はたらく女性の深呼吸マガジン

イーアイデム

首都圏と地元、どっちにも住みたくて約800kmの遠隔社員をした話

イラストと文 さくらいみか
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はじめまして。会社員をしつつ、たまにネットで記事を書いたり、編み物制作をしたりしているさくらいみかです。Web系のエンジニアのような仕事(プログラミングやWebまわりいろいろ)が本業です。

私は大学進学を機に上京して以降、住む拠点を5回変えています。就職を機に地元である島根に戻り、また上京したり、また戻ったり上京したりして、2018年現在は東京にいます。

行ったり来たり、ちょっと参勤交代っぽい感じです。居住歴をまとめると、こうなります(上京したときに住んでいるのは東京・横浜なので、ここでは「首都圏」とまとめます)

年表

行き来をする頻度もわりと多めだからか、初めて上京(遠距離引っ越し)する人が感じる「大掛かりさ」のようなものは、もう感じなくなりました。もしかしたら引っ越し慣れしてる転勤族や、頻繁に海外を行き来する人だと国内の移動はもっと気軽に感じてるかも……?

移動は何度かしていても職場が変わったのは一度のみで、現在会社員生活は16年目です。

2012~2015年の3年間は会社のある首都圏から離れ、地元・島根で遠距離在宅リモートワークをしていました。職場との距離は約800km。一人だけ違う地域にいるという状況で、直接人に会う仕事は年に2度ぐらい。昨今ビデオ通話も発達してるし、ネットを介せば打ち合わせぐらいいくらでも……! 特に問題ないのでは? と思いきや、思わぬ問題が発生しました。

今回は遠方でのリモートワーク時の話や、そこから気付いたことを思い出していきたいと思います。

島根の暮らし、ここが好き

そもそも私が上京したり島根に戻ったりを繰り返すようになったのは、「地元暮らしが性(しょう)に合っている」というのがあると思います。その中でも、最近気に入っているポイントを挙げてみると、こんな感じです。

  • ほどほどにのんびりしているが、利便性もある
  • 首都圏にいるよりも何もかもがコンパクトに済む
  • 車生活が楽過ぎる(駐車場、どこ行っても安い、もしくはかからない)
  • ほんのちょっと移動すれば自然と触れ合える


わりと山や川などにテンションが上がるタイプなので「自然と触れ合える」も入れてみました。こんな地元での車生活に慣れていると、首都圏暮らしの電車メインの交通手段や用事があってもコンパクトに済まないところに抵抗を感じるようになります。

都会でも車生活はできなくないと思いますが、やっぱり「どこへ行くにでもささっと車で」な訳にはいかず、渋谷や新宿に車で行こうもんなら駐車場代が気になって落ち着きません。都内で車を使ったこともありますが、何日か置いていても無料な地元の空港のことを思い出しつつ「街の様式が車生活と合っていないんだな……」と実感するばかりでした(……というようなことが気になるのは、地元暮らしをしている最中や上京直後くらいなものですが)

しばらく暮らしていれば都会暮らしにも順応しますが、帰省するたびに「なんて住み心地がいいんだ!」とかなりくつろげているような感覚を覚え、そのまま居着きたい衝動に駆られるのです。そんな感じのため、まず大学を卒業し就職をするときに地元に戻りました。

仕事や遊びを重視するなら、上京したい

地元で働きつつ、居心地のよさを感じつつも「仕事」の面ではやはり首都圏の方がいいなと感じることが次第に増えてきました。元々、「Webデザイン寄りの仕事」がしたいと思いつつも、住む環境を優先して「Web系の仕事もあるシステムエンジニア」に就いたのですが(地元には希望している職種に合致する求人がなかった)、やはり元々希望していた職種に転職したいという思いが強くなってきたのです。

地方だと転職先の選択肢も少なく、首都圏の求人の方が数も多いし、面白そう。そもそも交友関係も、地元に残っている友人よりも首都圏にいる友人の方が多かったこともあり、だったらひとまず「仕事」や「遊び」を優先させてもう一度上京することにしました。転職先はデザイン会社で、希望に沿った転職ができました。

転職をしてしばらくたったとき、「もし、またいつかUターンするとなったときに、今やっている仕事をそのまま続けたい」という考えが浮かびました。となると、フリーになって今の会社の仕事を請け負う……みたいな流れになるのか? それって可能なんだろうか? と思いました。

そんな話を職場に相談したのが2009年ごろ。もらった答えは「そうなっても会社自体を辞める必要ないのでは」でした。

社員が十数名の個人経営の会社で、新しい試みもチャレンジしやすい社風だから……とは言え、そういうのアリなのか! と、今ほど「会社員の働き方の多様性」なんてなかった(ような気がする)10年前に、1ミリも予想してなかった展開です。

その時点では「もうちょっと経験を積んでから、ゆくゆくそんな流れになれば」という感じで話がまとまりました。

話としてとてもありがたかったこともあり、徐々に「また地元に戻ろう」欲も高まっていきました。2~3年後をめどに地元暮らしを選択することに決め、会社の規定をどう整えていくか、どうやり取りするか、そんな話も徐々に具体化していきました。

