難波里奈さんが純喫茶で見つけた、自分好みの時間を味わうひとときのススメ

 難波里奈

古瀬戸珈琲店の店内

慌ただしい日常の中、たまには一人でゆっくりのんびりと過ごしたい……そんな時は、ごく身近な街にある「純喫茶」が助けになるかもしれません。ランチやティータイムだけではなく、深夜営業のお店で、自分だけの時間を味わう。珈琲が苦手でも、そのお店ならではのメニューを楽しむ。ブログやTwitter、書籍などで純喫茶の魅力を発信し続ける難波里奈さんに、特におすすめしたい都内のお店3店と、純喫茶での過ごし方を紹介いただきました。

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こんにちは。「東京喫茶店研究所2代目所長」として、InstagramやTwitterで「純喫茶コレクション」を運営する難波里奈です。

ここのところ、昔ながらの喫茶店を指す「純喫茶」という言葉は、雑誌やテレビなどのメディアで紹介される機会が増えました。特に純喫茶に興味を持っていなかった方々のお耳にも、なじむようになったと思います。

しかし、純喫茶に少し興味が湧いても「お店に入りにくい」というイメージを持たれるかもしれません。

私も最初はそうでした。雑誌などで知った純喫茶に足を運んだはいいものの、毎回のように扉を開けるまで躊躇(ちゅうちょ)し、ドアノブに手をかけては店を離れ、周囲をぐるりと一周する間に緊張をほぐしてから再挑戦するほど。しかし、その回数を重ねるごとに純喫茶の楽しみ方は変わっていき、店内の様子が分からない方がわくわくするようになったり、想像よりも内装が素晴らしかったときの興奮に酔いしれたりするようになりました。

そこで、純喫茶での楽しいひとときを過ごしていただけるよう、

「珈琲が苦手だから行きにくい……」
「絶対においしいメニューが食べたい!」
「誰かと一緒に行くとしたらどんなお店がいいのだろう?」

と思う方たちにもおすすめしたい、3つのお店についてお話しします。

1. デザートのようなドリンクを。 淡路町「ショパン」

まずご紹介するのは、淡路町にある「ショパン」。

ショパンショパンの店内

酸味の効いた自慢の珈琲がおすすめの一つではありますが、珈琲が苦手な方にもぜひ訪れて、飲んでいただきたい飲み物があるのです。それは、常時メニューにある「バナナジュース」「アンオーレ」

バナナジュースはたっぷりのバナナをミルクで、「アンオーレ」という珍しいメニューはあんとミルクを、それぞれシェイクしたものです。高品質の濃厚なエバミルクを使用しているとのことで、飲み物でありながらまるでデザートのような満足感です。

ショパンの「アンオーレ」ショパンの「アンオーレ」

あわせて注文したいのが、日によっては午後の早い時間に売り切れてしまうことも多いパンメニュー。特に人気のある「アンプレス」は、たっぷりのバターでこんがり焼いたパンの塩気と、中に挟まれているほくほくとしたあんの甘みのコントラストにうっとり。

ショパンの「アンプレス」ショパンの「アンプレス」

食事時ならハムやチーズが挟まれたボリュームのあるホットサンドもおすすめです。やわらかい真紅の椅子に腰を下ろし、クラシックに耳をすませ、ほど良い明るさの店内で光るステンドグラスを眺めながら、一人ゆっくり過ごすのに最適のお店です。

ショパンの店内ショパンの店内

■ ショパン
東京都千代田区神田須田町1-19-9

2. 絶品のクロックムッシュは外せない。目黒「ドゥー」


次は、目黒にある「コーヒーの店 ドゥー」。にぎわう駅前から静かな小路に入ったところにあります。

ドゥーの看板ドゥーの店内

ここでぜひ頼んでいただきたいのが、クロックムッシュ。ドゥーは、日本で初めてクロックムッシュをメニューに取り入れたお店とされています。マスターが注文の度に作り上げるクロックムッシュの贅沢(ぜいたく)な味わいは、ぜひ一度召し上がってほしいです。

ドゥーのクロックムッシュと珈琲

ドゥーのクロックムッシュ

クロックムッシュのおいしさはもちろん、透き通るような珈琲の美しさ、秘密の屋根裏部屋のようにこぢんまりとしていながら居心地の良い空間など、魅力はいくつも思い浮かぶのですが、何度か通っていくうちにドゥーの熱心なファンになってしまうのは、なんといっても2代目マスター・嵯峨さんのお人柄によるのではないでしょうか。

コーヒーの店 ドゥーのマスター、嵯峨さんカウンターに立つマスターの嵯峨さん

店内を一望できる赤色のカウンター席の向こう側でサイフォンを使用した珈琲をたて、厨房の奥に入っては魔法のようにおいしいクロックムッシュを作り、常連客からプレゼントされるという真っ赤なバラの花の向こう側でいつも穏やかな笑みを浮かべながらたたずむ嵯峨さん。

そのやさしい雰囲気に、訪れた人たちの緊張はほぐれ、帰り際にはつい悩み事でも話していきたいような気持ちになってしまうのです。

また、毎月18日はチーズケーキが安くなり、さらに純喫茶のメニューとしては珍しいスープ類があるのもうれしいところ。もともとは企業に勤めていたという嵯峨さんを喫茶の道に引き込んだドゥー特製の珈琲も、一度は味わっていただきたい逸品です。

