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女子校出身だからこそ「女同士」にしんどさを感じない――辛酸なめ子さん流・仕事の処世術

辛酸なめ子さん
今回『りっすん』に登場いただくのは、漫画家・コラムニストとして活躍する辛酸なめ子(しんさん・なめこ)さん。小学校1年生の頃から漫画を描いていた辛酸さんは、両親に美術の道に進むことを反対されるも、熱い思いで説得し美大に進学。そして、初の単行本発売をきっかけに独立し、漫画家・コラムニストとして本格的に活動するように。独自の感性で多くの女性から支持を受けている辛酸さんは、どんな学生時代を送ってきたのか、そして自身の働き方についてどのように考えているのか伺いました。

美大へ進学して「手先が器用じゃない」ことを知った

大学は美大に進学されたと伺いました。やはり学生時代から芸術系の分野に興味があったんですか?

辛酸なめ子さん(以下、辛酸) そうですね、小学1年生の頃には漫画を描いていましたし、絵を描いたり見たりするのは大好きでした。実は小学生の頃も美術系の中学校に行きたいと思っていたんですが、親に反対されてしまって。

小学生の頃から!

辛酸 そうなんです。ただ、両親とも教師だったので、「ちゃんといい学校に行っていい会社に就職しなさい」という考えを持っていたんですよね。結局、美術系中学への進学はせず、中高一貫の女子校に通うことになりました。でも、私の中ではやはり諦めきれない部分があって。

美大へ進学するために両親を説得した、と。

辛酸 「こういうことをしていきたい!」という思いを親にアピールするために、文化祭のポスターを描いたり、修学旅行のしおりのデザインを考えたり、できることは積極的にしてましたね。そのかいあって、高校3年生の頃には美術系の予備校に通うことを許してもらえました。「認める」というか「諦めた」という感じでしたが……。

念願叶って入学した美大時代は、どんな風に過ごされていましたか?

辛酸 私が大学生だった1993年頃はフロッピーが流行っていて、自分の作品を収めたフロッピーを販売した時期もありましたね。当時は原宿などに個人が作ったオリジナルのフロッピーを扱う店があったんですよ。絵が入ったものもあれば、オリジナルのフォントが入ったものもあったりして、さまざまなものが売られてました。

作品を売る際、そこから「仕事につながるといいな」といった思いもあったんですか?

辛酸 多少はあったかもしれないですが、「自分の思いつきを形にしたい」というような創作意欲の方が上回っていた気がします。自分がやりたいことをやっていた感じですかね。

辛酸なめ子さん

大学時代の専攻は、イラスト関連だったのでしょうか?

辛酸 グラフィックデザインでした。でも、アニメーションとかゲームに近いものを作って、そこに漫画を張り付けたりはしていました。

グラフィックデザインを選んだ理由は?

辛酸 グラフィックデザイナーの横尾忠則さんに憧れていたということもあって、「グラフィックデザイン」というジャンルに可能性を感じていたんです。でも、実際やってみたら私は手先が器用じゃなくて。ミリ単位で色をぼかすとか、色のムラをなくすとか、そういう作業が苦手だということに気付きました。私には繊細なデザイン表現のものより自分のテイストを出しやすいイラストとか漫画が合っているのかなと感じ、大学以外のところでフリーペーパーを作ったり、漫画を応募したりという活動もたくさんしてました。

大学以外の活動の中で、影響を受けた人との出会いなどはありましたか?

辛酸 当時、展覧会のオープニングパーティーに参加したりして、現代アートの作家さんと交流を持つようにしていたんです。そこで、会田誠さん、村上隆さん、松本弦人さん、中ザワヒデキさんといった、そうそうたる現代美術家の方々に出会えました。そういう方々からいいエネルギーを吸収させていただいた感じはします。

特に中ザワヒデキさんは、ご夫妻の事務所でアルバイトもさせていただきました。フロッピーマガジンの生産などをしていましたね。

中高は女子校ということでしたが、大学で共学になったときに女子校との違いを感じましたか?

辛酸 見た目が軽い感じのイケメンが多かったので、「だまされる!」と思って最初は怖かったですね(笑)。

恋愛対象に見ることはなかったんですか?

辛酸 うーん、なかったですね。活躍されている年上のクリエイターと会うことが多かったので、同世代の男性はどうしても頼りないなって思ってしまって。だから、学校の男の人とはあまり会話しなかったですね。

単行本発売をきっかけに独立し、テレビでも活躍

学生時代、就職について考えられたことはありますか?

辛酸 芸術の世界で生きていくためには制作活動の時間が必要だと思ったので、就職は考えていませんでした。私の周りも就活をしている人の方が少なくて、学校自体が「就活しなきゃ!」というような雰囲気でもなかったですし。

就職しないことに関して、ご両親の反応は?

