仕事や育児と“趣味”の間で線引きをしたくない──山崎ナオコーラさんと「働く」との距離

山崎ナオコーラさん

“子どもを育てるのはえらいって言われるのに、自分を育てるのはえらいって言われないのは、なんだか変だなって常々思っているんですよ。” 

──作家・山崎ナオコーラさんが2019年に発表した小説『趣味で腹いっぱい』に、こんなせりふが登場します。

本書は、働き者の夫・小太郎と、働かずに“趣味”に没頭する妻・鞠子の生活を描いた物語。経済的な自立はせずとも伸び伸びと趣味を楽しむ鞠子の姿を通して、働くこと、生活すること、趣味を楽しむことの意味を問いかけるような1冊です。

この本の著者の山崎さん自身は、「仕事にこだわり過ぎて趣味を軽視していた」過去があるといいます。今回はそんな山崎さんに、仕事や趣味に対する考え方の変化や「育児の人」と周囲から思われることの葛藤などについて、お話をお聞きしました。

「稼ぐことが仕事の全てじゃない」とやっと思えてきた

山崎さんが以前、インタビューの中で「小説を書いていることが友人からは“趣味の一環”と思われがち」とお話しされていたのが印象的だったんです。その言葉に「いや、小説は仕事だ」と言い返したい時期もあった、とおっしゃっていて。

山崎ナオコーラさん(以下、山崎) デビューしたばかりの20代の頃は、友人に「作家って空いた時間にできる仕事だからいいよね」と言われるのがショックだったし、嫌だったんです。

私自身、もともとは会社員をしながら新人賞をとって作家になっているので、「作家だって会社員と同じだよ、税金もちゃんと払ってるよ」と思って(笑)。当時は、自分のアイデンティティが仕事にあると思って生きていた気がします。

一方で、2019年に発表された『趣味で腹いっぱい』(河出書房新社)は、経済的な自立をせずに“趣味”に打ち込む人を肯定するような小説ですよね。拝読して、山崎さんの中で仕事や趣味というものに対する考えが少し変わってこられたのかな、と感じたんですが。

山崎 そうなんです。昔は趣味というものをどこか軽視していたんだと思うんですけど、だんだん考えが変わってきて、それを反省しまして……。

そもそも、働いている人だけが社会人だっていう考え方は違うんじゃないか、お金を稼いでいる人も趣味に没頭している人も、社会参加をしていることに変わりはないんじゃないかと思うようになってきたんです。

山崎ナオコーラ『趣味で腹いっぱい』

山崎ナオコーラ『趣味で腹いっぱい』(河出書房新社)

それには、なにかきっかけがあったんでしょうか?

山崎 結婚して子どもが産まれたり、あとたぶん、私自身の本が昔ほど売れなくなってきたりしたこともあるのかもしれません。収入が減って、独身の頃みたいに自由にお金が使えなくなってきたら、この先の人生やっていけるのかな、という不安が大きくなってきて。

……それまではお金を稼いでいるということにプライドがあったんですけど、それがなくなってくると、どう自分の仕事に自信を持てばいいのか分からなくなるんですよね。このまま依頼が減って仕事がなくなるんじゃないか、という焦りもありましたし。

確かに、「このまま仕事がなくなったら」という想像はとても怖いですよね……。

山崎 子どもが産まれたときも、じつは最初保育園に落ちてしまったんですけど、同い年の子どもがいる他の作家仲間とかはみんな入れて。そのとき自分の仕事がちょっと下降気味だったこともあって、「やっぱりいい仕事をしてる人たちは保育園に入るべきだよな」みたいな気持ちになってしまったりして。……でも、たとえ売れていなくてもいい仕事はいい仕事だ、となんとか自分を奮い立たせたんです。それには、夫の影響もあったんですけど。

パートナーの方は書店員をされている方なんですよね。

山崎 そうです。その夫が、多様性を肯定するためには少ない部数の本も書店になくてはいけないんだという話をしていて、本当にそのとおりだなと思って。夫自身も、収入が多いわけではないけれど信念をもって書店員をしている人なので、その姿を見ていたら、稼ぐことが仕事の全てじゃないし、売れない本でも出すこと自体に意味があるはずだとやっと思えるようになってきたというか。

稼ぐことが仕事の全てじゃない、本当におっしゃるとおりだと思います。

山崎 でもそこで、稼げる仕事と稼げない仕事、売れる本と売れない本に違いがなくって、お金をどれだけもらえるかは仕事の価値に関係ないとしたら、仕事と趣味というものの線引きもすごく曖昧になるな、と気づいて……。

そう思うようになったら、仕事は趣味とは違うもの、大事なもの、と捉えていた自分が恥ずかしくなったんですよ。そういった考えの変化が、小説『趣味で腹いっぱい』につながったんだと思います。

山崎ナオコーラさん

自分のことも「他人」のように扱えるのがいちばんいい

さきほど、“お金を稼いでいる人も趣味に没頭している人も、社会参加をしていることに変わりはない”とおっしゃっていましたよね。趣味も社会参加につながる、ということについてもうすこし詳しくお聞きできますか。

