自分の働き方と趣味の関係に気付いた、アイドルの「やなこと忘れて騒ごうぜ」という言葉

 千紘

趣味グッズ

「やなこと全部忘れて騒ごうぜー!」

――全部忘れたいほどのやなことは、別にないんだけどなぁ~。

アイドルのコンサートでこんな煽りを初めて聞いたとき、思わず心の中でツッコミを入れてしまった。しばしば、たくさんのアイドルから似たような言葉を聞く。お決まりのフレーズになっているのは、アイドルが仕事や家庭といった、日常からの「現実逃避」の象徴として成立してきたということだろう。

でも、私にとってはアイドルこそが一番の「現実」なので、どうにもこの言葉には違和感を覚えるのだ。

私の嫌なことは、仕事や恋愛で起こることではなく、コンサートのチケットが取れなかったり、新曲で推し*1の歌唱パートが少なかったりすることなんだけどな、と本気で思ってしまう。

なぜアイドル鑑賞という趣味が、私の中で一番の現実となって、喜怒哀楽を生産する頂点に君臨してるんだろうと、自分のルーツを振り返ってみた。すると、自分の働き方のスタンスに趣味という存在が大きく関係していることが分かった。

申し遅れましたが、社会人歴10年ちょい、現在ジャニーズ事務所所属・Hey! Say! JUMPの八乙女光くんのファンをしている千紘と申します。

趣味のためにお金を稼ぎ始めた学生時代

私が初めて芸能人に興味を持ったのは高校生の頃。テレビに出ていたお笑い芸人さんを生で見てみたくて、劇場に通い始めるようになった。そしてチケット代や電車代などを捻出すべくお弁当屋さんでアルバイトを始める。時給は決して高くはなかったが、月にするとお年玉でしか見たことのない何万円というお金がもらえることには、新鮮な感動があった。

初めてのアルバイトは、毎日失敗ばかりで怒られっぱなしだった。鮭弁当に鮭を入れ忘れたり、何度もチキン南蛮を焦がしちゃったり。全てが初めての社会経験。

社会経験といえば、劇場での人間関係もそうだ。年齢や住んでいるエリアも違う趣味つながりの友達という新しい人間関係ができた。今まで入ったことのなかった飲食店に行ったり、化粧を教えてもらったり。チケット代と交通費以外にも、たくさん、新しいお金の使い方を覚えた。

劇場で大好きなお笑いを見て、同じものを愛する友達と楽しい時間を過ごす。好きなことと、好きな人しかいない最高に幸せな趣味の時間。それを自分の労働で実現しているという達成感。言うまでもなく、私の生き甲斐であり、生きる目的になった。

お笑いにハマっていたころ

当時劇場のライブは撮影可能だったので祖父の形見のカメラで撮りまくっていた

趣味の時間は、最高と最悪な気持ちが同居する

大学生になると、その生活はより加速。月15日くらいは劇場にいて、アルバイトを掛け持ちするようになった。大学のときのアルバイトでも嫌なことはあった。だけど、嫌になったら辞めれば良いと考えていたし、趣味のためだと思えば頑張れた。

だがその一方、趣味の時間でも、嫌なことは起きる。

チケットが取れなかったこと、推しの芸人がM-1グランプリなどの賞レースで勝ち進めなかったこと、同じ推しのファンへ嫉妬してしまったこと、そこで出会った友達との人間関係などなど。

趣味の時間に発生する嫌なことは、アルバイトの嫌なこととは比べものにならないくらいに深刻だった。だって、嫌でも辞められない。一見、「趣味こそ、嫌なら辞めれば良いし他に楽しいことなんていくらでもある」と思われそうだが、ないのだ。だって、私の生活の中の最高に幸せな時間は、趣味が作っているから。

こんなに生き甲斐だと思えるものに出会えたこと自体が奇跡なのに、代替品なんてそう簡単に見つかるはずがない。この趣味でしか、こんな幸福感を得られない。

そうやって、最高と最悪が同居する趣味という存在は、自分の日常で喜怒哀楽を生産するもの……つまり私にとっての「現実」になったのであった。

と言いつつ、私も社会人になる頃にはすっかりアイドル(Hey! Say! JUMP)へシフトしてしまったので、代替品見つかってしまっとるがな、というツッコミを自分で入れておく。

