ライターの根岸達朗です。本日は静岡県西伊豆町の田子(たご)漁港に来ています。

田子漁港は伝統のカツオ漁などで知られる県内有数の遠洋漁業拠点。湾内は水深が深い上に透明度も高く、イナダ、ワラサやカンパチなどさまざまな回遊魚を狙える、まさに釣り天国。

僕もこれからここで至高の海釣りタイムを楽しみたいと思います。いやぁ、海釣りってせわしない日常を忘れさせてくれる最高のレジャーだよなぁ。


でもここ最近、コロナ禍以降の釣りブームの影響もあってか、日本各地で漁業者と釣り人のトラブルが多発しているのをご存知でしょうか。なかには釣りを禁止する漁港も増えていると聞きます(悲しすぎる……!)。

実はここ田子漁港も、2022年に起きたあるトラブルが原因で、つい最近まで釣りが禁止になっていました。それを画期的な仕組みで開放したのが、これからご紹介する釣り場予約アプリ「海釣りGO!!」です。


このアプリのすごいところは、これまで無法状態だった漁港での海釣りに「ルール」をつくったこと。釣り人のマナーを向上させ、さらには漁港に持続的な収益をもたらしました。

半年間の試験運用を経て、漁港での継続利用が決まったこのアプリ。どのような思いのもとに立ち上がり、運用されてきたのでしょうか。システムの導入に奔走したアプリ開発者の國村大喜さんと、西伊豆町役場の松浦城太郎さんに話を聞きました。

地域課題を解決する合理的なシステムのあり方について、皆さんと一緒に考えを深めていけたら嬉しいです。

左:松浦城太郎(まつうら・じょうたろう)/静岡県西伊豆町 産業振興課農林水産係長。2004年に入庁し、企画、観光、商工、総務などを経て現在は海業振興を担当。産地直売所「はんばた市場」の立ち上げ、電子地域通貨「サンセットコイン」の導入、観光客が釣った魚をはんばた市場にてサンセットコインで買い取る「ツッテ西伊豆」の仕組み構築に携わる。「地方公務員が本当にすごい! と思う地方公務員アワード2021」受賞。

右:國村大喜(くにむら・ひろき)/株式会社ウミゴー代表取締役。1985年京都生まれ。 京都大学工学部物理工学科卒業後、筑波大学大学院ではプロダクトデザインを専攻。 その後富士通デザイン株式会社でUIデザイナーとしてのキャリアを積む。 業務向けソフトウェアのUI設計を軸に幅広いデザイン領域を担当。

漁港をふたたび開放した「海釣りGO!!」

「 今日はよろしくお願いします。『海釣りGO!!』は漁港での海釣りを管理するというコンセプトがとてもユニークで面白いですね。簡単にどんなことができるのか教えていただけますか?」

「このアプリでは、漁港の一角を釣り場として予約することができます。利用料金は一時間300円。駐車場も一時間100円で利用可能です」

「要は漁港での釣りを有料化したということでしょうか?」

「そうですね。『海釣りGO!!』は大切な釣り場を守りたい、という思いから生まれた仕組みなんです。今、全国的に漁港での釣りがどんどん禁止になってるのはご存知ですよね」

「大半はマナーをめぐる問題が原因だと聞いてます」

「漁港は税金で整備された公共施設ですが、公共だから自分勝手に使っていい、というのは間違った認識です。知っておいてもらいたいのは、漁港の本来の目的は漁業であるということ」

「漁港の本来の目的は漁業」

「つまり、釣り人のための場所ではないということですね。漁協(漁業協同組合)がお金を出して維持・管理している場所でもあるので、そこで釣りをするのなら、漁業のための場所を一時的にお借りしている、という認識は持つべきだと思います。

当然ながら漁業者の迷惑になってはいけないし、若干なりとも維持管理費用の一部は担ってもいいんじゃないか。そういうことを仕組み化したのがこのアプリなんです」

「なるほど。聞くところによれば『海釣りGO!!』の誕生は、漁港内で起きた漁師さんと釣り人のトラブルがきっかけだったとか。どんなことがあったのか教えていただくことはできますか?」