山崎 今、時代的にも、働くことに対する考え方がだんだん変わってきていますよね。働き方改革が始まったり、長期休暇や育休がとりやすい企業も前より増えてきたり。単純にたくさん労働すればお金が稼げる、ではなくって、みんなそれぞれの人生を大事にした方が結果的に生産性が上がるんじゃないか、という考え方が社会に広く共有されるようになってきたのかなと思うんです。

そんな流れの中で、どれだけお金を稼ぐかだけでなく、どこにお金を払うか……つまり、仕事じゃなく消費も立派な社会参加だということを書きたいな、と思うようになってきて。例えば、震災に対する義援金を送ったりするのも社会を動かすことのひとつだし、働いて稼ぐことだけが経済活動、社会参加ではないなと。

社会参加、ということは昔から強く意識されてきたんですか。

山崎 「社会派作家」になりたい、という意識は前からありますね。30歳くらいのときからだったかな、社会にコミットしている感覚がほしいと強く思うようになって。30代になって周りを見たときに、他の人たちがみんな社会的な活動をしているように見えたんです。でも、文学っていわゆるお米を作ったりサービスを提供したりする仕事と違って、“人のためになってる感”があまりないじゃないですか。

直接的には感じにくい、ということですよね。

山崎 そうです、どうしてもただの考えごとみたいに思われがちな分野を仕事にしているので、実感として社会を動かしている感覚が薄いと思うんですよね、作家は。

でも、先程お話ししたような考えの変化もあって、銀行の話だとか国と国で大きなお金が動くみたいな話をしなくても、喫茶店のコーヒーに1杯いくら払うかとか、趣味にどうお金を使うかとか、そういう自分なりの「経済小説」を書くことで社会派作家を目指していけばいいんだと、今は思っています。

ドリンク

今のお話とも少し重なるかと思うんですが、『趣味で腹いっぱい』の中で、登場人物が「子どもを育てるのはえらいって言われるのに、自分を育てるのはえらいって言われないのは、なんだか変だなって常々思っている」と語るシーンがとても印象的だったんです。

山崎 ありがとうございます。

消費も立派な社会参加だ、という認識が世間的にも広まってきているのはおっしゃるとおりだと思うのですが、やっぱりまだまだ、家族のためではなく、自分自身に時間やお金を使うことがよくないこと・わがままなこととされてしまう風潮があるようにも感じていて。『趣味で腹いっぱい』に関してももしかしたら、「働かないで趣味に没頭するなんて」という反響もあったのかなと想像したのですが。

山崎 うーん……そういう方もいるのかもしれないですね。でも、「趣味に没頭していることを隠さなきゃいけないと思って生きてきたけれど、言っていいんだなと思えた」というご感想もいただきました。

ああ、それはうれしいですね……!

山崎 そうですね、うれしかったです。「誰かのために」みたいな空気がたぶん昔はもっと濃厚にあって、「趣味で◯◯しているんだ」みたいな、「自分のための話」をすると引かれるんじゃないか、というプレッシャーがある方も多かったのではないでしょうか。

個人的には、自分のことも他人みたいに扱うのがいちばんいいんじゃないかなって思います。社会とか地球をよくしたいって考えたときに、とりあえず家族や友人にやさしくしよう、という発想になりがちだと思うんですが、いちばん簡単なことって自分にそうすることですよね。自分も社会の一員だって考えて、自分のことも他人みたいに大事にできたらベストなんじゃないかなって思いますね。

「女性作家」ではなく「作家」なのだ

ちょっと話題は変わるのですが、山崎さんは現在、「肩書きは、作家と親だけ」とTwitterのプロフィールに書かれていますよね。性別も非公表、とされていて。そう書かれるようになった背景をお聞きできたらと思うのですが。

山崎 そうそう、「作家と親」って書いてますよね。お話ししたとおり、若い頃は趣味じゃなくって仕事としてやってます、って言いたかったから「作家」という肩書きに誇りを持っていたと思うんですけど、今はなんか別に作家じゃなくてもいいって気がしますね……作家って書くのもやめようかな(笑)。他にいい言葉が思い浮かばなくって。

スクリーンショット

山崎(@naocolayamazaki)さんのTwitterトップページ(閲覧日:2020.02.13)

「人種も国籍も年齢も容姿も捨てました」とも書かれていますよね。

山崎 昔は単行本に載るプロフィールなどを編集の方などに書いていただいていたんですけど、お任せするとだいたい、年齢とか性別とかこれまでに受賞した文学賞がずらずらって並んだプロフィールになるんですね。それを見ていると、年齢と性別と受賞歴だけが自分みたいな気がだんだんしてきてしまって……その、つらいんですよ(笑)。

