日々生活や仕事に追われていると、ついつい後回しにしてしまいがちな自分のこと。体調が優れなかったり、ストレスやモヤモヤが溜まっていることに気づき「なんとかしたい」と思っても、どうすればいいのか自分でも分からない……という人は少なくないのではないでしょうか。
そんな「なんとかしなきゃ」という思いから、運動、日記、スキンケア・メイクなど、自分に合うものを求めてさまざまな「セルフケア」を実践してきたのが、会社員の鎌塚亮さんです。
30代に入ってからの体の変化をきっかけに、セルフケアを意識するようになったという鎌塚さん。今回はセルフケアを続ける中で感じたその重要性、変化したことに加えて、セルフケアのハードルにもなりがちな「自身との向き合い方」への考えなどについてお話を伺いました。
※取材はリモートで実施しました
自分の手が届く範囲で状況をちょっとだけ“マシ”にできればいい
鎌塚 亮さん(以下、鎌塚) 30歳を過ぎてから自分の体調が変わってきたことに気づいて、体調管理の必要性を実感したのが最初のきっかけです。具体的に言うと、20代のときはスッと抜けていたお酒がなかなか抜けなくなってきたという、ちょっと情けない理由で……。
鎌塚 ずっと自分はお酒に強いタイプだと思い込んでいたんですが、よくよく思い返してみると昔からわりと二日酔いをしていて、「あれ? もしかして弱い?」と気づいて。お酒が弱いという前提で飲み方を変えたら、体調が上向いてきたんです。
でも、お酒はすこし調整できるようになっても、それ以外に何をすれば自分にとっていいかがまったく思い浮かばなかった。そのときに、僕って自分自身のことを全然知らないな、そろそろモードチェンジしようと思い、いろいろなセルフケアを実践してみるという趣旨のnoteを書き始めました。
鎌塚 そうですね。僕は、自分ひとりだけで自分を肯定するということはとても難しいと考えています。
でも、部屋が散らかっているよりはほんの少しでもきれいな方が落ち着くとか、肌がガサガサな状態よりはしっとりしている方がテンションが上がるとか、自分の手が届く範囲内で状況をちょっとだけマシにできる方法がセルフケアなのだと思っていて。
鎌塚 何かを新しく始めるんじゃなく、何かを「しないでおく」と考えてみるのはどうでしょうか。
例えばスマホを夜は見ないでおくとか、メールの即レスをやめてみるとか。本当はしたくないのにさせられてしまっていることがないかを、考え直してみるというのはありなんじゃないかと思います。
セルフケアを続けると「自分のキャパシティ」が見えてくる
鎌塚 そうですね……。やめよう、と高らかに宣言することは簡単かもしれないけど、自分だけを基準にしていては生活が回らないという現実もありますから、そう単純にはいかないこともありますよね。そこはうまく折り合いをつけていくしかない、とは思います。
ただ、僕自身は「しないでおく」ことに対してあまり罪悪感を覚える必要はないと思っているんです。
鎌塚 セルフケアを続けていると「自分にできるのはだいたいここまでだな」というのがだんだん分かってくるんですよ。「自分が気持ちよく飲めるお酒の量は◯◯くらい」だとか「自分は1日◯時間以上働くと、次の日ボーッとしてしまう」みたいなことが徐々にはっきりしてくる。
自分はすでに精いっぱいやっている、これ以上はできない、というのが分かってくると、例えばそこから先は私たちの生活を保証する義務がある政治や社会、あるいは会社のほうで改善すべきことなんじゃないか、とも考えられるようになる。
鎌塚 セルフケアをしてみて分かったのは「人間、ひとりでそんなにいろいろなことはできない」ということでした。僕がさっき「やめる」ではなく「しないでおく」という言い方をしたのも同じで、きっぱりやめる、一切しないみたいなことってやっぱり難しいと思うんです。
セルフケアって「今日のところはお酒を飲まないでおこう」みたいなことがちょっとずつ続いて積み重なっていく、ということでしかないと思っています。一発逆転で新しい自分になるぜ、なんて思うと必ず失敗する。少なくとも、僕自身はそんなことできたためしがないです。
鎌塚 ありがたいことにネガティブな反応はまったくなく、特に同じ問題に突き当たっているであろう同年代からは「わかる~!」「超それ~!」という反応が多かったですね(笑)。
参考にしたいからどんどんやってほしいとも言ってもらえたし、セルフケアにまつわるさまざまな情報や、アイデアももらえました。
鎌塚 いろんな人の話を聞いてみて、僕はたまたま「セルフケア」という言葉でそれを表現したけど、自分をいたわるために何かをする、ということ自体は意外とみんなやってるんだなと気づかされました。
あとは自炊、散髪、靴磨きなどいろいろなアイデアを勧めてもらい、それをひとつひとつ試していく中で、どんなやり方が自分にあっているかも少しずつ分かっていったんです。
僕にとっては、日記や文章を書くことを通じて自分との関係を見直す、ということそのものがセルフケアにつながっている感覚を強く感じるようになりました。
身の丈にあった、自分の体にとって心地いいと思える美容をやればいい
鎌塚 実は薄々、いわゆる「男らしくないこと」の中にセルフケアのヒントがあるんじゃないか、と感じていて。
鎌塚 いわゆる「男性文化」の中には、自分で自分をケアするという発想があまりないんじゃないか、と。もちろん男性が全員そうというわけではなく、少なくとも僕自身は「自分はお酒が強い」という思い込みのように、無自覚のうちにマッチョな思考や価値観に自分の選択肢を寄せていた面があったかもしれない、と思ったんです。
