「女性が働くこと」には1つの答えが存在しない――紫原明子さんのシフトチェンジ《後編》

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はたらく女性の深呼吸マガジン『りっすん』では、女性が普段の仕事や生活で感じるさまざまな思いをもっと誰かと気軽に話し合えるような土壌を整えていきたいと考えています。エッセイストの紫原(しはら)明子さんへの インタビュー前編 では、31歳での「初めての就職」や、自分を楽にする方法の模索について伺っています。

後編では、明子さんが個人ブログ「手の中で膨らむ」をきっかけに文筆業へと踏み出していったお話、「主婦業からキャリアを作る」ことへのヒントをお聞きしました。

ブログからエッセイストへ、そして書籍『家族無計画』へ

ブログを始めたのが2013年2月で、「初めてのエッセイの公開」「ブログでの離婚の発表」がほぼ同時期の2015年4月でした。寄稿のお仕事を始めたきっかけは?

ブログを読んだ方から、結婚生活をテーマにしたイベントへの登壇の依頼が来たんですね。そのイベントがきっかけで、最初の寄稿のお話をいただきました。

そして、ほぼ同時に、2つのメディアから依頼を受けて連載が始まりました。1つは女性がひとりで生きることをテーマにしているメディアで、もう1つは本になった「家族無計画」です。


ブログでは、明子さん流の育児・家庭運営法があると思えば、キャバクラ潜入記やセックスレスの話題も出てきたりして、ずいぶん振り幅が広いですよね。

狙って書くときと全然狙わないときがあります。「セックスレス解消焼肉」っていうテーマはかなり狙って書きました。ブロガーとして焼肉店に呼ばれてみたら、一緒に行った人がお肉を食べて恍惚とした表情をしていたので、これは卑猥な雰囲気の焼き肉の感想にした方が面白いなと思って。卑猥な言葉はひと言も入れてないけど、通して読むと……っていうレポートにしました(笑)。

【これはまさにセックスレス解消焼肉】主婦は焼肉矢澤で禁断の一線を越えたのか。 - 手の中で膨らむ

【これはまさにセックスレス解消焼肉】主婦は焼肉矢澤で禁断の一線を越えたのか。 - 手の中で膨らむ

キャバクラ体験記やセックスレスの話を書いてから、「笑い」よりも「本音」「気持ち」の部分を期待されていると実感するようになり、その期待に応えたいという気持ちが出てきました。

そこはやはり「面白いと言ってもらえるとうれしい」というのがポイントなのでしょうか。

はい、喜ばせたいという気持ちは強いです。文章を書くことはもともと好きだったんですが、子どもを産んでから自分を客観視できるようになったような気がしています。クールな振る舞いをしようとしても、「ちょっと笑っちゃうような自分がいる」ということを、ちょっと離れたところから見られるようになりました。

私は「ホーホケキョ となりの山田くん」や「あたしンち」のような作品がとても好きなんです。ああいうふうに日常が淡々と続くのは素晴らしい。日常が続いていく上で、笑いって欠かせないじゃないですか。そこで「ちょっと笑っちゃう」というのは平和ですごく良いですよね。

“すごくかちっとした家族観”からシフトチェンジした理由は「離婚したから」

元夫のIT起業家・家入一真さんとの結婚生活ではかなり波瀾万丈な時期があったことを『家族無計画』でも書いています。日常を愛する気持ちとのバランスを、どのようにとっていたんですか?

家族無計画

家族無計画

私が育った家族は本当に淡々とした家族で、結婚してから真逆の世界を見てしまった。安心感のある世界は私の原風景でもあるんです。現実においては得がたいものだったから、原風景に立ち戻れる感覚もあって、ああいう当たり前の日常が好きなんでしょうね。

淡々と日常を生きて、どうでもいいことで笑いあうような家族でないと、幸せになれないと思っていました。もともとは私の家族観ってすごくかちっとしていて、それ以外の考えをあまり許さないような感じだったんですよ。

「かちっと」からシフトチェンジして、自分にもっと余裕を作ろう、と考えるようになったのはなぜですか?

