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売れる本は「面白そうなにおい」がする? 様々な企画を打ち出す三省堂書店員・新井さん

新井さん

今回「おしごとりっすん」に登場するのは、三省堂書店で働く新井見枝香さん。有楽町店、池袋店、本部勤務を経て、現在神保町本店の文庫本コーナーを担当する新井さんは、本を売るのが日本一上手い書店員かもしれません。独自の賞「新井賞」を作ったり、著者さんとのトークイベント「新井ナイト」を開催したり、自らが読んで面白いと思った本を売るための企画を次々と打ち出しています。その傍ら、様々な媒体に寄稿し、エッセイ集『探してるものはそう遠くはないのかも知れない』も刊行。書店員の仕事の話、売れる本とは何か、出版界の今後についてなどを伺いました。

本は好きだったけど、仕事にするとは思ってなかった

新井さんはもう何年も前から、「プッシュした本は必ず売れる」と言われている書店員さんですよね。新井さんの活動を拝見しているとまさに天職だと思うのですが、どのような経緯で書店員のお仕事を選んだのでしょうか?

新井見枝香さん(以下、新井) 書店員になりたいと思っていたわけでも、本に関わる仕事をしたいと思っていたわけでも全然ないんですよ。三省堂書店で働き始めたのも、本当にたまたまです。三省堂書店有楽町店に寄ったら求人のポスターが目に入ったから気まぐれで電話をして。

じゃあ、それまでは本とはまったく関係のないお仕事を?

新井 そうですね。そもそもあまり仕事が続いたことがなくて、いろいろなアルバイトを転々としていました。唯一続いたのがサーティワンアイスクリームで、2〜3年は働いたかな。あくまでも消費者として本が好きだっただけなので、書店で働くなんて考えたこともなかったですね。

三省堂書店にはよくお客さんとして行かれていたのですか?

新井 有楽町店が好きでよく行ってました。有楽町店の文芸の棚はそんなに広くないのですが、品ぞろえがよかったんですよ。「おっ、これが置いてあるんだ」といった通好みの本がそろっていて、それでいてちゃんと大衆向けの本も入っていて、セレクトのバランス感覚がとてもよかった。入社してすぐに、「あ、この人が担当していたんだ」と分かりましたね。

へええー! 棚って、担当する書店員さんの個性が出るんですね。

新井 でも、「俺が売りたいものを置く」「私の棚を作る」とゴリ押しばかりするのもよくないんです。その店舗がある地域によって、お客さんが求めているものも変わってきます。お客さんをよく見て、ニーズに合わせた棚を作るのが大前提です。

「買うなら新井さんのところで」とどの店舗にも来てくれる常連さん

新井さんは最初、有楽町店で働かれ、その後池袋店に異動し、現在は神保町店にいらっしゃるんですよね。店舗が変わったことでの苦労は何かありましたか?

新井 有楽町店から池袋店に移ったばかりの頃は、お客さんから思ったような反応が返ってこなくて少し苦戦しました。有楽町店はもともと客として通っていたのもあって、自分に合っていたんですよね。それに、お客さんとの信頼関係は、一年やそこらで築けるものではありません。オススメした本を買ってもらって、それを気に入ってもらえたことでまた来てくれて、と繰り返して作り上げたものを、また0からやらなければならないですから。

新井さん

本屋って、たまたま通りがかった店にふらっと入る人が多い気がしますが、常連さんも結構いるんですね。

新井 有楽町店で常連さんになってくれた人の中には、私が異動したら池袋店に、今は神保町店に来てくれる方もいます。「買うなら新井さんのいるところで」って。

そんなことがあるんですか……!

新井 とはいえ、ここまでお客さんに信頼してもらえるには時間もかかるし、めちゃくちゃ大変です。会社の上の方の人は、どんどん配置換えをするけれど、現場の人間からしたら、長年お店にいることで培った信頼関係ってプライスレスなんですよね。

ただ、本屋でお店の人が積極的に話しかけてくることはあまりない気がします。どのようにしてお客さんとの信頼関係を築いていくのでしょう?

