看護師から芸人に転身した経歴を持つおかずクラブ・オカリナさんも、芸人になりたいという目標を抱きながら、さまざまな事情や自身の性格から、看護師の仕事をすぐには辞められなかったといいます。
「大胆な方向転換は苦手」と話す彼女は、どんな準備をして「辞める」にたどり着いたのでしょうか。
芸人の夢を追うのは「看護師として3年働いてから」と決めた
オカリナさん(以下、オカリナ) 中学生のときに祖母が脳梗塞で倒れたことです。看護師である母がてきぱき処置をしているのを見て、私も家族の具合が悪くなったときに少しでも役に立てたらと思い、看護師を目指すようになりました。
でも看護科のある高校に通っているとき、テレビで「M-1グランプリ」を観て「やっぱり芸人になりたいな」と思っちゃって……。芸人ってなんか楽しそうだし、いっぱいお金が稼げそうじゃないですか?
オカリナ 理由はふたつあって、ひとつは周りに言い出しづらかったことです。いろんな人に迷惑をかけてしまうと思ったし、親が反対するのも目に見えていたので、そんな大胆な決断はできませんでした。
もうひとつは、学校を卒業して病院に勤めることを条件に、奨学金の貸与と返還義務の免除が受けられる奨学金制度を利用していたからです。資格を取って、最低3年間働けば、借りたお金は返さなくてもよくなる。だから、まずは看護師になって3年働いたあとでチャレンジしよう。芸人は早くても23歳から、と決めました。
オカリナ 「芸人になって人を笑わせたい!」という志の高い人だったらあったかもしれないけど……私にはまったくなかったですね。
妹が「友近さんは26歳でNSC(吉本興業の養成所)に入ったらしいよ」と教えてくれて、そういう人もいるなら焦る必要はないかなと思えたのも大きいです。だったら自分で決めたとおり、奨学金の返済が免除される期限まで仕事をまっとうしてからでいいと感じました。
なのに、勉強を真面目にやらなかったせいで合格率90%の国家試験に落ち、看護師としてのスタートが一年遅れてしまったんですが(笑)。
向いていない仕事を続けるより「辞める」コミュニケーションがしんどい
オカリナ それが、すこぶる仕事ができなくて、看護師にはまったく向いていないと痛感しました。覚えなくちゃいけないタスクがまったく頭に入らず、何年たっても「仕事ができない看護師」のままでした。
指導係の先輩が退職したあと、残されたノートに「あの子はどう教えていいか分からない」と書かれていたりして……。本当に悩ませてしまったんだと思います。申し訳ないですね。
オカリナ 看護師は、人に尽くすことや人と話すことが本当に好きな人じゃなきゃできない仕事なんです。でも私は、何かあったときに「家族」を助けたいと思って看護師を志しただけだった。
看護師は患者さんはもちろん、そのご家族や医師などたくさんの人とコミュニケーションを取らないといけないのに、自分がものすごく人見知りで、人と関わるのが全然得意じゃないことにも、働き始めてから気づきました。
「私には向いていない」と自覚してからは毎日がしんどくて。奨学金返済が免除になるまでの残り日数を指折り数えて、日々をやり過ごしていました。
オカリナ そうなんです、ストレスはすごく溜まっていました。どうしてもイライラしたときには、誰もいないリネン庫で積んであるシーツを殴ったりもしていました(笑)。社会人として本当にダメダメでしたね。
オカリナ どれだけストレスが溜まっていても、私にとっては「続ける」よりも「逃げる」方がずっと大変だったんです。逃げたあとに周りから後ろ指を指されたり、迷惑をかけて実家と関係が悪くなったりするのはいやですもん。
そもそも、昔から「方向転換」というものが苦手なんです。中学生のときに「弟にケンカで負けたくない」という理由で柔道部に入部したものの、いざ練習がはじまると面倒くさくなっちゃって。でも「辞めます」とは言い出せなくて、顧問から「そんなに練習しないなら、今すぐ辞めるか草むしりをしろ」と言われたときも、結局草むしりを選んでしまいました。
私にとっては「続ける」ことより、「辞める」という意志を周囲に表明して、辞めきるまでコミュニケーションをとるのがしんどいんです。
だから、サクッと行動に移せる人は本当にすごいなと思います。夢を見つけて学校を中退したり、スキルアップのために転職したりする人なんて、決断力と行動力があり過ぎる!
「奨学金の返済が免除されたら芸人になろう」と思わなければ、私は今もまったく向いていない看護師をずるずる続けていたと思います。
仕事を辞めるため「いい区切り」を設定し、お金を貯める
オカリナ 「区切り」を迎えるまでに、辞める準備を淡々と進めておくのも大事かもしれません。
何より大切なのは「お金を貯めること」。お金がないと決断できないことって、たくさんあると思うんです。
私の場合、芸人になったらしばらくはお金がないだろうから、目標金額を決めて貯金を頑張ることが、目の前の仕事を続ける原動力にもなっていました。
「一人前のスキルが身に付いたら辞めよう」よりもゴールが明確だし、こつこつ頑張っていれば絶対に達成できるのもいい。それに、いやなことがあっても「でも私、200万円持ってるから」なんて思えると、それだけでなんだか自分に自信が持てるんです。
オカリナ もうひとつは、辞める意思を周囲に小出しにしておくこと。いざとなると「辞める」が言い出しづらいタイプだからこそ、年1回の部長面談で毎回「3年働いたら辞めます」と言い続け、こつこつと匂わせることでいざ辞めるときのコミュニケーションを最小限で済ませました。
ただ、この方法は諸刃の剣ですよ。だって、みんな一生懸命働いている職場で「数年後には絶対辞めます」とずっと言い続けている人がいたらイヤですもんね(笑)。
オカリナ 確かにどんなにしょうもないことでも、自分との約束は守りがちですね。
中学生のときに雑誌で「坊主にすると髪質が変わって、次はキレイな髪の毛が生えてくる」という記事を見かけたんです。「さすがに今はできないけれど、20歳になったら坊主にしよう」と決め、20歳の誕生日に本当にバリカンで坊主にしたこともあります。まあもちろん、きれいな髪は生えてこなかったんですけど。
“自分が納得できる区切り”が行動のきっかけになるのも、そういうスタンスが関係あるのかもしれません。
オカリナ 看護師を辞めた判断に後悔は一切ないですが、もう少し仕事をまじめにやっていればよかったなと思うことはありますね。
ひとたび医療の世界を離れると、「元看護師」という肩書きは周りにものすごく頼りにされちゃうんですよ。「この薬をもらったんだけどどう思う?」「うちの親がこういう症状なんだけど」とめちゃくちゃ相談されるし、くしゃみしている人に軽い気持ちで「アレルギーですか?」って聞いたら「やっぱりそう思うよね? 病院行ってみる」と真剣に言われちゃったり……。
だから、その信用にもうちょっと応えられるくらいには、仕事をまじめにやって知識を身に付けておけばよかったなと後悔しています。
だからいま仕事を辞めたいと思っている人には、区切りの設定と辞める下準備のほかに、いまの仕事でできる経験をやりきっておくことをおすすめします。別の世界に行ったら、いまやっていることって大きな特技になりうるから。目の前のことに向き合いつつ、後悔のない選択ができるといいですね。
取材・文:菅原さくら
撮影:曽我美芽
編集:はてな編集部
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