仕事の意味を問い直す。冬木糸一さんが選ぶ、これからの仕事を考えるためのSF

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ここ数年、コロナ禍により社会や仕事のあり方は大きく変化してきました。在宅勤務やリモートワークなどの勤務形態の変化はもちろん、アフターコロナを見越した転職や働き方の転換なども活発に行われています。そんな中、これからの仕事のあり方がどのように変化していくのか、関心を持っている人も少なくないのではないでしょうか。

そこで今回は、書評家の冬木糸一さんに、これからの仕事のあり方を捉え直すためのSF作品を4冊ご紹介いただきました。SFの世界では、人間が従来のように働かなくてもよくなった世界がこれまで多数描かれてきました。家にいる時間が長くなるなか、じっくり「本」を読む機会が増えた方もいると思いますが、SFを通して未来の仕事に思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。
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コロナ禍に突入し、はや3年。多くの企業でリモートワークがはじまったほか、生産年齢人口の減少など多くの社会的要因も加わって、週休3日制の導入など日本社会の働き方にも変化が起こってきた。AIの発展著しい昨今、タスクの多くが人間以外のものに置き換わっていくことを考えれば、こうした変化は今後より大きくなっていくだろう。

今回は、そうした未来に起こり得る仕事の変化を、SF(サイエンス・フィクション。科学的空想が投入されたジャンルのこと)作品を通して考えてみたい。SFの世界では、人間の事実上の不死が実現した世界も、ロボット/AIが発展して人間が仕事をせずによくなった世界も、一種のマインドアップロードが実現した世界も描かれてきた。今回は新作から古いものまで、4作品(一部ノンフィクション作品を含む)を紹介しよう。

《仕事》なき世界で仕事の意味をあらためて問う『タイタン』

『タイタン』書影
『タイタン』(野崎まど)講談社

最初に紹介したいのは、超高性能AIである《タイタン》によってほぼ全ての仕事が代替されてしまった世界で、あらためて仕事の意味を問い直す、まさに今回のテーマのために書かれたような長篇、野崎まど『タイタン』だ。

舞台は2205年。社会は《タイタン》と呼ばれる統合処理AIが管理している。彼らが、掃除も、建築も、輸送も、全てを効率的に行うので、「人が働かない方が食べていける」社会が実現している。かつて仕事であったものは今ではもはやする必要がないので「趣味」として行われ、芸術や創作も自己満足の世界だ。

だが、そんなある日、発達心理の論文を発表している趣味的な研究者の内匠成果(ないしょう・せいか)のもとに絶滅しかかっているはずの「仕事」の依頼が舞い込むことになる。実は《タイタン》は一般的な意味での人工知能ではなく、人間の脳を模して巨大化させ、その中を通る電気信号の速度を加速させたロボットと生物の中間の構造を持った存在なのだ。それ故、タイタンは人間的な性質を持っており、世界に12基あるタイタンのひとつのパフォーマンスが低下、人間でいうところの「うつ病」状態に陥ったのではないかという。内匠成果への依頼は、タイタンへの「カウンセリング」だったのだ。

人類の《仕事》を肩代わりした超高性能AIは、何らかの理由で病んだことは間違いないが、それはなぜなのか? タイタンは本来、人間的な人格を有していないが、それを擬似的に再現するシステムによって内匠は対話を開始する。例えば、仕事とは結局のところ何なのか。生きることは仕事なのか。芸術は仕事なのか。その成果が他人に影響しない作業は仕事といえるのか。

こうした数々の仕事についての問いかけを重ねていくうちに、人間とタイタンだけに適用される《仕事》の定義へ至り、それがそのまま、タイタンが仕事の最中に病んでしまった原因へと鮮やかに直結していく。人間にとって仕事とは何なのか。本作が出す答えは、仕事がなくなった世界においても変わることがないものだ。

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不死が実現した世界での幸せとは?『マジック・キングダムで落ちぶれて』

『マジック・キングダムで落ちぶれて』書影
『マジック・キングダムで落ちぶれて』(コリィ・ドクトロウ作/川副智子訳)早川書房

続けて紹介したいのは、2005年に日本で刊行された(原書:2003年)コリイ・ドクトロウ『マジック・キングダムで落ちぶれて』だ。物語の舞台は、人類が不老不死を達成し、技術の発展によって誰も働かずとも生活ができるようになった未来。

