「もっと働きたい」気持ちにどう向き合う? 『しあわせは食べて寝て待て』水凪トリさんに聞く「体」と「仕事」のバランス

水凪さん

年齢を重ねてくることで直面する体調やライフステージの変化。かつてはフルタイムでバリバリと働いていた人でも、働き方や生活を見直さざるをえなくなるタイミングがどこかでやってきます。そんなとき、「元気だったらもっと働けたのかな」「あと少しだけでも働けたら稼げるのに……」とモヤモヤとした気持ちを抱いてしまうこともあるかもしれません。

漫画『しあわせは食べて寝て待て』は、病気を経てこれまでのような働き方や生活ができなくなり、パートタイムで働きながら、薬膳や軽いストレッチなどを取り入れた無理のない暮らしをするようになっていく主人公・さとこを描いています。作者の水凪トリさんは、さとこと同じ病気を実際に経験されたことをきっかけに、本作のアイデアを思いついたと言います。ご自身も体調を顧みず働いていた時期が長かったという水凪さんに、体と仕事のバランスについて、お話をお聞きしました。

漫画を描く楽しさを、療養中に取り戻した

『しあわせは食べて寝て待て』コマより

(C)水凪トリ(秋田書店)2021

【STORY】主人公は免疫系の病気を持つ麦巻さとこ(38歳)。かつてはフルタイムでバリバリと働いていましたが、体調を崩しやすく現在は週4日のパートが限界に。「毎日働けなくて困っている」という悩みも、医者からは「婚活でも」と心ないことを言われてしまうさとこ。収入が下がり「マンションを買う」計画も絶たれ、家賃を抑えるために団地へ引っ越すことに。隣に住む大家の鈴さん(92歳)、その息子だという司に薬膳の知識を教わり、団地での穏やかな暮らしを始めてから、徐々に鬱々としていた毎日に変化が……?

『しあわせは食べて寝て待て』は、病気になられてからの自分の様子を漫画にした、と伺いました。本作の主人公・麦巻さとこには、水凪さんご自身が投影されている部分も多いのでしょうか?

水凪 そうですね。さとこは半分自分みたいな感じで、物語を動かしてもらうキャラクターとして描いています。

実は私自身、さとこと同じ膠原病なんです。病気が発覚してからいろいろと試すうち、薬膳を実践してみたら調子がぐっとよくなりまして。いまのこんな自分の様子を漫画にしたらいいんじゃないかと思い立ち、描き始めたのが『しあわせは食べて寝て待て』でした。

スルスルと3話分くらいネームができて、じゃあこれをどこに持ち込もうかと考えていたら、偶然にも『エレガンスイブ』の編集部の方が「これから薬膳を食べにいきます」とInstagramに投稿しているのが目に入って。ここならいいかもと思い、すぐに原稿を郵送しました。あとから聞いたら、実はその投稿をされていたのが、いまの担当編集の菅原さんだったらしいんです。

連載は、すぐに決定したそうですね。

担当編集 菅原さん 久しぶりにこんなにいい雰囲気の漫画を読んだなと思って、一目惚れのような感じで……。すぐに水凪さんにご連絡し、女性の生活や体についての作品が多い『フォアミセス』での連載を提案させていただきました。

ワーカホリックだけれどどこか憎めないパート先の上司・唐(から)や世話焼きな大家の鈴など、本作にはほかにも魅力的なキャラクターがたくさん登場しますが、水凪さんが特にお気に入りのキャラクターはいますか?

