小児科医 =「子育てのエキスパート」ではない
森戸やすみ先生(以下:森戸) 開業したばかりのクリニックで小児科医として働きながら、17歳と11歳の娘を育てています。これまで、新生児医療を行うNICU(新生児集中治療室)や産婦人科の小児科部門、一般小児向けのクリニックなどを経験してきました。
森戸 いえ、もともと小児科医志望ではなかったんです。初めての実習が小児科からで。そこで、「小児科って楽しそうだし興味深いな」と思ったんですね。外来に来る子どもの9割は急性疾患です。でも、本来なら整形外科や耳鼻科で診るべき案件もすべて、子どもの不調はまず小児科にくる。いろいろな初期対応をしなければならないのは、やりがいのある仕事だと思いました。
もちろん、子どもは大好きでしたが、子どもが好きなだけでは小児科医は務まらなかったと思います。小児科って、子どもに嫌がることばかりしますから。子どもに好かれる職業ではないのかも、と思います。
森戸 実は私、大学病院で2年の初期研修を終えて出張に出ていた地方*1で、結婚・妊娠・出産を経験しているんです。1人目を産んだのは28歳で、そのときのポジションは研修医でした。当時私が派遣されていた市立病院では、研修医の妊娠と出産は初めてのケースだったんです。そこは退職しましたが、やはり医師として、長い間休んでしまうとキャリアが途絶えてしまうのでは……という不安はありました。
森戸 一般的に女性の医師は、学生時代からの相手と早めに結婚するか、ある程度のキャリアを積んでから遅めに結婚するか、のどちらかが多いと思います。私は研修医の立場での妊娠と出産だったのですが、当時、研修医に対する産休と育休は制度にないと言われてしまって、一度病院を辞めるしか選択肢がありませんでした。
森戸 長女を出産して、10ヶ月くらい経ってからです。小児科医はただでさえ不足しているので、半日でもいいし、非常勤でもいいから現場に復帰してみないかというお誘いがあったんです。実家のある県に戻ってから、再度キャリアをスタートさせました。
森戸 私の場合、本当に恵まれた環境でした。実家のサポートなくては、復帰は難しかったと思います。所属していた医局では、私が子どもを産んでも残って働く女医の第一号だったんです。それまでの女医の先輩たちは、結婚したら辞めて専業主婦になったり、旦那さんの出張について行って(旦那さんも医師であることが多いです)自分は非常勤の勤務になったり……が、大半でした。
でも、当時の医局長が理解のある先生で「子育てしながら働く女医のモデルケースにしたいから、無理をしなくていいよ」と言ってくれて、いろいろな面で助けられました。小児科は女医が多い科なので、人員確保のためには、積極的に環境を整えていかないといけないですもんね。
森戸 小児科医って、子育てのエキスパートだと思われがちなんです。でも、医師は病気を診る人であって、自分の子どもの子育ては、初めてのことばかり。授乳も、沐浴も、自分の子が初めてだったんですよ。当直なら朝がきたら誰か代わってくれるけれど、自分の子はそうはいかないですよね(笑)。子どもを産んでから、小児科にくるお母さんたちの気持ちはより深く理解できるようになったと思います。
森戸 そうですね。外来に来たお母さんたちに対して、「荷物をたくさん持って、病気の子どもを連れてきて、本当大変ですよね」など、より共感できるようになりました。やっとの思いで靴を履かせたと思ったら「ママ、トイレ~」と言われたりなんて、日常茶飯事ですよね。子育てが大変とは聞いていたけれど、こういうこともあるのかぁ~と改めて分かりました。
現役のお母さん医師として発信できること
森戸 次女が2歳になった頃、自分の時間に少し余裕ができてきたこともあって、始めました。それ以前から外来で一人ひとりに説明するのではなく、広く、効率よく、子どものからだや病気のことについて発信できないだろうか、と考えてはいて。
森戸 夜に患者さんを診る医師の負担を減らしたい、という思いもありました。夜中、突然熱が出たお子さんを焦って病院に連れていく親の不安も減らしてあげたい。お子さんにとっても、病気でしんどいときに必要以上の診察を受けるのはかわいそうだな、と。親、子ども、医師、みんなにとってハッピーなことになればいいなと思って。
でも、毎日医療的なことを書いていても面白くないし、そんなに話のネタもないですよね。なので、自分が子育てをしている日常で、笑えたり、ほっとしたり、でもその中にちょっと役に立つ情報がある。そんなブログになればいいなぁと思っていました。
森戸 「beeちゃんはプリキュアを消していいと言った。」という記事に対する反響は大きかったですね。小さいままだと思っていた我が子がいつの間にか大きくなっていってしまう、母としての悲しみをつづった些細な出来事なのですが、共感してくれるお母さんたちがとっても多くて驚きました。診察やトークショーなどでお会いするお母さんたちに、「あの記事に涙しました」と言ってくれる方が今でもいらっしゃいます。
森戸 ブログを毎日のように書き続けていくことは、自分の子どもの子育てログにもなりました。子育ては、振り返ると本当にあっという間の出来事。ブログがなければ私自身も忘れてしまっていた、なかったことになってしまう思い出や成長を振り返ることができるのは、幸せなことだと思います。
肌で感じる、お父さんたちの育児参加
森戸 発達障害に関する不安や、相談は多いですね。幼児期に「うちの子は何度言ってもいうことを聞かないんだけど、発達障害なのではないか」などと相談に来られるお母さんは多いですが、親御さんの悩み通りの特性を持った子であることは少ないです。母子手帳に書いてある月齢や年齢での成長項目が一つでもできないと、不安になる方が多いように感じています。
