誰かの「やめた」ことに焦点を当てるシリーズ企画「わたしがやめたこと」。今回は、編集者の近藤佑子さんに寄稿いただきました。
近藤さんがやめたのは「コーヒーを飲むこと」。
学生時代から、何かを頑張るためにコーヒーを飲む習慣があったそうですが、あるとき「コーヒーを飲まないと頭痛がする」ということに気付いた近藤さん。いつのまにかカフェインの力に依存し、コーヒーを飲んでブーストをかけないと頑張れない状態になってしまっていたようです。
コロナ禍もあり、仕事でもプライベートでもさまざまな変化を余儀なくされる中、コーヒーに頼って無理に頑張るのではない「別の道」を模索した経験についてつづっていただきました。
2020年からの新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、私は多くのことをやめた。いや、やめざるを得なかった。
2019年以前は、仕事のあとに勉強会に出かけたり、飲みに行ったり、趣味の活動をしたり。2019年には、初めて1人で同人誌を作ってイベントに出展したり、キャバレーの世界観を模した誕生日イベントを主催したり、IT系の資格に挑戦して合格したり、新しいことに挑戦した年だった。自分のやってきたことを書き出しては「あぁ、私って回遊魚みたいだなぁ」と一人で悦に浸っていた。
仕事で培ったスキルをプライベートで発揮して、そこから得た気付き、つながり、学びを、仕事にも生かしていくという好循環が生まれていた。仕事と、仕事以外の活動。その両方があって初めて自分がいきいきと成長している実感が得られた。阿波踊りの「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」というフレーズから、自らを「踊る編集者」と名乗り始めたのもその頃からだ。
でも、そうした活動が、コロナ禍ですっかりできなくなった。さらには仕事でも大きな転機があり、思い通りにいかなくて戸惑ったり悩んだりすることが増えた。そんな新しい日常を受け入れようとする上で、これまでの自分の考え方・やり方を変えていかざるを得ない場面がいくつもあった。
そんな中で、私が積極的にやめたのが「コーヒーを飲む」ということだ。
何かを頑張るために飲んでいたコーヒー
私にとってコーヒーなどのカフェインが入った飲み物は、長らく「何かを頑張るため」に飲むものだった。
建築を専攻していた学生時代は、課題やレポート、論文制作に追われ、コーヒーやカフェイン飲料を飲み、何度も徹夜をした。コーヒーの苦い味が当時あまり好きではなかったので、甘くして飲むことが多かった。
会社員になってからは、さすがに学生時代のように無茶はしなくなったものの、仕事中にコーヒーは欠かせなかった。すっかりブラックで飲めるようになったので、お茶のような感覚で気分転換に飲んでいた。
プライベートの活動で、文章を書いたりPCで作業をしたりするとき、私は家ではどうしても集中できないので、カフェやスーパー銭湯に行ってよく作業をしていた。そこでもコーヒーは欠かせない。よく行っていたスーパー銭湯は、100円で挽きたてのコーヒーが飲めるというのもお気に入りポイントの一つだった。
昔からの悪い癖で、良く言えば短期集中、悪く言えば締め切りギリギリで何かを仕上げることが多く、そういった作業スタイルともコーヒーによるブーストとの相性が良かったように思う。
コーヒーが本当の意味で好きになった
何かを頑張るために仕方なく、もしくはなんとなくの習慣で飲んでいたコーヒーだったが、あるきっかけでとても好きになった。
2019年の秋ごろに参加した、とあるカジュアルな勉強会で、私はコーヒーについてのプレゼンを聞いた。そのプレゼンは、コーヒー好きなエンジニアによるコーヒーの入門的な解説で、浅煎りや深煎り、豆の産地、挽き方、淹(い)れ方など、初心者がコーヒーを楽しむための知識として充実した内容だった。
以前は専門知識が乏しく、ひたすらブレンドコーヒーを頼んでいた私。ただ、それまでのコーヒー体験の中で「紅茶のようにフルーティーでおいしいなぁ」と思えるものもあった。
プレゼンをしてくれたエンジニアさんに、私がおいしいと感じたコーヒーについて話し、どんな豆を選べばいいのかを聞くと、いろいろとヒントを教えてくれた。それ以降、街中のコーヒーショップで良さそうなところがないかを調べては、出かけた先でコーヒーを飲むというのが、新たな趣味に加わった。
2020年に入ってからは、新型コロナウイルス感染症の不安がだんだんと大きくなり、春の訪れとともに、仕事は完全にリモートワークに移行した。
コーヒーショップ巡りはしにくくなったが、コーヒーを淹れるための機材を一通りそろえ、豆を買って、自分で淹れるようにもなった。コーヒーをゆっくり淹れている時間は、心が落ち着く瞬間でもあったし、「おいしいコーヒーが飲めるならリモートワークも悪くないかな」なんて思っていた。
友人がやっているコーヒー豆のサブスクリプションを利用するようにもなった。毎月、彼女がセレクトしたコーヒー豆とコーヒーに関するコラムが載った小冊子が送られてきて、自分が知らなかった世界や、そこで起きている問題を知り、思いを馳(は)せることができた。私はコーヒーのことがますます好きになった。
無理して頑張らないために「コーヒーをやめる」ことにした
リモートワーク生活の中で、コーヒーをはじめ小さな楽しみを見出そうとしたものの、ポジティブな気持ちはそう長くは続かなかった。