趣味が目的、仕事は手段

さて、趣味のフィールドは変われど、その感覚のまま社会人になった私。

生活の中で一番大事なことは趣味であり、一番つらいことも一番幸せなことも趣味で起こることで、趣味こそが一番の現実だ。

つまり、私はアイドルという趣味を「現実逃避」という手段にしているわけではないのだ。

私にとって、仕事はその現実を叶えるための手段でしかないのではないか、と思う。趣味が目的で、仕事が手段という考えは、社会人になっても全く変わらなかった。

だから、アイドルに「やなこと全部忘れて騒ごうぜ」と言われても、私にとって「嫌なこと」って……? となってしまう。

むしろ、そう言われると「私の生き甲斐であるがゆえにあなたをたくさん見られないことや、あなたのことを考えたときに発生する数多の喜怒哀楽がときに私を嫌な気持ちにさせるんだよ!!! でもあなたのせいじゃないよ!!! あなたが好き過ぎる私のせいなんだよ!! 総括するとそんな気持ちにさせるくらいあなたは魅力的な存在なんだよ世界で一番アイシテルーーーーーーーーー!!!!」と心の中で騒いでしまうだけなのだ。

これが逆の場合。仕事を円滑に進めるため、現実の生活でストレスを溜めないために趣味がある、仕事が目的で趣味が手段なのであれば、「やなこと全部忘れて騒ごうぜ」というフレーズはしっくり来るのではないだろうか。

千紘さんのオタク活動を支えるグッズたち

銀テープをはじめ「落下物」と呼ばれるコンサート中に振って来る思い出たち

逆転現象による違和感は「やなこと」といったネガティブなことだけではない。

冒頭で述べた通り、私の今一番の趣味はHey! Say! JUMPというアイドルグループなのだが、Hey! Say! JUMPの楽曲に『明日へのエール』という、明るく爽やかな応援ソングがある。聴いている人が元気をもらえるような、人生を応援してくれる曲だ。どんなアイドルにもアーティストにもこういった曲はあるだろう。

だが、私はそんな曲に自分の人生を当てはめて「励まされるわぁ……」「明日仕事頑張ろう……」と応援を受け取るのは非常に難しい。その代わりに、「この曲初めて歌ったときの衣装、本当にかわいかったなぁ……」「この曲のダンス、そろってて本当にかっこいいんだよなぁ……」という思い出は、めちゃくちゃに元気をくれる。またこの曲を歌う推しを見るために、仕事をしてお金を稼がないとなという気持ちにもなる。

そうやって、違う角度から確実なパワーになっては、いる。

とはいえ、シンプルに趣味を現実逃避として利用することもある。無茶を言ってくるクライアントには「この人には推しがいないんだろうな、だからこんなこと言ってくるんだ……仕方がない!」と思ったり、仕事でトラブルがあったときには「週末のコンサ-トのチケットが取れた幸せとの等価交換でそりゃトラブルも起こるよね……仕方がない!」と思ったり。ライトに逃げたいときにはオススメの考え方だ。

異世界に転生した気持ちで、趣味ファーストを開き直る

仕事や生活を支えてくれる・豊かにするための趣味なのか、趣味を支える手段として仕事をしているのか。趣味を持っている皆さんはどちらが多いのだろうか。

私の場合は、圧倒的後者だ。ただ、後者である自分の生き方を誇るつもりは一切ない。「そんなんじゃだめだよ」「いつまでそんなことしているの」なんて言葉を投げかけられた経験だってある。趣味こそ現実だということ自体が、そもそも自分を主役にした人生から逃げ出しているのではないか……と思うこともある。

だけど、それは悪いことじゃないよと開き直ってここまで生きてきた。異世界に転生したら趣味のために働く会社員だった件。とでも言い出せば、何だかこの思考回路も許される気がする(今異世界転生ブームだし)。

とはいえ、一般的には趣味の時間よりも、仕事をしているときの方がつらいことが起こりやすいように思う。

なので、「趣味はほどほどに」という人にも、仕事でつらくなったときには、その瞬間だけでも趣味ファーストに気持ちを切り替える方法をオススメしたい。

自分には趣味がある

趣味のために生きているから仕事で嫌なことがあっても大丈夫

趣味を最高に楽しむために仕事で泣いている暇はない

趣味を成立させるためにはお金が必要だ、働かなければ!

なんていうふうに。ちょっと極端だけど、こうやって逆転させちゃえばいい、そのときだけでも。

その趣味は私のようにお笑い芸人やアイドルといった芸能人に限らない。アニメや漫画でもいいし、海外旅行でもいいし、友達とおいしいゴハンを食べることでもいい。本当に些細なことでも何でもいい。そうすると、仕事が嫌だなぁと思うより先に「幸せな時間のために、仕事をしよう」という切り替えができるかもしれない。そういった目的意識は、人を救い、生命力をくれると思っている。

きっと私は、趣味という目的がないと、マトモに社会人なんてできない人間なんだと思う。趣味がなければお金を稼ごうという気持ちにもなれないし、仕事をせずずっと家で寝ている人間になっていた気がする。例えば家事全般がすごく苦手なのも、趣味と家事が紐づかないからなのかな、とも思う(料理研究家のファンになったら、台所に立つ時間が増えるかもしれない)。