「遠投カゴ釣りってご存知ですか? 撒き餌を入れたカゴを100メートルくらい沖合に飛ばす釣り方で、ある釣り人が漁船の航路をまたぐようなかたちで投げていたんです。本来、船が来たら仕掛けを回収するのがマナーなんですが、その釣り人はたまたま釣り場を離れていたようで」

「まさか船がそれを引っ掛けた?」

「はい。それによって仕掛けにつながってた釣具類も海に引き込まれてしまいました。もちろん船側に非はないのですが、戻ってきた釣り人がそのことに激怒して、釣具一式弁償しろ! と、船長に要求してきたんです」

「なんと……。ほとんど言いがかりですね」

「金銭トラブルにまで発展してしまうと、町としても動かざるを得ません。苦渋の決断として、漁港での釣りを一切禁止とした、というのが事の顛末です」

「でもそれってきっと、その事件だけが原因じゃないんでしょうね。日頃から、釣り人に対する積み重なった思いがあったんじゃないかと想像しますが」

「まさに仰るとおりです。ふらっと来て、場所を牛耳って、釣るだけ釣って、汚して、ゴミは置いていく。このトラブルが起きる前から、一部のマナーの悪い釣り人の行いが田子の漁師の間では問題になっていたんです。

でも、『海釣りGO』の導入以降、放置されるゴミも減りましたし、マナーの悪い釣り人も見かけなくなりました。有料化してルールづくりをしたことで、かなり状況が改善されたんです」

ユーザーはルールを確認・承諾することで、予約が完了する導入から半年間の利用者数はのべ3,217人。売上金は、巡視員の稼働費や港内の環境整備に充てられる

「確かに管理が行き届いてる印象はありました」

「もちろんルールを決めただけでは守らない人もいます。なので巡視員を配置して、抜き打ちでチェックする仕組みを導入しているんですが、この抑止力が効いていますね」

「釣りは解禁になり、マナーが向上して、売上も生まれて…….。まさに三方よしですね」

 

釣りを愛する男の危機感と情熱

「『漁港の釣り場予約』というサービスは日本初の試みと伺ってます。これまでそのような仕組みが存在しなかったのは、なにか理由があるのでしょうか?」

「いろいろな要因がありますが、大きな点でいうと、海釣りは川や湖と違って、法律的に規制がかけにくいんです」

「どういうことでしょうか?」

「川や湖で釣りをするには入漁権を買う必要がありますよね。要は魚を釣る許可証みたいなものです。どうしてそういったものがあるのかというと、そこにいる魚たちが漁業権魚種に設定されているからです」

「漁業権魚種。イワナとかアユとか、そういう魚たちのことですか?」

「そうですね。狭い川では、こういった規制は資源を守るために必要なものです。一方海では、伊勢エビやアワビといったごく一部の魚種しか漁業権が設定されていないんです」

「え、じゃあそれ以外の魚は?」

「基本的には『釣ったもの勝ち』の世界ということです。当然、守らなければならない魚種もあるのですが、日本近海は魚種数も多く法律が追いついていないのが現状です。真正面から海洋資源の保護をやりたいと思った人は、全員この壁にぶつかって頓挫してきたと言ってもいいです」

「海に直接関わりを持たない人は知らないことかもしれないですね」

「そこで『海釣りGO!!』では、漁港の多目的利用とその許認可という観点から、釣り場ルールを定めることで海洋資源保護にまでアプローチしているんです。具体的には、アオリイカは一人2杯までとか、真鯛やカサゴの10cm以下はリリースしなければならないとか、そういうルールを漁業者さんたちと定めてアプリの中に組み込んだわけです」