水凪 唐は変わっているけれどそれをまったく気にしないキャラとして描いていて、私も気に入っています。鈴と居候の司もいいですよね。実家の母と兄がまさに鈴と司のような関係なので、身近で描きやすかったです。持ち込みをしていたときも男子がおばあさんのところに家事修行に行くという漫画を描いていて、鈴と司のようなキャラクターはその頃から好きでした。

『しあわせは食べて寝て待て』コマより

作中に登場するキャラクターたち
(C)水凪トリ(秋田書店)2021

水凪さんは、これまでもほかの名義で漫画家として長らく作品を描かれてきたそうですね。『しあわせは食べて寝て待て』は、ペンネームも絵柄も変えた上で臨んだ作品だとお聞きしています。

水凪 ちょうど何年か前は、お金に関するシリーズものの漫画を描いていました。お仕事をいただけること自体はありがたかったのですが、実は数年にわたって具合が悪い状態が続いていて。資料をたくさん読む必要がある仕事だったのと、同時期に病気になってしまった両親のサポートが始まったこともあって、当時は本当に大変でした。

ある日新聞を読んでいたら、突然、いくら目で字を追っても頭に内容が入ってこなくなっちゃって。調べてみたらうつ病の症状の可能性があると出てきて、そういえばこのところずっと鬱々としてたな、と思ったんです。

それでようやくシリーズ企画ものの仕事をやめさせてもらえたのですが、しんどい状態が長く続いていたので、漫画もあまり好きじゃなくなっていて、他の作品を描いてみても自分で面白いと思えなかったんですね。これじゃまずいと思い、2016年頃から心機一転、絵柄も変えて持ち込みを始めたんですが、それと同時に膠原病が発覚してしまって。

具合が悪い状態が何年も続いていたとのことでしたが、ご病気にはどうやって気づいたのでしょうか。

水凪 ひどい関節痛が続いていたんですが、レントゲンを撮ってみても特に異常は見つからず、「歳のせいだ」と言われるばかりで……。当時はこのまま寝たきりになって死ぬんじゃないかと思っていたので、安楽死が法律で許可されている国に移住できるように貯金しようと本気で考えていたくらいでした。ただそのとき、通っていた整体で「もしかするとリウマチかもしれないから、病院で血液検査をしてもらってください」と言われて、その検査をきっかけに病名が発覚したんです。難病だと言われたときは正直、原因がわかってホッとしました。

たしかに、原因がわからない体調不良がいちばん怖いですよね。

水凪 そうなんですよ。療養を続けるうちに耐えられないほどの痛みはしだいに治まってきました。それに、持ち込み作品を自由にゆっくりと描けるようになったおかげで、漫画を描く楽しさが戻ってきました。ただ最初の数年は、持ち込んでも毎回ボツになっていましたが(笑)。でも、持ち込みをしていたうちの一社の出版社が薬膳の本を紹介していたのが、薬膳を意識するようになったきっかけでもあるんですよ。

体調を大事にするために。余裕があっても作業を切り上げる

水凪さんご自身は、ご病気を経て生活や働き方に変化はありましたか?

水凪 やっぱり無理はしないようになりましたね。私の場合は描きすぎると手や体が痛くなるのがわかっているので、1日のうちこのページ数以上は描かない、というのを決めていて、朝から仕事を始めてもだいたい17時くらいには切り上げるようにしています。ときどき忙しいと夜まで描くこともありますが、それもだいぶ減りました。

これまでは「まだ余裕はあるけど、このあたりで作業を切り上げておこう」とは微塵も思わず、倒れるくらいまで仕事していたので、振り返るとそりゃ病気にもなるだろうなと思います。

……ただ生々しい話、私はコミックスを出していただいていたりするので少しは余裕があるものの、これがもしもっと若いときだったり、まさに金銭的に困っているような状況だったりしたら、「あと3ページだけ余分に描けたらもうちょっと稼げるのに」と悩むんじゃないかと思うんですよ。それこそ、主人公のさとこが「もう1日多く働けたらいまよりも稼げるのに」と思うように。私もときどき焦ることはありますけど、やっぱり物理的にいま以上に働くのは難しいですからね。

(C)水凪トリ(秋田書店)2021

作中では、思うように働けないもどかしさや、金銭的な余裕が少なくなったさとこの様子も非常にリアルに描かれていますよね。フルタイムの正社員だったときには買えていたデパートのコスメがいまは買えない、というような……。

水凪 実際に、デパートで買っていた基礎化粧品が気づけばドラッグストアのコスメになっている、というのは経験していて。私はある程度歳をとってから病気になったこともあってか「別にいいか」とも思えたんですが、これがもっと若いときだったらいま以上に悩んだろうなと思います。

(C)水凪トリ(秋田書店)2021

作中では、病気をきっかけに休職・転職したさとこが、同僚や医師、親などから心ない言葉をぶつけられ、落ち込んだり肩身の狭い思いをしてしまう様子も描かれています。こういったエピソードにも、水凪さんご自身の経験が反映されていたりする部分はありますか?