マイナスイオンをやたら浴びたがる期に突入

突然ですがそんな頃、「自然に近いところに住みたい」に加え、山や川を見たい欲が高まりまくっていました。一度行って気に入った青森の奥入瀬渓流へは再度足を運んだり、「マイナスイオンを浴びたい」とたびたび言っていました。

2009年秋・奥入瀬渓流にて

都内で気に入ったのは小石川植物園。都会でも手軽にマイナスイオンは摂取できるけど、やっぱり本物の山や渓流にはかなわないな……と、田舎にやたら行きたがっていました。

それならば自分の家の壁紙をいっそ大自然の写真にしてしまおうかと考えたり、観葉植物を育てようとしては枯らしたり、家の中でも渓流音が聞きたい……とCDを入手して、その音源を延々と流したり。

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今思うと、都会生活に疲れてきたのがこんなふうに現れ、より「地元に戻りたい」というテンションになっていってたような気もします。

遂に遠距離リモートワークを開始

地元へ戻る話を進めようとしてたころ、東日本大震災が起こりました。このとき出勤が困難になった社員がリモートワークを試す流れもあり「これから必要になるもの」だと、社内でより意識されるように。2012年、いよいよ地元へ戻りリモートワークを始めることになりました。

親とはやはり生活のペースも違うだろうということもあり、一人暮らしのアパートを借りました。実家からちょっと離れてるけどまあまあ通いやすい、静かな住宅街です。休みの日に引きこもって何かに没頭するのが好きな方なので、誰にも会わず自宅で会社員をする生活に関して面白いほど何も心配していませんでした

首都圏と島根で離れてしまう交友関係については、「みんなが遊んでるところに行けない悔しさは多少あるけど、いまはSNSもLINEもあるし通話もネットにつなげばできるし、上京したときに集中して遊んで元を取ろう」ぐらいな感じに思っていました。

この勤務形態は『サテライト勤務』と会社では呼ばれ、会社のスケジュール通りに勤務します。

  • 出勤・退勤はウェブ上でのログイン・ログアウト
  • 出勤時と同じように、朝の出勤時刻から定時までは、PCの前にいる
  • 職場に自分宛にかかってきた電話は、自宅に転送(かけた人は遠方にいると気付かない)
  • チャットでいつ話しかけられても、すぐに返信できるようにする
  • 週一の社内全体の会議(スケジュール調整)にはビデオ会議で参加

設けられたルールはこんな感じです。出勤と言いつつも自宅にいるため、お昼休憩の時間などに家の雑用もしやすく、時間的な効率もよくなったなと感じました。また、フリーではなく会社員としてリモートワークをしているため、仕事量やスケジュールを会社にある程度コントロールしてもらえたのは気持ち的にもとても楽でした。

これならどこにいても仕事ができる! と思いきや、やってみないと分からなかった予想外の出来事も起こりました。

会社に属しているのに、属していない不安に襲われる

本当に自分一人だけ距離が離れ、誰にも会わない状態での仕事が始まってしばらくすると、なんと予想外に孤立感が。「自分が社会的に属してるコミュニティが、この地域には一つもない!」と思えてきたのです。地元に友人がまとまって残っていた訳でもないので、人と会うときはだいたい2~3人。そうなるとコミュニティという感じでもなく、家族はまたなんか別物だし……「社会と関わってる」とはならず、やっぱり「属してない」感覚のままです。

ひとりで外出すると、なにかしらのコミュニティが目に入ります。すると「ああ、こういうの最近ないな」と自分の中で認識します。人に会って、職場の話を聞いたりします。すると「自分にはないやつだ」とそこでも認識します。その積み重ねか、「どこにも属していない感」が強くなりました。

「会社には属しているはずなのに、なんだこれ」という感じで、そんなところにこだわるということ自体、自分でも予想外でした。最初はあんなに「大丈夫だろう」と思っていたのに。

その一方で、無理にどうこうできる話でもないし「そのうちどうにかなるだろう」と開き直り、「身体でも鍛えまくろう、せっかくジムも安いし!」となりました(スポーツジムの会費が都会より安い。そして車ですぐなので定時後でも通いやすかった。入浴してもそのまま車に乗り込めるのもいい!)。多いときで週5で通い、少なくても週2ぐらい。顔も覚えられ、インストラクターの方々にすごくアクティブな印象を与えてたようです。

当然「社会に属してる感覚」にはなりませんでしたが、おかげで体幹が鍛えられ、腰痛が治りました。

「人と交流する時間が減った分、時間ができた」「それなら今までできなかったことを!」というのは直接の解決にはなっていないかもしれませんが、いい時間を過ごせたと思っています。直接の解決がすぐにはできない場合は、代わりに何か有意義なことを見つけるのも大事だなと感じました。

難しいやり取り、どこまで妥協する?