ユーザーはルールを確認・承諾することで、予約が完了する

「素朴な疑問なんですが、なんでこれまで釣り人から漁港の利用料金を徴収できなかったんですかね? アプリがなくてもやれることってあったんじゃないかなって」

「ふらっと人がやってきて、ふらっと帰っていくようなところでお金って取れます? という話なんです。漁港って広いし、どこからでも入れてどこからでも出ていけますから」

「ああ〜、たしかに!」

「人を雇って24時間体制にすれば運用できるのかもしれませんが、漁業だけでも手一杯な漁港がそのために投資をするって、やっぱり大変なことですよね」

「それだったら、全面的に釣り禁止にして漁業に専念しようって発想になるのも頷けます」

「でも、アプリの導入ならそこまでの設備投資はいらないんですよね。いつ誰がどこで釣りをしているのか、管理画面上で簡単に分かりますし、予約が入っているタイミングで漁港に行ってチェックすればいいわけですから」

「これは邪推かもしれませんが、昔から漁港を釣り場にしてた人は基本的に無料で釣りを楽しんでいたわけじゃないですか。勝手に有料化して〜! なんて声は聞かれなかったですか?」

「心のなかで思った人はいるかもしれませんね。でも有料化されたとはいえ、いままで釣りが禁止になっていた場所が、開放されたわけです。釣りを愛する人だったら、それだけでうれしいはずなんですよ。僕自身がそうだったので」

「あ、國村さんも釣りがお好きなんですか!」

そりゃーもう、大好きですよ!!!

「今日イチのいい顔!」

「僕は小さい頃から釣りが好きで、これまで住んだいろんな地域で釣りをしてきたんですよね。でも、残念なことに自分が好きな釣り場がどんどん釣り禁止になっていく。このままだと釣りというレジャーが後世に残らないんじゃないかっていう、危機感がすごくあって」

「元から切実な思いがあったんですね」

「それを決定付けたのが、田子の一件です。仕事の縁で西伊豆に移住することになり、いざ釣りをしようと思った矢先、まさかの釣り禁止。ずっと楽しみにしていたので、もう、本当に、めちゃくちゃショックで……。

あまりにも諦めきれなくて、このアプリの構想を考えたんです。『これだったらいけるかもしれません!』って、役場にいきなりモックアップを持っていって」

「すごい熱意」

「そしたら、城太郎さんとつながって『こんなのができるんですね〜! やってみましょう!』と力強く言ってもらえたんですよね」

 

チャレンジし続ける行政マン

「城太郎さんは地域との調整を主に担われたとお聞きしましたが、どういう思いでこれをやってみようと?

「私は私で、西伊豆の将来にすごく危機感があったんです。漁師の高齢化も進んでいて、何もしなければこのまま衰退していくのが目に見えていましたから。そこに加えて、町内きっての釣り場が釣り禁止となり、釣り客がぱたっといなくなってしまった。

西伊豆では、水産庁が提唱する『海業(うみぎょう)振興』の旗のもとに、漁港を軸としたさまざまな取り組みを行っているんです。なので、田子での一件は、地域経済にとっても大きなダメージでした」

「海業振興。具体的にどういう取り組みを?」

「たとえば、2020年から始めた『ツッテ西伊豆』というサービスでは、観光客が釣った魚を町内の直売所で地域通貨と交換できるようにしました。

支払われる地域通貨『サンセットコイン』は、町内160店舗以上の加盟店で利用できます。買い上げ額は魚によって違いますが、平均して1人当たり2000~2500円相当。これまでに200万円近くの地域通貨が動いています」

※地域通貨と交換できるのは、直売所と提携する遊漁船で釣った魚限定

「なるほど。釣り人は西伊豆の産業を回すうえで、重要な存在なんですね」

「そうなんです。だからこそ釣り人と漁業者の共存を図る『海釣りGO』は、本当に画期的なアイディアでした。導入に至るまでは苦労の連続でしたが……」

「どういった点で苦労したのでしょうか?」

「各所に説明に行っても『せっかく釣り禁止にしたのに!』というところから話が始まるんです。当然一度の説明だけでは納得してもらえないので、二度三度、場を設けさせてもらって。なかには個別訪問させてもらった方々もいらっしゃいますね」

