
あなたの国での、あなたの仕事を教えてください。そんな編集部の質問に応え、世界の若者が各々の“仕事の価値観”を綴っていく「ローカル・ワーカーズ・ダイアリー」。
今回、登場するのは、イギリス・ロンドンでゲーム開発を行う、アニメーター/ゲームクリエイターのジェームス・カーバトさん(29歳)。「何者かにならねば」と地元を飛び出し、バーテンダーからオランダ・アムステルダムのアニメーションスタジオへ。独立後にリリースしたコメディRPGゲーム『Thank Goodness You’re Here!』で高い評価を得た現在、ある意味夢を叶えたといえます。
しかし、ロンドンでゲーム開発を行うことの難しさ、そしてコロナ禍を経たゲーム業界を取り巻く状況の変化という、新しい課題にも直面してもいます。ロンドン在住・ゲームクリエイターの、“何にも代え難い”という仕事のやりがい、そして葛藤とは?
ジェームス・カーバト(James Carbutt)
ゲームクリエイター/アニメーター/イラストレーター。サウス・ヨークシャー州 バーンズリー出身。幼馴染のゲームクリエイター、ウィル・トッドさんとクリエイティブスタジオ「Coal Supper」を設立。『Thank Goodness You’re Here!』など、鮮やかな手描きのアニメーションと、イギリスならではのブラックユーモアが盛り込まれた作風が特徴。
僕は、ロンドンでアニメーターとイラストレーター、そしてゲーム制作をしています。手描きのアニメーションを生かしたゲーム体験をつくりたくて、6年前に幼馴染のゲーム開発者とクリエイティブスタジオ「Coal Supper」を立ち上げました。
2024年には、地元であるイングランド中部、サウス・ヨークシャー州の小さな街・バーンズリーをモチーフにしたコメディアドベンチャーゲーム『Thank Goodness You’re Here!』をリリース。イギリスの公共メディアBBCなどで取り上げられただけでも感慨深いのに、PlayStation 5やNintendo Switchなどで全世界配信され、日本語バージョンも発売されました。
イギリスのローカルなユーモアやジョークを詰め込んだ自分たちの作品が言語や国を超えて届いていることに、素直に嬉しい気持ちと「本当に伝わっているのかな」といういまだに信じられない気持ちの両方を感じています。
イギリス北部の“バーンズワース”という町を舞台としたコメディアドベンチャー『Thank Goodness You’re Here!』
「自分に優しくする」ことがいい作品につながる。ロンドン在住・ゲームクリエイターの働き方
ロンドン・地下鉄での朝の通勤の様子
いまの仕事では、朝起きたらオフィスに出社。午前中は、アメリカのパブリッシャー(販売や流通を行う運営元・プラットフォーム)からのSlackに返事をするなど、管理・事務作業を片付ける時間。時差があるからこの時間にやらないと。それが終わったら同僚とランチ。大体フルイングリッシュ(ブレックファスト)を食べることが多いかな。午後はゲーム開発に集中することが多いです。
手を動かせば終わる仕事ではないので、仕事とプライベートを完全に切り離すことは難しいです。比較的自由な働き方だからこそ、「定時」という考えもあまりないですね。かなり遅くまで働くことがほとんどで、プロジェクトの初期は夜10時まで働いていました。さすがに疲れ果てて燃え尽きてしまうので、最近では「今日はもう無理だな」と思った日は、8時くらいに仕事を終えて、翌日に取り組みます。
気づけばワーカホリックな働き方になりがちですが、「適度に頑張りすぎず自分に優しくすること」の大切さはアムステルダムでの経験から学びました。十分な時間をかけて継続的に取り組むこと。その積み重ねの先に良い作品があるはず。
ロンドン市内の街並み
とはいえ、いつだって頭の片隅にあるのは、ゲームをより良くするアイデアや次作の構想、描きたい絵のこと。頭から離れないものこそがベストなアイデアだと思っているので、辛くはないかな。そう思えるアイデアそのものが、プロジェクトの優先順位や、やりたいことを決める上での指針になっています。
パソコンとWi-Fiがあればどこでもできる仕事だけど、ロンドンにいることのメリットは大きいです。同業のクリエイターに会える機会も多いし、そこから生まれる会話もたくさんあるから。先日も同じ業界の人と会う機会があってご飯を一緒にしました。志が同じ人が近くにいることで刺激にもなるじゃないですか。
地元が悪いとはいわないけど、機会も少ないから、僕にとってはモチベーションを保つのが難しいとも思います。やりたいことがある人はより良い環境を求めて大きい街に出ていく。これはイギリスでも変わらなくて、僕もそのうちのひとりでした。
息抜きは、美味しいご飯と熱いお風呂、新鮮な空気を吸いにいくこと。週末は音楽を演奏したり、飲みに行ったり、展示会に行ったりしますね。ロンドンで最も標高が高い場所であるハムステッド・ヒース公園や、海辺のブライトン、ドーバーに新鮮な空気を吸いにもいけます。ただ、やはりロンドンは騒音がすごいので、自然が豊かな地元のほうが自分には向いてるのかもしれないです。結局、となりの芝はずっと青いままなのかも。
ハムステッド・ヒース公園(写真提供:ジェームス・カーバト)
「何者かにならなくちゃ」。地元→アムステルダム→ロンドンへ
ここまでに至るキャリアを振り返ると、そう簡単ではなかったと思います。ロンドンから電車で2時間弱ほど離れた小さな街・バーンズリーに生まれ、近くの街の大学に進学。ロンドンに住んだこともなかったし、在学中は実家から通っていました。大学ではグラフィックデザインを専攻したけど、デザインしたものを制作する楽しさを見いだせなくて、あまり好きにはなれなかった。
