ママ・パパの同人活動を応援! 子育て中のママが立ち上げたのは「同人イベントのための託児」

四辻さん

同じ趣味を持つサークルや個人がマンガ、イラスト、小説などを制作・発行したり、イベントで作品を売買したりする同人活動。東京ビッグサイトで開催される世界最大の同人誌即売会コミックマーケット(コミケ)の来場者数は3日間でのべ55万人あまり*1と、同人活動にまつわるイベントは日本を代表するカルチャーとして確固たる地位を築いています。

こうしたイベントに参加する子育て中のママ・パパを応援しようと、イベントに合わせた日時に、イベント会場からアクセスのよい場所でプロの保育スタッフによる託児サービスを行う「にじいろポッケ」を立ち上げたのが、ライターとして働きながら、自身も同人活動に勤しむ四辻さつきさん。

同人イベントのための託児「にじいろポッケ」を手掛けるまでのいきさつ、「仕事」「母親」としてだけでなく、「趣味」に生きる女性としての想いなどについて聞きました。

妊娠中に出会った深夜アニメが、「にじいろポッケ」のきっかけに

四辻さんご自身、同人活動をされているそうですね。「にじいろポッケ」の話を伺う前に、同人活動にはまったきっかけから教えていただけますか?

四辻さつきさん(以下、四辻) もともと子どもの頃からマンガやアニメは好きで、中高生時代には自分でマンガを描いたり小説を執筆したりすることもありました。ただ、大学進学以降はめっきり遠ざかっていたんです。

転機は2015年で、上の子が2歳で、2人目を妊娠中のとき。イヤイヤ期に差しかかる上の子の世話をしながら、妊娠中で体調も悪い、夫も転職したばかりで忙しい、さらにはお互いの両親も離れていて……と、いわゆる孤独の「子(孤)育て」に追い込まれていました。

そんなある日、当時放送されていたある深夜アニメを見て、夢中になって。とにかく、すごくストレス発散になったんですよね。それから他の人が手がけた二次創作(原作をもとにした創作物)を読み漁るようになって、私も同じように創りたいなと思うようになりました。それがきっかけです。

それからすぐに同人活動を再開されたのでしょうか?

四辻 そうですね。私は小説執筆をメインに活動しているんですけど、pixiv*2に作品をアップしたり、Twitterで同じ作品が好きな人たちと交流したりするようになりました。当初はオンライン上で同人活動をしていたのですが、やはり醍醐味(だいごみ)はイベントなんです。

イベントで自分の作品を読んでくれている人から手紙をもらったり、逆に自分も直接感想を伝えに行ったり、お菓子を差し入れたり……。作品を発表するだけだったらオンラインの交流だけで十分かもしれませんが、自分が好きな世界を好きな人たちとリアルな交流を通して共有し合い、コミュニティができるのが楽しくて仕方ないんですよね。ただ、子どもが2人いる状況でイベントへ参加するというのは、なかなかハードルが高いなって……。

四辻さん

確かに、かなりのパワーが必要ですね……。

四辻 同人イベントに自分のスペース*3を出そうと思ったら、朝8時には会場に入って、17時頃までかかることもあります。私の場合は幸いにして、一人は親、もう一人は夫に預けて参加することができていましたが、それが難しい人もいる。子どもがいてもイベントに参加したいママ・パパ向けに、託児サービスがあったらいいのにな……と。

その気づきが、「にじいろポッケ」を始めるきっかけに?

四辻 そうですね。Twitterにも「子どもを預けるところがなくて困っている」というつぶやきが割とあって、一度アンケートをとってみたんです。そうしたら、「ある程度お金を出してでも預けたい」という声がたくさん集まりました。じゃあ私が始めてみようかなと。

その行動力がすごいです!

四辻 前職で飛び込み営業とかをしていたので、行動することの大切さは身に染みていますし、その辺りの度胸はあるかもしれないです。この活動について問題がないか保険局に問い合わせるといったことが抵抗なくできたのも、前職のおかげかもしれないです。

預けられた子どもも楽しい時間を過ごせるように工夫

にじいろ

「にじいろポッケ」Webサイト

同人イベントのための託児 にじいろポッケ

ちなみに、「にじいろポッケ」という名前には、どんな意味が込められているのでしょうか?