水凪 体調のせいで毎日バイトに行けなくて困っている、というさとこの言葉に医師が「まあ婚活でもして……」と返すシーンがあるんですが、あれに近いことは私も実際に言われたんです、「まあボーイフレンドでも作って……」と。こんなに具合が悪いのにどうやって作るんですか、とそのときは笑ってしまったんだけど、あとからすごくモヤモヤしましたね。

『しあわせは食べて寝て待て』コマより『しあわせは食べて寝て待て』コマより

作中では、単身者であることによる心ない言葉をかけられることも
(C)水凪トリ(秋田書店)2021

いや、それはモヤモヤして当然だと思います!

水凪 あと、病名が判明したときにはまだ他の雑誌でも漫画を描いていたんですが、はじめは担当編集さんに病気のことを言っていなかったんです。でも、作業量の多さが徐々に厳しくなってきたので「実はこういう病気で……」と軽く伝えたら、「では、これからは締切までに描いてもらうのではなく、漫画を仕上げていただいてから掲載する日程を決めますね」と言われて。

心配してくれているからこその対応とも捉えられるのですが、漫画家の場合、新人以外はあまりそういう仕事の進め方をしないんです。病気になっていちばんショックだったのはそのときかもしれないですね。サラリーマンが早期退職を促されるときってきっとこういう気分なんだろうな、と思いました。

「働けていたとき」のことを思い返すさとこ。
大変ではあったものの、やりがいを感じていたことが伺える
(C)水凪トリ(秋田書店)2021

なるほど……。病気のことを職場の人に伝えるかどうか、伝えるとしたらどの人にまで言うかというのは悩みどころですよね。さとこも最初、上司の唐以外にはオープンにしていなかったですもんね。

水凪 そうなんですよ。特に会社勤めの方だとチームで動く仕事も多いでしょうし、いつ言おうかとか誰に言おうかですごく悩んでしまうんだろうな、と思います。

水凪さんの場合、いまは編集部の方に対してもご病気のことをある程度オープンにされていますよね。これまでと比べて、働きやすさはいかがですか?

水凪 いまはありがたいことに、なんの不自由もなく描かせていただいています。打ち合わせでも少し先の展開まで相談させてもらえているので、ネームが最小限で済んで、手にあまり負担がかからないのがありがたいですね。おかげさまで体調も落ち着いているので、いまは日々の生活に気をつけるという基本的なことを大切にしています。

悩みや不安の「波」を受け入れ、できるだけ気を紛らせる

作中で登場するお粥
(C)水凪トリ(秋田書店)2021

いま「生活に気をつける」というお話がありましたが、具体的にはどんなことを意識されているんでしょうか?

水凪 まずは体の循環をよくすることかなと思っているので、ごはんのあとはなるべく少し動いたり、体がだるいときはいつもより多めにウォーキングをするといったことを意識しています。精神的な不調も体の循環をよくすると上向くことが少なくないので、作中でも、さとこが落ち込んだときはよくストレッチさせたりしてますね。

作品にたびたび登場する薬膳も、日常的に取り入れられていますか?