「國村さんの熱量もすごいですけど、城太郎さんの熱量もすごいですよね」

「これが成功したら、絶対に町は良くなるだろうという直感がありましたから。リスクを取ってでも突き進むべきだって思ったんです」

「行政はリスクを嫌うところがありますが、なぜそういった動き方ができたのでしょうか?」

「確かに行政の中には失敗は許されないという風潮があります。でも人間がやることですし、失敗がないなんて絶対にありえないことじゃないですか。行政だってどんどんチャレンジしないといけないと思うんです。

とはいえ、私はプレイヤーにはなれません。私の役割は地元の課題、地元のプレイヤー、外部人材をしっかりとマッチングすること。なかでも重要だと考えているのは、主となるプレイヤーを外部人材にしてはいけないということです。地元の人が地元のためにやることが大事で、國村さんならきっとそのキーパーソンになってもらえると思ったんです」

 

漁港を変える仕組みを全国に

「お話を聞いている限り、初年度はかなりの成果を出せたように感じました。なにか現時点での課題はありますか?」

「この仕組みを他のエリアにどう広げるか、ですね。それには、それなりに時間がかかると思ってて」

「時間、ですか」

「基本的に漁協って、いわゆる企業のような指揮系統が明確な組織じゃないんです。何を決めるにしても地域の合意が必要で、判断にすごく時間がかかる。例規面を改正しながら、地域に話を通していくということは、普通はこんなにスムーズにいかないと思います」

「他地域に仕組みを転用していくハードルはありそうですね」

「はい。ただ、田子で実現できたということは、他の地域にとっても大きな可能性になったと思ってます」

「実際に導入が進んでいる地域はあるんですか?」

「8月3日から田子の隣の仁科港でスタートしています。他にもいくつか問い合わせをもらっていて、少しずつ話が進んでいるところもあります」

「おお、すごい!」

「魚がバカバカ獲れて、何もしなくても儲かっていた時とは違って、どこの漁港も工夫をしなければ生き残れない時代です。釣り人憎しの気持ちも痛いほど分かりますが、うまく折り合いをつけながら共存していく道も考えないといけないタイミングだと思うんです」

「全国には、釣りを禁止にした漁港と、禁止にしようか悩んでいる漁港があるんです。前者を開放するのはかなり大変だと思うんですけど、後者はそれよりも導入のハードルは低いはず」

「ただ、釣り人目線からは行政が勝手に仕組み化しないでくれという意見もあるでしょうね。釣り人さんに納得して利用してもらえるような形にしなくてはなりません」

「どうしたら納得してもらえると思いますか?」

「ほんとに釣りを愛してる人だったら、荒れ放題の港を見て何も思わないということはないはずなんですよね。自分と地域社会、自分と自然環境を重ね合わせて考えることができれば、やるべきことは自ずと見えてくるように思います。

実際に田子では有料化したことで、港内がきれいになったし、休憩所もできたし、水道もできました。これ全部、収益金がなかったら無理だったことなんです。漁港にお金を落とすというのは、自分の大切な釣り場を守ることでもあると多くの釣り人に思ってもらえたらうれしいですね」

「とても大事なことですね」

「あと課題があるとしたら、國村さんの会社がこの事業をボランティア的にやり続けていることですかね。ちゃんと稼いでもらって、法人税をぜひたくさん町に納めてください(笑)」

「う、これ以上忙しくなると釣りに行く時間が……。でも頑張りましょう。僕らはもう一蓮托生ですからね」

「そうですね。私も釣りが大好きですし、『海釣りGO!!』が全国の漁港に広まるように田子での知見を広めていくことをやっていきたいです。この西伊豆という小さな町から日本中の漁港を変える企業が出たんだよって、いつか胸を張って言ってみたいですから」