ああ、それは確かにつらいです。

山崎 「〇〇賞候補」とか書かれても、だからなんなんだ感が個人的にすごくあって(笑)。文字数の無駄に思えたので、プロフィールを自分で書くようにして、最近はだんだんその時点での目標とか、勝手なフレーズを入れるようになってきたんです。「こんなプロフィールで大丈夫かな?」と最初は思っていたんですが、意外と通るんですよ。じゃあ特に性別とか年齢とかはいらないかなって。性別とか年齢とかって、仕事をするときにどうしてもそればかり注目されがちなんですよね。

そうですね、作家の方に限らずそうだと思います。

山崎 私はデビュー作が『人のセックスを笑うな』(河出書房新社)という男性視点の小説だったので、「女性なのにどうして男性視点で書いたんですか」とか「女性からの意見を聞かせてください」みたいなインタビューが、デビュー直後は本当に多かったんです。

それに対して、私はただ作家になりたかったのに、ってすごく思って。……私は谷崎潤一郎みたいになりたいと思って作家を目指したものですから、作家じゃなく女性作家という仕事に就いたかのような扱われ方をしたのがつらくって。

「女性」の部分だけに注目され続けるのには違和感を覚えますよね。

山崎 だからプロフィールにも「性別非公表」って書くようになったんですよ。実際のところ(性別が)伝わってはいても、「でも私、仕事上では性別を公表してないんで」と自分の中で思っていれば楽になるな、と。

「いい」「悪い」でジャッジする感覚が、なくなるといい

そういえば以前、山崎さんが『「育児の人」「育児の話をしたがっている人」と思われて、もう「文学の人」「文学の話がしたい人」だと思われないことがつらくてたまらない』とツイートをされていたのを拝見したんですが、今のお話に少し近いような気がします。

山崎 確かに。でも自分で育児のエッセイも書いているので、これは本当にちょっとした愚痴ですね(笑)。小説の打ち合わせに行ってもみなさん育児の話をしてくれることが多くて、たぶんよかれと思ってその話題を振ってくれていると思うんですけど、私が文学者としての仕事ができてないからなのかなあ、みたいなことをふと思って。

個人ではなく、「〇〇の人」としてしか見られないことが続くとモヤモヤしますよね。特に会社員の方だと、「女性目線」「働くお母さん目線」の意見を求められることもあると思いますし、逆に自分が無意識にそれを要請してしまっているかも、という怖さもあります。

山崎 「女性」とか「育児の人」は特にそうですよね。でも、私もイベントなどで育児をテーマにお話しすることもありますし、私自身このモヤモヤをどうすればいいのかは正直よく分からなくて。難しいですよね……。

あ、ちょっと思うのが、少子化もあって「育児をしている」というのがとてもいいことだと思われがちだから、みんなよかれと思ってその話を振ってくれるのかな、と。「最近病気しちゃって」という話にはあまり触れないようにするのに、「最近育児で忙しくて」だといいみたいな。でも、人の人生に起きるいろんなできごとを、いいとか悪いっていうふうにジャッジする感覚自体が世の中からなくなるといいんじゃないかなって気がします。

なるほど、確かにそうですね。

山崎 仕事をしながら育児をしていると、どうしても一時的に働き方を変えなきゃいけないタイミングがあるじゃないですか。でも、育児に限らず、自分の病気や家族の介護みたいな各々の事情があって、働き方を調整しなきゃいけない時期って全員にあると思うんですよね。

趣味のために会社を早退するのはなんだか引け目を感じる……みたいなこともありますよね。

山崎 そうそう、そこの差をなくした方がいいですよね。本当は、「きょうは気が乗らないから休みたいです」みたいなことも通る世の中になったらすごくいいですよね。

最後に、山崎さんは今後、ご自身のお仕事とどのように向き合っていきたいと考えられていますか? さきほどお話しいただいた考えの変化なども含めて、あらためてお聞きしたいです。

山崎 今は、極力「仕事」とか「働く」という言葉は使わないで文学活動をしていけたらと思っています。さっき話題に出た「育児の人」のツイートをしたときに、友人の小林エリカちゃんが「でも、育児してるときも文学してるよね」みたいな返信をくれたんですよ。

それを見て、労働だけが社会参加じゃないっていう考え方が社会に浸透してきつつあるように、育児しながら考えごとをしてるとか、なんとなくの雰囲気づくりをしてる、とかもぜんぶ文学の仕事かもしれないって思って。書いている時間は仕事で、書いていない時間は育児、というような線引きはもしかしたらいらないのかもしれないな、と。だから現状は極力、「仕事だから」みたいな言い方をしないでいろいろやってみようかなと思っています。

山崎ナオコーラさん

取材協力:May cafe

取材・文:生湯葉シホ
撮影:小野奈那子
編集:はてな編集部

お話を伺った方:山崎ナオコーラさん

山崎ナオコーラさん

作家。親。性別非公表。ついでに人種も国籍も年齢も容姿も捨てました。肩書きは、作家と親だけで。0歳児と4歳児と暮らしています。小説『リボンの男』(河出書房新社)、エッセイ『ブスの自信の持ち方』(誠文堂新光社)、賞に頼らず売れてやる。

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