森戸 お父さんが外来にお子さんを連れてくることは、昔も今もあります。でも、昔はお父さんに何を聞いても分からなかった。ご自分のお子さんの生年月日が分からなかった、なんてお父さんもいました。奥さんに「連れて行って」と言われたから、ただ連れてきているだけという感じですね。
一方で、今のお父さんたちは、普段から育児に参加しているんだなぁと思いますね。「今日はうんちが何回出ました」とか「ミルクはいつもの半分くらいしか飲めませんでした」とか、細かなこともしっかりと答えられる方が増えてきました。
森戸 お父さんたちに伝えたいのは、「働きながらの育児はとっても大変だけど、面白くてやりがいもありますよ」ということですね。育児に参加しないままでいたら、いつのまにかお母さんと子どもの間に強固な絆ができあがっていて、自分だけ蚊帳の外……なんて寂しいですよね。会社にもうちにも居場所があるって素敵なことだと思います。
森戸 いつの時代もそうなのですが、保育園にお子さんを通わせているお母さんたちには「うちの子は、寝ない・食べない」という悩みが多いです。ネントレ(寝かしつけトレーニングのこと)の本などが長く売れているのは、寝かしつけの解決策がなくて悩んでいるお母さんが多いからですよね。
でも、保育園で2時間も昼寝をしていれば、夜なかなか寝ないのは当たり前なんです。そういうお母さんたちにはいつも、「トータルで何時間寝られていればいいですよ」とか「一週間を通してバランスのいい食事を心がけていればいいですよ」と伝えるようにしています。
森戸 「日本のママほど頑張っているママはいない!」と思いますよ。離乳食だって、毎食手作りするのは日本のお母さんくらいだと思います。頑張りすぎず、あまりプレッシャーを感じずに楽しく子育てをしていってほしいですね。まずはお母さんがハッピーで、笑顔でいることが大事なんです。
森戸 今の女性はしっかりと自立していて、何でもちゃんとしなきゃという意識が強く「なかなか子どもを産めない」、「産むタイミングが分からない」、「仕事をしながら育てていけるか不安」と言いますよね。でも、「さぁもう産んでいいですよ!」という合格免許のようなものはないし、誰もタイミングを計ってゴーサインを出してくれないんです。
いつか子どもがほしいと思っているなら、女性として感染症のチェックなどはしておいた方がいいと思います。妊娠してから分かった病気や予防接種歴で、つらい思いをしている子どもをたくさん見てきました。子どもがいる人生を送りたいと思っているなら、婦人科検診は欠かさず行っておくべきだと伝えたいです。もちろん感染症は男性にもチェックしておいてほしいです。
子どもの幸せがどんな形であっても受容するようにしたい
森戸 娘たちは今、思春期真っただ中。親として何でもかんでも口出ししたくなることはありますが、個人として認めて、なるべく自分で決めさせるようにしています。娘としても、私に言いたいことはいろいろあると思います。激しい反抗期はありませんでしたが、女同士なので言い合うことももちろんあって。でも、仲良くできていると思います。
森戸 小さな頃から、「女性であっても仕事は持つべき」ということは伝えてきました。それが、好きな仕事ならなおさらいいですね。自立をしてほしいというのは、強い願いです。
森戸 医師としてのゴールはどこにあるんだろうというのは常に考えますね。研究をいっぱいやりたいとか、大きな病院の院長になりたいとか、学会や組織で登りつめたいとか、人それぞれあると思いますが……。妊娠出産、育児がある中で、そういったことを目指すのは、私には難しく、できなかったです。それに、私はなるべく自分で子育てをして、それを臨床に生かせるようにする、ということに興味がありました。今は、クリニック勤務の医師を始めたばかりなので、まず地域医療に貢献しながら、ブログや本を通してより広くお母さんたちの不安や悩みに寄り添っていきたいと思っています。普段の外来で聞きたいことをまとめて相談できないお母さんたちのために、月に2回無料相談の日を設けているんです。そういう活動を続けていくことで、少しでもお母さんたちに医療の知見が増えたらいいなと思っています。
森戸 親としては、子どもが幸せになればいいなと思います。でも、私の思う幸せと違う幸せを選んできたら、それでも受け止められるのか?という気持ちはありますよ。子どもは元気で笑顔でいられればいいじゃないとは思っているものの、私も普通の母親なので、無意識に押し付けのようなことを考えてしまったりもします。子どもの幸せがどんな形であっても受容することができる……というのがゴールなのかな。小さな子どもに対しては通ってきた道なので分かりますが、大人になっていく子どもたちを見守るこれからの時間は、未知の世界です。
母として、もうちょっと年をとって経験を積んだら、医師としても深みが出てくるんじゃないかなぁと、自分のこれからの仕事や人生を楽しみにしています。
取材・文/浦和ツナ子
お話を伺った方:森戸やすみ さん
小児科専門医。一般小児科、NICU勤務を経て、現在は世田谷にある小児科クリニック勤務。専門的な学術書と手に取りやすい気軽な本の中間に位置するようなものを作りたいと考えている。二児の母。
ブログ:
Jasmine Cafe
Twitter:@jasminjoy
編集/はてな編集部
*1:医師の「出張」は、数年単位で大学から離れた病院に派遣され働くことが大半