それはたぶん「自分が離婚したから」ですね。離婚までに「自分が努力を怠ったのか?」「私が、または相手がすごく悪人だったのか?」「しかるべき処置はとれたのか?」など、さまざまな反省はあったんですが、そのときそのときでは最善の選択をしてきたと思えるし、結果として「やむを得なかった」と思うんです。

それまでが失敗だとは思わないし、今は自分を肯定する気持ちもあって楽しく生きているし、そういう経験があったからいまエッセイを書いているし、結果として得られたものは大きかった。離婚を経ても現実として家族として成立する、みんな楽しく生きられるということを実感できました。

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ブログで自分のことを発信される意義を、「余裕を作る」ためのヒントのひとつとして届けられたらと思うのですが……。

ブログは、「私はこういうことが得意です」「こんなことをいまやっています」と声高に発信できる良いツールだから、みんなやってみるといいんじゃないかなって思います!

最初はセラピーのように書けばいいんじゃないかなという気がしています。私にとってエッセイを書くって、自助セラピーに近いんです。離婚して「どよーん」となりかねないところを、エッセイを書くことによって「私はこうで、こうだから、こうなって離婚したんだ」と自分の中で因果を作ることができるから。

もともと因果なんて、自分の中でもあいまいなものじゃないですか。でもそれを文章に書いて、その落としどころをちょっと希望があるものにしておけば、自分をその方向に導いてあげることができる。「ブログを書く」ことは自分を助けてくれるし、その記事を読んだ他の人も助けてあげることができるかもしれないんですよね。

子どもたちに「人間の感情の多様性、多面性」を文章を通じて伝えていきたい

Webで連載している「りこんのこども」は、親の離婚を経験した子どもたちへの取材をもとに書くメタノンフィクションですね。書籍化されて8月25日に発売となりました。エッセイとは違うジャンルを選んだのはなぜでしょう。

りこんのこども

りこんのこども

子供たちの取材中の言葉をそのまま淡々と書いていくよりも、もっとありのままに伝えられる書き方はないだろうかと考えた結果、物語のような体裁をとることになりました。日常の風景などについては一部フィクションで補っている部分もあります。でも「きっとこの子はこういう生活をしているだろう」と、私の中では必然性がある書き方なんです。その子がこういう環境でこんな会話をしているから、こういう考えを持つに至ったんだと、立体的に伝わればいいなと思っています。

これまでと違うジャンルで、離婚、そして子どもというテーマを扱うのはかなりの挑戦ではないかと思ったのですが、やってみようと思った原動力は何ですか?

私のエッセイは、毎回「1つの体験と1つの教訓」のような構成にしています。理論だけで体験がないものだと読む人が宙ぶらりんになってしまうから、そこはちゃんと体験に裏打ちされたものにしようと思っています。でもそれだと原稿を量産できないんですね。エッセイに自分が体験したことしか書けないのでは、仕事として心許ないし、本当はもっといっぱい手を動かしたり書いたりできるのに……というジレンマがありました。だから、「りこんのこども」はすごく難しいしいつも悩みながら書いているけれど、新しいジャンルに挑戦できて本当によかったと思っています。

他にチャレンジしてみたいジャンルはありますか?

