「性の話をもっと気軽にオープンに」をテーマに活動する、性教育YouTuber・助産師のシオリーヌさんに「生理と仕事」や「性のリテラシー」について伺いました。
「生理(月経)」による腹痛や頭痛、腰痛、気持ちが安定しないなど心身の不調に悩まされ、仕事のパフォーマンスに影響が出てしまう、といった方は少なくありません。
一方で「生理の話」はオープンにしづらいという認識が根強いこと、症状や重さには個人差があることなどから、生理がある人同士であっても「つらさ」を理解し合えないことも。
その背景には私たちが受けてきた「性教育」が不十分で、「人間の体と性」について知る機会が少なかったことも影響しているかもしれません。
※取材はリモートで実施しました
タブー視されてきた性や生理に「試行錯誤」している段階
シオリーヌさん(以下、敬称略) おっしゃる通り、日本は生理を含めて「性」に関する話題を避ける傾向が強くて、必要な知識が得づらいんです。この問題を解消するには、学校の授業など基本的な教育を充実させることが重要なんですが、現在文部科学省が定めている学習指導要領では難しくて。
例えば、中学校の保健体育では「受精・妊娠を取り扱うものとし,妊娠の経過は取り扱わないものとする」と定められているので、性行為や正しい避妊方法、中絶のことといった具体的な知識が伝えられないんです。
シオリーヌ むしろ現在は、ほとんどの人がインターネットにつながるデバイスを持っている時代なので、隠してもいくらでも性に関する情報が手に入るんですよ。
シオリーヌ はい。だからこそ性に関する情報を包み隠すのではなく、必要な知識をきちんと伝えてしまった方が、リスクを正しく理解できると思うんです。
シオリーヌ 性教育だけでなく、メンタルヘルスに関しても教育が行き届いていないため「うつ病は甘え」や「精神科は“危ない人”が行くところ」といった誤解を抱かれがちなんです。体についても心についても、情報の少なさや、教育の行き届いてなさを感じます。
そもそも、日本の現行法では性行為の同意能力があるとみなす性的同意年齢の下限が「13歳」とされているんです。これだけ学校教育で性のことについて隠されている現状がありながら、です。
シオリーヌ 特有というわけではないですが「遅れをとっているな」とは思いますね。
人間の性と生殖に関する権利、自分の体のことを自分で決める権利を尊重する「SRHR(セクシュアル・アンド・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)」という言葉があるのですが、こういった考えを養おう、意識を根付かせようという国では性教育もすごく大切にされている印象があります。
シオリーヌ まだ試行錯誤の段階なんですよね。ずっとタブー視されていたものに、どうにかスポットライトを当てたい人が増えてきている中で、今まで関心を持ってこなかった人たちにも届けるにはどうしたらいいんだろう、といろいろ試している。
そもそも人権の問題や権利のことを十分に学習できていなくて「間違える」ことは多くの人にあると思うんです。私も、すごく気をつけてはいるけれど、差別的な発言を絶対にしない、なんて約束はできなくて。
大事なのは「間違え」にいろんな意見が寄せられたときに、「どこが良くないと思われたんだろう」「どういうものが求められていたんだろう」とみんなで学び直して、さらにいいものをつくるためにどうしたらいいか知恵を絞り合っていくこと。
だから、たとえ何かで炎上してしまっても、生理や性に関する分野に二度と帰って来られない社会にならないといいなと思っています。
シオリーヌ そうですね、悲しいです。過去に「間違えてしまった」コンテンツの中にも、言葉の使い方や伝え方がまずかっただけで、やろうとしていたこと自体は意義のあるもの、というのもありましたから。
正しい情報から「体」のことを知って
シオリーヌ 生理のように具体的な症状があるわけではないですが、私が思春期の子たちから相談を受けて、女性を含めて幅広く知ってもらいたいのは「包茎」についてですね。
「なんとなくかっこ悪いらしい」という雰囲気から笑いのネタにされがちでコンプレックスを抱いている方も多いんですが、日本では約7割の人が手を使えば包皮をむける「仮性包茎」と言われていて*1、海外だとむしろその状態がノーマルと認識されているんですよ。
排尿や性行為の際に支障を来さなければ機能としては何ら問題ないし、まったくもって正常なので何も恥じる必要がないのに、お金をかけて手術する人もいて。こういったことも「正しい性教育」の一環として伝えられる機会があった方がいいと考えています。
シオリーヌ その情報を発信している人の身元がはっきりしているかどうかは、一つの基準になると思います。医療的な専門知識があるかどうかや、名前や所属を提示しているか、などですね。
最近はコラムを発信している病院も多いですが、医療者にもいろんな人がいて独自の医療に取り組んでいる場合もあるので、あくまでも一般的な標準治療に取り組んでる病院かどうかも、大事な視点かなと思います。
生理がある人でも、他者の生理のことは分からない
シオリーヌ 男性だから、女性だからといった性差で理解度が異なるのではなく、一人一人のリテラシーに委ねられている印象が強いです。
生理を経験している人は、自分の生理についてはよく知っていると思います。しかし仕組みをよく理解しているか、それによってどのような症状が引き起こされる可能性があるのか、どういった個人差があるのかなどは、詳しく知らないことのほうが多いんです。
シオリーヌ それはもう「ヒト」という生き物には当たり前に個体差がある、としか言いようがないと思います。身長も体重も体の機能も全てに個人差があって、同じように生理にも個人差がある。
