凝り固まったチームの関係性を良くするには? チームワーク研究者に聞く、「心理的安全性」のつくり方

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働く中で、徐々に部下や後輩、外部パートナーを含む「チーム」をまとめるポジションに変化していく人も少なくありません。ただ、「はじめて部下ができたけど、接し方が分からない」「良い雰囲気をつくりたいけど、どうすれば……?」と迷うことはありませんか。コミュニケーションを円滑にしたいと思っても、どこかぎくしゃくしていたり、メンバーが意見を出してくれない状況が続いたりして、悩む人も多いのではないでしょうか。

そんなとき一つの鍵となるのが、近年耳にする機会が増えた「心理的安全性」です。エイミー・C・エドモンドソン教授によれば、心理的安全性とは「みんなが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化」のことで、成長をもたらす組織にとって重要な要素であると注目を集めています。

では「心理的安全性」をつくっていく上で、リーダーやマネージャーポジションの人はどんなことを意識し、凝り固まってしまったチームの関係性や仕事のしかたを変えていくことができるのでしょうか。チームワークやリーダーシップについて詳しい早稲田大学商学部准教授の村瀬俊朗さんにお聞きしました。

※取材はリモートで実施しました

「弱さ」を見せることが職場内の信頼醸成につながる

近年、「心理的安全性」という言葉をよく聞くようになりました。村瀬さんは、解説を務められた『恐れのない組織』のなかで、「『心理的安全性』とは集団の大多数が共有すると生まれる職場に対する態度」であり、「周りと違う意見を言っても嫌な顔をされない」ことが心理的安全性の存在する状態であると説明されていました。そもそも、なぜこのような概念が注目を集めているのでしょうか。

村瀬俊朗さん(以下、村瀬) 僕の解釈ですが、2つの理由があると思っています。まず、変化の激しい時代に組織やチームが成長していくためには、働き方も社会の変化に応じて柔軟に変えていく必要が出てきたということです。

例えば、以前まで「男性は残業もいとわずに夜遅くまで働く」というあり方が一般的だったとすれば、夜遅くに会議を入れるのも当たり前だったかもしれない。でも、今は共働き世帯が増えていたり、時短で働きたい人がいたり、多様なニーズが存在するので、それでは困る人もいますよね。

じゃあそこに合わせて、どのように働き方や価値観などのパターンを変えていけるかと考えると、「ここを変えたい」「ここが気になる」という意見を誰でも言いやすい雰囲気が必要なんだと思います。声があがらない限り組織は変わらないので、そういった気づきをシェアするために心理的安全性が必要になってくる、というのが1つ目の理由です。

変化の激しい時代には、組織もその変化に適応していくことが必要になると。

村瀬 それからもうひとつの理由として、いろんな人たちからいろんな意見が出てくることは、イノベーションを起こすためにも重要なんです。アイデアというのはさまざまな要素の組み合わせによって生まれるものですが、その組み合わせのパターンが見慣れないものであるときに私たちは「新しいアイデアだ」と感じるんですよね。

ただ、私たちの脳は似た情報をまとめて同じ引き出しにしまっているので、ひとりの人間から出てきやすい情報の組み合わせには限度がある。だから、ひとりでいたり、いつも同じような人たちとばかり一緒にいると、似たようなアイデアしか出てこないんです。まったく違う立場からの多様な意見を組み合わせた方が、創造性のあるアイデアが生まれる可能性が高いですよね。そのためにも心理的安全性は重要と言えます。

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なるほど。チーム内に心理的安全性を醸成したいと思ったら、チームメンバーからの信頼を得ることが必要になりそうですよね。リーダーやマネージャーポジションの人は、どんなことを意識すればいいのでしょうか?

村瀬 信頼には「感情面の信頼」と「認知面の信頼」のふたつがある、と分類されています。「認知面の信頼」は「この人には仕事を遂行する能力がある」と信じてもらえることなのですが、これは業務を通じて得ることができますよね。一方で「感情面の信頼」は、「この人は自分のことを裏切らないから、安心して意見が言える」と思われることです。後者の信頼を獲得することが、心理的安全性には重要なんですが、そのためには「弱さ」を見せることがひとつのポイントになってきます。

「弱さ」を部下や後輩に見せることにはためらいがある、という人も多そうですが……。

村瀬 ここで言う弱さというのは、例えば親友にしか打ち明けないようなプライベートの話という意味ではなく、「東京出身です」というような表面的な話からすこしだけ踏み込んだ話と考えていただければいいと思います。例えば、僕には2歳の子どもがいて、毎朝早朝に起きて仕事をしてるんですが、6時くらいになったら朝ごはんをつくって子どもに食べさせるんですね。でも全然食べてくれないことも多いから、すごく大変で……といった話であったり。

確かにそれをお聞きすると、大学教授としての村瀬さんの少し違う一面を知れた感じがして親近感がわきます。

村瀬 もちろん、仕事に関する話でも大丈夫です。例えば、「今まで言ってなかったけど、実は将来的にこんな仕事がしてみたい」「こういうお客さんとなかなか意思疎通が図れなくて困っている」といった話をしていくことが、感情面の信頼を高める上では大切なのかなと思います。そのためには会議や朝礼といったオフィシャルな場ではなく、インフォーマルな雑談の時間があると効果的なので、例えば2~3人ぐらいでランチをする、といった機会がときどきあるといいですよね。