私が一番尊敬する書き手は、児童文学作家の松谷みよ子さんなんです。松谷さんの作品のような、子どもが読めるフィクションを書きたいという思いがあります。次に書きたいと思っているのは、両親の離婚を経験した子どもが、異世界に転生したり魔法が使えたりしなくても、自分の生い立ちに物語を見いだせる、というフィクションです。

松谷みよ子さんは『モモちゃんとアカネちゃんの本』シリーズで、両親の離婚を経験する子どもの話を書いていますね。

モモちゃんとアカネちゃんの本(1)ちいさいモモちゃん (児童文学創作シリーズ)

モモちゃんとアカネちゃんの本(1)ちいさいモモちゃん (児童文学創作シリーズ)

そうなんですよね。子どもにもちゃんとわかるように離婚やお父さんの死を描いています。あの表現ってすごいなと思うんです。子どものうちから「そういうこともあるんだよ」と伝えることができる。

「りこんのこども」の取材で印象的だった子がいて、「自分はお母さんが嫌いになって離婚した人の子どもなのに、お母さんは私のことが嫌いじゃないの?」って言うんですよ。確かにそうだなと。親が離婚したことによって、子どもの中に2つの正義が生まれて、一時的に相容れなくなってしまうんですね。子どもって、好きか嫌いかとか、うれしい悲しいとか、そういう感じで考えていて、離婚した親同士はお互いを嫌いだと思っている。

小さいころはどうしても二元論で考えがちですよね。

子どもに対して、親同士の愛情の多様性、多面性というものを伝えるのはすごく難しいことなんだと知りました。離婚はしたけどなんとなく切れないパートナーだよね、というような“情”の部分は、大人には実際にあったとしても、子どもにはどうしても見えない。「お父さんとお母さんは離婚するけどあなたのパパとママだよ」って言われた子は、矛盾を自分の中でどう処理していいかわからなくなってしまう。

理解した振りをしていても、やっぱり受け入れがたい、納得できない、という気持ちになりますね。

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親の離婚は、当事者である子どもたちにとっては、世の中の多様性を優先的に早く勉強できる機会を持っているということだと思うんです。離婚を経験した子どもに、親がきちんとそういう面を伝えていかなければいけないというのが、「りこんのこども」で最後に言おうと思っているメッセージなんです。人間の感情も、社会の人付き合いも、表と裏だけじゃなくて、もっと立体的で多面的で複雑で、だから2つの正義だけじゃない、本当はもっといっぱい正義があって、それらが一緒に存在していてもいいんだよ、って。子どもたちがうまくそれを処理するアシストになるようなフィクションが書けたらいいなと思っています。

「女性が働くこと」はケースバイケース。可能性を広げるために試行錯誤をする

明子さんが仕事をする際に、参考にされている方、ロールモデルだと思った方はいますか?

それが、あんまりいなくて……。専業主婦で、私と同じようなキャリアを作ろうとしている人は周りにいなかったんです。でも唯一、初めて格好良い女性を見た!と思ったのが、最初に働いた出版社の取引先の社長秘書さんでした。

どこが格好良い!と思ったのでしょうか。

一瞬ご挨拶をしたんですが、全然笑顔じゃないんですよ。媚びた笑いをしていなかった。

にこにこしてみんなを和ませる役割も悪くはないと思っていたけど、その年上の女性を見て、女性であることを利用して媚びなくても、仕事がちゃんと出来さえすればこんなに強くいてもいいんだ!という発見をしました。

「主婦業」をずっとやってきた人がキャリアを作っていくことには、どうしても困難が伴うと思います。明子さんのお考えをお聞かせください。

主婦業はすごく立派な仕事です。そして、いまAirBnBなどの民泊がブームになっていることによって、掃除をしたり空き家を片付けたりする「プロ」がどんどんお金を稼ぎ始めているらしいんですね。そんな活躍をする人が出てきているということは、きっと主婦業がお金になる仕事に変わりつつある、そういう世の中や社会になりつつある、ということなんじゃないかと思っています。

お金を得る仕事へつながる可能性があるということですね。

もし離婚したり、旦那さんが先に死んでしまったりしたら、そこから先の経済的なよりどころや支えとなるものをどう作っていくかが、仕事を持たない主婦の一番のネックだったと思うんですね。でも、少なくとも都市部では今後、結構改善されていくんじゃないかなって。

