共働きの家事育児をめぐるモヤモヤは、討論ではなく“対話”で解決する。パートナーシップの専門家に聞く「すごい対話術」


「共働きだけど、家事育児の負担が自分に偏っていて、両立がしんどい」
「とはいえ、相手の方が稼いでるし仕方ないか……」

共働き世帯において、家事や育児をパートナーと協力し合うことは大切。しかし、家庭内の負担に不満をいだきながらも、言葉にせず飲み込んで“なかったこと”にしてしまうことも少なくないのではないでしょうか。

パートナーシップにまつわる事業を展開する、株式会社すきだよ代表のあつたゆかさんが上梓した『仕事も家庭もうまくいく!共働きのすごい対話術』は、そんな共働き夫婦の悩みに寄り添う対話のノウハウが満載の一冊です。

社会の中で培ってきた固定観念に縛られず、自分たちらしいパートナーシップを築いていくためには、どんな「対話」が必要なのか。共働き夫婦がチームとして家庭を健全に“共同経営”していくための“スキル”を提唱しているあつたさんに、仕事と育児の両立、パートナーとの関係性の壁を乗り越える「対話」のスキルを教わりました。

※取材はリモートで実施しました

対話で、夫婦間の「価値観の違い」を乗り越える

2018年に投稿したツイートが、パートナーシップを支援する事業の展開に結びついたとのことですが、どんな背景があったのでしょう?

あつたゆかさん(以下、あつた) のろけのような感覚でつぶやいたんですが、12万件を超える「いいね」があって。「目から鱗、そう考えればいいのか」など“有益だった”というコメントをたくさんいただきました。

パートナーとの関係性に悩んでいる人が多いんだなと思うと同時に、うまくいっている人たちのノウハウはブラックボックスなんだな、と。夫婦間の不満や愚痴のエピソードはあふれているけど、お互いの違いを受け入れ、分かり合えない中でどう向き合っていくかを学ぶ機会は少ない。私自身の経験だけじゃなく、さまざまな人たちの事例、学術的な知見も含めて発信したいと、アプリ開発やコミュニティ運営など、パートナーシップの課題を解決する事業を始めました。

家庭内のパートナーシップの課題解決に取り組むことは、DVや虐待、少子化やジェンダーギャップなど、あらゆる社会問題の解決にもつながると思っています。

株式会社すきだよ 公式サイト
あつたさんが経営する株式会社すきだよでは、対話をベースとしたパートナーシップのあり方を支援するためのアプリ開発やコミュニティ運営を行なっている

ツイート以前から、もともとパートナーシップに興味関心があったのですか?

あつた 大学で異文化コミュニケーションの研究をしていて、事業もその延長線上にあるんです。夫婦のパートナーシップも、価値観や文化が異なるふたりが一緒にいるためのコミュニケーションが鍵になります。

「価値観が同じ」だと思って付き合い始めても、結婚生活では、引っ越し、家事育児、転職や独立など、さまざまな共同プロジェクトや変化があり、「価値観の違い」を目の当たりにすることがありますよね。

価値観のズレや困難に直面したときに、ともに乗り越えて、家族としていいチームになれるかどうかは「対話」にかかっている。愛情よりも、対話のスキルがあるかどうかで、夫婦の未来は変わってくる、と考えています。

価値観は違って当たり前。現状と理想のすり合わせが対話の出発点

具体的に、子どもがいる共働き夫婦において、どちらかが「自分にばかり家事育児の負担が偏っている」と感じている場合、対話においてどんな解決策が考えられますか?

あつた よくあるのは、お互いが怒りに近い感情をぶつけて、対立してしまうパターンですよね。妻が「なんで私ばっかり家事育児をやっているの? 私も働いているのよ、もっとやってよ!」と責め、夫が「オレの方が稼いでるし、残業して疲れてるんだ」と返し、現状は変わらないまま平行線に。

仕事と育児の両立にくじけそうでモヤモヤ……。『仕事も家庭もうまくいく! 共働きのすごい対話術』より
育児の分担をめぐって対立してしまうのは、共働き家庭でよくあるケース。(『仕事も家庭もうまくいく! 共働きのすごい対話術』より)

「普通は◯◯するのが当たり前でしょ?」「もっとやってよ!」などの言い合いは、対話ではありません。対話をしているようで、自分の要望を押し付ける「命令」になってしまっていたり、お互いの正しさをぶつけ合う「討論」になってしまっているケースがあります。夫婦といえど「価値観が違う他者である」という前提に立って、どうしてそう思ったのか、どういう背景があるのかをお互いにすり合わせていくことが「対話」なんですね

討論と対話の違い(『仕事も家庭もうまくいく! 共働きのすごい対話術』より)
『仕事も家庭もうまくいく! 共働きのすごい対話術』より

うわあ、命令も討論もやりがちです……。対話は、どう進めていったらいいんでしょう?

