読む人の「枷」を丁寧に外していきたい。人間関係のままならなさを描くマンガ家・志村貴子

おとなになっても

『放浪息子』(エンターブレイン/現KADOKAWA)や『青い花』(太田出版)などで知られる志村貴子さんの最新作『おとなになっても(講談社)。大人の女性同士の恋愛を題材とする本作で、重要なテーマとして描かれているのが社会的立場や人間関係などから生まれる「枷(かせ)」です。

主人公は、既婚で小学校の先生をしている「綾乃」と、独身で恋愛対象が女性の「朱里」。ともに35歳で「大人」の2人は、偶然の出会いからお互いに恋愛感情を抱きます。家族や仕事、社会などさまざまな「枷」を簡単に取り払えず、かといって好きという感情を捨てることもできない。大人になったからこその不自由さに苦しむ登場人物の心の機微が、志村さんらしい繊細な描写で表現されています。

今回は作者である志村さんに、本作への思いや、志村さん自身の「枷」についてお話を伺いしました。

おとなになっても - 志村貴子 / 1話 すてきじゃない片思い | コミックDAYS

男女の恋愛を扱う雑誌で「大人の女性同士」の恋愛を描く

『おとなになっても』が掲載されている『Kiss』は女性誌ということもあり「男女の恋愛」をテーマにした作品がほとんどです。志村さん自身も、これまで「大人の女性同士の恋愛」に触れたのはオムニバス作品の中で数回ほどだったかと。いわゆる“アウェイ”での新たな挑戦、不安はありませんでしたか。

志村貴子さん(以下、志村) 今まさに不安の壁にぶち当たっています。といっても、このテーマだから特別な不安を抱えているということではなく、「とにかく何かを始めなくては」とぼんやりとした構想のまま見切り発車で始めてしまったので、今後の展開に頭を悩ませている真っ最中です。

おとなになってもダイニングバーで偶然出会い、お互いに好意を抱く綾乃と朱里
(C)志村貴子/講談社

同じく『Kiss』で連載していた前作の『こいいじ』は、長年の片思いを描く王道の男女恋愛ものでした。連載終了後すぐ、まったくテーマが異なる『おとなになっても』が始まったので、志村さんのバイタリティーに驚いたのを覚えています。

志村 バイタリティー……。あるのでしょうか……? 下手に考えて動こうとすると何もできなくなってしまうので、無鉄砲に始めてしまっているだけかもしれません。

さきほども「見切り発車」とおっしゃっていましたが、「とりあえず手を動かしてみよう」派なんですね。前作は4年間の長期連載で、単行本も全10巻となりました。長い時間の中で、何か得たものはありましたか?

志村 自分の中では、前作の“反省会”を続けながら、今の『おとなになっても』を並行して始めてる感じなんですよね。だから、引き続き描かせてもらえる場があるというのは本当に感謝しかないです。

なるほど。ところで、主人公の綾乃の職業は「先生」ですが、過去には『青い花』や『淡島百景』(太田出版)『娘の家出』(集英社)などでも「先生」が重要人物として登場します。何かこだわりがあるのでしょうか。

志村 先生という職業に憧れがあって。もちろん失望もあったんですけど、子供の頃に抱いた「幻想」のようなものが根深くこびりついていて、そこにしがみついてるのかなーという気がします。

大人になっても「適宜対応」は難しい

『おとなになっても』では「大人になったからこそ、自分を拘束し動きづらくする枷」が描かれています。「枷」を描こうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

志村 もともと「面倒臭い人たちのややこしい話」みたいなものがずっと好きなんです。なので、今回も打ち合わせの勢いで「枷、いいねいいね!」と進めてしまったんですが、それを実際に自分が描くことになると……。正直「め、めんどくせー……」と……。

(笑)。読むのと描くのとじゃ大違いですよね、きっと。

志村 でも「面倒臭さ」は、私よりも読者さんの方が感じてることだと思うので、読む人の「枷」をひとつひとつ丁寧に外していく作業に昇華できたらいいのかな、とも思いますね。今後もやきもきさせてしまうかと思いますが、人間関係の「面倒臭さ」や「ままならなさ」みたいなものを、暗くなり過ぎたり感傷的になり過ぎたりせず描いていきたいです。

人間関係の面倒臭さといえば、『おとなになっても』では既婚者の綾乃が主人公ということで、これまでの作品ではあまり触れられてこなかった「義実家」の存在感が強いですよね。これも「枷」になるのかなと思うのですが、描いてみていかがでしょうか。