この世界での不老不死の実現方法は、定期的に自分の記憶・意識のバックアップをとり、本体が亡くなったとき(あるいは若返りたい時)に新しい身体を培養して移し替える方式。語り手であるジュールズは一世紀以上生きている。

無限のエネルギー源である〈フリーエネルギー〉を獲得した人類は、金を稼ぐ必要も仕事をする必要もない。そのため、彼は交響曲を3曲完成させ、数本の博士論文を書くなどして過ごしてきたが、あるとき幼少から憧れていたディズニー・ワールドへの永住を実行に移す。不老不死が実現した社会だが、ほとんどの物語がこのディズニー・ワールドを舞台に進行するのが本作の特徴的な点だ。

この世界では、貨幣をもちいるかわりに、人々は〈ウッフィー〉と呼ばれる他者の評価によって変動する仮想通貨によって値踏みされる。評判=自分の価値なので、みな自分の評価を高めるために、人のためになることをする。ディズニー・ワールドの一部の運営権なども〈ウッフィー〉で譲渡されるようになっているため、ジュールズは運営を続けるためにも〈ウッフィー〉の獲得に奔走する。〈ウッフィー〉欲しさに、組織の機密情報をウェブ上にアップロードしようとする、現代でいうところのバカッター案件のような事例がすでに描かれているのもおもしろいポイントだ。

物語は最終的に、アトラクションの一つであるホーンテッド・マンションの運営権をめぐり、〈ウッフィー〉の奪い合いともいえる醜い暗殺事件に発展していくが、その過程で、無限の時間があるとき、人は何をして過ごすべきなのかという問いも放たれていく。ジュールズやその恋人はディズニーワールドの運営を続けることに満足そうだが、友人の中には、終わりなき生に飽き、自分自身で最後の日を決める、と覚悟を決めた人物もいる。人生には無限に生きてまでやるべきことなどあるのだろうか。ディズニーで暮らし続ければ、それでハッピーか。

本書を読めば、そうした数々の疑問について考えずにはいられない。現在は残念ながら絶版になっているが、図書館などには蔵書されていることも多いため、是非探してみてほしい。

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労働ロボットを共有するようになった世界『創られた心 AIロボットSF傑作選』

『創られた心 AIロボットSF傑作選』書影
『創られた心 AIロボットSF傑作選』(ジョナサン・ストラーン編/佐田千織ほか訳)東京創元社

次に紹介したいのは、近刊であるジョナサン・ストラーン編『創られた心 AIロボットSF傑作選』だ。AI・ロボットをテーマとしたSFの傑作アンソロジーであり、当然ながらその中には未来の労働を描いた短篇も存在する。例えば、スザンヌ・パーマーによる「赤字の明暗法」はそんな一篇だ。

この世界では、労働のほとんどは完全に自動化されている。では、人はどのように日々の糧を得ているのか? といえば、必要最低限の分はベーシック・インカムによって賄われている。では、それ以上の生活がしたかったら? といえば、産業用のロボットの株主になることによって、その配当が分け与えられることになっている。

一般的にはそうした労働ロボットは複数人で共同所有し、コスト(リスク)と利益を分配するのだが、主人公のスチュワートの場合は、そうした理屈を分かっていない両親がオンボロロボットを購入し、二十歳の誕生日に彼にプレゼントしてくれる。ロボットは日がたつにつれて生産効率が落ち、今のままでは元の費用を回収することさえ困難だ。そのため彼はたった一人のオーナーとして自分の手でロボットの修理を試み、その過程で、みなが下にみて対等に付き合うことがないロボットとの交友を深めていくことになる。

この世界ではベーシック・インカムで最低限の生活が保証されているとはいえ、金持ちはこの仕組みと旧来通りの資産運用で儲けるので、結局のところ階層は固定されたままだ。スチュワートは美術館で働きたくとも、今ではその全てがロボットガイドに取って代わられているため仕事に就くことができないなど、現代の社会ですでに起こっているともいえる描写も物語の中に詰め込まれている。

将来的に労働ロボットの共同所有はそのままの形では実現はしないだろうが、形を変え(ビル・ゲイツが提唱するような、ロボット税が導入され、それが所得の再分配に回される形など)実現することはありえるだろう。

