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バブル崩壊、廃業寸前、3度の自然災害…「地獄の旅館経営」を再建した男

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相次ぐ自然災害、そしてバブルやリーマンショック。数々の危機を乗り越え、今や国内外から多くの観光客が訪れる人気の宿となった熊本県・阿蘇の「蘇山郷」。

館主の永田祐介さんは、自ら正しい情報発信を行い、クラウドファンディングなどを駆使して「攻めの経営」を常に続けています。

 

www.e-aidem.com

前編に続き、永田さんによる「現代の旅館の経営論」について、より深くお話を伺いました。

 

度重なる苦難を乗り越える、生産性を意識した経営

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―後編では、蘇山郷の経営面について、もう少し深くお聞かせください。

はい。実は僕が高校生でバブル直前だった時期に、旅館業が破綻しかけていたことがありました。バブルの勢いに乗じて、「ツインタワー計画」という計画が動いていたんです。バブルの崩壊によってその計画も破綻し、うちも廃業寸前まで追い込まれました。

 

―なるほど、バブルの影響で……。

バブルが弾けたあとは高い利息だけが残って、僕が旅館に帰ってきたときには、保証協会の代位弁済に頼るところまで追いつめられていたんです。保証協会の債務が根っこに残っていると、他のどこの銀行からも新たな融資をしてもらえなくなってしまいます。

※保証協会:中小企業・小規模事業者の金融円滑化のための公的機関。信用保証を通じて、資金調達をサポートしたり、万が一返済が難しくなった場合に保証協会が代位弁済する。
※代位弁済: 保証協会が借入金を金融機関へ弁済すること。

 

―信用が一度完全になくなってしまうんですね。

どんなに「最先端の経営で実績を出す」という経営計画書を作っても、設備投資ができない。手元資金のキャッシュを作るために支払いのほとんどが手形になります。僕が旅館に帰ってきたときの20年前は、支払いの8割が手形決済でした。

 

―売上の8割!かなり危ない感じに聞こえますが。

売上はそこそこあるのに、いつ飛んでもおかしくない状況です。当時、専務だった僕が一番忘れらないのが、壊れた製氷機を買い直すことさえできなかったこと。

 

―製氷機は大事ですね...…。

20〜30万円のキャッシュさえないんです。1億5千万円ほどの売上のある会社が、20万円の製氷機のリースさえ通らない。「うちはどれだけブラックな企業なんだ...」とそのときにハッと気づいたんです。

そこから3年間かけて、約8,000万円ほどあった手形をほとんどなくしました。現金と手形を追いかけていたこの3年間、僕はほとんど給料はもらえていなかったですね。

こうした対応を行っていきながら、僕が館主を継いだのが7年前。ちょうどリーマンショックの後でした。

 

―うわ、また大変なときだ...…

当時は民主党政権で、モラトリアムの金融支援法案が閣議決定されたんですよね。

その翌朝9時には僕は銀行にいました。僕がその当時の支店長に言ったのは、「月々の返済額は変えない。月100万円ならそのまま100万円返す。その代わり半分を元金に入れて、金利を一度ゼロにしてください」ということ。

「できますよね?だって法律だから」と交渉して、金利をゼロにしてもらった半分を設備投資に回すことにしました。

 

―苦しい状況でも、お客さんを呼ぶための新しい設備投資を考えたんですね。 

その年に露天風呂付きの客室を2つ作り、その部屋をフラッグシップに高単価で売り始めたんです。二年目には8畳の部屋を5部屋改装し、11畳の部屋へ間取りを広げて、単価を上げました。三年目にモラトリアムの出口を模索している最中に、水害が起こったんです。

 

―リーマンショックの次は、自然災害……立て続けに……。

水害があったとき、うちは本当にキャッシュがありませんでした。スタッフと共に片づけをしていて、3日目に言われ、忘れもしないことがあります。

「社長、今やっている仕事は業務ですか、それともボランティアですか?」と尋ねられたんです。ここで、「ボランティアだ」といった瞬間、次の日からは誰も来なくなるでしょう。

 