水凪 最近は朝ごはんにお粥を食べるのを習慣にしています。舞茸とかれんこん、きくらげといった自分に合う食材をばんばん入れるだけの簡単な料理なのですが、鼻に蒸気が入ってすっきりするんですよ。朝あたたかいものを食べるのは、喉の悪い人にはいいんじゃないかな。朝は体を冷やしたくないので、私の場合はヨーグルトなども朝には食べないようにしています。とはいえ季節が変わるごとに手に入りやすい食材も気分も変わるので、わりといい加減な感じではあるんですが……。

水凪さんのInstagramより。お粥には、体調にあった食材を一つ入れるようにしているとのこと。

あまり厳密なルーティーンにすると、忙しいときや飽きてしまったときにつらくなりそうですもんね。

水凪 そうなんですよ。忙しいときほど体をいたわったほうがいいとわかっていても、作中で出てくるような大根をかじって頭痛を和らげる、みたいな余裕はどうしてもなくなってしまうんですよね。

実はこんな漫画を描いている身で恥ずかしいんですが、少し前まで頭痛薬を飲みすぎてしまっていて、医師に「このままだと薬の飲みすぎで頭痛がひどくなるよ」と注意されまして……。それ以来、目の前の症状に闇雲に対処しようとするんじゃなく、できるだけ根本的な原因がどこにあるのかを考えるようにしています。私の場合は鼻の奥が腫れることが頭痛につながっていたようだったので、アレルギー薬をときどき飲むという対処法に変えたらだいぶよくなりました。

なるほど。あくまで自分にとって続けやすい習慣や対処法を見つける、ということが大切ですよね。

水凪 やっぱり簡単じゃないと、なかなか続けられないと思うので。先日美容室に行ったら、美容師さんが「朝は忙しいから肉まんを食べてます」っておっしゃってたんですが、それはたしかにすぐに食べられるし体もあたたまるし、いいアイデアだなあと思いましたね。

病気を経て生活や働き方を変えざるを得なかったことや、同年代の知り合いと比較し「気が重い」と吐露するさとこに、大家の鈴が「新しい自分になったのだって考えてみる」と伝えるシーンがありました。水凪さんご自身はいま、病気を経て生活が大きく変わったことをどのように捉えられていますか?

(C)水凪トリ(秋田書店)2021

水凪 病気は嫌だし、できたらなりたくなかったというのが本音です。ただ、病気に関する悩みや不安が襲ってくるときには波がある気もしていて。「どうして自分は思うように働けないんだろう」とか「自分以外の人たちは楽しそうにしているのに」みたいな気持ちしか沸き上がってこないタイミングというのは、どうしてもあるんですよ。

……でも、ちょっと話がそれるかもしれないんですが、この前テレビのドキュメンタリー番組で、フルーツ農園を経営しているご家族が紹介されていたんです。そのご家族のひとりが果物を箱に詰めているときに、おそらくリウマチかなにかで手が変形しているのが映ったんですが、そんなにつらそうに作業されているようには私には見えなくて。その方の様子を見たときに、「あ、病気でも働けるんだ」とふと思えたんです。

自然な様子を見て、励まされるような感覚だったのでしょうか。

水凪 そうかもしれません。だから、そういう小さなことの積み重ねで「少しだけ頑張ってみよう」と感じることもあるんじゃないかと思うんです。悪い波がくることもあるけれど、そうやって前向きになれるちょっとしたヒントに出会うこともあるので、あんまり絶望的にならずにいたいですね。

病気だけでなく、さまざまな事情で「がんばりたくてもがんばれない」状態になる可能性は誰もがあると思います。そうした場合でも、必要な考え方かもしれないですね。

水凪 そうですね。どうしてもネガティブな気持ちになってしまうときはあるけれど、そういう気持ちになること自体は仕方がない。その上で、できるだけ気を紛らわせるように工夫することが大事なのかなと思います。

取材・文:生湯葉シホ
編集:はてな編集部

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お話を伺った方:水凪トリさん

水凪トリ

2019年、思い立って持ち込みした原稿が即連載決定し、現在、月刊フォアミセスで『しあわせは食べて寝て待て』を、ウェブコミックサイトsouffleで番外編「休日はおウチぐらし」を連載中。
Instagram:@mizunabe46 Twitter:@mizunagitori