もう何年も同じやり方で働いてませんか? 変化に対応するために必要な「アンラーニング」の実践法

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仕事に慣れてくると、次第に自分なりの仕事の「型」ができてくるものです。それは、日々の仕事を効率化させるのに不可欠な一方で、異動や転職などで環境が変わってからも既存のやり方にこだわり続けていると、仕事のパフォーマンスを大きく下げてしまう可能性も。

近年、社会状況が目まぐるしく変化するなか、注目を集めているのが「アンラーニング」です。アンラーニングとは、既存の知識やスキルをあえて手放し、新しいスタイルを取り入れること。これまでの仕事のやり方に手詰まり感を覚えている人にとって、この考え方はヒントを与えてくれるのではないでしょうか。

そこで今回は、経験学習やチーム学習に詳しい北海道大学大学院教授の松尾睦さんに、アンラーニングの基本的な考え方から、実際にアンラーニングを実施するためにはどうすればいいのか、話を伺いました。

うまくいかないのは「成功の罠」にハマっているから?

松尾先生は著書『仕事のアンラーニング』のなかで、「身につけた自分の型を問い直し、ほぐして、組み替える」ことの必要性を指摘されていました。そもそもアンラーニングとは、どのような概念なのでしょうか?

松尾睦さん(以下、松尾) 簡単に言えば、古くなった知識やスキルを意図的に捨てつつ、新しい知識・スキルを取り込むことが「アンラーニング」と言えます。つまり、有効性が低下したノウハウを使用停止にして、より有効なノウハウに入れ替える「アップデート型の学習」です。もともと組織レベルの研究から生まれた概念なのですが、近年は個人レベルでも注目されるようになってきました。

例えば、かつては活躍していたけれど、いまは鳴かず飛ばずの「昔のヒーロー」と呼ばれる営業マンの話を聞いたことがあります。彼は東京で素晴らしい業績をあげ、鳴り物入りで札幌にやってきたにもかかわらず、思ったような成果が上がらなかった。周囲の人たちに理由を聞いてみると、東京と札幌ではマーケットも顧客のタイプも違うはずなのに、自分が成功したときのやりかたにこだわってしまって、東京と同じ売り方をしようとしていたからだと。このことを「成功の罠」や「有能さの罠」と呼んだりしますが、成長を続けるためには、アンラーニングすること、つまり学びほぐしが必要なんです。

近年、特に注目を集めるようになってきたのは、どうしてなんでしょうか?

松尾 コロナ禍を経て、環境が大きく変化したことがやっぱりひとつの理由ですよね。いま、日本人がこれまで得意としていたフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションが通用しなくなってしまって、これまでのスキルや働き方が問われている。個人レベルでもアンラーニングをしていかないと、パフォーマンスが保てない時代になってきたということなのだと思います。

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これまでとは違った環境に適応していくために、新しい知識やスキルをインプットすることの重要さはイメージしやすいのですが、いったん既存のノウハウを捨てることも同じように重要なんでしょうか?

松尾 「捨てる」という言葉がやや誤解を生むかもしれないのですが、大切なのは「枠組みやスタイルを組み替える」ことです。自分にとって基盤になっている考え方ってありますよね。例えば「仕事とはこういうものだ」とか、「対人関係はこうあるべきだ」とか。その枠組みを一切変えずに新たなスキルやメソッドを持ってきて使おうとしても、大きく変化した環境においては、対応できないことが多い。だから、新しい知識や情報を溜め込むだけではなく、自分の枠組み自体を問い直し、ときには組み替えることが必要になってくるんです。

異動や転職での挫折がアンラーニングのチャンス

では実際にアンラーニングを実行するためには、どうすればいいのでしょうか?