新井 こちらからやたら話しかけることはしないですね。ただ、よく見ると、何かを聞きたそうにしている人もいるので、そういうときは声をかけに行きます。それと私の場合は、「新井賞」という独自の賞を作って店で展開するなど、名前を出して活動しているのもあり、お客さん側から本の感想とかを話しかけてくることも多いです。新井賞とかやってるくらいだから、新井さんならいろいろな本を読んでいるだろう、って。特に今いる神保町店では、本の納品がない土日とか、レジに入る時間以外は、ほぼずっとお客さんと話しています。

どうしても売りたい本があって始めた「新井賞」

「新井賞」についてもお伺いさせてください。この賞はどのようにして始まったものなのでしょうか?

新井 2014年上半期の直木賞の結果に納得がいかなかったことがきっかけです(笑)。そのときの候補作の中で、私は千早茜さんの『男ともだち』が一番面白いと思ったのに、受賞はできませんでした。直木賞候補って、落選してしまったときに残念な雰囲気が漂って、その本の面白さは変わらないはずなのに世間から見た価値がなんとなく下がるような気がするんです。だったら候補にならない方がよかったんじゃないかっていつも思っていて。それで、『男ともだち』をどうしても売りたくて、「新井賞」を勝手に作って、店で直木賞と芥川賞と一緒に並べたんです。そうしたら反響がすごくて、有楽町店では直木賞と芥川賞の受賞作よりも売れてしまったという……(笑)。

新井賞の様子

「新井賞」を店舗で展開している様子。POPの作成や受賞作につける帯など、全て新井さんが作成しているとのこと

すごい!

新井 賞をやりたかったわけではなく、たまたま新井賞という形がうまくいっただけで、うまくいかなければ、(売るための)別の方法を考えていたんだろうと思います。このときあまりに売れたせいで、本部主導で全国展開をしようと言われたんですが、「それは違う!」って断固拒否しました。新井賞が業務になってしまうと、その業務的な“つまらなさ”はお客さんに絶対に伝わってしまうので。

新井賞は業務外で趣味でやっている、という位置付けなのでしょうか?

新井 そうですね。ひっそりと店舗で展開して、Twitterで受賞作を発表したり、受賞作に自作の帯をつけたり、細々とやっています。実は書店員って、こうやって本を売るために何か仕掛けなければいけないかというと、そうではないんですよ。基本的には必要な本を仕入れて、きちんと接客をするだけでいい。本をオススメしたり、売るために何かを企画したりするのは、私がやりたくてやっているだけです。

店舗の様子

新井さんが手がけた「食」をテーマにしたコーナー。サンプル食品で作ったPOPも手作り

新井賞の他に、新井さんと作家さんとのトークイベント「新井ナイト」も定期的に開催してらっしゃいますよね。

新井 作家さんのトークイベントは世の中にたくさんあるのですが、台本があった上で進行したり、どこかのインタビューに書いてあるような内容だったりすることが多いんですよね。それと、トークの相手が評論家や編集者だと、内容も評論的なカタいものになりがちです。でも、評するために読んでいる人ばかりではなくて、ほとんどの人は楽しみたくて本を読んでいるはずです。それで、もう少し作家さんを身近に感じられるようなトークイベントをやりたいなと思って企画するようになりました。

新井ナイトではどのようなことを話すのですか?

新井 打ち合わせを一切せず、その日の客層や反応を見ながらアドリブでトークしています。そういう何するか分からない状態でポンとお客さんの前に出た方が、面白い話ができるんですよ。打ち合わせをするとそこで盛り上がって、イベント本番はその続きになっちゃうから。本の内容だけでなく、「昨日は何を食べた?」という雑談なんかも積極的にします。イベントに来てくださった方々に、この作家さんがどういう人なのか知ってもらって、「私たちが本を買うことで、この人は生きているんだ」と実感してもらうのが一番の目的です。

数字だけでは何も分からない

次から次へと様々な企画を実行されていますが、会社から止められたり怒られたりすることは今までにありましたか?

新井 会社から何かうるさく言われることはなかったですね。もしかしたら、上司がうまくやってくれていたのかもしれません。どの店舗にいたときも自由にやらせてもらえて、直属の上司には恵まれています。企画書をきちんと作って相談しているわけでもなく、昨晩思い付いたからその勢いで翌朝やってみる、とかなので、売り場のみんなや上司は振り回されていると思うんですけど……。

昨年(2017年)一年間だけ本部にいらしたんですよね。これは売り上げを伸ばしたことが評価されての異動でしょうか?

