。R-18文学賞は短編の賞なので、一冊の本にするには相当新しく書き下ろさなければならないんです。「短編をたくさん書き足しましょう」と言われて、書いては送り、書いては送り、とやっていたんですが、その担当さんが忙しくて新人を見る余裕がなかったのか、送れども送れどもレスポンスがなく、気付けば3年くらい経っていたという……。しかもそうこうしているうちに震災が起こり、一時的に富山に帰ることになります。

ええー! それはつらいですね。志半ばで諦めてしまいそうです。

山内 親も心配するし、ひとまず実家に戻ったのですが、地元にいてもやることがなく、諦めきれなくて、出すあてのない小説を一人でひたすら推敲してました。結局、ほかの出版社の方が声をかけてくれて、その1年後くらいにようやくデビュー作が出ることに。ただ、これってちょっとタブーなんです。新人賞を取った作家のデビュー作は、その賞を主催している出版社から出すのが暗黙のルールになっていて、ほかの出版社から一作目を出すのって、正規ルートではないみたいで。なかなか難しいんですよ。

それってなまじ賞を取ってしまったら、生かすも殺すもその出版社次第、ついてくれる担当編集者さんの運次第になってしまうってことですよね……。

山内 そう、賞を取っても、その出版社や担当さんが単行本を出すところまでケアしてくれるとは限らなくて、受賞したものの単行本デビューしていない人も少なからずいます。もちろん、賞を取ってすぐに本を出せて、それがすごく売れる例もたくさんありますが、私は運が悪かったんですよね。

地元は好きだけど、地元にいる私は好きじゃない

ええと、じゃあ25歳で上京して、27歳で賞を取って、そのまま3年経って震災が起こって、そこから1年後に本が出たということは……上京してから6年も粘ったんですね!

山内 賞を取ってから4年もくすぶっていたので、デビューしたときはもう31歳でした。その間に周囲は結婚ラッシュ。20歳前後で東京に出た子だと、もう10年くらい東京にいたわけだから、地元にUターンというタイミングで。こっちはやっとスタートラインに立てたところだというのに……(笑)。

20代後半のころ、そういうのに引っ張られて、自分も地元に帰らなきゃ、とか、結婚しなきゃ、とか揺れることはありましたか?

山内 揺れましたよー! ただ、住む場所に関しては東京のほうが居心地いいんですよね。好奇心を満たしてくれる場所が山のようにあるのは、単純に楽しいです。他人に干渉しない東京の気楽さは、性に合ってると思うし。一方で、地元にいると、なぜかどんどんテンションが下がって、鬱々としてくる。地元がつまらないというか、地元にいる「自分」がつまらない。でも、決して地元が嫌いで出てきたわけではないんですよ。むしろ地元は大好き。

山内マリコさん

11月発売の新刊『メガネと放蕩娘』も「地元」がテーマになっていますよね。

山内 はい! ここ何年かは小説の取材も兼ねて、地元を行ったり来たりしてました。だけど、じゃあUターンしたいか、またそこで暮らしたいかと聞かれると、全然(笑)。こういう矛盾や罪悪感、葛藤みたいなものを原動力にデビュー作『ここは退屈迎えに来て』を書いたのですが、『メガネと放蕩娘』はもう少し大人の立場で、地元の街に向き合いました。さびれた商店街を活性化させようとする話です。

私、デビュー作で地元を「退屈」と言い切ってしまったのを密かに気に病んでいて(笑)。つぐないの気持ちも込めて書きました。デビュー作では主人公は10代〜20代の若者で、ひたすら受け身だったけど、新作は33歳〜37歳の、中年のはじまり(?)くらいの年齢設定。退屈な街を憂うだけじゃなく、その街を自分たちの手で変えよう、なんとかしようと、主体的に奮闘しています。

20代で結婚しなきゃならない呪いと、女性の社会進出

山内さんは今年、結婚生活についてつづったエッセイ『皿洗いするの、どっち?』も出されていますが、ご結婚されたのはいつ頃でしょうか?

山内 29歳のときにつき合い始めた人と、同棲をはさんで、34歳で結婚しました。25歳で上京してからはずっと、小説家志望の引きこもりニートだったから、当然彼氏もいなくて。でもその頃が一番結婚に対して焦っていて、気も狂わんばかりでした(笑)。会う人会う人に「いい人いませんかね?」と口走るほど、本気で切羽詰まってて……。小説家にもなりたいけど、そんな場合じゃない、それ以上に彼氏がほしい! って欲にまみれていました。

当時はとにかく20代で結婚したい焦りがすごくて。明日彼氏ができればギリギリ間に合う! 芸能人みたいに3ヶ月くらいでスピード婚をすれば30歳の誕生日がくる前に結婚できる! とか計算していました(笑)。30歳を過ぎてしまうと、だんだんどうでもよくなっていったんですが、当時は「20代で結婚しないと」と思い込んで、自分で自分を縛って、呪いをかけている感覚がありましたね。外圧よりも、内圧に苦しんでいた感じ。

山内マリコさん

実際に結婚されてみて、世間に物申したいことはありますか?

山内 女性が外で働いてお金を稼ぐのは当たり前になったのに、男性が家庭の中で、いわゆる無償労働としての家事をすることは、まったく定着してなかったんだな〜と、つくづく感じてますね。20世紀に女性が少しずつ自由の身になって、日本では1985年に男女雇用機会均等法ができて、働く上では一応「平等」っていうタテマエができ、女性の社会進出はどんどん進んだ。で、この30年あまりの間にいろいろ洗い出された問題点が今、出そろってきている感じですよね。たまった膿をバーッと吐き出して、次の30年ではそれを解決させるため、制度や常識をブラッシュアップさせなきゃいけない、そういうタームなんだなぁと。

山内さんの活動は、そういったことを伝えるのにも繋がっていますよね。

山内 そうなんです。『皿洗いするの、どっち?』には、家事をめぐって日々繰り広げている夫との小競り合いを書いているのですが(笑)、これも膿を出す一環というか。夫婦の間で家事問題をオープンに話し合うのって、実はなかなかできない人も多い。例えば私が「春闘」と称して夫に家事分担を要求する姿勢に背中を押されて、「言っていいんだ!」と思ってもらえるとうれしいです。

取材・文/朝井麻由美
撮影/関口佳代

お話を伺った方:山内マリコ

山内さん

1980年富山県生まれ。2008年「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し、2012年『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)でデビュー。主な著書に『アズミ・ハルコは行方不明』(幻冬舎)、『かわいい結婚』(講談社)他多数。

新刊『メガネと放蕩娘』は、シャッター通りとなった地元の商店街を活性化させようと奮闘する姉妹のストーリー。「ここ10年で私の地元である富山もずいぶんさびれてしまったんです。それでこのテーマで書こうと思いました」と山内さん。地元が好きなのに居場所がない、地方出身者ならではの複雑な思いを作品で描いてきた山内さんにとって、まったく新しい視点から地元を描いた作品。

Twitter:@maricofff

次回の更新は、11月29日(水)の予定です。

編集/はてな編集部