自分の活力の源泉とも言えた、仕事以外のプライベート活動はやりにくくなった。さらには会社での立場が、長らく編集を担当してきたWebメディアの編集長になったことも戸惑いが大きかった。自分の至らなさを実感することが増え、慣れないリモートワークと相まって、苦しい時期が続いた。そんな自分にブーストをかけるために、相変わらずコーヒーを飲んでいた。
一方、仕事での新しいチャレンジやリモートワークに向き合うにあたって、何か今後のヒントにならないかと、ビジネス書や自己啓発書などをたくさん読んだ。
いくつか自分に刺さった本があり、その中で共通して言っていたのは「自分が心から達成したい、世の中の役に立つような目標を持とう」ということだった。そして、周りに振り回されるのではなく「私は自分の意志でこうしている」と思うこと。私自身「楽しく仕事がしたい」と考えていたので、その願いにも通じると思った。
そんな中でたどり着いたひとつが、勝間和代さんのブログだった。生活最適化のためのマニアックな情報提供が興味を引き、さらに部屋の片付けや減量など、私がこれまで取り組んできたことについても勝間さんはすでに書籍で情報発信されていて、恐れ多くも、なんだか他人とは思えなかった。
勝間さんの発信からとりわけ具体的な行動として興味を引いたのは「お酒やカフェインに依存しないよう、飲むことを控える」ということだった。
最初は「大好きになったコーヒーをやめるなんてとんでもない」と思っていた。しかしあるとき、休日に頭痛に悩まされた。頭痛の原因として思い当たったのは「その日コーヒーを飲んでいない」ということだ。案の定、コーヒーを飲むと頭痛が治まった。私はいつのまにか、コーヒーを飲まない日があると頭痛がしてしまうほどにカフェインに頼り切ってしまっていたようだった。
コーヒーの楽しさをせっかく分かってきたところだったのでショックを受けたけれど、私は自分の意志で行動したいし、自分で自分をコントロールできるようになりたいと思った。そこで、カフェインに頼って無理をしてしまっている現状から抜け出そうと、コーヒーをやめることを決断した。
それまでマグカップで1日数杯飲んでいたコーヒーを、1カ月かけて1日1杯に慣らしていき、年末年始の休暇で完全に絶ち、私はすっかりコーヒーをやめた。
自分の生活をコントロールするのが、自分にとって一番の戦略
2021年になってからは、私はほぼコーヒーを飲まずに過ごしている。朝一番には白湯を飲み、そのほかには、どくだみ茶やフレーバードのルイボスティーを好んで飲む。夏は麦茶。たまにカフェインの入った紅茶や緑茶も飲むけれど、飲まない日に頭痛に悩まされたりはしていない。
そうするうち、以前は「なんだか捗らない、気持ちが乗らない」と思ったらまずコーヒーを飲んで気合いを入れていたけれど、最近は「もっと他にやることがないだろうか」と、自分がコントロールできることを探すようになった。
そんなとき、コロナ禍以前から取り組んでいた習慣には助けられた。ちょっとでもいいから英語の勉強をすること、日々の感情を日記として記録すること、ダイエット……とまではいかなくとも、少なくとも体重を記録すること。
そうするうち、自分がごきげんでいられるような「いい習慣」を心がけていれば、自然と自分の状態が安定し、無理をすることなく前向きに物事に取り組めることに気付いた。
もともと、健康を維持するなどの目的で生活習慣を気にかけるようにしていた。しかしコロナ禍で生活と仕事が密接になったこともあり、日頃の生活習慣が仕事に影響しやすいことに気付き、以前よりも意識するようになった。
私が意識している習慣は、例えば以下のようなことだ。
- バランスの良い食事(最近は野菜たっぷりのご飯が作れているので◎)
- 適度な運動(サボりがちだけど筋トレを新しく始めたので○)
- 十分な睡眠(6~7時間寝るように努めているが、遅くまで起きてしまうことがあるので△)
- 間食を控える(ついついお菓子を食べ過ぎてしまうので△)
上記の通りまだ道半ばだけれども、それでも徹夜をして無理をしていたころから振り返ると、自分を大切にできていると思う。前向きな気持ちでいられるのは、きっと「自分の意思で始めた」習慣だからなのだろう。
仕事や世の中の状況は、なかなか自分のコントロール下に置くのは難しい。けれど自分の生活は、自分が一番コントロールしやすいものだと思う。今の私にとってはこのやり方が、仕事や活動をしていく上で一番有利な戦略だと考えている。
コロナ禍によってやめざるを得ないことばかりで、自分らしい生活が送れていないのではないかと不安になった。さらには仕事が生活の時間の大部分を占める中で、自分の至らなさを実感する日々。だけど「楽しく働きたい」と思ったら、人生を主体的にコントロールしていきたいと思うようになった。
私がコーヒーをやめたのは、そのための前向きな行動のひとつだったんじゃないかと思う。
今でも街でコーヒーのお店を見かけると、「飲むとおいしいだろうなぁ」と思う。コーヒーを淹れるためのグッズだって家に取ってある。自分のことがコントロールできるようになったら、自分の世界を広げてくれたコーヒーと、また新たな付き合い方ができるといいなと思っている。
「わたしがやめたこと」バックナンバー
著者:近藤佑子(id:kondoyuko)
編集/はてな編集部