「出社だけ」「リモートだけ」にこだわらず交流の機会を持つ

いま、出社ではなくリモート勤務が中心になっている企業も少なくないと思います。リモートの環境だと、雑談の場や時間をつくるのが難しくなりそうですよね。

村瀬 そうですね……仮にコロナの流行が落ち着いても、フルリモートのケースもあると思うのですが、出社というオプションがあるのであれば、定期的に対面の時間を設けてるのはいいと思います。やっぱり、同じ空間を共有した上で、チーム全体やメンバー一人ひとりの動きが見えた方が、関係性を築きやすいという側面はあります。

先日、ある企業の1年分の勤怠表を比較する機会があったんです。その企業ではリモート勤務か出社かを選べるのですが、出社の重複時間率、つまり社員の誰と誰が同じ時間に出社しているかのデータを見てみたところ、出社時間の重複が多くなるにつれ、チームとしてのゴールをしっかり認識したり、他のチームの情報を入手したり、振り返りにきちんと時間をとったりできている、ということも分かったんです。

同じ時間に出社している人たちが多いと、チームの関係性も築きやすくなるというのは確かにありそうです。

村瀬 ここで重要なのは、みんな好きなときにバラバラに出社するのではなく、仕事の関わり合いが深いメンバー数名ずつで出社のタイミングを決める、ということです。例えば、個々の事情にも十分配慮し、コロナ禍においては感染リスクにも留意する必要はありますが、「週に1度、この時間からこの時間はチームで集まる」と決めるとか。「出社」にこだわる必要がないように、「リモート」にこだわる必要もないと思うので、柔軟性を持ってそれぞれのいいとこ取りができるといいですよね。

それでも、「フルリモートでそもそも対面で集まる場所がない」という企業の場合は、よりこまめにコミュニケーションの場を持つことが重要になってくると思います。その場合は、業務内容だけでなく「働き方」に関しても定期的に時間を取った上で、改善の余地のある部分をひとつひとつ直していく地道な作業が必要になってくるのではないでしょうか。

なるほど。お話をお聞きしていると、チームの関係をよくしていこうと思ったら、リーダーポジションの人はもちろん、チームメンバー一人ひとりもそれを意識する必要がありそうですね。

村瀬 組織ってやっぱり上司ひとりががんばって変わるものでもなければ、メンバーだけで変わるものでもないんですよね。両方が歩み寄らないと難しい。

ただ、集団で行動するとき、最初の数名が動けば、あとのメンバーもオセロのようにすこしずつ変わっていくことも考えられます。根回しというと言い方は悪いかもしれませんが、なにかのイニシアチブをとるときに、まずは影響力のある人やムードメーカー的な人など、数名のメンバーをターゲットにして意思疎通をはかったり、信頼づくりをしておくというのは大事かもしれません。

はじめからチーム全体の関係をよくしようと思うのではなく、まずは数名に絞って声をかけるのが有効なんですね。

村瀬 それが現実的でしょうね。個別に時間をとって感情面の信頼をひとりずつ得ていくことで、個々の点が線でつながっていき、完全な面にはならないにせよ、ある程度全体をカバーできるような信頼が醸成されていくのではないかと思います。

心理的安全性を支えるための「仕組みづくり」

ここまで心理的安全性をつくるための信頼の醸成方法について伺ってきました。ただ、部下の立場からすれば、いざ上司とコミュニケーションを取るときに、ついなにも言えなくなってしまう人は多そうです。例えば、「いまの説明で分かった?」と聞かれたときに、分かっていなくても「はい」とつい言ってしまう……とか。

村瀬 そうですよね。だから、ある種のコミュニケーションにおける技術をトレーニングすることも重要だと思います。例えば、「分かった?」と聞くと、分かるかどうかが聞かれている側の責任になってしまうけれど、「うまく説明できた?」と聞けば、聞いている側にも責任の一端が生まれるので、比較的答えやすくなると思うんですよね。

確かに、聞き方1つで印象に大きな変化が生まれますね。

村瀬 それと、チームから意見を活発に募ることのできる心理的安全性の土台をつくるためには、仕組みづくりも重要だと思います。例えば、「こういう提案をしたいけれど、誰にどう言っていいのか分からない」ことってあるじゃないですか。メールで言った方がいいのか、上司に直接伝えた方がいいのか、どのタイミングで言えばいいのか。そんなときに、意見を出したり声をあげる際のルールをあらかじめある程度つくっておいた方が、言う側にとっても言われる側にとってもスムーズだと思います。

『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』表紙写真
『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』(C)英治出版

事前に意見のあげ方が決まっていれば、意見を言う障壁も低くなりそうですね。逆に、チームのなかには、「チームの雰囲気がよくなくても、自分が設定したゴールを達成さえできればいい」という考え方の人もいると思います。そういったメンバーにチーム全体のことを考えてもらうには、上司からどう働きかけるといいんでしょうか?

