どうしても朝起きられなかった私が見つけた、働き方と体調の関係。健康の形は、一つじゃない

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会社にいかなければいけないのに、どうしても朝起きられない。1日8時間オフィスで働いていると、身体がクタクタになってしまう。

働く人にとって、いくら努力をしても思うように自らの体調を管理できなかったり、突発的な不調を経験したりすることは少なくありません。

デザイン会社の代表を務めるとりいめぐみさんも、会社員時代にそんな悩みを抱き、自分を責めた経験があるそう。徐々に働き方を変化させる中で気付いたのは「世界には無数の“健康”がある」ということでした。

周りと同じように働けず、自分を責めた会社員時代

とりいさんは、2016年に新卒入社した会社でデザイナーとして勤務されていたそうですね。当時のブログを読むと「体力のなさ」や「身体の弱さ」についての言及が目立っていて、働きながらの体調管理に悩んでいた様子がうかがえます。

とりいめぐみさん(以下、とりい) 一番悩んでいたのは、どうやっても朝、起きることができなかったことです。学生時代から夜型で授業に遅刻することもありましたけど、成績は悪くなかったので、そこまで問題になったことがなかったんです。

でも社会に出た途端、それでは通用しなくなってしまった。毎日、日付が変わる前には布団に入っていましたし、朝起きるためにできる努力はしていたつもりだったのですが、出社時間の9時には間に合わないことが多くて……。

勤務時間について、会社に相談はされたのでしょうか?

とりい はい。会社は柔軟に対応してくれて、最初は出社時間を10時に変更してもらったんですが、それでも起きれず11時になり12時になり……。

当然、出勤が遅くなるとそのぶん退勤も遅くなるので、夜遅くに家に帰ってきて「また明日も起きられないんだろうか」と不安に思いながら布団に入り、不安だからあまり寝付けず、ずっと体調も優れない、という悪循環でした。

そもそも、私は「決められた時間に決められた場所に居続けること」も苦手だったので、家に帰ってきたら毎日クタクタだったんですよね。改めて自分にとって無理のない働き方を会社と相談した結果、仕事の時間を減らしてもらえたのですが、今度は手取りが10万円以下になってしまって……。

それはさすがに、生活が厳しくなりそうですね……。

とりい 水道水をがぶがぶ飲んで空腹を紛らわすぐらい、貧乏な生活を送ってました。当時通っていたスーパーには、ヨーグルトの上にたまる半透明の液体だけを寒天で固めたような味の「にせもののヨーグルト」が激安で売られていて(笑)。

あの頃はそればっかり食べてましたけど、そういう生活を続けると心身ともに限界がくる。本当につらかったです。

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当時、同僚と同じような働き方ができないことに負い目を感じることはありましたか?

とりい めちゃくちゃ感じていました。「会社にこれだけ譲歩してもらって起きられないなんて」「みんなできているのに、なんで自分はできないんだろう」と。

でも次第に、今の自分は魚が陸に上がってしまったみたいな状態なんだろうなと思って、諦めるようになりました。陸上で暮らすこと自体が、どうやら自分には無理なんだから、自分にあった環境を探す必要があると。

なるほど。それで会社を辞めたのでしょうか。

とりい はい、2年半働いて退職しました。そのあとはまずお金を貯めようと思い、プログラミングを勉強して、比較的時間の自由が利くWebメディアの運営企業やソフトウェアの開発会社でしばらくアルバイトをしていました。

健康の形は一つではなく、複数あることを証明したい

その後、自らデザイン会社を設立されています。勤務時間の自由が利くという点ではフリーランスという選択肢もあったと思いますが、起業したのはどうしてですか?

