ローカルプレイヤーの皆さんに、地元のおすすめおやつと、それにまつわるエピソードを教えてもらう企画。
今回おやつを紹介してくれるのは、大分県別府市にある「青い鳥∞黄い蜂」の森脇千絵さん。初めて口にしたとき、とても感動したという干し芋の話を伺いました。
話を聞いた人:森脇千絵さん
2015年12月 幡ヶ谷に【Curry&Spice青い鳥】オープン。
2019年1月に別府へ移住。「重ね煮」を使ったカレーを【青い鳥∞黄い蜂】で提供。
スイーツに縁遠いふたり
「私たち、ケーキに縁がないから」
去年、パートナーの金谷さんの誕生日にサプライズでケーキを買った。ちゃんとオーダーして、名前のプレートがついたやつ。でも自分は店に戻らなくてはいけなくなり、お店のひとに「ここぞというときに出してください」と伝えてパーティーの席を立った。その後、ケーキが登場することはなかったという。
「あのケーキどこ行ったんだろうね」と無邪気に笑い合うのは、大分県別府に店を構える「青い鳥∞黄い蜂」の森脇千絵さんと、金谷弘二さん。普段は甘いお菓子を食べないというスイーツに縁遠いふたりから、どんなおやつの話が聞けるのだろうか。
別府の滋味深いカレー
「青い鳥∞黄い蜂」は、スパイスカレーと、希少なニホンミツバチの蜂蜜などを販売するお店。カレーをつくる森脇さんと、養蜂を営む金谷さんふたりの店だ。
森脇さんのカレーは、「重ね煮」という調理法でつくられる。鉄鍋のなかに、しいたけ、玉ねぎ、にんじんを重ね、無水でじっくり煮る。うまみが最大限に引き出された野菜でつくるカレーは、体調が悪い時にも食べられるような、身体を整えてくれる滋味深い味だ。
年間1000個以上使うという玉ねぎや、にんにくなどの一部は、自分たちで無農薬栽培している。地元の食材をふんだんに使った唯一無二のカレーを食べに、遠方から足を運ぶ人もいる。
お店を閉めて帰路につくと、よくシカやイノシシに遭遇する。こないだは猟師さんから、たっぷりシカ肉をお裾分けしてもらった。そんな自然豊かな地域でカレー店を営んでいる。
もっとのんびり暮らしたい、温泉があればなおいい
別府にすっかり馴染んでいる森脇さんだが、18歳から42歳までの長きに渡って東京に住んでいた。2015年、幡ヶ谷で「青い鳥」をオープン。森脇さんのつくるスパイスカレーを求め、たくさんの人が幾度となく店に通った。ライブハウスと居酒屋がひしめき合う幡ヶ谷の街で、森脇さんは昼夜問わず必死にカレーをつくり続けた。
40代になり、ふいに、このままのペースで仕事を続けられるのだろうか? と疑問に思った。もっとのんびり暮らしたい。それに、大分県の佐伯市に暮らす高齢の両親のことも気がかりだった。
佐伯市から車で1時間ほどの別府を選んだのは、お風呂が好きだったから。東京では、ランチとディナーの合間に、店の向かいの銭湯に駆け込むほどだった。地方に住むなら、友だちが遊びに来て楽しい場所にしたいとも思った。その願い通り、友人は定期的に別府の店に遊びに来てくれる。だから、東京を離れて寂しいと感じたことはない。
いい土と人柄でできたおやつ
自分でも野菜を育て、常に健やかでありたいと願っている森脇さんは、農業や食にまつわる講座にも積極的に参加している。そのひとつで出会ったのが、和田典子さん。
和田さんは、3.11をきっかけに農業を学び、その後、大分県に移住。現在では、化学農薬や肥料を使わない野菜づくりの講習と、関わりのある農家さんを支える活動をしている。
そんな和田さんが信頼を置く農家の、自然農で栽培された紅はるかでつくられた干し芋が「ママほしいもん」。
初めて口にした時、しっとりしていて、甘みがぎゅっと濃厚な干し芋に、森脇さんは感動したという。
「セミドライの干し芋で、こんなに甘みが濃いものは初めてでした。もともと干し芋がすごく好きというわけではなかったんですが、金谷さんとふたりで、特大サイズを一瞬で平らげてしまいました。おいしすぎて」
粉をふく前の段階で乾燥を止めてあり、きれいなオレンジ色が内側からほのかに光って見える。噛むほどに口のなかに甘みが広がり、思わず目を閉じて味わってしまう。ちょっと炙ってバターを乗せると、高級洋菓子のような味わいになる。
森脇さんのお父さんは、兼業農家だった。佐伯の地で教師をしながら畑を耕し、人間との会話と同じように土や植物の声を聞く人だった。そんな父の姿を見ているから、森脇さんは、農家を愛し、支える和田さんを尊敬している。土臭くて、効率がいい仕事とは言えないけれど、自分が地産地消のカレーをつくれているのは、こういう人たちがあってこそなのだ。
干し芋を仕入れに和田さんの畑に会いに行くと、農業や食について、長い立ち話がはじまることも多い。和田さんも森脇さんもパワフルで、ワインが好きなのが共通点。
「イベント出店の時、ふたりでたらふくワインを飲みだして。やんちゃだなぁ、って思いましたよ」と金谷さんは笑う。
常に、身体と心が心地よくなる選択肢を選んでいるふたりが太鼓判を押すおやつが、おいしくないわけがない。
温泉と、豊かな食材に囲まれた街で
最近、店から15分ほどのところに家を買い、別府で生活をしていくことを決めた。東京にはイベントで時々行くけれど、満員電車や人ごみが面倒臭くて、もう戻れないと感じる。
家があるのは、生活用水が湧水の美しい棚田が広がる地域。ご近所の方が「うちの畑を使いな」と、土地を貸してくれる、素敵な場所だ。
なぜそんなに優しくなれるのか考えたけれど、やはり地域にいくつもある温泉の効果が大きいのではないかと思っている。お風呂から上がったばかりの人は怒れないのだ。道端でゆっくりとした会話がはじまり、しばらくすると、するりとほどけ解散していく。
話を聞くうちに、ふたりが言う「スイーツと縁遠い」の意味は、「嫌い」とイコールではないとわかってくる。別府には、看板を持たない、つまり個人でお菓子をつくっている知り合いが何人もいて、お願いすると「いいよ」と返事が返ってくる。あとは待つだけ。「今日食べたい」と思っても叶わないけど、近いうちに食べられる。予想もしなかった日にうれしい差し入れをもらうこともある。こないだ、お店のアルバイトの子が持ってきてくれたチーズケーキは絶品だった。この街に暮らしていると、スローな時間の流れのなかで、東京より選択肢はぐっと少なくなるけれど、それゆえに強く印象に残るようなおいしいものが食べられる。
そんな心地よい街で、豊かな食材に囲まれながら、森脇さんは重ね煮料理をつくり続けていく。
干し芋「ママほしいもん」
「青い鳥∞黄い蜂」の店頭、またはオンラインストアで販売中青い鳥∞黄い蜂:大分県別府市朝見1-15-22