新井 たぶん、私の売る力を横展開したかったんだと思います。でも、(異動は)嫌でしたね……。本が売れるのも、お客さんを毎日見ていてこそなわけで、見えない本屋で売り上げを伸ばすなんてエスパーみたいなことはできませんって。本部にいると、ある本が店舗Aで1日に10冊売れました、と数字では見えるんですけど、1人の人が10冊買ったのかもしれないし、10人が一冊ずつ買ったのかもしれない。売れた本がどういう「10冊」なのかが分からないとどうしようもないんですよ。

確かに、1人が10冊買っていくのと、10人が一冊ずつ買うのだと、後者のほうが今後も売れそうです。

新井 そうなんです。1人が10冊買っていった場合は、何かのお使いだったり、人に配るためだったりするかもしれないですよね。10冊売れたからってまた10冊発注したら余っちゃうかもしれません。書店の現場で、どういう年代の人がどの時間帯に、どんな本を何冊買っていったかを毎日見ることで、売れそうな本の「数値化できないデータ」が蓄積されていくんです。

見た瞬間に「売れる」と分かる本がときどきある

新井さん

新井さんから見て、売れる本ってどんな本だと思いますか?

新井 作家さんと編集者さんとの相性はかなり影響していると思います。大手出版社の方が宣伝力があったり、文庫だったら新潮社や文藝春秋の棚がいい位置にあったり、とかは多少ありますが、それ以上に相性の方が大事です。作家さんが編集者さんと一緒に挨拶に来たときも、見るからに相性が悪そうなこともあれば、編集者さんがいまだかつてないくらいイキイキしていることもあって。やっぱり後者の方が売れます。

編集者さんの熱意にも、本によって差があるんですね。

新井 編集者さんもたくさんの本を担当していて、1人の人間なので、個人的にも応援したい作家というのが無意識のうちにどうしてもあるんですよね。その熱意がすごければ、書店側も注目しますし。それと、これは言語化が難しいのですが、見た瞬間に売れるのが分かる本もあります。

えっ、見た瞬間に!

新井 版元から届いた箱を開けた瞬間に「これは……!」と思う本って、あるんですよ。そういうときって、他の書店員もだいたい同じことを思っていて。なんだろう……、「面白そうなにおいがする!」という感じなんです。

無名の作家さんの本でもそういうことはあるのでしょうか?

新井 人気作家かどうかは関係なくて、単行本だったり文庫本だったり様々です。タイトルや表紙だったり、作家さんやタイミングだったり、何かがうまく噛み合ったときにすごくいいものができるんでしょうね。編集者が長い時間をかけて考えた企画だとしても外れることはよくあるし、数値化も法則化もできないんですけど。ただ、ひとつ言えるのは、作り手側の人たちが「自分が買いたいと思っているか?」は大事。編集者さんや営業さんに勧められたときはよく、「ところで自分は(この本)欲しいと思った?」と聞いてます。

なるほど……。それは痛いところを突いた質問かもしれません。最近、届いた瞬間に「これは売れる……!」と思った本ってありますか?

新井 『1ミリの後悔もない、はずがない』(新潮社)ですね。R-18文学賞読者賞を受賞した一木けいさんのデビュー作なのですが、初版も少ないし、そもそもR-18文学賞大賞も逃していて。それに、単行本って文庫本と比べてなかなか売れません。そういう意味では売れる要素は全然なかったんだけど、とにかく表紙がよくて、しかも帯を書いたのが椎名林檎さんだったんですよ。

www.shinchosha.co.jp

椎名林檎さん! あまり帯を書いている印象がなくてレアな感じがしますね。

新井 そう、いつも帯を書いているような人ではなく、林檎ちゃんなのがよかった。組み合わせも大事で、例えば椎名林檎さんが大御所作家さんの帯を書いたとかじゃなく、みんなが知らない新人作家と林檎ちゃんだったからこそ、より効果的だったと思います。

椎名林檎さんが、その本の帯を引き受けた背景が伝わってきますよね。

新井 そうそう、そういうこと!「林檎ちゃんが帯! なんで!?」となるんですよ。椎名林檎さんって自分が本当にいい本だと思わないと帯を書かなそうなイメージがありますし。帯を見た人はまずそれが気になって、どんな中身なのか読みたくなる。実際そこまで狙って帯を依頼したのかは分からないですが、重版はすぐに決まりました。

紙の本はもう売れないのか?