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―スタッフにも、自分たちの生活がありますからね。

なので、「業務だ」と答えました。そう言った以上は、翌月には必ず給料を払わなければなりません。キャッシュがなければ、宿を開けるしかない

うちは9日間の休業のあと、10日目には開けたんです。内牧では一番最初ですね。被害がひどいので壊すところ、今すぐには直せないところ、復旧させるところを三つに分けて、優先順位をつけることでなんとか間に合わせました。

 

―選択と集中ですね。

なんとかキャッシュが回り始めたので、次は保険の交渉を始めました。ところが、保険会社の査察官が何度来ても決まらない。9月末になっても決まらないので、ある方に相談したんです。

「永田さん困ったことない?」と聞かれたので、「保険が出ないんです」と伝えました。そうしたらその方が保険会社に電話してくださった様で・・・その翌日だったかな?満額振り込まれました(笑)

 

―えー!はやい!

それで建物を壊し始めて、駐車場にすることにしたんです。以前までは玄関の前に縦列駐車をしていました。昔まではお客様の代わりに駐車したり、寒いときには車内を暖めておくことがサービスだと思っていたのですが、今の時代は違いますよね。

 

―たしかに、自分の車を他人が動かすことに抵抗がある人も多そうです。

あとは10部屋を壊して、少しずつ客単価を上げる方向にシフトさせていきました。当時はメインの食事会場がなかったので、全室部屋食でやっていたんです。今考えたらぞっとします。 

 

時代に合わせた、旅館の形

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僕らが宿泊させていただいた日の献立は「あか牛溶岩焼き会席」でした

 

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山女の塩焼き。地元産の食材を使い、生産農家の想いを伝える料理にこだわっている

 

―考えてみれば、部屋食は宿の側がめちゃくちゃ大変ですよね。宿泊客の感覚としては、部屋で食べても、会場で食べても感覚的にはそれほど差はないように感じますが。

部屋食は時間も長いですし、一人の係りがみれるのも三部屋くらいが限界です。それならば、一箇所のレストランで食事をしてもらった方が明らかに生産性が高い。それでも部屋で食べたいというお客様や、子連れのお客様にはプライベートルームを確保します。その場合にはホテルのルームサービスと同様に、別途チャージを頂く。

 

―ホテルの手法を温泉宿にも取り入れるということですね。

そうですね。もう一点、うちはずっと「泊食分離」を推奨しています。一泊目は遅くにチェックインしてもらってもいい。2泊目だけはうちで食事をとってもらい、3泊目は自分の好きなものを外に食べに行く。

こうしたスタイルで外国のお客様を迎えたいんです。それによって稼働も上がります。部屋数も30部屋から22部屋へと2/3の規模になったのですが、売上は1.5倍になりました

 

―やっと経営が上向きになってきたように思えます。

それでもビジネスとしては順風満帆というわけでもありません。決算書をみれば一目瞭然ですが、一番大きいのは人件費で、3割ほどを占めます。

食事の原価でプラス2割。そこに水道、光熱費、浴衣、タオル、リネン代、お風呂周りの備品やアメニティーの費用がかかります。

あとは固定資産税や保険なども含めたら1割残らないんですよ。それでも、1割を残さないと元金返済ができなくなってしまいます。

 

―かなり厳しい...。だからこそ先ほどおっしゃっていたように、ホテルのルームチャージ制を取り入れて生産性を上げたり、客単価が上がるようなホテルの構造にシフトさせていったわけなんですね。

今ではビジネスホテルがガンガン増えていて、旅館は20年の間で8万軒から4万軒へ半減しています。その原因として後継者不足はもちろんあるのですが、これまでのように家業で続けることが難しくなっているのです。

 

―昔ながらの家族経営という形から、企業へと変わることも求められる時代ですよね。 

自分でやるのが難しいのであれば売却も一つの道でしょう。もしくは建物と土地の権利を所有したまま、レンタルという道もある。変な話マンションを建てて、家賃収入を得るビジネスモデルと大差ありません。その方が旅館は長続きするのではないかとさえ感じています。

 

―なるほど!時代に合わせて、柔軟に考えることが必要ですね。

 

国外に目を向ければ打ち手も変わる、インバウンドを呼び込むためにできること

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地震の影響で止まってしまった温泉の泉源をいち早く掘削し、どこよりも早く150m地下より自噴させることに成功

