原価の値段と料理の値段は比例しない

「今井さん、ところで、このスープを飲んでみてほしいんですけど」

 

「ははっ、なんですかこれ。めっちゃうまいじゃないですか。口の中でとうもろこしの甘みがぶわっと広がる…」

「でしょ。でもこれ砂糖とか一切入ってなくて、とうもろこしと水しか使ってないんですよ。だから原価は一杯○円とかです」

「安っ! というか、そんなこと言って大丈夫なんですか?」

「全く問題ないっす。お客さんには料理出すときに普通に言ってるので」

「それは大丈夫じゃないですね。ちなみにコースの原価率ってだいたいどれくらいなんですか?」

「詳細は伏せますけど、一般的な飲食店に比べるとかなり安いと思います。ただ、料理の値段って原価とは比例しないと思うんですよね」

「ほうほう」

「もちろんうちは素材にこだわってますけど、本来、飲食店って素材の値段じゃなくて、料理を提供する一連の過程にお金を払ってもらってると思うんですよ」

「どういうことですか?」

鍛え上げた舌と目で最高の素材を探して、鍛錬で培った技術と感覚で、さらなる高みに上げるのが料理人の役目じゃないですか。原価ありきで物事を考えるのは、そこを完全に無視してると思うんです」

「なるほど。確かにそうですね」

「一流のアスリートって、稼いだお金の多くを体のケアに使うじゃないですか。同じように、料理人も舌やセンスを高めるためにお金を稼ぐべきだと思ってます。だからうちでは料理の値段を上げて、原価率をかなり低くしてますね」

料理人もアスリートも、求道者という意味では同じなんですね」

「そうです。ここの意識が料理業界にもっと浸透すれば、生産者さんもやりやすくなると思うんですよ。だから、値段を上げることには賛否両論あると思いますけど、業界全体のためにあえてやってますね」

 

22歳に、月28万円払うワケ

 

「以前、飲食業界人の『かなわぬ夢』のひとつに、30歳なら30万円といった『年齢×1万円の給料をもらうこと』があるとおっしゃっていましたね。sioの給与体系はどうなんですか?」
「実現出来てるんですよ! これは嬉しいっすね。試用期間の人を除いてみんな年齢以上の給料だし、22歳のやつには月28万払ってます」
「業界的には高額ですね! 何か理由が?」

日本の飲食店のなかで、22歳に一番高い給料を払うお店になりたかったんです。だから、こっちの都合ですね」
「給料を上げるのに、自分の都合って言い切るのはすごいですね」
「金額については、28万円が僕が最初にGrisでシェフをやった時に貰った額なんで。それぐらいは払ってあげたいなっていう」
「なるほど」
「あとはみんな年齢給です。だから、歳とれば給料が上がるんですけど、若い時期に金が少ないのが一番辛いんですよ」
「時間と体力はあるのに、身動きが取れなくなってしまいますもんね」
「そう。彼らが生活していく上で好きな服を買ったり、映画を観たり、他の店のおいしいものを食べられる金額を払いたい。センスってそうやって磨くもんですし」

「業界的には常識外の額だと思うんですけど、経営的に大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫ですよ! でも、この金額を払わないオーナーの気持ちもすごくわかります。普通は自分の身を削ってまで、業界の常識を変えたいとか思わないですもん」

「鳥羽さんは、なぜそれをやるんですか?」

「たまたま、それができる状況に僕がいるからって理由でしかないです。すごく嫌らしい言い方をすれば、『この人は業界改革のために、22歳に月28万円を払っているめっちゃいい人なんだ』って映り方するのもおいしいですしね。そんな動機でもいいと思うんですよ」

「誰も損してないですもんね」

「ただ実際に28万円を渡してみて、ひとつ気づいたんですよ」

「ほう、なんでしょう?」

「単純にいいお金を払っていい気持ちになってたんですけど、お金の価値とか使い方のところまで教えないとダメだなと」

「どういうことですか?」

「若いうちにいきなり高い金をもらっちゃうと、例えば、パチンコで全額使い果たしたり、人にやたら奢ったりしちゃうんですよ。どういう使い方をすればいいのかまで考えてあげないといけなかったですね」

「なるほど」

「これはやってみて初めて気づきました。次のステップまで考えられなかったことは経営者としての敗北ですね」

「ちなみに経営者としての鳥羽さんの月給はおいくらなんですか?」
「僕はいま月○万ですね。ただこれは段階を踏んで、ゼロに近づけていきたいです」

「以前も言っていましたね」

「僕は自分のブランド価値を上げて、テレビに出たり、食品や飲食店のプロデュースをしたりして、日銭はレストランの外で稼いでいければと思っています。やり過ぎはダサいですけど、それもバランスなんで」
「どんどん店の中での『鳥羽さんしかできないこと』を減らしているって感じがしますね」
「そうですね。店の中の作業を減らすことで、店の外の僕にしかできないことに、より時間を割くっていう感じですかね」
「ああ、そうですね」
「いろんな作業を人に割り振ることで、良い意味で余裕もできるし、自分にしかできないことにより集中できるんで。世の中を動かすことにパワーの9割を使って、残りの1割で店を回すみたいな感覚ですかね」

