「自分を大きく見せる」のをやめる|はせおやさい

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はせおやさいさん

誰かの「やめた」ことに焦点を当てるシリーズ企画「わたしがやめたこと」。今回は、ブロガーのはせおやさいさんに寄稿いただきました。

はせおやさいさんがやめたことは「自分を大きく見せる」こと。

仕事への取り組み方は、自分でも気づかないうちに変化していることも多いはず。ただ、がむしゃらに走ってきた人ほど、大変なときでも無理をしたり、弱みを見せたくないと思ったりする癖がついてしまっているかもしれません。はせさん自身も、かつては「できない」ではなく「できる」と言い続けてきた時期があったそう。そんなはせさんが「大きく見せるのをやめよう」と思ったきっかけとは?

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キャリアのスタートが遅く、仕事へ真剣に取り組み始めたのは20代も半ばを過ぎた頃だった。

それまでは「早く結婚してお嫁さんになって、パートでボチボチ頑張りたい」というスタンスだったのが、結婚予定だった相手の気が変わり婚約解消になって価値観が変わった。相手の一存で変わってしまう将来の不確実さが怖くなったのだ。

かつては会社に入ったり辞めたり、フリーターをしたりとフラフラしていたが、心機一転して派遣から入った会社で社員登用の話をゲットした。職歴はボロボロだったが、なんとか正社員の職にありつけた。当時の会社はイケイケのベンチャーだったので、仕事はありあまるほどあった。残業や休日出勤をいとわず仕事に没入することで、遅れていたスタートを取り戻そうとしていた。

その努力は実って、任される仕事の幅は増えてきた。それでもコンプレックスはついてまわった。さまざまな仕事を任されれば任されるほど、関わる人たちは増えていった。

仕事を通じて知り合う人たちは学歴もキャリアもキラキラで、あとから追いつこうとするわたしにとって、まぶしさのカタマリだった。まぶしさが強いほど、影は濃くなった。自分の過去を振り返り、後悔もしたが時間は取り戻せない。そう思うと、焦りだけが大きくなった。

積んできたキャリアがフェーズを変える

焦りと並走しながら仕事を続け、自分ができることの礎が整った。

正確に言うと「やれます」と言って引き受けた仕事を不格好ながらもやり遂げ、「できた」ことを増やす、その繰り返しをした。実際は「やれます」の頭に「(やったことはないけれど)」という前提が付いていた。ただそれを略して、「やれます」と言ってきたのだ。いわば自分を「大きく見せる」ことに必死だった。

「やれます」が「できました」になり、経験が増えると、自分の得意不得意も見えてくる。好きではないけれど得意なこと、好きだけど不得意なことももちろんあった。そうやって自分の中で仕事の分類ができるようになり、毎回ちょっとずつ背伸びをして引き受けることでじわじわとやれることを増やしていった。

やれることが分かってくると、やりたいことも見えてくる。やりたいことだけでなく、できること、できないことも分かってきた。そうなると自ずと選択肢はクリアになり、やりたいこと、できることに集中してがんばればいい、と、肩の荷が降りたように楽になった。

肩の荷が降りると、それまでやっていた仕事の楽しさを改めて感じるようになる。得意な道へ邁進すればいいのだ。簡単なことだった。

ただ、その道を見つけるまでが苦しかっただけで、そこに到達できればあとはひた走るだけでよかった。そうやって「自分が走りやすいルート」が見えてくると、正しいフォームを覚えたランナーのように、ぐんぐん前へ進めるようになった。

ただ焦りとコンプレックスに急き立てられていた頃とはフェーズが変わった、と感じたのは30代半ば。

仕事そのものは楽しいけれど、次のステップに移るには、なにかが足りない。

そう思うようになった頃、真面目に仕事へ取り組んでから10年がたっていた。

「本当に強い人」との出会い

仕事への手応えを得られるようになると、次は人のマネジメントへと興味が移った。自分ひとりができる範囲は限られているけれど、チームを作り、人を動かすことができれば、もっと大きな仕事ができる。そのためにさまざまな本を読んだり、話を聞くことが増えた。

しかし、いざ実践しようとしてみると、なかなかうまくいかない。

なぜなら、自分が努力をしてきたから、乗り越えられてきたから、他人にもそれを求めてしまっていたのだ。相手の話を聞いても、自分に引き寄せ、「わたしはこうしてきた」を語ってしまった。「わたしはこうしてきた」から「だからあなたもできる」へ話が飛躍するのは、さほど難しくなかった。