四辻 最初は、オタクと託児をかけて「OTAKUJI(おたくじ)」にしようかと思っていたんです。でも、オタクって自分で言うのはいいけど、他人に言われると複雑に感じる人もいるだろうなって(苦笑)。

いろいろ真剣に考えた結果、「いろんなカラーの趣味があっていいんだよ」という想いも伝えたくて「虹色」に「二次創作」の「二次」をかけて「にじいろ」、あと「ポッケ」は「ポケットみたいに持ち運びができる移動式の託児所」ということで、この2つを組み合わせて名付けました。ただ、実際にサービスをスタートするまでは大変でした。

特に、何が大変でしたか?

四辻 一番苦労したのは、場所の確保です。最初はイベントがよく開催される東京ビッグサイト(東京国際展示場)の会議室はどうだろうと思ったんですけど、イベントの日は予約競争率が高くてまず難しいことが分かって。次に周辺施設で探してみたのですが、企業のオフィス利用があるビルだと子どもがうるさいと迷惑になってしまうからと託児利用に前向きになってもらえず……。民間の保育施設や公民館も、たとえ空きがあったとしてもいろいろと問題があるようで無理でした。

なかなか難しいものなのですね。

四辻 最終的に、個人的につながりがあったお台場にあるダンススタジオを運営している人に相談し、貸してもらえることになりました。いまは、勝どきにある学童施設を利用させてもらっています。この施設も私の知人が運営に携わっていたのですが、「日曜祝日は休みなので逆に活用してくれてありがとうございます」とおっしゃっていただき、快く貸してくださって。イベントは土日祝日に開催されることが多いので、お互いの希望が合致した形になったのはよかったです。

保育士はどうやって見つけられたのですか?

四辻 最初はつてがなかったので、イベント時に特化して保育スタッフを派遣している会社に依頼しました。ただ、法人向けの価格設定になっていたので費用がすごく高くなってしまって。託児料金についてはサービス利用者で割り勘にしようと考えていたので、コストを下げないと託児サービスを使いたくても使えなくなってしまいます。そんなとき、たまたま少人数制の家庭的保育を専門にする「チャイルドマインダー*4」という民間資格を持って個人事業主で仕事を請け負っている方たちの存在を知りました。

皆さんフリーランスなので企業マージンが入らないということもあって、保育の質を保ちながらコストを抑えることができました。それからチャイルドマインダーさん同士のつながりで紹介していただき、いまでは子どもの数や施設のキャパシティに応じて手配しています。

託児中の様子

「にじいろポッケ」託児中の様子(写真提供:にじいろポッケ)

その他にサービスの中身で、こだわっていることはありますか?

四辻 「子どもたちが楽しく過ごせるかどうか」には、こだわりたいと思っています。というのも、預けることに罪悪感がある親御さんもいっぱいいるんですよね。「仕事のためなら仕方ないって割り切れるけど、自分が楽しんでいる間に、子どもに寂しい思いをさせたらかわいそう」と。そこをケアできるように工夫しています。

たとえば、私たちの活動を知ってくださった方の中にプラレールを集めている人がいて、「楽しい託児所にしましょう」と託児用にプラレールを貸していただいています。おかげさまで、子どもたちもすごく楽しんでくれています。プラレール以外にもおもちゃをたくさん用意しているので、「1日楽しく過ごせるから、子どもからも『連れていって』と言われます」という声もいただきます。

赤字が続くも、クラウドファンディングで目標額の3倍を調達

子どもにも楽しい時間を過ごしてほしいという親御さんの気持ち、そして託児の当事者である子どもの気持ちもしっかり考えていらっしゃるんですね。ちなみに、直球で恐れ入りますが、「にじいろポッケ」として利益は出ているんでしょうか?

四辻 正直なところ、私の人件費まで含めると完全な赤字ですね。そこで、今後も継続していくために2017年10月に、クラウドファンディングを実施したんです。目標額は100万円。最低でもあと1年続けられる額ということで設定しましたが、結果的には目標を大幅に上回る300万円が集まりました。

目標の3倍!どのような方が応援を?

