現在の職種・業界とはまったく異なる世界へ足を踏み入れることになる「異業種・異職種転職」。転職だけでも大変なのに「異業種」「異職種」ともなると、「うまくいくのだろうか」「転職できたとしても、ちゃんと働けるのだろうか」など、不安に襲われることも多いはず。
IT企業のWebデザイナーとして働くmeme(成沢彩音)さんは、もともとは看護師としてITでも一般企業でもない職場で働いていました。そのため以前は、転職前のキャリアを「空白期間」や「同世代からの遅れ」と捉えてしまい、焦りや不安も大きかったそうです。
しかし、最初の転職から時間を経た現在は「過去の経験も礎になって今の仕事に生きる」「異業種転職は“リセットボタン”じゃない」と感じているそう。今回は、そんなmemeさんに、自身の転職経験についてつづっていただきました。
「どうやってデザイナーになったんですか?」
と、初対面の方によく聞かれる。
看護師からデザイナーへとキャリアチェンジをしているためだ。看護師を3年ほど経験したのちに一念発起し、デザイナーへと転身した。看護という医療畑から、デザインというまったく別の業界・職種への転職だった。
そして今、私はココナラというWebサービスのUIデザイナーをしている。
デザイナーになって7年目、デザイナーとしてのキャリアもようやく落ち着いてきた頃だ。最近になって、異業種からデザイナーへの転職を志す方のアドバイスをする機会がぽつぽつと増えてきたのだが「デザイナーとしてのキャリアは白紙だから、私には何もない……」といった声を聞くこともある。
本当にそうだろうか?頑張ってきた過去のキャリアを「異業種だから」と切り離し、リセットして考えてしまうのは、少しもったいないように思う。
私自身、異業種・異職種からの転職をしているが、過去の経験が今に生きていたり、つながっていたりすることはある。今回は、そんな話をしようと思う。
やりたいこと探しに迷走していた看護師時代
最初に看護師という職業を選んだのは、「なりたい」と思って選んだ道ではなかった。思い返せば今の仕事につながるが、高校生までは油絵や服飾などにハマっていたこともあり、ぼんやりと「将来は何かクリエイティブな仕事に就くんだろうなぁ」と思っていた。
しかし、大学進学のタイミングで将来就きたい職業像がはっきりせず、まずは「手に職を」との思いから看護の道を目指すことにした。
母子家庭という環境もあり、漠然とした目標に対して高額な学費を出してもらうことには抵抗があったし、小さい頃から家族の見舞いで通院していた自分としては看護の道も自然な選択だった。
看護学校を出た後、上京して大きな病院に就職した。看護の仕事はやりがいも感じていたが、ルーチンワークかつ煩雑な環境が苦手で、日々ストレスを感じていた。食欲もあまりなく、うまく寝れない日々が続いていた。休日はデッサン教室に通ったり、レジンで小物を作って販売したりしていたが、「このまま看護師として働き続けられるのだろうか」「私が本当にやりたいことは何か他にあるんじゃないか」と、仕事における私のやりたいこと探しは迷走していた。
思い切って飛び込んだ「デザイナー」の道
看護師を3年経験した頃、転機が訪れた。
家の事情で名古屋へ引っ越しした事を機に体調の関係からしばらく休職することを考えていた折、近所の商店街で「未経験可。デザイナー募集」という張り紙を見かけたのだ。業務システムを開発している、小さな会社だった。デザイナーという仕事の詳細は正直分からなかったが、広告やホームページを作る仕事と聞いて「面白そう!」と、好奇心から応募した。
デザイナーとしての初めての職場は、なんと(未経験の)私一人しかいない環境だった。デザイナーの先輩が居たわけでもなかったため、独学で勉強を始めた。ネットの動画学習サービスや専門学校の教本を購入し、ソフトの使い方を一人で学習した。習得したスキルを使い、作ったものでお客さんの役に立てることが楽しく、どんどんデザインの道にのめり込んでいき、やっと「やりたいこと」を見つけたような感覚があった。
ただ、独学でソフトを使えるようになったものの、一人デザイナーの環境や仕事で扱う範囲も大きくなかったこともあり、デザインの力が身に付かないと感じるようになっていった。デザイナーとしてちゃんとスキルアップできるよう、制作会社へ転職することを決めた。
エージェントからは「ほぼ未経験の場合ギャップを感じることもあるが、大丈夫か。経験のある看護師に戻った方が良いのでは?」と言われることもあったが、不思議と看護師に戻ろうとは思わなかった。ダメでもともと。やっとやりたいことを見つけたんだから、やれるところまでやってみようという思いだった。
制作会社での日々はやはり大変だったが、スキルを吸収できることがただただ、楽しかった。日々成長している実感があり、周りのデザイナーを意識した事もなかった。全てのデザイナーは先輩で、常に追いかける目線しか持っていなかったためだ。
遅れてスタートした「焦り」は自信が消してくれた
