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会社員になって丸くなってしまった「ヤバイ就活生」のゆくえ

 近藤佑子
メチャクチャにヤバイ就活生 近藤佑子を採用しませんか?

こんにちは、近藤佑子と申します。2012年、就職活動中だった大学院生のときに個人制作した「メチャクチャにヤバイ就活生 近藤佑子を採用しませんか?」(以下、「ヤバイ就活生」のサイト)というWebサイトで知ってもらっていることが多いのですが、現在は出版社でITエンジニア向けのWeb記事の編集やイベント企画をしながら、インターネット業界を陰から支えています。

例のサイトは、当時私なりにインターネットで話題になりそうなコンテンツを研究し、パロディーサイトとして制作したものでした。時代も変わり、今はあのようなパロディーが肯定的に受け入れられるかも分かりません。また、一般の人のTwitterでの発言が何万リツイートもされるようになった今、4,000ツイートされたくらいでは大したことはないかもしれません。

私にとっては、初対面の人に自分から紹介するのも、サイトを直視するのも気恥ずかしい。けれども、あのサイトを面白かったと思ってくださる方、今回の「りっすん」のように寄稿のチャンスをくださる方がいて、本当にありがたいことだなぁと思っています。私の愛しい一部として、今もひっそりと電子の海に漂わせています。

今回は、「ヤバイ就活生」のサイト公開を経て会社員になった私が、新たに感じるようになった不安と、その向き合い方について書いてみたいと思います。

不器用だった学生時代、就活に難航してサイトを作る

地元の岡山県の風景

地元の岡山県の風景

昔から「自分って最高だなぁ」と思うときと「自分ってホントにダメだ」と思うときを、交互に繰り返しているように感じます。

私の地元は周りに田畑しかないような田舎で、実家は裕福ではありませんでした。成績は田舎の公立中学でトップで、自分では実力がよく分からなかったものの、当時の担任の先生に「京大に行ったらどう?」と勧められ、塾にも通わずに受験勉強をして一浪の末に合格できたことを今でも誇りに思っています。

しかしその後の学生時代は、とても器用とはいえないものでした。

せっかく建築学科に入ったにもかかわらず、どんどん高度になっていく設計の課題は苦痛で仕方がなかったし、オーケストラに入団したものの、楽器が下手で活躍できませんでした。生活面では周りの友人のようにアルバイトを掛け持ちして工夫することもできず、奨学金に加えて親に頼りながらやりくりするという情けなさでした(書きたくないほど情けない……)

大学院には二度目の受験で合格し、修士課程のときには就職活動がスタート。個人的に興味があり、知り合いも多かったIT企業を中心に受けていました。「京大卒東大院卒だし、すぐ決まるでしょ」と思いながら10社ほど受けましたが、結果は全てダメでした。そんな中、やけくそで作ったのが「ヤバイ就活生」のサイトです。

サイトの反響はあまりにも大きかったけれど、私が就職活動でうまく立ち回れるようになることにはつながりませんでした。結局、私が選択したのは、内定がないままの卒業、そして新卒フリーランスという名のフリーターのような存在、いわゆる「就職浪人」でした。

就職浪人中はいろいろな就職活動を試しました。まずは既卒枠での応募。転職サイトや転職エージェントを利用できるだけ利用し、ハローワークや派遣会社にも相談しました。

そうして、就職先のターゲットをIT系から「専門誌の編集者」に切り替えてからスルスルとうまくいくようになり、現在勤めている出版社に内定をもらったのです。

「ヤバイ就活生」が、会社員になって丸くなってしまった

さて、やっとの思いで就職した会社。

毎朝出社して、同じところに長時間座って仕事をして、時に外出して打ち合わせをしたり取材をしたり……そういった“ちゃんとした仕事”が、やってみると意外とできました。

専門性の高い内容を勉強する必要があるのも、自分に合っていました。ITエンジニア向けのコンテンツは、硬軟取り混ぜた多様な企画が作れるし、バズらせる醍醐味(だいごみ)もあります。さらに「ヤバイ就活生」のサイトがバズったことによる人脈は、仕事にもとても生きました。クライアントから指名を受け、携わることができた大きな仕事もありました。

自分に合ってる仕事ができて楽しいなあと、日々思っていました。大学院生のときは、研究室のデスクで長時間落ち着いて作業したり、論文をコツコツ書いたりすることすら難しかったので、驚きです。

毎月安定してお金が入ってくることにより、お金がないことや将来に対するヒリヒリとした不安がなくなり、気持ちはこれまでになく安定しました。学生の頃からやりたくて、でもずっと諦めていた歯列矯正を始めたり、セブ島への英語留学に行くことができたりしたのも、お給料があってこそでした。

セブ島の街並み

セブ島の街並み

順調に見える会社員生活でしたが、いつしか薄ぼんやりとした不安に襲われるようになりました。「なんだか私、丸くなってない?」と。

そう思うようになったきっかけは、いろいろあります。27歳で(実質)新卒入社した私は、修士課程まで今の仕事に直接関係のないことを学んできました。しかし、ギャップイヤーがあったとしても納得のいく進路を考え続けてきたし、それらは全て自分の深みになっていると信じ続けてきました。

けれど、新卒ストレートで会社員になって、年下なのにキャリアを積み上げている人を見ると、今までの自分を否定したくなってしまうのです。「こういうことを成し遂げたいんだ」と意欲に燃えている人を見ると「ああ、私、そういうのがなくてつらいな」と思うようになってしまいました。