志村 既婚者を描くということは、つまり「それぞれの家族」についても考えることだなぁと思って、正直一瞬ひるみました。でも、誰を主人公に据えても、背景にはその人の家族との暮らしやしがらみ、軋轢(あつれき)があるので結局は避けて通れない作業で。

確かに、志村さんの作品ではよく「家族」が登場しますね。ポジティブな描写もあればネガティブな描写もあって、一人の作家が作品や登場人物ごとに異なる家族観を描けることにいつも驚きます。

志村 自分の中に「家族」というものへのわだかまりがあるので、マンガに描き起こすことでそれを溶かす手がかりにならないかなと考えています。

おとなになっても綾乃の“浮気”は姑にも知られることに
(C)志村貴子/講談社

志村さんには「おとなになっても抱いている悩み」や「おとなになったからこそ囚われている『枷』」はありますか?

志村 面倒な手続きや手順に対して臆せず取りかかれるようになったと感じることもあれば、いまだに苦手なこともあったり。人付き合いは昔のほうがまだうまくできていたんじゃないか? と思うことがしばしばありますが、その記憶もきっと都合よく美化されているんだろうな〜なんてことも考えます。

いくつになっても「できないこと」や「とらわれていること」っていっぱいありますよね。

志村 大人になっても適宜対応していくのって、やっぱり難しいなと感じます。でも、それが自分の作風につながっていると受け止めるようにして「こんな自分が嫌」とはあまり考えないようになりました。年を重ねて、強くなったのか、慣れたのか、ただ鈍感になったのかは分からないですが、良い意味でも悪い意味でも図太くはなっていると思います。

多忙な中でも「頑張り過ぎず、時々まじめに」をモットーに

1997年に一般誌デビューされて、今年でマンガ家業23年。アニメ化されたり、キャラクターデザインや小説の装画を担当されたりと幅広いジャンルで活躍されていますが、自分の立ち位置や知名度がどんどん変わっていく中で見えた、志村さんなりの「仕事観」はありますか。

志村 一般誌でのデビューの前はエロ雑誌に不定期で描いていて、将来のビジョンは全く見えていなくて……。て、今も老後の不安しかないですけど……。

そんな……!

志村 マンガ家になるのは子供の頃からの夢だったのに、漠然とした「夢」のイメージでしかなかったんですよね。マンガ家になって、ようやくマンガというものに向き合い始めた状態だったので、プロの現場のめまぐるしさや厳しさに「自分、これ無理なのでは」と打ちのめされるばかりでした。

あまり売れてこなかったにもかかわらず、意外なところで知っててくださる方がいらしたおかげで奇妙なご縁を感じる20数年を過ごしています。仕事の恩には仕事で返していくというのが理想なんですが、それにはやっぱり売れたいですね。

たくさんの作品を生み出し、アニメ化も経験されている志村さんは一般的に「売れているマンガ家さん」なのではと思うのですが。きっと「もっともっと」という気持ちが強いんですね。
おとなになっても8月12日に発売された『おとなになっても』3巻
(C)志村貴子/講談社

ここ最近は月刊連載の『おとなになっても』のほか、不定期で『ビューティフル・エブリデイ』『ブルーム・ブラザーズ』(ともに祥伝社)『淡島百景』と、さまざまな媒体でテーマの異なる作品を執筆されていています。多忙な中で気をつけていることはありますか。

志村 35歳を過ぎたあたりで、若い頃の不摂生のツケがドドッと押し寄せたのか病気がちになってしまい、睡眠だけは削ってはいけないと強く思いました。健康だった頃は徹夜して栄養ドリンクを飲んで、という感じでしたが、今そんなことしたら“即死亡”だなと。

そういうものに頼らずにすむよう、つまり寝る、といういちばんの解決方法に頼るようになりました。あとは少しでも歩くようにしたり、思い出したように筋トレをしたり。食事はいちばんおろそかになりがちなんですが、「頑張り過ぎず、時々まじめにいこう」くらいの感覚でゆるく生きています。それでも締め切り前日〜当日は無理しないと間に合わない! という状況に陥りがちですが……。