松尾 アンラーニングには、「内省」「批判的内省」の2つが重要だと言われています。「内省」は、普段の仕事の仕方を振り返ることであるのに対し、「批判的内省」はそれよりも一段階深い内省です。具体的には、日頃当たり前だと自分が捉えている価値観やスタイルが本当に正しいかどうか、疑問を持つことが「批判的内省」に当たります。

例えば、「人は叱らないと育たない」と思っていた人が、褒めた方が伸びる人もいると部下に指摘されたことをきっかけに、自分の指導の仕方について深く内省した、というエピソードがあります。その結果、その人は自分自身が親から叱られて育ったけれど、子どもの頃はそれが苦痛だった、ということを思い出したらしいんです。それを踏まえ、指導スタイルそのものを全て変えるとはいかずとも「3割は褒める」ことを意識したら、相手も成長し、自分自身も気持ちよくコミュニケーションがとれるようになったそうです。

そんなふうに、自分にとってショッキングな出来事や壁にぶつかったことをきっかけに、自分のなかで内省がぐっと深まるタイミングというのがときどきあるんですよね。いつもは閉じている心の蓋がパカッと開いて、自分でも意識していなかったような価値観や前提が見える瞬間。それこそが批判的内省です。

ただ、その蓋は普段から内省ぐせをつけて、「自分の仕事のスタイルや考え方って本当にこれでいいんだろうか?」と考えていないとなかなか開かないので、日常的に行う内省と、批判的内省の二段階で考えることが大切だと思います。

逆に言えば、異動や転職などで環境が変化し、自分のやりかたに課題を感じたり躓いたりしたときこそ、アンラーニングのためのチャンスと捉えていいのでしょうか?

松尾 おっしゃるとおり、部署を異動したり昇進したりして仕事がうまくいかない状況はアンラーニングのチャンスです。「いままでのやりかたがここでは通用しないな、なんでだろう?」という壁にぶつかったときに、いちど自分の基本的な価値観や仕事の進め方を疑う習慣をつけると、アンラーニングしやすくなります。

それから、失敗と同じくらい成功もチャンスです。「成功しているときほど、その理由やもっと成功するやりかたを考えろ」というのは本田宗一郎やドラッカーがよく指摘していることですが、成功の表面的な部分だけにとらわれてしまうと、最初にお話ししたような「成功の罠」に陥ってしまう。そうならないためには、成功の奥にある核となる理由や原理を教訓として得るべきなんです。

ただ、内省と一言で言っても、どのように振り返りを行えばいいのか悩む人も多そうです。内省するときのポイントはあるのでしょうか。

松尾 私の研究で、「業績志向」と「学習志向」という仕事に対する2つの向き合い方にタイプを分け、アンラーニングに与える影響を調査したのですが、分析の結果、学習志向がアンラーニングに効果的であることが分かったんです。業績志向は、「他者から承認されたり、高い評判を得ること」を重視するタイプ。学習志向は、「自分の能力を高め、学ぶこと」を重視するタイプです。

このことから、内省するときには「自分を成長させる」ことに着目することが有効だと言えます。つまり、失敗あるいは成功したときに、他人の目を気にするのではなく「自分は仕事人・人間として成長するためには何を変えればいいのだろうか」と考えるクセをつけると、アンラーニングにつながりやすいのではないかと思います。

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なるほど。人からの評判を目標にするのではなく、自己成長に着目することが重要だと。

松尾 それと、すこし難しいことではありますが、「今の仕事のやり方は状況や時代、相手が変わっても通用するだろうか?」と立ち止まって考えてみるのも大事なのだと思います。それにより、自分が大事にしている価値観は維持しつつ、方法を変えてみることにつながります。

例えば、お客さんを接待する「御用聞き型営業」を得意としていた営業マンがそうした売り方を止めて、相手企業の問題を解決する「提案型営業」に変えることで業績を上げたそうです。どちらも「顧客志向」という価値観は同じだけれど、その方法をアンラーニングしたことで成果が上がったわけです。つまり、「顧客志向」は捨てる必要はないのですが、顧客を満足させるアプローチを試行錯誤して変えると、アンラーニングがしやすくなるんです。

日常業務のなかに少しずつ実験的時間を設ける

お話をお聞きしていると、アンラーニングのためには内省を習慣化することがとても大切なのだと感じます。「内省ぐせ」をつけるためには、日常的にどのようなことができるでしょうか。

松尾 内省を習慣化するためには、毎日、あるいは毎週決まった曜日に振り返るクセをつけるのがひとつの方法だと思います。私は毎朝、起きてすぐに前日のことを5分くらい振り返るようにしていて、10年くらいそれを続けています。

