テキストレーターのはらだ有彩さんは、著書『日本のヤバい女の子』シリーズにて、「おかめ」や「織姫」など昔話に登場する女性たちを「私たちと変わらない一人の女の子」として読み解いていくことで、現代の「当たり前」を捉え直していきます。
今回、はらださんには歴史を知ることがご自身にとってどういった意味を持つのかということを中心に、具体的に昔話を調べる方法や、実際に理不尽な出来事に出会ったときの「抵抗」についてお話しいただきました。今、目の前の「常識」に息苦しさを覚えている人は、歴史に目を向けてみるのはいかがでしょうか。
※取材はリモートで実施しました
「昔はもっとヤバかったんじゃないの?」と昔話に興味を持った
はらだ有彩さん(以下、はらだ) 直接的なきっかけは、新卒で入社した広告代理店での出来事でした。朝の7時に出社して、終電までに帰れるかどうか……というくらい忙しくて、毎日泥のように働いていたのですが、あるとき急にクライアントに「ホテルの部屋に来ないか」と誘われて。
はらだ 私としては「えっ! 泥みたいになって働いているのに、いきなり女を求めるの!?」と混乱してしまったんですけど。でも、その後も「媚びを売って契約を取ったんじゃないの?」とか、男性の先輩から突然「今日の夜、俺の部屋に来ないとプレゼンを手伝わない」とか言われたり。しかも、そのことに対して疑問に思っている人も周囲には少ない、みたいな。それで「現代でこれなんだから、昔はもっとヤバかったんじゃないの!?」と、昔話に出てくる女の子について調べるようになりました。
はらだ はい。だから、学生時代から昔話が好きだったわけではないんです。古典の授業なんて、ほとんど寝ていて覚えていないし(笑)。ただ、実家が1856年創業のおせんべい屋で、古いものが伝わったり、逆になくなってしまったりするところを間近で見ながら育ったので、「古いもの」自体にはもともと興味があったかもしれません。
はらだ 大いなる意志が突如物語を生み出した、とかでない限り、物語の背後にはそれを生み出し、後世まで伝えてきた人間が必ずいるわけですよね。私は、そこの「人が何かを伝えていくときの思惑」にすごく興味があるんですよ。それは、「こうあるべき」という教訓めいたものであったり、「こうだったらいいのにな」という願望であったりさまざまだと思うんですけど、そこも含めて遡ると見えてくるものがあるのかな、と。
例えば、納豆などでも有名なおかめの昔話を例に挙げると、おかめの夫は大工なんですが、お寺を建設するときに設計ミスを犯してしまうんです。そこでおかめは機転の効いたアイディアで夫を助けるんですが、その後おかめは「夫が妻のアイディアで成功したということが知れたら、彼の名誉に関わるから」という理由で、自死してしまう。
はらだ でも、この伝説は今では「夫婦円満にまつわるいい話」として伝わっているんですよね。私はやっぱり「おかめ、本当に死ぬ必要あった?」と思ってしまうし、できることならおかめと話してみたかったとも感じる。
だから、『日本のヤバい女の子』では、昔話をただ鵜呑みにするのではなく、その背景にも思いを馳せて、現代の視点から紹介したんです。だから想像の部分も正直大きい(笑)。でも、そうやって自分に引き寄せることが、今の時代を彼女たちと一緒に考え直すことにつながるかもしれないと思うんです。
目の前の「モヤモヤ」から逆引きする
はらだ 基本的には逆引きなんです。まず最初に現在の悩み事や納得できないモヤモヤがあって、そこからヒントになるような物語を探していく。
はらだ はい。例えば、著作では「有明の別れ」など「女性と結婚した女性」の話をいくつか取り上げたんですが、これは女性の友人が「どうして好きな女の子と結婚できないんだろう?」と話していたことがきっかけなんです。きっと目の前にいる友人が抱えているモヤモヤと同じものを昔の女性も感じていて、それに関する話も残っているはずだと。
はらだ トヨタ自動車の問題解決のフレームワークとして知られる「なぜなぜ分析」じゃないですけど、モヤモヤに対してひたすら「なぜ?」「なぜ?」と突き詰めていくんです。例えば、仮に悪口として「ブス」と言われたときに、そもそも「なぜ、顔はかわいくないといけないんだろう」と考える。
すると、「女性の評価基準が外見に比重が置かれているから」「外見に比重が置かれているのは、若さに価値があるとされているから」「若さに価値があるとされているのは、かつて若い女性だけが妊娠、出産に適しているとされていたから」みたいにどんどん仮説が積み上がっていく。もちろんそれが間違っている可能性もあるのですが、ここまで来ると「妊娠」「出産」というキーワードがあるので、かなり調べやすいですよね。
はらだ そうですね。私の場合は友人と「なんでだろうね?」と喋っているうちに考えが深まっていきますし、一人で紙に書いているうちに思考が整理されるという方もいるかもしれません。