■ ドゥー
東京都品川区上大崎2-15-14 高木ビル1F

3. 会話のきっかけにもなる名物メニュー。御茶ノ水「古瀬戸珈琲店」

最後に、思わず誰かを連れていきたくなる御茶ノ水の「古瀬戸珈琲店」についてお話しします。私は、初めてお会いする方との打ち合わせにこのお店をよく利用します。

というのは、こちらには名物メニューがあって、運ばれてきた瞬間に誰もが笑顔になり、会話のきっかけを作ってくれるからです。

それは、自家製のシュークリームとシフォンケーキを注文した時のために特別に作られたという、皿の上で愛くるしい姿を見せる陶器製の動物たち。

リスネコ
リスとネコがひょっこり

皿とケーキを彩るのは、人気のリスやネコ、ウサギのほか、象やカンガルー、アリという珍しいものまで。今日はどんな動物たちに出会えるのか、何度訪れても楽しめる瞬間です。

犬と象を一緒に犬と象を一緒に

もちろん、味も最高です。あまみを抑えたクリームの濃厚さの秘密はマスカルポーネチーズ。少しだけ洋酒を効かせたおいしさは、個人の好みではありますが、こちらのシュークリームが最も好きかも、といっても差し支えないほどです。時間帯によってはふわふわの焼き立てを食べられることも。

店内の至るところで陶器のオブジェたちが顔をのぞかせていて、ふと視線をやった先にいるその子たちに思わず微笑ましい気持ちになります。

店内の様子店内の様子

■ 古瀬戸珈琲店
東京都千代田区神田小川町3-10 江本ビル2F

お気に入りの純喫茶に出会うと、もっと楽しくなる

私がこんなにも純喫茶に夢中になり、「純喫茶コレクション」を始めるまでになったのは、2つ理由があります。

日常の延長に存在するにもかかわらず、開けた扉の向こう側にはこんなにも非日常で落ち着ける空間があったのかと驚いたこと。そして、訪問する数を重ねるごとに実感する、同じ内装が2つとしてないことの素晴らしさに惹きつけられたこと。

均一された安心感のあるチェーン店や真新しくぴかぴかなお店にも、もちろんそれぞれの魅力があります。それでも私が純喫茶にばかり魅了されてしまうのは、昭和の時代から長くたくさんの人々に愛されてきたという事実、店内の家具などに見られる年輪、適切な距離感の接客(時にはとてもフレンドリー、時にはあえて放っておいてくださるあたたかさ)、お手頃価格にもかかわらずサービス精神にあふれた個性的なメニューたちなど、たくさんの要素に毎回感動してしまうからです。

古瀬戸珈琲店の「アイスカフェオレ」古瀬戸珈琲店の「アイスカフェオレ」

純喫茶はどこの街にもだいたいあるものですが、普段暮らしている地域や通り過ぎる街ではあまりにも見慣れた風景になってしまって、誰かに言われてはじめてその存在に気が付く、ということもあるかもしれません。

店内でくつろいでいるときに周りを観察してみると、自分の生活にも役立てられそうな、さまざまな工夫が凝らされていることにはっとします。例えば、運ばれてきたメニューの美しい盛り付け方、野菜の切り方、ちょっとした隠し味……。家庭にある材料で作れるものが多いゆえ、参考になることもたくさんあるのではないでしょうか? センス良く配置されたインテリア、テーブルの上に置かれた調味料などが、ちょっとしたアイデアの宝庫だったりすることも。

ほかにも、お店の方々のお客さんに対する接し方。自分だったらどんなふうに声をかけてもらったらうれしいか、どういう気分の時は放っておいてもらいたいかなど、近しい人たちとのコミュニケーションにも役立つのです。また、年長者とお話しする機会が少なくなったこの頃では、お店のマスターやマダムと気の置けない会話をするのも楽しいひとときです。

純喫茶の雰囲気に慣れるまではテレビや雑誌などで紹介される有名なお店たちに足を運ぶのも良いと思います。その中で、「自分に合った、好きなお店」と出会うと、純喫茶との距離がぐっと縮まり、さらにリラックスする場所となるのではないかと感じます。

居心地のよい純喫茶でのんびりとした時間を過ごすのもひとつの楽しみ方。そして、誰かと語らいたい時やお酒が飲めない人と一緒の時でも心強い存在です。早朝から深夜まで営業しているお店もありますので、時間帯を選ぶことなく利用しやすいのもありがたい限り。

小腹が空いたとき、少し疲れて休みたいとき、本を読みたいとき、ゆっくり考えごとをしたいとき、もちろん何もしないで一人たたずんでいたいとき、いつでもそっと寄り添ってくれる純喫茶という場所。気になったお店から巡ってみて、日々の中に自分のお気に入りの時間を作ってみませんか?


※記事内の情報は執筆時点(2019年8月)のものです

著者:難波里奈

難波里奈

東京喫茶店研究所二代目所長。日中は会社員、仕事帰りや休日にひたすら純喫茶を訪ねる日々。「昭和」の影響を色濃く感じるものたちに夢中になり、当時の文化遺産でもある純喫茶の空間を、日替わりの自分の部屋として楽しむようになる。ブログ「純喫茶コレクション」、著書『純喫茶コレクション』、『純喫茶へ、1000軒』、『純喫茶、あの味』、2018年7月には4冊目の著書となる『純喫茶とあまいもの』、8月には『クリームソーダ 純喫茶めぐり』、12月には『純喫茶の空間』を上梓。純喫茶の魅力を広めるためマイペースに活動中。
Twitter:@retrokissa
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編集/はてな編集部

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