健康でないと描き続けられないと。では「仕事がつらい」と感じるときは、どうやってリフレッシュされていますか。

志村 これまでで仕事がいちばんつらいと感じたのは、今より仕事量が少なかった5年目くらいでした。『どうにかなる日々』を描いていた頃なんですが、連載を終えて次の『青い花』までに少しお時間をいただけたのがリフレッシュになったというか。「今はインプットの時間だ」と割り切って、担当さんとダラダラおしゃべりしながら映画を見たり音楽を聴いたりするだけの時間があったのが良かったのかなと思います。当時よく見ていたのはホラー映画だったので、自分のマンガのどこにアウトプットされたというのかという感じですけど……。

志村さんの作品によく「幽霊」が登場するのは、そのアウトプットだった可能性があるかもしれませんね。走り続けるにはきちんと「休む」ことも大事だと思います。

志村 それこそ『どうにかなる日々』じゃないですけど。ネガティブなようで変なところでポジティブでもあるというか「まぁなんとかなるだろ」という思いはたぶん常にあります。本当に「しんどい」と思ったら一旦立ち止まろうというか、死なない程度に頑張るにとどめよう……みたいな心持ちでいきたいなと。「このままだと死ぬので少し休みます」みたいな。

当時ほどつらいことは減ってきたにせよ、今は今で焦燥感が拭えないこともあって。やはり映画やドラマを見たり、ゲームをしたり、散歩をしたり、何かしら別のことをして「さてマンガを描こう」と現実に戻ってくる感じです。

“独りよがり”なマンガに共感が寄せられ、逆に救われた

昨今、さまざまな分野でセクシュアリティやジェンダーについての議論が活発になっています。志村さんの作品では「性自認」や「同性愛」などに触れることが多いですが、過去と現在とを比べて、マンガの表現とセクシュアリティやジェンダーに対する思考の変化はありましたか。

志村 自分が描いている内容は20年前からあまり進歩していないなと感じるんですが、読者さんの反応がダイレクトに届きやすくなった分、炎上したらどうしようとか、怒られたらどうしようみたいなことに対して昔より怯えるようになりました。ただ昔もその感覚はあって、結局は「それでも最終的には自分が良しとするものを描こう」と決めてはいました

気にし過ぎるのもよくないと。

志村 でも、なるべく怒られたくはないよな~とは思っています。

放浪息子 (1) 異性装やトランスジェンダーなどを扱った代表作『放浪息子』
(C)志村貴子/KADOKAWA

最後に、志村さんの作品は読む人の「共感」を呼び起こす点が魅力の一つですが、一方で扱っているテーマは「同性愛」や「異性装」などマジョリティーとは言い切れないものが多く、コマ割りや時間の描写も独特です。それなのに、なぜ、こんなにも読む人それぞれの思い出やトラウマを引き出し、リンクさせるようなマンガを描けるのでしょうか。

志村 独りよがりなマンガを描いていたら共感してくださった方がいて、結果的にこちらが救われたという感じです。私なりにもう少しわかりやすく描こう、噛み砕いて描こうと気をつけるようにはなったのですが。やはり元々の頭が良くないせいか……。

謙虚過ぎます……!

志村 読者さんの目に触れる発言があまり自虐的であるのは良くないのではと、日頃控えるように気をつけているのですが……。でもやはり独りよがりなところがあるからか、感覚のまま推し進めてしまうところがどうしてもあって。無駄にポジティブなのもそのせいだと思うんですが、これからせめて良い方向に転がってくれることを期待します。

その「感覚」が、他にはない世界観につながっているんだと思います。これからも作品の発表を楽しみにしています。

取材・文・編集:はてな編集部

お話を伺った方:志村貴子さん

志村貴子さん

神奈川県出身。1997年、『ぼくは、おんなのこ』でデビュー。初連載作品の『敷居の住人』(KADOKAWA)を発表以来、登場人物の内面を繊細に紡ぎだす心理描写と、透明感あふれる魅力的な絵柄で、男女問わず熱狂的な支持を集める。2009年に代表作『青い花』(太田出版)、2011年に『放浪息子』(KADOKAWA)がテレビアニメ化。2015年、『淡島百景』(太田出版)が第19回文化庁メディア芸術祭でマンガ部門優秀賞を受賞。
現在、『おとなになっても』(講談社)、『ビューティフル・エブリディ』(祥伝社)などを連載中。その他、『こいいじ』(講談社)『娘の家出』(集英社)『どうにかなる日々』(太田出版)など著書多数。また、アニメのキャラクターデザインや小説の装画など、マンガ以外でも活躍している。

Twitter:@takakoshimura

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