千紘さんのオタク活動を支えるグッズたち

眺めているだけでコンサートを思い出せる、双眼鏡やペンライト

つまり、私の場合は趣味があるおかげで、毎日会社に行けているし、人並みにお金を稼げているし、普通の社会人生活が送れている。

趣味に使うお金を与えてくれる仕事に、私は多大な感謝をしている。「手段」にしかすぎないのに、仕事が楽しかったり達成感を覚えたりすると、お金のために働いているのに副次的な効果まで得られてラッキー!と思えることも、感謝を増幅させてくれる。

「さすがにこんなに趣味のことばかり考えていていいのか?」と弱気になるときもゼロではない。でもそんなときも「いや、平日社会人ちゃーんとやったし!」「仕事頑張ったから、趣味に全力出していいんだ!」と罪悪感を消してくれる。

仕事こそ、趣味の応援団だ。

趣味に生きる私を受け入れてくれることもあった

実際に、仕事をしていて趣味を応援してもらえることもあった。

最近の話をすると、クライアントから依頼を受けた案件がなかなかうまくいかず、今のままじゃ合わせる顔がないという事態に陥った案件があった。担当の方とは、よくアイドルや俳優の話で盛り上がり、私の推し話もよく聞いてくれていた。とても良くしていただいていたクライアントなので、今回のことで、契約や今後のお付き合いがなくなってしまったらどうしようと本当に心配だった。

打開策を必死で考え、戦略がかたまったところで、営業担当が現状の報告と今後の方向性について、電話を入れることになった。今後のことなんて想定でしかないため、現状を報告した時点で、お叱りの言葉や厳しい話をされるかも……という電話だ。

だが、電話が終わったとき、営業は笑いながら私のデスクにやってきた。何とクライアントから「そんなことよりもさ、千紘さんが好きなアイドルのツアーが中止になったっていうニュース見たんだけど、大丈夫そう!? もう、気になっちゃって」と私の身を案じる言葉があったというのだ。

いや、そんなことある? 真っ先に私の趣味の心配を!? こんなことがあるのかとびっくりした。もっと趣味を頑張って、笑顔で働く私を見せよう、趣味を支える仕事でしっかりとお返ししようと思わせてもらった有り難い応援メッセージだった。

永遠なんてないけど、後悔はない

お笑いという趣味がくれた初めての最高に幸せな時間は、アイドルへの目移りによって終わりを迎えた。だから、今のアイドルという趣味の最高な時間がいつかなくなるとしても、自らが目移りするか、自分のライフスタイルの変化が理由になると思っていた。時計の針を止める権利は自分にあるんだと。

だが、どうやらそうではないらしい。アイドルグループの脱退や活動休止といった出来事が続き、私の推しグループも、10周年を迎え安定期に入るのかなという直後にメンバーが留学するというニュースが飛び込んできた。素直に絶望した。自分が愛とお金と時間を投下し続ければ、この最高に幸せな時間は形を変えず永遠に続くものだと、勝手に思っていたのだ。

正直、永遠はないという恐怖を落ち着ける方法は見つかっていない。だけど、例えば勤めている会社だって急に倒産するかもしれない。そもそも趣味に限らず、永遠なんてどこにもないんだ、考えても無駄だ、と言い聞かせてはいる。これは文字通り現実逃避だ。

結局は、この時間が永遠じゃないことを片隅に置きながらも、今、目の前の趣味を全力で楽しむことしかできない。お笑いのファンだった時代を思い出すと、戻りたいと思うくらいに楽しかったことばかりが走馬燈のようによぎる。だからこそ、もし今の趣味に何か起きても、「楽しみつくしたな、青春だったな!」って思うくらいに、今を全力で生きていきたい。

***

「やなこと全部忘れて騒ごうぜー!」と言ってくれるアイドルが思い浮かべるのは、仕事や生活を一生懸命頑張って、日々の息抜きに自分たちを求めてくれるファンなのかもしれない。理想的なファンじゃなくて申し訳ない。それはごめん。マジで。

だけど私は、生き甲斐であり、仕事の目的であるアイドル、趣味のお陰で、今日も自分の意志で会社に行き、感謝しながら仕事をすることができている。ちょっと儚さも孕みながら。私のような「趣味が現実」のようなのめり込み方でないとしても、「何かのために頑張れる」「この幸せな時間が待ってるから乗り切れる」そんなふうに思えれば、ちょっとだけ視界がクリアになるかもしれない。

労働させてくれて、納税させてくれて、国民としての義務を果たさせてくれてありがとう、推しの八乙女光くん。異世界の果てで、私は今日も仕事に励んでいる。

著者:千紘id:kagekina-replica

千紘

「Hey! Say! JUMP」八乙女光くんにフルスロットルなジャニヲタの端くれ。女子アイドルも好き。
Blog:過激なレプリカ
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編集/はてな編集部

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*1:主にアイドルグループなどの間で、特に好きな人のことを指す