辛酸 この頃には、両親にとって私はアンタッチャブルな存在になっていたので(笑)。もう何も言ってこなくなってました。

辛酸なめ子さん

大学卒業後はどのように生活されていたんですか?

辛酸 大学を卒業する頃、クリエイティブなことに携われるアルバイト先を探していたときに、ちょうどゲームデザイナーの伊藤ガビンさんの事務所の求人を発見して。雑誌を中心に活躍していた方なんですが、私はもともとガビンさんの書いた文章が好きだったんですよ。それで、ここで働けたら面白いだろうなと思って働かせていただきました。

そこではどんな仕事をされていたんですか?

辛酸 最初は、「ひたすらビルを作っていく」という内容のゲームを担当して終電間際まで延々とビルのCGを作ってました。あとは、ゲームの攻略本を作成したりしていました。

ゲーム関連の会社から、どういった経緯で漫画やコラムの仕事をするようになったのでしょうか。

辛酸 実はバイト以外にも、イラストや漫画を書く仕事を個人でやっていて。その割合がちょっとずつ増えていったんです。2000年に初めて単行本『ニガヨモギ』*1を出版したときに「読者が増えた」と実感して。「個人でやっていけるかな」と感じ、アルバイトをして6年程経ったタイミングで独立しました。

現在多数の媒体でご活躍されていますが、今の仕事でのやりがいについて教えてください。

辛酸 原稿を締め切りのだいぶ前に納品して、編集者さんに驚いてもらえると、すっきり感ややりがいを感じますね。

締め切り前の納品、素晴らしいです……! 編集担当の方からするとありがたいですよね。では編集者さんではなく、読者の反応の方はいかがでしょう?

辛酸 そうですね……。怖くて自分の名前を検索とかしないので「読者さんの反応をやりがいにしてます!」という感じではないかもしれないですね。でも、仕事や街で会った方に「読んでます」「書籍を読んでいて電車で笑いをこらえるのが大変でした」なんて言っていただけるとやっぱり嬉しいですよ。

自分から反応を見にいくことはあまりしないということですね。

辛酸 はい、批判されているのを見るのは嫌ですし、褒められていても恥ずかしくなっちゃうので。編集担当の方が、私の本が書評に取り上げられていたと言ってコピーしたものを送ってくださることもあるんですけど、薄目で読むようにしてます(笑)。

辛酸さんはテレビでも活躍されていますが、テレビに出るようになったきっかけはあったのでしょうか。

辛酸 『爆笑問題のススメ』という、作家や漫画家をゲストに迎えるトーク番組にオファーをいただいたのが最初でした。そのプロデューサーから別の番組にも呼ばれて、テレビの仕事が増えていった感じですね。

テレビに出ることに拒否感はなかったのでしょうか。

辛酸 特になかったですね。ワクワクしたり、楽しそうと思うことはやっておいた方がいいと思っていたので。それに、漫画やコラムで芸能関係のネタを執筆することもあったので、そういう方たちの姿を間近で見たいという気持ちもありました。当時から今に至るまでマネージャーもつけず個人で活動をしているので、依頼があったら自分の直感で引き受けるか決めています。

ただ、巨大ドミノ倒しをするという企画で、大きな風船の中から登場しなければならないというのは怖かったですね。ドミノの針でその風船が割れるんですが、「無表情で出てきてください」ってスタッフの方が言うんですよ。怖くてあまりやりたくなかったんですけど、現場はそれをやらないと進まないっていう空気でやらざるを得なくて。テレビは刺激的ですけど、怖い部分もあるんだなと感じました。

辛酸なめ子さん

女性ならではの処世術はあくまで「自分のため」がベース

女子校出身である辛酸さんが考える、「女性同士」の人間関係についてもお聞かせください。辛酸さんの著書では『女子校育ち』(筑摩書房)というタイトルもありますが、女性同士の人間関係でつらいことなどはありましたか?

辛酸 むしろ「女子校出身」だからか、私自身は意外とそういう風に感じないんですよね。恋愛でライバル関係とかになったりすると、警戒心とかピリッとした空気が生まれやすいと思うんですが、私は思春期をそういう環境で過ごさなかったので、女性に対する警戒心があまりなくて。こちらが敵意を出さなかったら、相手も敵意を向けてこないと思うんですよ。

なるほど! では辛酸さんの周りには、いわゆるマウンティングしてくるような女性はいないということでしょうか。

辛酸 あー。でも確かに、恋愛が絡んでなくても勝ち負けをつけようとする女性っていますよね。そう言われてみると、仕事で初めて共演した方に「もしかしたらあれはマウンティングだったのかも?」と思ったこととかはありました。テレビに出始めた頃、同業の文化圏の女性からは「テレビの人になっちゃったんだ」みたいなことを言われてさみしい思いもしたな……。でも、そのときは気付かなくて、家に帰ってから気付いたりします。鈍感なのかもしれないですね。

そういう人に対して思うことは?

