合理性や安定感で「会社員」を選ぶのはやめた|ひらいめぐみ


誰かの「やめた」ことに焦点を当てるシリーズ企画「わたしがやめたこと」。今回は、フリーランスで執筆活動を行うひらいめぐみさんに寄稿いただきました。

心配性な性格で「安定」を求め会社員を選び続けるも、たびたび体調不良に見舞われ、転職を繰り返してきたというひらいさん。

自分が本当に望むものを見つめ直し「合理性を重視してものごとを選ぶこと」をやめた経験を振り返っていただきました。

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30年間抱いていたもやもやの原因に、占いで気づく

職種も業界も転々としながら転職を繰り返し、これ以上自分に合う環境はないだろうと思っていた6社目で働き始めて1年がたつ頃、また体調を崩した。

処方された薬では吐き気と胃痛が一向に改善せず、胃カメラで検査をしてもらったが、原因は分からなかった。毎日起き上がって仕事をしているのもつらいのに、麻酔が完全に効いていない状態で胃カメラをつっこまれてしまったものだから、検査が終わった後はより一層具合が悪くなってしまい、のそりのそりと足を引きずるように帰宅した。

おかしいじゃないか。わたしは怒っていた。だって、数年前も仕事で体調を崩して、下(大腸)の内視鏡検査をやったのだ。いくらなんでも、わたしの人生には内視鏡のターンが多過ぎる。

なぜこうも仕事がだんだんつらくなって、内視鏡検査をやるはめになるのか。「今の仕事が漠然とつらい」ことは分かっていても、なにがどうつらいのかがよく分からない

そんなとき、ひとりの顔が浮かんだ。手相や琉球推命、タロットカードなどさまざまな手法の占いができる、Oさんだ。以前手相を見てもらったときに言われたことがものすごく当たっていて、そろそろまた見てもらいたいなと思っていた。もしかしたら、これからの仕事についてなにかヒントがもらえるかもしれない。

「発想力を表現する分野で自身を発揮できるタイプなのに、過度に真面目で、石橋を叩いて渡る性格だから失敗を先に考えてしまって挑戦しづらい。クリエイティブな仕事に就きやすい能力の持ち主なんだけど、向いている性格じゃないんだよね、ひらめちゃんは」

Oさんの占いの結果は人生で抱いていたもやもやの原因を表してくれている、と言い切ってしまえるくらいには、衝撃的な内容だった。そして同時に、すごく納得できる結果でもあった。

なぜならOさんが指摘するように、「あたま(=合理性、論理的視点)」と「こころ(=直感的視点)」が噛み合わないような感覚は、以前からうっすら感じていたのだ。

世間的に「良い会社」は、わたしにとっても「良い会社」?

Oさんの言うとおり、わたしはかなり心配性である。先々のことを気にかけ、合理的な判断を選ぼうとしがちだ。行ったことのない待ち合わせ場所には、家からの距離にかかわらず、最低30分前には着くように向かう。外食では、気になるメニューがあっても、味が分かる安心感からいつも同じものを選ぶ。

その一方で、ふつうはあまり選ばないような選択をするときがあった。男子しかいない軟式野球部に未経験で入部してみたり、「成人式に振袖を着る」という慣習に居心地の悪さを覚えてスーツで出席してみたり。

周囲からは「慎重で合理的な性格なのになんで?」とちぐはぐに見えるかもしれないが、自分でもよく分からない。でも、どちらの自分も「自分」なのだ。

今思えば、初めて会社に就職したときも「あたま」と「こころ」が噛み合っていなかった。詳細は近著の『転職ばっかりうまくなる』でも書いているが、就職活動のいろいろを経て、大手の人材会社から内定をもらった。

給与条件が良く、福利厚生もしっかりしている。世間的には「いい」会社で、合理的判断をすればこの会社に行かない理由がない。「あたま」で考えたら、ベストな選択だと思った。

『転職ばっかりうまくなる』(百万年書房)

しかし学生時代にアルバイトをしていた出版社の飲み会で内定先を報告すると「ぜったいやめた方がいいよ!」と心配そうに言われた。想像していた反応とはまるで違っていたのに、なぜか心の奥の違和感を見透かされているようで、ぎくりとした。

結果、入社して3カ月で体調を崩し、休職を経て1年以内に退職した。「せっかく入ったのに今辞めたらこの先のキャリアにとって良くないかもしれない」「まだもらっている給与分の成果を出せていない」とあたまの中で考える自分と、「この会社になじみたくない」という直感的な危機感を抱く自分が押し合ったが、体調のこともあり最後はこころ(直感)に従うしかなかった。