 

満席じゃない日は吐きそうになる

出口にある「SORTIE」というサイン。「SALTY」に似ているが、フランス語で「出口」という意味。

 

「でも、そのやり方で不安にならないんですか? お客さんが来なくなっちゃったらどうしようとか」
「ないです。お客さんのこと信じてるんで。ただ、満席にならなかった日は不安になりますね。例えば16人分の席がある店に、10名しか入ってないって日があるじゃないですか」 
「まあ、ありますよね」

「そしたら日本の全人口の中で、僕の料理を食べたい人が今日は10人しかいないってことじゃないですか。結果として」

「それはそうですね」

 

「そんなヤツは死んだほうがいいんですよ」

「死ななくてもいいとは思いますけど」
「じゃあ料理をやめたほうがいいんですよ。そうやって自分に言い聞かせてます。だから満席じゃない日は吐きそうです。必要とされていないってことですから」
「16席がすべて埋まっていたら、入れなかった人が何人いたかわからない。100人いたかもしれないと?」
「そうそう、満席なら可能性をまだ感じられるけど、16席中の10席だとダメなんですよ。才能がない。でも、そう思うことによって身につく満席ぐせってあるんです
「満員ぐせ? どういうことですか?」

 

「満席じゃないと気持ち悪いから、満席にするために何ができるかを自分で考えて動けるんです。インスタのストーリーをあげようかな、誰かに電話しようかなって。満席じゃないことに慣れてしまうと、これができなくなります」
「そっか! 客引きもそうだし、目の前のお客さんにどんなサービスをしたら、また来てくれるか考えることも出来ますもんね」
「そうそう。だから来店してくれた人が、帰り際に予約を取りたくなるように動くのも満席にする手のひとつだし」
「面白い! それは誰かに習ったんですか?」
「いや、習ってないです。常に満員にしようというのも全部ブランディングじゃないですか。外からの見え方って大事だと思うんですよね。最近はジモコロのおかげで『海賊シェフ』として認知度が上がったので、あまり周りをディスらないようにしていて」
「確かに人というより自分に対するディスが多いですね。でも、それはどうして?」
「出る杭は打たれちゃうから。別に尖ることにビビってるとかじゃないですよ」

「もちろん知ってますよ」

「ただ、みんなから海賊シェフって呼ばれるようになって気づいたんです。僕が海賊王として料理業界でひと旗上げるだけじゃ意味がない。その旗を振ってみんなを先導しなくちゃいけないんだと

「おお〜!」

「だから、その旗を見て僕に関わってくれている人たちに火の粉がかからないよう、あんまり攻撃的な見え方じゃないほうがいいなと。絶妙なラインをうまくいこうって思いはあります」
「あったんですね。その気持ち」
「ありますよ!(笑)。経営も見え方もバランスですよ。誰よりも料理が好きだし、現場に立ちたい。包丁も握りたい。だけど、いま僕がそれをやっちゃうと、今日は回るけど、半年後は回らない」
「だから育てたり、仕組みを作ったり…」
「そうです。半年後には僕、めっちゃ健康に気を使ってると思います」

「ええ! 鳥羽さんの口からそんな言葉が出るとは」

いろんな人と関わって大きなことやるなら、自分の責任も自覚しなきゃダメだと思うんです。もう自分だけの体じゃないんで」

「なるほど。確かにそうですね」

「でもやれることが大きくなると、覚悟も大きくなって、必然的に収入も増えるっていうのがもう間違いなくて。いま、めちゃくちゃワクワクしてます。これからのsioにガンガン期待してください。バキバキに応えるんで」

 

 

おわりに

「今井さんは、そこじゃないっすよね。そうこなくっちゃ」

 

取材の冒頭で、『今回は「sio」の自慢のロゴや内装・音楽(どれも本当にすばらしいです)の話を聞きに来たんじゃない』と断ったとき、鳥羽さんはそう言って笑ってくれました。

 

野性味溢れる風貌、店中に響く大きな声、おとぎ話にしか聞こえないぐらい壮大な「これから」。それらが醸し出す勢いだけでも敵なしだった鳥羽さんが、半年でさらに得たのは「客観性」。

逆説的なことを意識的に取り入れるようにしてるんですよ」という鳥羽さんはチームとして成長するために、それぞれの価値観を受け入れようとしていました。

 

恐ろしいスピード感で変化を続ける鳥羽さんとチームsio。また半年後に会った時には、いったいどうなっているんでしょう。それがとても楽しみです。

写真:藤原 慶(Instagram