辛酸 多少モヤっとしますが、そんな人にエネルギーを費やしたくないので、あんまり相手にしないようにしてます。関係の薄い人だったらそれでいいですけど、毎回自慢してくるような友達がいると精神が疲れちゃうので……。そこは距離を置くようにしています。

辛酸なめ子さん

「りっすん」では主に「女性の働き方」について紹介しています。辛酸さんが考えていることがあれば、お聞かせください。

辛酸 仕事を始めたばっかりの頃はあまり服装に気を使っていなくて、もっさりした格好をしていたんです。でも、ある程度女性らしい格好をした方が、男性からぞんざいに扱われなくなるというか、仕事が円滑に進むようになったのを実感することも多くて。それは女性ならではの処世術なのかなと思ってます。

シチュエーションにもよりますが、仕事の場で女性扱いをされることに対して、人によっては憤りを感じることもあるのかな、と思うのですが……。

辛酸 私の場合、憤りを感じたことはないですね。服装に関していえば、誰かのためでなく、「とりあえず格好だけでもちゃんとしようかな」と思って自分のためにやっていることなので。それに服装を変えることで対応が変わったのは、男性だけじゃなく女性もだったんです。例えば、買い物に行ったらショップ店員に無視されなくなったとか。なので、単純に考えて、女性らしい格好をすることは、仕事をするうえでもプラスに働いているのかなと思うんですよね。

印象は大きく変わりますよね。

辛酸 そうですよね。あとは、若い頃はノーメイクだったんですけど、メイクもきちんとするようになりました。やっぱりメイクをしないと顔色も悪く見えるので、周りの人に変に心配させてしまうことがあって。相手に気を使わせないためにも、メイクは大人として必要なことだったんだなと。化粧をするようになってからは、友人にも「今日はあまりキモくないね」とか言われるようになりました。オンオフをつけるという意味でもいいですよね。

年齢を重ねても謙虚な気持ちを忘れず、調子にのらない

ロールモデルや、憧れの女性はいらっしゃいますか?

辛酸 子どもの頃は、水森亜土さんや田村セツコさんといった、イラストで活躍されている人に憧れを持っていました。大人になってから田村セツコさんとお会いする機会があったのですが、本当に気さくでピュアな方で、ますます憧れるようになりました。70代になった現在でも本を次々出されているので、かっこいいですよね。あと、私は趣味でヨガをやっているんですが、ヨガを極めた相川圭子さんという女性も尊敬してます。若い頃にヨガ教室をいくつも経営していて、その後インドに修行に行った方なんですが、どこまでも追求する姿勢がすごいなって思います。

なにかを突き詰めている女性に憧れを持たれているんですね。

辛酸 芯のある女性ってステキですよね。あとは、いい年のとりかたをしている方。やっぱり、年を重ねるごとに生き方が顔に出てくると思うので。

理想の女性に近づけるように心がけてることはありますか?

辛酸 年齢を重ねても謙虚な気持ちを忘れないようにしてます。やっぱり調子にのったらよくないですよね。

辛酸さんも60代、70代になっても仕事を続けていきたいという思いをお持ちなんですか?

辛酸 そうですね。必要としてもらえるのはすごく嬉しいことなので。仕事自体も好きですし、体が元気な限りは続けたいですね。ただ、ネガティブな思いしか浮かばなくなったりとか、やる気がどうしても出ないというときは、休んだ方がいいというサインだと思うんです。なので、自分の心や体の声をしっかりと聞いてあげることが大事だと思います。仕事も大切ですけど、やっぱり自分の健康が一番ですからね。

辛酸なめ子さん

取材・文/石部千晶(六識)
撮影/関口佳代

お話を伺った方:辛酸なめ子

辛酸なめ子

1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。漫画家、コラムニストとして幅広いジャンルで執筆活動を行う。『女子校育ち』(筑摩書房)、『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎)など、著書多数。幻冬舎plusにて、「次元上昇日記」を連載中。幼少期から絵を描くことが好きで、小学1年生の頃には、フランス貴族による愛憎劇の漫画を描く。大学時代は、男子学生に嫌悪感を抱きつつも、女友達と充実した日々を過ごす。エゴサーチはしない派で、趣味はヨガやチベット体操。
Twitter:@godblessnameko

次回の更新は、11月22日(水)の予定です。

編集/はてな編集部

*1:当時の販売元は三才ブックス。2004年に筑摩書房より文庫本が発売されている