会社との距離が遠過ぎるので、打ち合わせにそう簡単に出向くことはできません。そのため基本ビデオ通話での話し合いになります。やっていくうちに、今まで社内でやっていたのと同じやり方で進めるのはなかなか難しいと気付きました。

もちろん、うまくいく打ち合わせもあります。課題に沿って、画面の向こうとこっちで対等に情報を共有し、丁寧に物事を決めていければ、問題なくうまくいくと思います。

ですが「参加者のひとりが画面の中にいて、みんなで話し合う」(雑談やブレストのような)タイプの打ち合わせだと、こんなことがよく起こります。

  • 画面の向こうで何かを指差し「これがこうなって」と言ってる様子は見えるけど、え? なんの話⁉︎ となる(代名詞を使われると、分かりづらい)
  • ビデオ通話の具合が悪く音飛びしたけど、雰囲気的に盛り上がってると流れを止めて聞き返せる感じじゃない
  • 画面共有した状態のまま議論されると、自分だけ向こうの様子が見えてないので、口を挟むタイミングが掴みづらい
  • 自分が喋るときだけみんなが身構えるので、こちらも少し遠慮気味になり、「早く済ませなくては」という気分になる(これは気の持ちようか……)
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人と話をするときは「直接会わなければ伝達情報量が少なからず減る」と実感しました。伝わる情報や発言権がどうしても偏るためです。さらに、「慣れ親しんだ同僚との慣れているはずの打ち合わせがいつも通りにいかない」という状況が余計そう感じさせるのかもしれません。

モニター越しで、誰が何を話しているのかをずっと聞き取ろうとしているためか、長丁場になると疲れてきて、ペースについていきにくくなります。そのうち、何かを決めていくようなタイプの会議には参加せず、要点をまとめてそれを伝えてもらう方向へとなっていきました。

伝わりづらいやり取りは省いていった方が、もちろん効率はいいです。仕事自体はスムーズに進むようになりました。ですが、仕事自体が単調に感じるようになり、メリハリが減っていきました。なんだかちょっと物足りません。

そういえば普通に会社勤務していれば、打ち合わせがあったりデスクワークがあったり、いろんなタイプの作業があったなぁ、と当たり前だったことまで懐かしくなります。

人と話す機会が少なくなった分、なんだかものすごく声を発し足りない感じも出てきました。人と会わない生活でも結構大丈夫だと思ってたのに、もっと声を発したい……!! そんな欲も出てきます。

リモートワークというのは、いい面もあれば、こんな問題も出てくるのだなと実感してきます。何を重視し、どこを妥協するのが自分には合っているのだろう? と考えるようになりました。

また上京、そして振り返る

そんな「遠距離で会社の一員として働く方法」を模索しつつも、年に2度ぐらい、何泊かで上京するタイミングで「人と会うタイプの打ち合わせ」をまとめて入れていました。人と喋る機会が減り過ぎているため、上京自体がリハビリのような、半年分の人との交流を一気にしたような……そんな気分になっていました。完全に普段人と接してない反動です。

そして地元に戻ると、遠方にある人間関係や楽しそうなこと、可能性の豊富さに惹かれて「また行きたい」となります。そんなこんなで結局、丸3年でまた上京しました。その後の働き方はというと、ありがたいことにリモートワークを残しつつ、打ち合わせがある日は通常出勤といういいとこ取りの働き方をさせてもらえるようになっています。

地元での生活を振り返ってみると、寝起き・食事・仕事をする場所が全て同じ(部屋は分けてましたが)で、仕事での外出が3年ぐらいほぼない状況だったので、仕事の種類が単調でメリハリがないどころの話じゃなく生活自体にもメリハリがなさ過ぎたのかもしれません。となると、もしかしたら自宅外に作業場を設けるなどすれば、多少は起こった問題にも対処できた気もしてきます。

また、再び上京してから「日本語が通じづらい外国人に仕事の指示をする機会」が増えたのですが、「伝わりづらい」という状況が一致したのか、この遠方勤務時と重なることが多々あります。まず要点は手短に、無駄な情報はまず省き、伝わりづらさをなんとかしてやろうと試行錯誤しています。

総合的に見ると、私の場合は地元暮らしで心身ともにリセットされたのか、もうマイナスイオンをやたら摂取したがることもなくなっていました。「住む場所を選ばなくてもいい働き方」のおかげで、存分に自分の性に合った暮らしができました。住む拠点を変えることを大掛かりに捉えられることもよくありますが、一例として、「こういうのもありなのか」と頭の片隅にでも置いてもらえたらと思います。

著者:さくらいみか

さくらいみか普段はWeb系のエンジニアっぽい仕事をしつつ、たまに「デイリーポータルZ」等で執筆。地元ネタ、工作ネタ、食べ物ネタが多め。手編みの覆面、編みぐるみ、グッズ製作などもしています。好きな果物はスイカ。将来は忍者屋敷に住みたい。

Web:それにつけてもおやつはきのこ Twitter:@skrimk0218

次回の更新は、2018年9月26日(水)の予定です。

編集/はてな編集部