貧乏から這い上がって京大に入ったこと、時間がかかりながらも行きたい進路を見つけて努力したこと、こんなことが成せるのは私だけじゃないかと信じ、研究や活動を頑張ったこと。ヤバイ就活生のサイトを作ったときのギリギリの集中力。青臭いし、器用じゃないけれど、昔の私にあった使命感のようなものが、会社員としてうまくやっていく社会性と引き換えに失われてしまったなぁと、思ってしまうのです。

「自分って最高だなぁ」と思っていたのに「自分ってホントにダメだ」に変わってしまう。もっと頑張りたいのに、やりたいことが希薄になってしまう。

私はまだ「何者にもなれない」自分ではいたくないと、思い続けているのかもしれません。自分自身は成長しているはずなのに、「ヤバイ就活生」という過去を超えられない自分に、やきもきしているのかもしれません。

アウトプットすることが次につながった

私の仕事はITエンジニアに役立つ記事を制作する編集者なので、たくさんのITエンジニアと接する機会がありました。ITエンジニアの人たちが勉強会でたくさんの仲間に出会ったり、仕事で学んだ知見をカンファレンスで発表したり、書籍や記事にアウトプットしたり……すごく楽しそうにしている姿をいいなと思うとともに、うらやましいと思っていました。

もともと私は、自分の誕生日会を主催したり、原付で東京湾を一周したり、セブ島に英語留学したりと、プライベートはアクティブな方で、体験したことを勉強会でプレゼンすることもありました。それらの発表は面白がってもらえましたが、仕事については、編集者としてもメインストリームではないし、ITエンジニアの当事者でもない。「誰が私の仕事の話を聞きたいんだろう」と思っていたのです。

そんな私に、転機が訪れました。ある大きな仕事の担当者が退職すると聞いたとき、「この仕事は私がやりたい」という使命感が降って湧いたのです。しかし、その仕事をやらせてほしいと勇気を出して伝えたものの、希望は聞き入れてもらえませんでした。その仕事の大きさに対して、入社して3年もたっていない社員では分不相応だったのでしょう。その日の夜、参加予定だった勉強会に泣きながら行き、Facebookにこう書いたのでした。

「5分でも10分でもいいから、登壇の機会を増やそう。私、開発者(ITエンジニア)じゃないから面白い話できないな〜と思うんじゃなくて、できるように日々を頑張ろう」

その投稿への反応は、私の発表を楽しみにしてくれる声、実際に登壇のお誘いをくださる声、さまざまでした。実際にその後半年で、私が目標として掲げた10回の登壇を達成することができました。さらに、自分の仕事に直結した「ITエンジニアにコンテンツを届けたい人向け」の勉強会を企画し、10人の登壇者、40人の参加者を集めることができました。

ITエンジニアにコンテンツを届けたい人向けの勉強会「Tech Pub」での登壇の様子

ITエンジニアにコンテンツを届けたい人向けの勉強会「Tech Pub」での登壇の様子

やらせてもらえなくて悔しかった仕事は、半分はもぎ取ったような、半分は認めてもらえたような形で、携わらせてもらえることになりました。「こういうことがやりたい」と思っているだけでは、なかなか伝わらなかったのだと思います。周りに発信すること、それを受けて行動し続けることが、結果としてチャンスにつながったように思います。

しかし、「自分が丸くなってしまったのではないか」というのは、まだまだ向き合い続けている課題です。やりたかった仕事に携われるようになった後、今度はそれをどのようにやっていけばいいのか、もっと良くしていくにはどうしたらいいのか、悩み続けています。さらには、これまで以上に強いインパクトを残せる行動が、仕事でもプライベートでもなかなかできていないことに、もやもやとし続けています。

思い返すと、「ヤバイ就活生」のサイトを公開したときも、バズってから就職活動家と名乗って行動していたときも、周りの助けやフィードバックがあり、自分を奮い立たせることができました。超えるべき自分が過去にあること、周りが温かく見守ってくれることは、とても幸せなことなのかもしれません。

今回の記事を書くにあたり、昔つづった文章を読み返して思い出した出来事があります。

私が「ヤバイ就活生」のサイトを公開して予想以上にバズり、他人からの反響や炎上のリスクに対して戦々恐々とし、毎日のように泣いていたときのこと。私がSNSで内々に「心が折れる」と書くと、すぐにサイトの制作を手伝ってくれた友人からメッセージが飛んできました。「就活をハックしている感じ、最高にクールだ」と。

彼がサポートしてくれたことを思い出しては、クールだと思ってもらえる生き方をしていきたいと決意する。メインストリームに乗ろうとしてやきもきしなくても、自分なりのやり方で人生をハックしていく。「私、できてんじゃん!」と、自分に拍手を送りたい気持ちになったのでした。

著者:近藤佑子id:kondoyuko

著者イメージ

1986年岡山生まれ。京都大学、東京大学大学院で建築を学び、大学院修士2年生のときに個人制作したサイト「メチャクチャにヤバイ就活生 近藤佑子を採用しませんか?」が話題に。現在は東京のIT系出版社に編集として勤務。趣味はテクノロジーや自分をハブにしたイベントを作って遊ぶこと。共著『女と仕事 「仕事文脈」セレクション』(タバブックス)。
ブログ:kondoyukoのカルチュラル・ハッカーズ
Twitter:近藤佑子 (@kondoyuko) | Twitter

次回の更新は、2018年8月22日(水)の予定です。

編集/はてな編集部