とりい 直接的なきっかけは、 取引のあった会社の社長に「あなたは起業した方がいい」と何度も言われたことです。ただ、もともとこの世には自分以外にも朝起きられないというだけで苦しい生活をしている人がいるかもしれないから、同じような状況で苦しんでいる人たちにとって「大丈夫な場所」をつくりたいという気持ちもあって。

実際に今の会社は、締め切りまでに業務が終わりさえすれば勤務時間は完全自由という形にしました。ただ労働基準法では深夜労働になる場合割増賃金を付けないといけないので、「深夜に働くのが好き」な人には手当が付くのに、「昼に働くのが好き」な人には付かないとなると、不公平になってしまう。

そのためどの時間帯に働いてもデフォルトで手当を付けるなど、特性や体質による格差が生じないよう工夫しています。

当時のことをつづったブログには「世界にはたった一つの健康だけでなく、幾千の健康がある」ことを証明したい、とありますね。

とりい 「幾千の健康」というのは、ニーチェの言葉なんです。ニーチェって、「超人」という概念を提唱した人だからか力強い人をイメージされることが多いんですが、実際にはひどい頭痛持ちだったりと、かなり体が弱い人だったらしくて。

そんなニーチェが「幾千の健康がある」と言ったのは、たぶんある種のやせ我慢だったと思うんですよね。自分がいわゆる“健康”状態なら、そんなことわざわざ言わなくていいはずですから。

でも、私はその言葉にすごく励まされて、会社を立ち上げるにあたってどんな言葉を柱にしようかと考えたとき、最初に出てきたのが「幾千の健康」だったんです。ひとつではなく複数ある、というのがいいなと思って。

一般的には、朝早く起きて決まった時間まで働き、早い時間に眠ることが「健康的」とされがちです。でも中にはとりいさんのように、もともと夜型で、夜働いた方が体調がいいという方もいますよね。

とりい 夜眠って朝起きるのが正解とか、毎日8時間ずつ規則正しく働くのが正解とか、ついみんな考えてしまうと思うんですが、人ってバラバラなので、全員にとって同じ「いい生活」や「いい健康」があるわけじゃないなと。現に私は、朝方に眠ってお昼頃に起きる生活をしているんですが、その方が朝早く起きる生活よりずっと元気なんですよ。

もちろん、たくさんの社員をひとつにまとめる必要のある大企業においては、管理の難しさを考えると「幾千の健康」を目指すのは現実的じゃないかもしれない。でも、せめて自分の周りくらいはそれを実現できる環境にしたいと思ったんです。

今、うちの会社の社員の勤務時間はみんなバラバラで、私以上に夜型のメンバーもいますし、数日働き続けてまた数日休む、というタイプの人もいますけど、それぞれにとって無理のない形で働ける環境がいいなと思っています。

環境を変えたら「仕事が嫌いなわけではない」と気付いた

起業を経て、とりいさんご自身の体調や身体との向き合い方にも変化はありましたか?

とりい そうですね。基本的に午前中は稼働せず、午後から仕事をするというスタイルにしてからは、無理なリズムで生活しなくても良くなったので、体調に悩むことはかなり少なくなりました。

それと、社会に出てから「仕事なんてしたくない」とずっと思っていたんですが、今の環境をつくってからは、自分は仕事が嫌いだったわけではなかったんだなと気付けたのも大きかったです。単純に決められた時間や場所に合わせるのが難しかった。

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ときにはクライアントの要望で午前中に会議が入ることもありますよね?

とりい いえ、お仕事のご相談をいただいた時点で、私自身の特性は必ずお伝えするようにしています。午前中はどうしても稼働することが難しいです、それが駄目なら他の方にお願いしてください、と。

私にとっては、そこだけがどうしても譲れないラインなんです。今のところそのことが理由でトラブルになったことはありませんし、自分にとっての健康を維持する上で譲れないポイントはどこか考えておくことは、働く環境をつくっていく上でも重要じゃないかと思います。

確かに自分にとって健康的な環境を維持するために、できる範囲で周りの人の協力を得ることも大切ですよね。ほかに意識されていることはありますか?