あと、主婦業のほかに、ネットワークを持っておけばいいと思うんです。いつか仕事をしたいと考えたときに「働き口があるよ!」と紹介してくれるようなネットワーク。「お金を稼ぐ」または「ネットワークを持つ」、どちらかがあれば、いざとなったときにどうにでもなるって思えそうです。例えばいきなり仕事を始めなくても、ボランティアとかNPOとか、趣味のサークルでも良いんじゃないかな。

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ママコミュニティ以外の接点、ということでしょうか。

ちょっとした人のつながりを持っておくと助けてもらえるきっかけになると思います。そのためには、ママコミュニティ以外のコミュニティに興味を持ってみると、ママコミュニティで培った能力をそこで生かせると思うんですよね。

どこでもそうだと思うんですが、1つのコミュニティだけに所属していると、みんな同じ属性になりがちですよね。そこを飛び出して別の世界に入ることによって、ごく当たり前に持っていたものを武器にすることができるというか。

明子さんのような働き方を目指したい、という人はいそうですね。

うーん、いるんですかね……。でも、30代で1回休職してまた働きたいという人から相談を受けることはありますし、同じような状況の方は多いとも感じます。離婚することになったから仕事をしないといけない、でももう40歳を過ぎていて、子どもが受験を迎えるのにコンビニか居酒屋のバイトしか職がない、というような深刻な話も多いです。

そういう相談に対して、どのように答えていらっしゃるのでしょうか。

「これはありかな」と思ってお伝えしているのは「小さな会社に入った方がいい」。派遣でもパートでも、バイトでも。小さな会社なら肩書きを手に入れやすいんじゃないかと思うんです。人が少ないので、いろいろな役回りをすることが多いと思います。私は小さな会社に雑用として入ったけれど、PRの担当になって、その会社を出た後でも「PR経験者です」と名乗れるようになりました。次につながる何かが見えそうなところに入れればいいのかな、と。

次を見る、先を考える、というところが大事なんですね。

そういう話をするときに難しいなと思うのは、その人の性格、シチュエーション、住む場所などで、武器になるものがまったく違ってくるんですよね。ケースバイケースだからわかりやすいロールモデルも現れにくいし、見つけづらい。都市部でしか使えない手法もあるかもしれない。だから一概には話しにくい……というのが難しいところですね。

この「りっすん」では、女性に新鮮な空気を吸ってもらって働く気分を転換できる、深呼吸してもらえるようなメディアを目指そうとしています。

答えを安易に提示してくれる、言い切るようなメディアって、たくさんありますよね。でも、さっきもお話しした通り、「女性が働くこと」ってかなりケースバイケースだと思うんです。「これしか道がないです」「これがベストです」ということなんて、どこにも存在しないし、見えないものは見えない、わからないものはわからないと思うんですね。

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私と同じように30代まで仕事をしていなくて、何かとっかかりがほしい人や、空白を埋めるプロセスがいきなり必要になる人は、ひとつのやり方、ひとつの答えではうまくいかないし、その人なりに試行錯誤する必要がどうしてもあると思うんです。いまお話ししたことは、全部「たくさんある可能性のひとつ」でしかないんじゃないかな、試行錯誤していくのが大事なんじゃないかな、と思っています。

ありがとうございました!

文・万井綾子/写真・赤司聡

お話を伺った人:紫原明子 (id:akikomainichi)

紫原明子

エッセイスト。1982年、福岡県生まれ。高校卒業後、音楽学校在学中に起業家の家入一真氏と結婚。後に離婚し、現在は14歳と10歳の子を持つシングルマザー。『cakes』『SOLO』『Project DRESS』などで連載を持つ。フリーランスで企業とユーザーのコミュニケーション支援、ウェブメディアのコンサルティング業務等にも従事。著書に『家族無計画』(朝日出版社)、『りこんのこども』(マガジンハウス)。

ブログ:手の中で膨らむ