はらだ 基本的には、図書館でキーワードに近い全集を片っ端から読んでいったりとか(笑)。あとは地方自治体のホームページに「地域の民話コーナー」みたいなページがあったりするので、そういうところを見ることも多いです。
大変そうと思われるかもしれませんが、私のなかでは昔話を調べることは、たくさんの人が歩いているなかから、自分と話が合いそうな人を見つけて呼び止めるみたいな感覚で。だからけっこう楽しいんですよ。
歴史を知ることが自分なりの文脈をつくり出してくれる
はらだ 目の前のことに流されず、自分なりの文脈や理由をつくり出す一つの手段になるんじゃないかな、と思っています。最新刊の『百女百様 〜街で見かけた女性たち』でも少し触れたんですけど、例えば会社にミニスカートをはいていくと、「今日は何? デート?」とか、「なんか今日、セクシーだね」みたいに言われたりすることってありますよね。
はらだ でも、ミニスカートってそもそも新時代の象徴として出てきたものなんです。1960年代のロンドンで、それまで長いスカートをはかないといけないとされていた女性たちが自発的にスカートを短く切ったことに始まり、それが後にファッションとして取り入れられた。だから、単純に「足が出てるからエッチ」みたいな見方は現代特有のものですし、逆に「新しいことにチャレンジするぞ!」という気分のときにはいても全くおかしくないのかな、と。
歴史を知ることは、なんとなく「そうなっているから」ということに対して、そういう自分なりの文脈をつくる材料を提供してくれると思います。
はらだ はい。その場で「いや、歴史的にはこうだから」と言い返せなかったとしても、心のなかでそう思えるだけで楽になるというか。だから『日本のヤバい女の子』2冊目の副題には「静かなる抵抗」と付けたんですが、それは何か理不尽な出来事に出会ったとき、その怒りや抵抗の方法は一つじゃないよ、ということを伝えたかったんです。
例えば、佐賀県に伝説が残っている松浦佐用姫は、恋人との別れを悲しんで泣き続け、最終的にとうとう石になってしまうんです。別に彼女は暴れたり、人を殺したりはしていないけれど、石になってこの世に留まり続けることで「恋人と一緒にいられない世界」に対して静かに怒って、抵抗している、とも言える。
はらだ それと同じで、何か理不尽な出来事に遭遇したときは、「抵抗」の定義を広くするのが良いと思うんです。別に何かを言われたときに黙っていたからといって、それが相手を受け入れたことにはならない。松浦佐用姫みたいに「嫌だな」とジッと存在しているだけでも、ちょっとTwitterでつぶやくだけでも、それは一つの「抵抗」になるんじゃないかと思います。そうするとできることが増えるから。
いつの間にか「従ってしまっていた」にならないために
はらだ やはり、一つは「本当にそうなのか?」と問い続けることです。すごい呑気な例なんですけど、前に一度取材していただく際に編集者さんが同行してくださったんですよ。そうしたら、けっこうかっちりした場なのに、めちゃくちゃラフにビーサンをはいていて(笑)。
はらだ 最初は「ビーサン…ですか…?」とモヤモヤしたんですけど、いろいろと考えた結果、私はこの人にビーサンを脱がせられる確固たる理由が説明できないなと思って。もちろん、「普通は履きませんよね」と常識を盾にすれば言えるんですけど、それはしたくない。だから、「決まりだから」で済ませず、常に問い続けるということは意識しているかもしれません。
あともう一つは、自分のなかにルールをつくることです。例えば、私の今日のファッションテーマは「蛇の魔術師」なんですけど(笑)。仮に誰かに「今日はデート?」みたいに声をかけられても、こっちには「蛇」っていう確固たる軸があるからどうでもいいと思えるというか。外部の圧力やノリみたいなものから逃れるためには、自分のなかにルールや文脈をつくるのが良いんじゃないかと思うんです。
はらだ そう思います。そして、これらのことを意識するうえで有効な材料を与えてくれるのが、私にとっては歴史を知るということなんだろうと思います。もちろん、最初にお話しした通り、歴史には「思惑」も入っているはずで、全てに従う必要がないのは当然ですが、自分の基準で物事を考える材料として歴史を使ってみるというのも良いのではないでしょうか。
取材・文:芦屋こみね
編集:はてな編集部
最新刊『百女百様 〜街で見かけた女性たち』発売中
発売中 / 1,500円(+税) / 内外出版社刊
東京の道端で、大阪の喫茶店で、ハワイのエレベーターで、青島の海辺で、パリの地下鉄で……、
さまざまな場所で見かけた女性たちとその装いを、はらだ有彩が独特かつ繊細で美しい文章とイラストで描く。
さらに特別編には、漫画家でエッセイストの瀧波ユカリさん、
東京喫茶店研究所二代目所長の難波里奈さん、作家の王谷晶さん、タレントで文筆家の牧村朝子さんが登場。
さまざまな女性、一人ひとり違う装い、それぞれの美しさや良さに力づけられる一冊です。
お話を伺った方:はらだ有彩さん