四辻 大きく分けると「これから使うかもしれないから(ママ・パパ予備軍)」「自分の子育て期にこういうサービスがあったら良かった(先輩ママ・先輩パパ)」「独身で子どもはいないけど応援したい(サポーター)」という3パターンの方がいらっしゃいました。おかげさまで、今では月1回くらいのペースで、来場者が数万人規模のイベント開催に合わせてサービスを提供できています。1回のイベントにつき、預かるお子さんは14~15人程度ですね。

それはすごい。親御さんは本当に大助かりですね。

四辻 コミケに代表されるような数十万人規模の大きなイベントは年に数回ですが、数万人規模のイベントまで入れると、毎月のようにどこかで開催されています。いずれのイベントでも、どこにも子どもを預けられなくて困っている、という方はいらっしゃるはずなんです。規模にかかわらず、ニーズがあるところにはどんどん展開していきたいと思っています。今年(2018年)から大阪でも始める予定です。

それだけ求めている人が多かったのですね。でも、2015年に深夜アニメとの出会いがなければ、いまの四辻さんも「にじいろポッケ」もなかったんですよね。

四辻 確かに(笑)。私自身「にじいろポッケ」がこんなに大事な存在になると思っていなかったので、人生何があるか分かりませんね。それに何より、自分の好きな同人活動の仲間の役に立てることって、すごい嬉しいことだなと思っているんです。

四辻さん

「にじいろポッケ」を"私にしかできないこと"にしたくない

にじいろポッケの活動、本業のライター、同人活動、そして母親と、やることが満載だと思うのですが、どのようにバランスを取っていらっしゃるのでしょうか?

四辻 うーん、家事をどうやって省エネ化するかはいつも考えていますね。ルンバとか食洗機を導入してみたり、炒めるだけ的な料理キットをフル活用してみたり。私はそもそも家事が得意ではないですし、あれもこれもやらなきゃいけないっていうよりは、ママでも好きなことをして楽しい時間を過ごせたらなって思っています。

それが四辻さんらしさなのですね。

四辻 あと、"なくてはならないもの"は、"誰でもできる"ものでないといけないんじゃないかなって感じていて。そういう意味では、「にじいろポッケ」は利用者の皆さんから感謝してもらえているし、ずっと続けていくべき事業だと思っているので、私がある程度ベースを作って、もっと仕組み化し、私以外の誰にでもできるようなものにしていきたいです。

これから、ますます広まっていきそうですね。

四辻 そうですね。それもこれも寛容になってきた今の時代だからこそ成り立っているのかなとも思っています。例えば少し前までは、「母親は育児に専念すべし」という風潮だったと思いますが、最近はそうじゃなくってママも息抜きの時間も大事だよって言ってくれる先輩ママたちが増えてきた。なので、私はそのバトンをつなぐべく、ママたちが自分らしく、大好きなこともできるように、「にじいろポッケ」を育んでいきたいと思っています。

取材・文/末吉陽子(やじろべえ)

お話を伺った方:四辻さつきさん(「にじいろポッケ」主催)

にじいろポッケ

昭和生まれの二児の母。中学生の頃の某新世紀アニメをきっかけに、中・高と同人をたしなむ。その後、進学・就職・結婚としばらく同人から離れていたが、第一子のイヤイヤ期と第二子の妊娠が重なり、某深夜アニメでストレスを解消しているうちにどっぷりハマる。その勢いで同人活動を開始。第二子出産後、子どもが増えて託児の難易度が上がったことから、イベントのための託児があればいいのに……と考え、ないなら作ってみよう! と思い立つ。現在、1歳と4歳の男児の子育てに奮闘中。
Twitter: @nijiiropokke
Web:同人イベントのための託児 にじいろポッケ

次回の更新は、2018年4月11日(水)の予定です。

編集/はてな編集部

*1:2017年12月29日〜31日に開催された「コミックマーケット93」の来場者数

*2:利用者が自由にオリジナル作品や二次創作作品を投稿・閲覧できるイラストコミュニケーションサービス

*3:自分の作った同人誌 などを持ち込んで頒布するための場所

*4:イギリス発祥の家庭的保育の専門職。日本では民間資格だがイギリスでは国家職業基準資格として認められている。にじいろポッケではNCMA,Japanが認定するチャイルドマインダーに依頼している