私の場合、振り返った内容を文書化すると面倒になって続かないと分かっているので、頭で考えるだけにしていますが、なかには通勤電車にメモ帳を持っていって、自分の学習目標や得た教訓をチェックリストにしておき、それの達成・応用ができるたびにチェックをするという人もいました。内省のやりかたや頻度は人によって向き不向きがあるので、気軽に習慣化しやすい方法をいろいろ試してみるといいと思います。

忙しくなると振り返りがおろそかになってしまうこともあると思うのですが、決まった時間にやることが大切なんですね。

松尾 あとは、「ロールモデルを見つける」のもいいですね。ロールモデルがいれば、常にその人をモノサシにして比べることで、自分の考え方や仕事の仕方をチェックすることにつながります。

身近な先輩や上司がロールモデルになればとてもよいですが、周囲にそのような人がいない場合は、歴史上の人物や有名人がロールモデルになることもあるんじゃないかと思います。例えば、あるマネージャーの方は「山本五十六が自分のロールモデルだ」と言っていましたし、本や映画を通してロールモデルに出会うこともありそうです。

ロールモデルになりうる人は、必ずしも身近な人だけではないということですね。ただ、実際にアンラーニングを進め、新しいスタイルを試していく段階で、気付けば元のスタイルに戻っていたということもありそうですよね。

松尾 そうですね。それを防ぐためには、アンラーニングをする上でのパートナーを見つけたり、チームを組んだりするというのが有効だと思います。

例えば、同僚や気の置けない友人などにあらかじめ「ちょっとこれを変えようと思っているから」と伝えて、定期的に面談の機会を設けるとか。あるいは、違うテーマでお互いにアンラーニングのサポートをし合う、というのもいいかもしれないですね。アンラーニングのコミュニティを作って、定期的に進捗や困っていることを相談し合う場にする。そういったやりかたならオンラインミーティングでもできるので、コロナでリモートワークが増えた方も実践できるのではないかと思います。

なるほど。お話を聞いていて思ったのですが、アンラーニングをし、新しいスタイルを実践していると、どうしても途中で一時的に壁にぶつかり、仕事のパフォーマンスが落ちてしまうこともあるのではないでしょうか。そういった失敗や挫折は、多少我慢しながらも続けるべきですか?

松尾 部下を育てるのが上手なマネージャーは、「全体の業績に影響しないちょっとした仕事」で部下にいろいろな実験をさせる傾向があります。それと同じで、大切なのは、自分の仕事時間のなかで1割でもいいから実験的な時間を設けてみることです。

最初から10割を変えようと思ったら本当に大変ですし、失敗したときのリカバリーもききにくいので、「ちょっとこれは変えてみよう」という実験をリカバリーがきく範囲の業務でまずはやってみるのがいいと思います。違うな、とすぐに思ったらやめればいいし、いろいろ試してみるなかで自分にフィットするものが見つかったら、すこしずつそのウエイトを上げていけばいい。さきほどお話しした「3割は褒める」スタイルに指導方法を変えた人のように、全てのやりかたを変えなくても、フレームの一部を組み替えるという意識が大切なのだと思います。そのうち「アンラーニングぐせ」がついて、徐々に大きなアンラーニングができるようになるかもしれません。

先日お話しした看護マネージャーの方は、アンラーニングをした自分の新しいスタイルが職場できちんと機能しはじめるまでに、3カ月はかかったと言っていました。その間は、定着するまで我慢したそうです。何をアンラーニングするかによって時間は変わるでしょうが、まずは気軽な気持ちで、自分にフィットしそうなやりかたを見つけ、チャレンジしてみてほしいと思います。



取材・文:生湯葉シホ
編集:はてな編集部

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お話を伺った方:松尾睦(まつお・まこと)さん

松尾睦さんのプロフィール写真

北海道大学大学院経済学研究院教授。1988年小樽商科大学商学部卒業。1992年北海道大学大学院文学研究科(行動科学専攻)修士課程修了。1999年東京工業大学大学院社会理工学研究科(人間行動システム専攻)博士課程修了。博士(学術)。2004年英国Lancaster大学からPh.D.(Management Learning)を取得。塩野義製薬、東急総合研究所、岡山商科大学商学部助教授、小樽商科大学大学院商学研究科教授、神戸大学大学院経営学研究科教授などを経て、2013年より現職。主な著書に、『経験学習入門』『仕事のアンラーニング』など。

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