相手とわたしは違う人間なのに、「わたしにはできた」が「あなたもできる」になってしまっていたのだった。

そんなとき、あるリーダーと出会うことがあった。彼は陽気でフランクで、「僕はこういうミスをすぐやっちゃうので、みなさん気をつけてください!」と明るく言えてしまう、強い人だった。最初は驚き、「そんなことを言っていいの」と思った。

この頃のわたしは、「できます」が多い人が「強い人」だと思っていたのだ。「強さ」とは「できます」の数であり、どれだけそれを増やし、自分を大きく見せられるかに執心していた。「できません」というのは、自分の弱みを見せること。そんなことをしたら、あっという間に自分の立ち位置が奪われてしまう。そう恐れていた。

しかし、それは違った。本当に「強い人」というのは、弱さも含めて自分を理解している人であり、他人の弱さも受け入れられる人のことを指すのだ。

実際、彼は他人の「できない」を引き出すのがとてもうまかった。マネジメントとは、他人の「できる」を無理やり広げることではなく、他人の「できない」を予め知っておき、それをどうフォローアップするかなのだ。それに気付いたとき、目からウロコが何枚も落ちたような気がした。

人は「強さ」だけでできているのではない。「強さ」と「弱さ」が共存し、ゆらぐからこそ個性がある。その個性を生かしていくのがマネジメントなのだ、と気付いたとき、わたしも正直に「できない」が言えるようになった。それまでは自分の「できる」「やりたい」は見えていたが、自分の「できない」を認められていなかったのだ。

それまで感じていたつまずきはこれだったのか、と思ったとき、またひとつ肩の荷が降りたような気がした。

虚勢をやめて、「できない」とも仲良く生きる

自分の「できない」を開示するようになると、相手の「できない」も受け入れられるようになる。「できない」ことが問題なのではなく、「助けを求められない」のが問題だというのを理解するようになったからだ。

それを自分では理解していても、他人に伝えるのはとても難しい。自分の「できない」を開示するのは、場合によってはリスクを伴う行動でもある。弱点を他人に晒すことになるからだ。この問題にどう取り組めばいいのかと思っていたとき、「心理的安全性」という言葉と出会った。

心理的安全性: 心理的安全性とは、対人関係においてリスクある行動を取ったときの結果に対する個人の認知の仕方、つまり、「無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」と信じられるかどうかを意味します。
Google re:Work - ガイド: 「効果的なチームとは何か」を知る

心理的安全性とは、リスクを取って弱点を開示しても大丈夫だ、という状態のことを意味する、という概念を知ったとき、当時40代を目前にしたわたしが目指すべきは、この状態を作り出すことなのではないか、と思うようになった。

20代、30代は不安が多い。キャリアの形成もまだこれからだし、自分の意見や進みたい道を否定されたとき、即座に反論できるほど自分が固まっていないこともある。実際わたしも、たくさん悔しい思いをすることがあった。ならば、自分がこれから目指すのは、そういう場をどれだけ作り、自分の弱さを認めて生きる人をどれだけ増やせるかなのではないか。

そのための一歩として、わたしはわたしを「大きく見せよう」とするのをやめよう、と思っている。

「できない」自分を認め、虚勢を張って大きく見せた自分ではなく、実際の自分にできる範囲で、できることをやっていけばいい。そうやって生きている人が1人でも増えることで、「ああいうふうに生きることもできるんだ」と思える人を増やしたい。やめようと「思っている」のは、やめ続ける意思を持たないと、また虚勢を張りたくなってしまうからだ。

正直に言って、焦りやコンプレックスがきれいさっぱりなくなったわけではない。まだまだ焦るし、コンプレックスも思い出したように顔を見せることがある。でも、それもまたわたしの一部なのだ、と思えるようにはなりつつある。

そして同時に、それを「隠さない」練習もし始めている。それが「大きく見せるのをやめよう」と思っている理由だ。自分から開示することで、相手も同じように開示してくれたら、それでいい。

何よりわたし自身が、かつて出会ったリーダーの彼のように「これができません!」と言ってしまうことで、より良いチームを作るきっかけのひとつになれれば、かなりのラッキーではないかと思うのだ。誰にでも「できない」はあるし、あっていい。わたしはわたしの「できない」と仲良くしていこうと思うので、誰かに「できない」があったとしても、その人も「できない」と仲良くできるといいな、と願ってこの文を終えようと思う。

著者:はせおやさい

はせおやさい

会社員兼ブロガー。仕事はWeb業界のベンチャーをうろうろしています。一般女性が仕事/家庭/個人のバランスを取るべく試行錯誤している生き様をブログに綴っています。

ブログ:インターネットの備忘録

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編集/はてな編集部