社会からはみ出さないように働くのは、わたしにはむずかしい

それならば、と別の業界や職種も試してみたけれど、結果はいつも同じだ。体調が不安定になり、働けなくなってしまう。

会社で働くと、いかに効率よく仕事を進められるかが重要事項となる。30分刻みでスケジュールをカレンダーに入れ、すぐに終わりそうなタスクはサッとこなし、メールでよく使う文章は定型文に登録しておく。いつのまにかあたまで考えて決めなければならないことばかり増えていく

そうでなければ生き残ることはできない、とすら思わされる。はみ出してはいけないのだ。わたしの「あたま」も、そう理解している。

それでもわたしは「こころ」が動くと立ち止まった。営業先に行くために初めて五反田へ降り立ったときオフィス街に流れる川を見つけてうれしくなったり、オフィスの大きな窓ガラスに美しい夕焼けが広がっていてしみじみと感激したり、会社近くの銀杏並木にうっとりしたり。

そのたび、そばにいる上司に、連絡先を知っている同僚に、沸き立つ気持ちを共有したくなる。だけど、「言ったところで」とすぐさま気持ちがしぼんでしまう。

会社で働けば働くほど、「こころ」を優先するのは難しいと感じていたけれど、給与が安定していて、ある程度決まった業務内容の仕事が与えられる「会社員」という働き方を手放す選択は、慎重なわたしにはなかなかできなかった


結局、「あたま」よりも「こころ」の方が分かっている

その後、何度かの転職を経て今まででいちばん自分の性質に合っており、働きやすいと感じた会社が、一番最初に書いた6社目だった。にもかかわらず、体調を崩してしまうのは、占いの結果通り、やはり「あたま」で考えていることと、「こころ」が感じることのなにかしらがズレているからだ。

ようやく自分に合った職種が見つかったのに、一年そこそこで辞めてしまうのはもったいない。だけど、どうしても「会社員」として働くこと自体を苦痛に感じてしまう。ほんとうは、もっと自由に働きたい。

病院で検査をしてもらった結果、短い期限の仕事に追われると強いストレスを感じることや注意力が散漫な特性があることが分かった。悩んで悩んで6社目の会社を辞め、フリーランスになることを決めた。

毎月決まった給与と業務をもらえる安定をとった方がいいという「あたま」の判断ではなく、自分にとって働きやすい環境を求める「こころ」を優先してみることにしたのだ

カレンダーの予定はほぼ白紙になった一方で、仕事で感じるストレスが激減した。職種や契約内容によるかもしれないけれど、どうやらわたしの場合は業務量が把握しやすいフリーランスの方が「働きやすい」ようだった。

とはいえ性格はなかなか変えられるものではない。気を抜けば先のことを必要以上に心配し、リスクを想定してしまう。仕事が減ると「やっぱり会社員として働く方が合理的なんじゃないか」という思考に引っ張られそうになる

今の働き方で「あたま」と「こころ」のバランスが均衡を保てていても、いつかはどちらかに傾くかもしれない。そうなったら、会社員に戻る可能性も大いにある。いつの日かフリーランスの働き方がしっくりこなくなったら、そのときはまず「こころ」がどうしたいか、耳を傾けるようにしたい。

「あたま」で考えていたらたどり着けなかった今があるように、結局のところ、「こころ」がいちばん「自分がどうしたいか」分かっている

原稿の執筆に行き詰まり、気分転換にと外へ出る。空気は冬らしく冷え込んでいても、着実に日が長くなっていることを感じる。小学生たちの下校ラッシュにぶつかったようで、なにがたのしいのか、けらけらと笑いながら男の子たちがわたしの横をかけていく。

理由もなくたのしい。理由もなく走り出したくなる。そうやって心のままに生きている子どもたちを見ていると、自分はまだまだ考え過ぎだなと思う。

コンビニに寄り、ふたつのグミで迷って、いつもなら同じ種類のお菓子はひとつしか買わないところ、ふたつとも買った。ちいさく、合理性からはみ出してみる。グミ二袋分の、コートのポケットの膨らみ。わけもなくうれしい気持ちに包まれながら、帰路についた。

編集:はてな編集部

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著者:ひらいめぐみ

ひらいめぐみさん

1992年生まれ。7歳からたまごシールを集めている。2022年に私家版『おいしいが聞こえる』、2023年に『踊るように寝て、眠るように食べる』、『転職ばっかりうまくなる』(百万年書房)を刊行。好きな食べものはおでんとかんぴょう巻き。

X:@hiramelonpan