とりい 私は働く際にきっちり時間割を作るタイプなんですが、週5日のうち、予定を入れるのは木曜日までと決めています。金曜日は「後始末の日」と考えて、仮に予定していたタスクが木曜日までに終わらなくても、1週間でつじつまが合いさえすればOKだと。

というのも、予定をぎゅうぎゅうに入れてしまうと、それが狂ったときに自分のことを嫌いになっちゃう気がするんですよね。私にとっては「毎朝早く起きる」というのもそうなんですが、できないことを無理にやろうとするとうまくいかなくて、自分をつい責めてしまうし、自分を責め続けると体調も悪化していく。

だから、できないことはできないんだとどこかで諦めて、自分を責め過ぎないようなシステムを作ることを考えた方が健康的なんじゃないかと思います。

無理しないよう働き方を仕組み化する、というのは大切ですよね。

とりい はい。ただ、もちろん思い通りにいくことばかりではありません。1週間でつじつまが合わず、アクセル全開で仕事をしないと間に合わない、というときもあります。そういうときに備えて、多少の無理ができるような状態でいたいと思うんです。

だから、普段から「これ以上がんばったら来週は無理できないな」と感じたときは絶対に休むようにしています。目一杯まで働くのではなく、体力的にも少し余裕を持っておくというか。

イメージとしては、弾み続けているボールをできるだけ落とさない、みたいな感じが近いかもしれません。弾み過ぎると勢いがついてどこかで落ちてしまうし、一度落ちるとまた弾ませるためには労力がかかる。ほどほどの力で弾ませ続けていれば、次に何をするにしても嫌にならないくらいの心持ちではいられるんじゃないかなと思います。

どういうときに体調が安定するか、働き方を変えて実験する

「りっすん」読者の中には、自分の体調や特性によって社会生活にハードルを感じたときに「対応できない自分」を責めてしまう人もいるのではないかと思います。自分にとっての「健康」を模索していくためには、どんな考え方でいるのがいいでしょう。

とりい たぶん、みんなめちゃくちゃ苦労してると思うんです。いまの社会って基本的に、朝起きて仕事ができて、妊娠や出産もしていない人が前提の生活リズムになっている。

その中にそうじゃない人がいたら、「私が間違ってるのかな」と考えてしまうのは自然なことだと思います。ただ、それは視野が狭くなっているだけかもしれないですよね。そういう意味で、抽象的ですが自分にはよく分からないものに触れることが大切ではないかと。

自分にはよく分からないもの、というのは?

とりい 例えば私の場合だと、最近毎日暑いなと思って、世界でいちばん暑い場所で暮らしてる人たちってどうしてるんだろう、とふと気になったんです。

調べてみたら、アメリカに8月の平均気温が49℃近くまで上がるデスバレーという場所があって。そこでは、外で倒れないように常に誰かと一緒に行動したり、電池が切れたときのために携帯電話を2台持ちしたり、自分の“ふつう”とは全然違うんです。

そんなふうに全く異なる世界のことを知ると、自分の生きている社会よりも世界は広いと思えるんです。気休めにしかならないかもですが、気休めでもいいんですよ、自分を許せるなら。

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確かに自分を責めてしまうときって、目の前の社会のことにしか意識がいってない気がします。

とりい より具体的には、どういうときに自分の体調が安定するのか働き方の実験をしてみることも大切だと思います。最近だと、コロナ禍で意図せず働き方の変化を経験した人も多かったと思うのですが、それによってリモート環境に合う人もいれば、反対に合わなかった人もいたと思うんです。

そうした変化を自主的に起こしていくこともできるかなと。いわゆる「朝活」を試してみて生活がよくなるのであれば、その人はたぶん朝型が合う人でしょうし、反対に全然向いてないな、と気づく人もいるでしょうし。

勤務時間を変えることは難しくても、1日8時間のうちの頑張り配分をちょっと変えてみる、みたいな工夫は誰にでもできると思うので、そうした実験をもとに自分なりの働き方と体調の関係を考えてみるのもいいかもしれませんね。

取材・文:生湯葉シホ
撮影:関口佳代
編集:はてな編集部

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お話を伺った方:とりいめぐみさん

とりいめぐみさんのプロフィール写真

株式会社Xemono代表。代表作はゲーム「NEEDY GIRL OVERDOSE」、ボットサービス「知性bot」など。新卒で入社した会社ではパズルアプリのデザイナーとして、複雑そうに見えるパズルを子どもたちにわかりやすく、また親しみやすい感じにする仕事をしていた。

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