広告やWebサイトをメインにする制作会社でグラフィックデザインを始めて数年が経過した頃、徐々に働いていて楽しいと感じるポイントが見えてきた。一人で行うクライアントワークでのルーチン業務よりも、チームで企画しながらものづくりをする方が私には向いているように感じた。
デザイナー4年目のとき、チームで企画しながらものづくりができる環境へとの思いから、UIデザインの領域へ転職する。広告やWebサイトの見た目を作る仕事から、Webサービスやアプリの機能を作る仕事と、また少し違う職種へのジョブチェンジだった。
UIデザインを始めてしばらくたった頃、それまで感じなかった「自分のキャリアに対する焦り」を覚え始めた。
デザイン業界の知見も増えてきたことから、自然と同年代のデザイナーと自分を比較するようになっていた。「もっとあれもこれもできなくちゃいけないのに!」と常にヒリヒリとした焦りを感じ、とにかく自分のスキルアップになりそうなセミナーには手当り次第に積極的に参加した。
今思えば自信がなかったのだと思う。焦りは確かに私を貪欲にし、知識やスキルの習得スピードを早めてくれたが、常に気持ちは落ち着かなかった。
そんな焦る私に対して、当時の上司から「まずは一歩一歩を積み重ねていこう。その先にできることが広がるはずだよ。」とアドバイスを受けた。その言葉を信じ、愚直にできることを積み重ねることで、確かに少しずつだがやれることは広がっていった。人と比べてもしょうがなく、その人はその人なりのキャリアを積み重ねている。私は私のキャリアを積み重ねていくだけなんだと思うようになり、徐々に焦りは消えていき、いい意味で落ち着いてキャリアと向き合うことができるようになっていった。
業種・職種が変わっても、その経験は積み重なっている
看護師からデザイナーになってもうすぐ7年になる。
制作会社に飛び込んだ頃の私は、「私には何もない……」と自分を卑下することもあったが、看護師時代の経験が今の仕事に「生きていない」なんてことはない、と今は思う。ハードスキルであるデザインの知識・技術はもちろん重要だが、ソフトスキルは意外と看護師時代に培ったものが生きていたと思う。
例えば、こんなソフトスキルだ。
- 多職種の中でハブとなり働くコミュニケーション力
- クリティカルシンキングでユーザー(患者)を観察する力
- ユーザー(患者)目線でサービス(看護行為)を見つめ直す目線
- 常に現場の業務改善を提案・実行する力
制作会社の頃、先輩に「よく気が付きますね!」と褒めてもらったことがあった。本当にこれでいいのかな?とデザインを何度も見直して、もっといい表現を提案できた時だった。相手の視点になって見直すスキルが生きたと感じた瞬間だった。ハードスキルはまだまだでも、培ったソフトスキルは確かに武器の一つとなっていた。
そして私の場合、本当にやりたいことは、看護師時代に感じていたやりがいのあったことと共通していた。
思えば看護師の頃、正確なタイムスケジュール管理よりも看護計画を企画してリハビリの専門家や患者さんと一緒に取り組むことにやりがいを覚えていた。看護の力でサポートすることで、患者さんの持っている力を引き出し、できることを増やしていくことが楽しかった。四肢麻痺の患者さんがリハビリ器具と自分の力でご飯を食べれるようになった瞬間は作業療法士と患者さんと涙を流して喜んだ。
デザイナーになっても、ユーザーの目標達成のために、デザインや技術の力でやれることを増やし、手助けできることがとても楽しかった。本当にやりたかったことはデザインという手段ではなく、誰かのできることを増やすためのサポートをすることだった。
今まで積み上げてきたものを信じることで、どんなことにもチャレンジできる
異業種・異職種転職に不安や焦りがある気持ちはよく分かる。もちろん、努力が必要なことも多いが、本当にゼロからのスタートだろうか? 誰しもが、これまでのキャリアで身に付けたものはきっとなにかあるはず。
こう思えるのは、看護師時代の経験が私の礎となっていたことに気づけたから。また、自分が本当にやりたいことを見つけたことで、今まで以上に頑張れる自分と出会えた。頑張りが空回りして焦ることもあったが、やりたいことに打ち込めている自分が一番好きな自分だ。
今できることから少しでも前に進めているのなら、できるようになったことに目を向けて、一歩一歩を積み重ねていく。そうすることで少しずつ自信も持てるようになる。キャリアは後からついてくるはずだ。
もし、全く別の仕事に興味があるけれど、不安が大きかったり、迷ったりする人は「今できていること」に目を向けるとちょっと気持ちが落ち着くかもしれない。
これから先、またやりたいことが変わるかもしれない。けれど、自分の本当にやりたいことと向き合い、今までの積み上げてきたものを信じることで、どんなことにもチャレンジできると信じている。
編集:はてな編集部
「今とは違う仕事」をすべきか迷ったら
著者:meme(成沢彩音)