あつた 子どもがいる共働き夫婦で「自分にばかり家事育児の負担が偏っている」と感じている場合、話し合う内容は3つあると思っていて。一つ目は、そもそもどんな親でありたいか、どんな夫婦でありたいか、共通のゴールのすり合わせです。話し合いの先にどんな未来があるのか、共通認識がないと、何のためにやるのか分からなくなってしまいますよね。

例えば「先週子どもの前で、家事分担で揉めて大声を出しちゃったよね。家事を誰がやるかで喧嘩をしている姿より、協力し合っている姿を子どもに見せたいし、そういう親でありたいと思うんだけど、あなたはどう思う?」と伝えてみるのはどうでしょう。

一方的に押し付けないで、まずは自分たちがどうありたいか、目線をすり合わせていく。

あつた 次のフェーズが、それぞれがどうしたいか、お互いが大事にしたいことを共有すること。例えば「仕事と家庭のバランスはどれくらいが理想だと思う?」という問いを投げてみる。その中で、「昇進試験を控えている今は仕事を頑張りたいけど、落ち着いたらもっと家事ができる」とか、「今は子育てがメインだけど、いずれは資格の勉強をしてキャリアアップしたい」とか、お互いの現状と理想を確かめていけるはずです。

個人としてどういう状況にあって、この先どうありたいか、お互いへの理解を深める。

あつた 多くの人が「家事分担をもっとこうするべきだ」という話から始めてしまうのですが、家事は暮らしの手段でしかないですよね。家事分担を物理的にどう運用するかは「葉っぱ」の部分で、その前に「どんな夫婦・家庭でありたいか」「人生で何を大切にしたいか」というもっと根本的な「木の幹」から話し合ってみてほしいんです

<POINT>「家事・育児の分担」について話し合うためのステップ
①自分たちがどうありたいか、共通のゴールを確認する
②お互いが大事にしたいことを伝え合う
③上記を達成するための具体的な家事分担を話し合う

パートナーと建設的な対話をするために、自分を満たし、自分を知る

とはいえ慌ただしい日常生活の中で、「木の幹」であるお互いの価値観からじっくり話し合うのはハードルが高いと感じます。話し合う環境や時間はどうやって確保していけばいいんでしょう?

あつた やっちゃいけないのは、相手に話し合いを強制すること。疲れていたり心身に余裕がないときに、無理に対話をしても建設的な方向には進みません。「いつなら大丈夫そう?」と、仕事が落ち着くタイミングやホルモンバランスの周期など、まずはお互いのコンデションを確かめる。その上で自分たちに合うシチュエーションを探ってみてください。

話しやすい環境は本当に人それぞれで、子どもが眠った夜にソファに並んでとか、お酒を飲みながらとか。その場で向き合って話さなくても、GoogleスプレッドシートやLINE、Slackなどオンラインツールを活用してもいいと思います。

それで言うと、我が家はドライブに出かけたときが一番話しやすい気がします。

あつた いいですね! であれば、日常生活の中で無理に話し合いをしようとせず、ドライブに行ったときに持ち越してもいいと思います。何が何でも話し合いで解決しようと思わなくてもいいし、話し始めた途中で険悪になってきたら、一旦やめてもいい。アイスを食べて気分転換をしてから再開するとか。怒りの感情をぶつけてしまうときは、相手と向き合うときではなく、自分をケアするときなのかもしれません。

『仕事も家庭もうまくいく! 共働きのすごい対話術』

『仕事も家庭もうまくいく! 共働きのすごい対話術』

ともに働き、家庭を営む時代。 パートナーと協力し合い、最高のチームになるためのカギとなる「対話のしかた」を、複数の事例を交えて紹介した1冊。

ご著書の中で、「戦略的ご自愛」や「自分との対話」に触れられているのも印象的でした。

あつた つい相手に当たっちゃうのは、がんばり過ぎていて、余裕がないからなんですよね。家族のためにも、疲れているときはしっかり休んで、戦略的にご自愛する。忙しいときや生理前など、ストレスを感じやすいときは、「今日はやさしくできないかも」と相手に事前申告しておくのもおすすめです。

相手に気持ちを伝えるには、自分の気持ちを知ることが大前提。相手と対話をする前に、自分との対話が必要なんですね。モヤモヤを言語化するには、ひとりで内省して紙に書き出したり、友だちに話してみたり、場合によってはカウンセラーなど利害関係のない第三者に頼るのもいいと思います。

<POINT>話し合う環境を作るために
・コンディションが悪いときに無理に話し合おうとしない
・自分たちが話しやすい環境、ツールを見極める
・「戦略的ご自愛」で自分の気持ちに余裕を持たせる
・パートナーと対話をする前に、第三者に話してみるのも◎