村瀬 それこそ仕組みづくりが大切になる場面です。例えば、ボーナスが完全に個人のみの成績によって決まるのであれば、チームメンバーと連携する意志ってなかなか働かないと思うんです。だから、チームメンバー同士に本当に協力してほしいのであれば、チーム全体の成績が賞与に関係するインセンティブ設計をきちんとしていくなど、根本的な部分での改革も必要になってくると思います。

なるほど、大元の制度的な部分で規定される部分も大きそうです。ただ、あくまで一人のリーダー・マネージャーポジションの人がそれを変えていくのは難しい……。それでも、直属の部下に対して「チームメンバーと協力し合えているかどうかも業務評価の際のひとつのポイントにします」と伝えることならできそうです。

村瀬 そうですね。そのことをメッセージとして明確に伝えた上で、それに対するフィードバックもきちんとおこなうという一連の流れをつくれると、次第にチーム間の意見交換が活発になっていくように思います。

新しいアイデアを拒否しないチームになるためには

冒頭のお話にもありましたが、チームが創造性を発揮するためには、新しいアイデアや意見をどんどん取り入れていくことが大切です。けれど、チームや個人が徐々に新しいことを受け入れられなくなり、自分たちの考えだけで凝り固まってしまうケースはとても多いように思います。村瀬さんは、そういった状態をNIH症候群という概念で説明されています。

村瀬 外部から持ち込まれる情報、外部で生まれたサービスや製品に対する反射的な拒絶反応のことですね。私たちって基本的に、新しいことやなじみのないことが好きじゃないんですよ。例えば、スーパーでなにかの商品を買うときに、「知っているブランドだから買う」という要素がいちばん大きくて、その商品に本当に買うべき価値があるかというのはそこまで重要ではなかったりします。これは商品に限った話ではなく、例えば僕はいま専門家っぽく偉そうにいろいろ喋ってますが、みなさんは「早稲田の教員の人が言ってるってことは、たぶん正しい可能性が高いな」と思ってるわけです(笑)。

そんな(笑)。

村瀬 でも実際に、価値判断ってそれくらい難しいことなんですよ。全てのものの価値判断を瞬時にすることができないからこそ、「なんとなく知っている」とか「見ていて心地いい」ということが判断に影響してくる。組織の偉い人たちもこの呪縛からは基本的に逃れられないので、社内においても、真新しくてよく分からない、創造性が高いアイデアになればなるほど拒否反応を示されてしまう傾向は強いです。

では、創造性の高いアイデアが受け入れられやすくなるためには、どうしたらいいんでしょうか?

村瀬 新しいものを新しいままで見せる、というのがいちばんよくないので、その逆のことをすればいいんです。例えば、社内で重視されている文化やみんなが知っていることに紐づけてアイデアを説明するというのもひとつの方法ですし、価値そのものに正当性を与えること……率直に言えば、「影響力や妥当性のある人の口からアイデアを伝えてもらう」というのも手ですね。そういうふうに、新しいこととなじみのあることをうまく重ね合わせて伝えていくことが大切です。

なるほど……。自分自身で新しいアイデアや意見に対して拒否感を覚えることに問題意識を持っているリーダー層も多いと思います。そうした傾向から脱するために、意識できることはありますか。

村瀬 日常から情報収集の幅を広げていくことが重要でしょうね。物事を理解するのって、いろいろなところに打った点同士を線でつなげていき、それを最終的に面にする作業だと思うんです。いろいろな領域に点が打てるようになると、より広い範囲で線がつながるようになり、物事の深いつながりがだんだん見えやすくなっていく。だから、さまざまな場所に点を打っていき、その点同士に関連性を見出していくという地道な作業が必要なのかなと思います。

カバーできている領域が広ければ広いほど、新しいアイデアや意見も違和感なく取り入れられるということですね。

村瀬 そうですね。だからリーダーポジションの人の場合は特に、チームの内部だけでなく、他のチームや他の業界の人たちとも広く関係を結んでおくことが大切になってきます。そうすればリーダーのもとに多様な情報が入ってきて、発想の幅も広がっていくので。

ただ一方で、リーダーはそもそも忙しいから外部との交流にまで手が回らない、というジレンマもあると思います。だから業務に優先順位をつけて、チームに必要のないことは勇気を持ってリーダー自身がどんどんカットしていく、ということも同時にできると、その負担がすこし減るのではないかと思います。

取材・文:生湯葉シホ
編集:はてな編集部

お話を伺った方:村瀬俊朗さん

村瀬俊朗さんのプロフィール写真

早稲田大学商学部准教授。1997年の高校卒業後、渡米。2011年にUniversity of Central Floridaから産業組織心理学の博士号を取得。Northwestern UniversityおよびGeorgia Institute of Technologyで博士研究員(ポスドク)として就労後、シカゴにあるRoosevelt Universityで教鞭を執る。2017年9月から現職。専門はリーダーシップとチームワーク研究。2019年から英治出版オンラインで「チームで新しい発想は生まれるか」を連載中。『恐れのない組織』(エイミー・C・エドモンドソン著、野津智子訳、2021年、英治出版)の解説者。

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