一方で、あまりに生理痛がひどい場合は、子宮内膜症など何らかの婦人科疾患が隠れているケースもあるので、一度婦人科に相談することをおすすめしたいです。
シオリーヌ そうですね。「生理痛は重くて当然」だったり、「貧血でフラフラになりながら頑張って学校や会社に来てるのは私だけじゃない」と思っていたりという方は多いです。みんな我慢しているんだろう、と思って我慢し続けている。経血の量なんて、自分のものしか知らないから、多いのか少ないのかなんて判断できないですしね。
私自身、低用量ピル(服用することで妊娠と月経をコントロールできる薬。生理痛やPMSを軽減する効果も)を飲み始めて症状がラクになって初めて「私って生理が重かったんだ」と気付いたんですよ。生理が軽い人は普段こんなにラクだったんだ、とビックリしました。「生理が日常生活を邪魔している」と感じている場合は治療対象なので、まずは婦人科へ、ですね。
「しんどい」人がみんな休める社会になれば
シオリーヌ 会社であれ、パートナー同士であれ、自分の考えを「理解」してもらうために言語化して伝えることも、相手の考えを「理解」するために普段関わりのないことに耳を傾けることも、どちらもとても負担になるコミュニケーションなんですよね。なので、まずは「メリット」を理解してもらうのがいいんじゃないかなと思います。
シオリーヌ 例えば会社だったら、働く人たちみんなに生理に関する基礎知識があれば、生理痛で突然休むことを「必要な休暇」と捉えられるし、嫌な反応が返ってくることはなくなる。そうすると、しんどいときに「休む」と言いやすい場所になる。
誰にも責められず必要な休息を取ることができれば、職場に愛着が生まれるし、もしかしたら優しくしてくれる人たちのためにもっと頑張ろうと思えるかもしれない。
生理がない人も、基礎知識があれば「時々休む人」がサボっているわけではなく具合が悪かったんだと理解できて、同僚に対する不信感が拭われる。誰にも責められずゆっくり「生理休暇」を取る同僚の姿を見て、自分が体調不良のときも無理しないで休もうと思えるかもしれない。そういったことを積み重ねていくと、きっとどんな人でも働きやすい場所になると思うんです。
シオリーヌ あくまでも憶測ですけど、日本の社会で働いている人たちはみんなある程度「つらい」んだと思います。仕事が忙しくて睡眠時間が足りないとか、ワンオペ家事育児なのに仕事も頑張らないといけないとか、人付き合いが面倒くさいけどやらざるをえないとか。
ちょっと「つらい」中でみんな頑張って働いているから、だからこそ「つらい」という理由で休む人を見ると、じゃあ俺も休みたい、私も休みたいってなるのかなと。我慢して働かないと、仕事が回らないと思っている。
シオリーヌ 実際、「つらい」「しんどい」人がみんな自由に休んだら立ちいかなくなるような、人の我慢の上に成り立っている会社ってすごく多い印象です。私も昔は総合病院で働いていたので、出勤予定だったスタッフが一人休むと、ほかの人がめちゃくちゃ困る、という場面はよくありました。
だから、休みたいときに休める人を妬んでしまう気持ちも分かるんですが、その問題を根本的に解決するには、本来は企業の環境整備が必要なんですよね。
シオリーヌ だと思います。「生理がつらかったら休んでもいい」と限定するのではなく、働いている人たち全員、心身ともにしんどいときは休めた方がいいんですよ。
シオリーヌ 心身に関するメッセージって、ポジティブであろうとするからか根性系が多いんですよね。生理だと「痛くても頑張ろう!」だし、栄養ドリンクは「眠くても頑張らなきゃいけない君へ」。眠いなら寝た方がいいのに。でもそれだと商品が売れないか(笑)。
選択肢を知り、自分で選ぶための「性教育」を
シオリーヌ もちろん、心理的安全性が確保されていない場でプライベートなことを明かす必要はないと思っています。だからその場合は、生理だと言わずに休暇を取る、ということになるでしょうね。
シオリーヌ それならば隠して全く問題ないと思いますよ。私は「性のことをもっと気軽にオープンに話そう」をテーマに発信していますが、決して個人のプライベートな性の話をオープンに話しましょう、と言っているわけではないんです。
一般教養として性の知識を気軽に学べる環境を作りたい、と思っているだけなのに「性の話」と聞いて「一般教養的な性の話」と「個人的な性の話」をごっちゃにする人ってすごく多くて。
学校をはじめとした公の場で、生理の仕組みや、避妊法の種類とそれぞれのメリットやデメリットなどきちんとした性教育を受けられて、悩んだときには気軽に婦人科に行って相談できるようになってほしいだけなんです。
例えば先ほど少し触れた低用量ピルも、中学や高校の授業で「生理痛を軽減する方法」として教えてもらえることなんてなくて。
シオリーヌ 大事なのはどういうふうに服用するもので、飲むとどんなメリットや副作用があるのかを知ること。その上で自分の生活や体質に合うかを考慮して「飲む」「飲まない」の選択をするのは個人の自由なんです。
そもそも性に関することって選択肢を知らなかったがゆえに選べていないことがたくさんあると思っていて。だからこそ私の動画やSNS、本などの発信で、自分に与えられている選択肢をよく理解して、自分の意志で選び取れる人が増えてくれたら嬉しいなと思っています。
取材・文:朝井麻由美
編集:はてな編集部
『CHOICE 自分で選びとるための「性」の知識』著:シオリーヌ
イースト・プレス刊
▼ 詳細:CHOICE 自分で選びとるための「性」の知識
お話を伺った方:シオリーヌ(大貫詩織)さん
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