退屈な授業中、ノートの端っこになんとなく描いてた落書きは好きだったけど、暇つぶしで描く落書きがまさか仕事になるなんて当時は検討もつかなくて。得意な落書きと仕事としてのグラフィックデザインの間のなにかを仕事にできればいいなと思っていたけど、具体的な術を知らなかった。だから、グラフィックデザインを勉強しているからにはロゴデザインのようなことを仕事にするんだろうなと思ってました。
でも、大きな都市に住んだこともなかったから仕事に繋がる知り合いも少なかったので、大学卒業後は、実家に住みながら地元のパブでとりあえず1年くらい働きました。
転機は、アムステルダムのアニメーション会社で働く、地元の友達からの連絡。「自分の可能性をまったく生かせていない」。そんなモヤモヤした日々を過ごしていたタイミングで、その会社を一度見にこないかと誘われたんです。環境が変わる不安はあったけど、やっと人生が前に進みはじめた。そんな感覚がありました。
アムステルダムの街並み
現地では、仕事に慣れながら、アニメーション業界の仕組みを学ぶ日々でした。当時を振り返ると、せっかくのチャンスを無駄にはしたくないから「何者かにならなくては」と過度なプレッシャーを自分や周囲の人にかけてたような気もします。会社でも個人でも受けた依頼はほとんど断ることはなくて、常に複数の仕事を同時進行していて余裕がなかった。健全な状況じゃなかったですね。
もしアムステルダムにいた頃の自分にアドバイスをするなら、「仕事は一生懸命頑張れ、でも落ち着け」と言ってあげたい。そのアムステルダムのアニメーション会社で2年ほど働いた後、イギリスがEUを離脱。それをきっかけにビザの関係でイギリスに帰国することになりました。
けれど、友人と立ち上げたクリエイティブスタジオでのプロジェクトはすでに動いていたので、ロンドンでゲーム制作の仕事を継続することにしたんです。
ロンドン・パディントン駅
ゲーム開発って実際にどうなの?
ゲーム開発には、もちろん大変なこともたくさんあります。ひとつのゲームを作るには、音楽やテスティング、バグの修正、フィードバックを各セクションに返したり……とアニメーション作業以外にもやることが本当に多いんです。
特に『Thank Goodness You’re Here!』はいままで一番大きなプロジェクトだったので、慣れないことや予想外のことも多かった。あらかじめわかっているタスク量でさえ、膨大で気が滅入りそうなのに、作業を進めるにつれ新たなタスクも発生する。「まだこんなにやらなきゃいけないのか」「これもかよ……」みたいなことの繰り返しで(笑)。
僕らのゲームは50以上のキャラクターが登場し、アニメーションが重要な要素です。同じキャラクターを使い回したくないから、一つひとつイチから描く。すると、作業量は膨大になります。アニメーターを雇うこともできるけど、マネージメントという新たな仕事が増える。そのバランスは本当に難しいです。
初期作である『The Good Time Garden』。花から生まれた小さなピンクの生き物の物語を「水を撒く」「ひっぱたく」「物をもつ」の3つのアクションを使って物たどる、独特な世界観をもったゲーム
社会的な状況の変化による難しさも出てきています。新型コロナウイルスの影響で家のなかで過ごす時間が増えた結果、ゲームやアニメ、映画の需要の急増によってイギリスの各業界ではこぞって出資が増え、業界の規模が拡大しました。けれど、状況の安定化にともなって需要は激減。 いまはその皺寄せが雇用にきていて、至るところでレイオフ(解雇)が発生して問題になっています。
30〜40年前は政府からアートを行うための助成金がたくさんあったけれど、いまはそうしたものもほとんどありません。裕福な家庭出身でない限り、実験的なことをする余裕がないので、若い人々はかなり厳しい状況にあるのが現実です。
“頭のなかのアイデア”が、かたちになる瞬間
働き方は不規則だし、社会の状況に左右されやすい。そんな業界だけど、やっぱりモノづくりの喜びに勝るものはありません。最終的にゲームがかたちになったときの達成感は、何にも代えがたいです。自分たちの頭の中にしかなかったものが、たくさんの人の手を借りて実現していく。
例えば、声優にキャラクターを演じてもらい、自分が書いたセリフが「声」になったとき。僕と共同製作者しか知らない空想のアイデアが、声優が声を吹き込んだ瞬間、本物の“キャラクター”になるんです。あのときの感動はいまでも忘れられませんし、「頑張ってよかった」と報われた瞬間でした。
すべては、10代の高校生の頃にアニメーションのミュージックビデオやイギリスのコメディに熱中したことがきっかけでした。それから常に「いつかは自分も関わるんだろうな」という感覚が漠然とあった。
開発に携わるようになってからも、僕のゲームはコメディが非常に重要な要素なのですが、「実際におもしろいのか」をテストする方法はゲームにはないので、「プレイヤーは絶対に自分の部屋でニヤニヤしながらプレイしているはず」という、根拠のない自信を信じるしかありませんでした。そんな日々を思えば、ある意味、夢が叶ったともいえるのかもしれません。
ただ、実際にゲームとアニメーションに取り組む毎日はとても充実しているけど、一度夢を叶えたからといって、ずっとその幸せが続くわけではありません。だからこそ、新しいことにワクワクする気持ちが大切なんだって感じています。その時々で物事の重要さも変わるはずだから。何かを手に入れることよりも、その過程で感じるワクワクが一番大事だと思うからこそ、これからも新しいことに挑戦し続けていきたい。そう思っています。
イラスト:moka(Instagram)
編集:和田拓也
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この記事を書いたライター
メインジャンルは音楽。「Promoting local artists to the global music scene」を掲げるライター / エディター。