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AIによるAIのための仕事『全脳エミュレーションの時代』

『全脳エミュレーションの時代』書影
『全脳エミュレーションの時代』(ロビン・ハンソン作/小坂恵理訳)NTT出版

最後に、経済学者・人工知能研究者が書いたノンフィクションであるロビン・ハンソン『全脳エミュレーションの時代』を取り上げよう。全脳エミュレーションとは、人間の脳をスキャンしてからその特徴をコピーし、コンピュータ・モデルとして再構築した存在のことを指しており、それが当たり前のものとなった社会で、社会に何が起こり得るのかを経済、労働、文化など多様な観点から考察していく。

普通、そんな状態になったら働かなくてよさそうなものである。何しろエムには身体がないから食べる必要もないし、住む場所も仮想世界上になるのだから。しかし、著者によればそうそう簡単な話ではないという。エムを運用するためのコンピュータ・ハードウェア、エネルギー、冷却装置、それらを置く不動産、通信回線といったサポートにかかる費用は払わなければならないのだから、その費用分は工面する必要がある。本書では、そうしたコストがいくらになりえるのか(例えば、エムの主観速度を上げるためにはニューロンの発火をより多く演算しなければいけないので維持コストも高くなる)、それを賄うためにどれだけの労働が必要とされるのかを細かく描写しているのである。

例えば、著者はエムたちの労働賃金はエムを動かすためのハードウェアの総費用の水準ぎりぎり、最低生活レベルに落ち着く可能性があると指摘する。通常、製品の需要が拡大すれば、業界で規模の経済が働き価格は低下する。ここで重要なのは、エムは手軽にコピーの作成が可能な点だ。そのため、少なくともふたりの競合するエムが存在すれば、競うように自分のコピーを作成することで賃金が低下する。現実の人間がもつ特殊なスキルの賃金プレミアムも消滅し、結局エムたちはみな最低生存費水準に近い賃金で生きていくことを強いられるのだという。

本書では、さらに短期的に仕事を行い、作業が終わると削除される「スパー」と呼ばれるエムのコピーも登場する。スパーを用いれば、無駄なハードウェアの費用を当てる必要もなく、効率化になるだろう──と本作ではほとんどSFと変わらない、エムが存在する社会への考察が繰り広げられている。正直、全脳エミュレーションの時代になってまで競争のことを考えたくないのでそんな未来は御免こうむるのだが、未来の可能性のひとつとしてはおもしろい。

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おわりに

現代日本で生き、日々労働をする身としては自分の周りの労働への価値観と状態が当たりまえで、そうそう変わらないもののように感じてしまうが(例えば、生きていくためには働かねばならないなど)、こうしたSFを読んでいると、労働についての価値観、考え方が大きく拡張されていくと同時に、はたしてこの先仕事をする必要がなくなったとしたら、どのように日々を過ごせばいいのだろうか、という問いかけも湧いてくる。

本を読んでゲームをしてだけ生きていければそれで幸せだ、と思う一方で、仕事もせずそれだけをして、長い人生に飽きずに耐えきれるだろうか、とも思う。本稿では紹介していないが、アーサー・C・クラーク『都市と星』など、長き生のはてに停滞に陥る人類を描き出す作品も数多い。結局、その時になってみないと分からないことばかりだが、SFを読みながらそうして未来の自分と仕事について思いを馳せるのも悪くない。

近年はSFだけでなく、AIに仕事が奪われた先の未来の社会設計・労働設計を考えるダニエル・サスキンド『WORLD WITHOUT WORK』、給料の多寡の決定要因について語ったジェイク・ローゼンフェルド『給料はあなたの価値なのか』など、ノンフィクションでも、未来の仕事の在り方について論じた本が数多く刊行されている。

「未来の仕事と、余暇の過ごし方」について考える時期がついにきているのだろう。SFは、そのための一助となってくれるはずだ。

編集:はてな編集部

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著者:冬木糸一

冬木糸一

SFマガジンでSFの、家電批評でSFとノンフィクションについての連載をしています。 honz執筆陣。ブログは『基本読書』 。

Twitter:@huyukiitoichi ブログ:基本読書

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