ふたりの良好な関係性と自分の幸せのために「対話」を重ねていく

ビジネスの相手であれば冷静かつ論理的な対話ができても、長く一緒にいるパートナーに対しては、つい感情的に責めてしまったり、逆に言いたいことを言えなかったりするんですよね……。

あつた パートナー間で不満があるとき、「夫VS妻」の対立構造になってしまいがちなんですが、どちらに責任があるかを追求せず、「あなたも私も、誰も悪くない」という無責の考え方で、「夫婦VS問題」と捉えてほしいんです。例えばパートナーが本来担当すべき家事をやっていなかったとして、でもそれは体調が悪いのかもしれないし、仕事が繁忙期なのかもしれないし、事情は聞いてみないと分かりません。人ではなく、家庭内の仕組みを改善して、課題を解決していくこともできるはずです。

言いたいことが言えないときは、過去にトラウマがあるとか、嫌われるのが怖いとか、自分との対話で理由を探りつつ、無理に言う必要はないと思います。相手を傷つけないために、あるいは自分を守るために言わないことも選択のひとつ。

家事育児の負担を相手に伝えられない理由として、「自分の方が業務(仕事)時間/収入が少ないから」という声も多いように感じます。

あつた 仕事量や収入に差があることは、家庭内の家事育児の負担を押し付けていい理由にはならないので、不満があるなら、我慢せず対話で解決する方法を探ってみた方がいいんじゃないかなと思います。共働きで必ずしも家事育児の分担が5:5になることがベストではなくて、7:3でも感謝の言葉があればいいとか、お互いが納得するそれぞれのベターがあるはずなので。

半々にするのが正解ではなく、お互いにとって納得のいく形を探っていくと。

あつた 負担の差の話でいうと、例えば我が家は私の方が課題と改善策の提案をする機会が多いけど、ふたりの良好な関係性をもって自分が幸せであるために必要なことだと思っているので、不平等だとは感じていないんです。

でも、それはあくまでも私の場合。もし「家事分担について改善策や話し合いの場を提案するのが自分ばかり」と不満や負担を感じているようであれば、自分はどうしたいのか、相手はそれについてどう感じているのか、話し合った方が良いと思います。

対話を重ねて、必ずしも一つの答えを導き出す必要はなくって。答えは一つじゃなく、相手と自分の異なる意見を共存させてどっちも選ぶことができるかもしれないし、「一旦保留」という選択肢もあります

対話はあくまで手段であって、目的ではないですもんね。

あつた そうですそうです。目的は、良好なパートナーシップを築いて、お互いに幸せになること。とはいえ、対話が活きるのは、お互いが対等な関係にある場合です。抑圧的な関係性や、どちらかが我慢したり、関係性の構築を諦めたりしている場合、対話は有効ではありません。専門機関に相談したり、離婚や別居など離れる選択肢も視野に入れてみることが大切です。

「夫婦仲を修復すべき」にこだわらなくてもいいんですね。

あつた 社会の中で思い込まされてきた「こうすべき」にとらわれてしまうケースもよくあるけれど、社会の常識や誰かと比較するんじゃなくて、大事なのは自分たちがどうしたいか。自分も相手も、状況や気持ちは常に変わっていきます。対話を通じて、変わることを許容しながら、共有し続けていく必要があるんですね。

対話は地道で、一朝一夕にはできません。自分たちらしいパートナーシップ、お互いが望むライフとキャリアを実現するために、長い目で自分と、パートナーとの「対話」のトライアンドエラーを繰り返すことが大切なんじゃないかなと思います。

<POINT>良好な関係性&自分の幸せのために心がけたいこと
・「私/あなたが悪い」ではなく「どちらも悪くない」と考える
・「一つの答えを導き出すこと」がゴールではない
・「パートナーシップを解消する」も選択肢のひとつ

取材・執筆:徳瑠里香
編集:はてな編集部
写真提供:あつたゆか

家事育児の負担や不満を抱いたら

https://www.e-aidem.com/ch/listen/entry/2021/07/28/103000
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お話を伺った方:あつたゆかさん

あつたゆか

株式会社すきだよ代表取締役。「誰もが大切な人とずっと幸せでいられる社会をつくる」をビジョンに、家族・パートナーシップに関する社会課題を解決し、ふたりらしい生き方を支援する。8万人以上の夫婦・カップルが利用する対話ツール「ふたり会議」や、パートナーシップを学ぶコミュニティ型スクール「ふたりの教室」を運営するなどの活動を行なっている。企業や自治体向けに、共働きでのキャリア形成・夫婦間のコミュニケーション講座・ライフプラン研修も提供している。TBS・フジテレビ・ABEMAほか、日経ウーマン・日経新聞など多数のメディアで紹介され注目されている。
https://sukidayo.co.jp/
Twitter:@yuka_atsuta