熊本地震により、熊本県は観光をはじめとした経済に大打撃を受けることになりました。そこで昨年7月、政府は「九州ふっこう割」という合計180億円(熊本県への割当は65億円)にのぼる助成制度を創設しました。

永田さん自身も政府への働きかけや陳情、補助金の確保に東奔西走したといいます。その粘り強い交渉の結果、東北での前例がなかったグループ補助金を使った温泉掘削も、特例で認められる措置が取られることになりました。

 

―「ふっこう割」が一つのカンフル剤になったのは間違いないと思うのですが、それがなくなった瞬間に行かなくなってしまう人もいますよね。

僕は基本的に、(復興割は)ドーピングだと思っています。とはいえ、人間で考えても、弱っているときは点滴を打たないと体が持ちませんよね。だから、もとの血流に戻るまでは仕方がない部分もある。

 

―いまの状況は、かなり危機的ですからね。

交通という動脈が寸断されている阿蘇なんかは、平常ではないんです。点滴でもドーピングでもいいから、できることはなんでもやって、とにかく維持する。血が通わなければ死んでしまうじゃないですか。

 

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―血が通わなければ死んでしまう、その通りです。

たとえば先ほどルーフトップバーについて話しましたが、万人受けしようと思うならまずはエレベーターを先に作りますよね。

 

―同じ1千万円を投資するなら、エレベーターを作って上の階のお客さんを快適にしようと・・・普通は思うかもしれません。

でも、僕は別の考え方なんです。つまり、エレベーターを作ってもお金は生まない。エレベーターはあって当たり前のもので、エレベーターに乗るのにお金は払ってくれない。それだと次の投資に繋がらないんです。

逆にバーはお金を生むので、そこから新しくエレベーターを作るためのお金が生まれます。

 

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―そうか!順序が違うんですね。

ここにパラソルなんかを置いておけば、長期滞在の外国人のお客さんが日中ここに上がってきて、FacebookやInstagramに上げてくれたりするんです。それをみた他のお客さんが来てくれるサイクルができれば、蘇山郷が高級志向の外国人が泊まる宿というイメージが広がっていきます。

 

―お客さんひとりひとりが、いいイメージを拡散する広告塔になってくれるような仕組みができる……! 

そうなると今度は、蘇山郷の周辺に客単価の高い施設を誘致する話が出てきます。それに付随して既存施設にも補助金の話が出てくれば、うまく活用してエレベーターが作れるかもしれない。

つまり、僕は逆説的な描き方をしているんですよね。

 

―すごい発想ですね……。たしかにこのルーフトップバーはSNSに上げたくなりますよね。トリップアドバイザーやブッキングでも写真映えしそうです。

かかるお金が一緒だとしても、エレベーターの写真なんか誰でも撮らないですよね。日本国内だけでみたら高齢者が増えているので、エレベーターの優先順位が上がりそうですが、インバウンドでみると視点が変わってくるんです。

 

まとめ

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永田さんのアツい眼差しと共に語られる力強い言葉には、旅館ビジネスに限らず、これからの地方や観光を考えていくためのヒントがたくさん詰まっています。

「蘇る阿蘇の山々と故郷」に由来する、蘇山郷。熊本地震が発生してから、まだ1年も経っていません。未だに復旧の目処が立たない仲間のために、今の僕ができることは「先に進み道筋を照らすこと」だと永田さんは語ります。

 

数々の災難により経営破綻の寸前まで追い込まれながらも、決して音を上げることはない。僕と柿次郎編集長の二人にとって、最も印象的だった言葉は「復旧と復興は違う」でした。ピンチのときこそ元の100%に戻そうとするのではなく、120%の世界を見据えて取り組む。エレベーターではなく、ルーフトップバーを作る。

普通ならば心が折れかけてもおかしくない状況でも、高い視座を保って、リーダーシップを発揮し続ける永田さんの姿勢に湯守としての矜持をみたのでした。

 

<広告主>
九州観光推進機構

 

書いた人:長谷川リョー

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編集者。『SENSORS』シニアエディター。リクルートホールディングスを経て、独立。修士(学際情報学)。将来の夢は馬主になることです。メール:ry.h0508アットgmail.com、Twitter ID:@ryh