紙の本が売れない時代と言われていますが、書店員をやっていてもそのように思いますか?

新井 確かに、入社した10年前に有楽町店でやっていたのと同じことをしても、結果が半分しか出ないとかはあります。ただ、今でもレジに入っているとめちゃくちゃお客さんが並んでいるんですよ。それを見ていると、本が売れてないだなんてとてもじゃないけど思えない。数字だけで見ると下がっているのかもしれないけれど、現場にいると「こんなにニーズがあるんだ」って、まだまだ可能性を感じます。頑張る方法と、悲観する方法が間違っているんだと思うんですよ。

と、言うと?

新井 「売れない」と自分たちが悲観することで、その雰囲気を日本中に伝えてしまっている気がします。それに、売り上げが前年比を割っているとしても、じゃあ一年頑張って巻き返せるかと言われたらそう簡単にもいかなくて、もう少し長いスパンで頑張る方法を考えたほうがいい。

最近すごくいいなと思った例があって、『さよなら、田中さん』(小学館)という発売時14歳の子が書いた小説が、児童書ではなく大人と同じ単行本として出たんですよ。作者の鈴木るりかちゃんのクラスの子はみんなこの本を読んで、「大人の本を読んだ」という経験を14歳にしてできたわけです。

それがきっかけで、他の本にも興味を持つかもしれないですよね。

新井 そう、そういうことを他の版元ももっと狙ってやっていっていいと思います。るりかちゃんのクラスの子じゃなくても、同世代の子は歳の近い子が小説を書いているってだけで気になるだろうし、早いうちに読書体験をさせることで、次世代の読書好きが増えるかもしれません。

新井さん

悩んで、買って、手に入れる――本は「買う瞬間」が最高に楽しい

最後に、書店員を続けてきたことで気付いたことは何かありますか?

新井 書店員の仕事を始めてからますます意識的に本を買うようになりました。編集者さんや作家さんと仲良くなったことで、彼らがどういう思いで本を作っているのかとか、生活の糧になっていることとかが分かるので、本を高いと感じないんですよ。昔は単行本一冊で1,500円は高いと思っていましたが、あれだけの人が関わっていて、すごく長い時間をかけて作られていて……と考えると、むしろ安すぎる。

値段の他にも、単行本は場所を取るから敬遠されるところもありますよね。

新井 私、本は読み終わったら捨てちゃいます。全部残しておくと部屋から溢れてしまうので。

えっ! 捨てちゃうんですか!

新井 だからそういう意味では電子書籍でもよさそうなのですが、それでもやっぱり紙の本がいいんですよね。なぜかというと、本は「買う瞬間」が最高に楽しいから。どれにしよう……と悩んでレジに持って行って、本を買って手に入れた瞬間がピーク。この「悩んで、買って、手にする」というのは電子書籍では味わえない体験なんですよね。

確かに、本って買う直前と直後が一番テンション上がっているかもしれません。新井さんのお話を伺っていて、ものすごく本を買いたくなりました。ありがとうございました!

取材・文/朝井麻由美
撮影/関口佳代

お話を伺った方:新井見枝香さん (株式会社三省堂書店 神保町本店 主任)

新井さん

2008年、三省堂書店有楽町店にアルバイト入社。その後、正社員に。有楽町店、池袋店での店舗勤務、本部勤務を経て2018年より現職、文庫本の棚を担当している。自身がその年で最も面白いと思った本を発表する「新井賞」やトークイベント「新井ナイト」といった様々な企画を実施し、作家や編集者からの信頼も厚い書店員。2017年にはエッセイ本『探してるものはそう遠くはないのかもしれない 』(秀和システム)も刊行。

次回の更新は、2018年3月28日(水)の予定です。

編集/はてな編集部