中には毎食の食事を家族に作ってもらうとか、職場で部下にちょっかいをかけるなど「他人にケアを投げる」ことで自分のケアをしてもらおうとする人もいますよね。
他人を頼ること自体はもちろん悪くないのだけど、ケアを丸投げするのは違う。そういう文化を反省するためにも、男性である僕自身が、それまで自分にはまったく関係ないと思っていたことを試してみるといいんじゃないか、という意識がありました。
鎌塚 「とりあえず、化粧水と乳液つければ保湿できるっしょ」と思いまずはスキンケアから始めたんですが、そんなことはまったくなくて(笑)。ベタつきが苦手だった乳液も、いろいろ試してみるうちに「自分の場合は乾燥を防ぐためにすこしこっくりした乳液を選んだ方がいい」というのが分かってきました。
次に「メイク」を試してみたんですが、はじめはファンデーションやリップ、それ以上のカラーメイクに関して少し抵抗を感じて。自分の中に「メイクは女性のもの」という固定観念があった、ということに気づかされました。
そういう試行錯誤を通じて、自分の先入観とはすこし違う場所にたどり着けたんじゃないかなと思います。
鎌塚 もちろん、初めてのことですし戸惑いや葛藤もありましたよ。でもYouTubeや本など、いろんなものに教えを請いながら続けることができました。
あとは、妻のアドバイスや反応にすごく助けられました。スキンケアやメイクに対して知識のある妻が、いろいろアドバイスをくれた上で「いいね」と言ってくれるのが、戸惑いを打ち消してくれた側面は大きかったです。
鎌塚 美容の実践を公の場で発信することで揶揄する人がいるかもしれない、というのは覚悟していました。なので、もしそういうことが起きたら、その相手とはもう付き合わないでおこうと先に決めていて。
でも実際には、からかってくる人はほとんどいなかったです。むしろ、同僚からこっそりと「スキンケアのことを教えてほしい」と言われたり、もともと美容感度が高かった人から「フェイスマッサージがいいよ」と教えてもらったりで。
鎌塚 これまでは、男性がそういう話をできる場自体がほとんどなかったんだと思うんです。美容のことをうっすら気にしたり、試行錯誤したりしているのに、それを話すと男らしくないとか、誰かに後ろ指をさされるんじゃないか、と感じてしまう。
だからこそ、実はここにいろいろ試している人がいるぞ、と僕が公にしたことで「実は自分も気になっていた」という声が集まってきたのかな、と感じています。やっぱり人って、知識や実体験が目の前にあるとすこしずつ変わっていくことも多いですし、周りのそういった反応にはホッとしましたね。
鎌塚 その感覚は、とてもよく分かります。セルフケアの美容、とは言いつつも消費を煽られているような側面は確かにあって、「自己肯定」という言葉もいつの間にか、自分の容姿や身だしなみの責任は全て自分にある、という自己責任論に引っ張られつつあるのを感じています。
メンズ美容も「できるビジネスマンは肌にも手を抜かない」とか「美容は仕事の生産性アップにもつながる」というような側面ばかりがフォーカスされてしまうのはあまり歓迎できないと僕は思いますし、意識して距離をとらなきゃいけないのかなと思いますね。
鎌塚 でも、美容も含めファッションというものは全て個人的であると同時に社会的なものでもあるんです。ふたつをパキッと切り離すのは難しいからこそ、その中でバランスをとっていくしかない。
僕自身も「人によく見られたい」という気持ちはもちろんあります。だけどそれよりも、自分の身の丈にあった、自分の体にとって心地いいと思える美容をやればいいのかな、と思っています。セルフケアとしての美容であれば、それで十分なのかなと。
セルフケアに飽きたときはやめればいい
鎌塚 率直に言って、すごくドキドキしています。作画は糸井のぞさんが担当してくださったんですが、僕は糸井さんの描く「一朗」が大好きで……。彼はこれまで一切スキンケアやメイクをしてこなかったにもかかわらず、いろんな人のアドバイスを素直に受け入れるし、どんな人にもフラットに接する。そこは自分も見習わなきゃなって感じます。
(C)糸井のぞ・鎌塚亮/講談社
【あらすじ】前田一朗、38歳、独身。平凡なサラリーマン。ある日、自分の疲れ切った顔とたるんだ体を見てショックを受けた一朗は一念発起、スキンケアやメイクを始めてみることに! コスメ大好き女子の“師匠”タマとの出会いや、ノーメイクを選択する同僚の真栄田さんとの交流を通して、一朗は自分を労ることの大切さやメイクの楽しさに目覚めていく。そして、男らしさの呪縛にとらわれる親友の長谷部と衝突するのだが……。
鎌塚 あの台詞、僕もすごくいいなと思っているんです。
やっぱりセルフケアって、なんであれひと回りやると飽きるんですよ。飽きたらやめればいいし、またやりたくなったらやればいい。そういうふうに、身軽に付き合っていければいいんじゃないかと思います。
(C)糸井のぞ・鎌塚亮/講談社
鎌塚 作中、男性の美容に対して最初は否定的だった長谷部というキャラクターが、一朗のあり方に感化されて、彼の真似をしてみるとすこし楽になれるんじゃないかと思い始めるエピソードがあるんですが、それもいいなと。
やっぱり人って自分ひとりで自分を変えるのは難しいし、そんなにいろいろなことはできないと思うのだけれど「あれをやったら楽になるのでは?」ということが見つかると、試してみようかなと思える。
それは決して義務ではないんですが、自分を楽にできるのはすごくいいことだと思うので、そういうふうに感じる人がこの作品を通してすこしでも増えるといいな、と思いますね。
編集:はてな編集部
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お話を伺った方:鎌塚 亮さん