
映画は、監督をはじめ、撮影、脚本、美術、衣装、キャスティングなど、さまざまな仕事を担う人たちの手によって作り上げられています。エンドロールを眺めていると、その役割が想像しやすい仕事もあれば、「これは具体的に何をしているんだろう?」と思うものもあることでしょう。
その一つが「スクリプター」。「スクリプトというくらいだから、台本に関わる仕事?」と思う人も多いかもしれません。けれど実際には、映画の撮影前から現場、そして完成まで深く関わる、映画づくりには欠かせない重要な仕事なんです。

今回お話を伺ったのは、公開中の是枝裕和監督作『ルックバック』や、10月16日に公開される西川美和監督作『わたしの知らない子どもたち』をはじめ、『国宝』『シン・ゴジラ』など、数々の話題作でスクリプターを務めてきた田口良子さん。
なぜ別で撮られた無数の映像からなる映画は違和感なく「つながっている」のでしょうか。そもそもスクリプターは、撮影現場で何を見て、何を記録しているのか。田口さんのキャリアをたどりながら、意外と知らないスクリプターの仕事について聞きました。
田口良子さん……1978年2月27日生まれ。スクリプター。長野市在住。1999年に石井輝男氏の監督作「地獄」にボランティアスタッフとして参加。石井氏の勧めでスクリプターを担当して以降、フリーランスで活動中。近年参加した主な作品は映画『GANTZ』『キングダム』シリーズ、『紙の月』(2014)、『シン・ゴジラ』(2016)、『浅田家!』(2020)、『シン・ウルトラマン』『さかなのこ』(2022)、『シン・仮面ライダー』(2023)、『国宝』(2025)など。
ISO「よろしくお願いします。まずは言いたい。『ルックバック』、素晴らしかったです!」
田口「ありがとうございます。私は冬編の撮影期間で最初の2か月を担当しました。完成台本を作る仕事があるので完成作は観たんですけど、現場で思っていた以上に、とても良いものになっていましたね」
尺予測から仕上げまで。「監督の秘書」スクリプターは、めちゃくちゃ重要な仕事だった
ISO「最初に、スクリプターがどんな仕事なのかを教えてください」
田口「簡単に言えば、監督の秘書のような存在です。プロデューサーや監督からオファーを受けると、まず台本が固まる前の準備稿を受け取って、完成品が何分くらいになるかを予測する。『尺出し』と呼ばれるものが最初の仕事です」
ISO「監督によって間やリズムも違うし、正確な時間を出すのは難しくないですか?」

田口「沖田修一監督(※)のように何度もご一緒している監督なら大体当たります。初めてなら過去作を観てテンポを考えますし、若い人の台詞なら口調が早いかも、と細かく想像していく。ただ、日本の脚本はト書きが少ないので、台本の印象と実際の映像はかなり変わります。『今ある台本から読むとこのくらいです』としか言えないですね」
※ 沖田修一さん……2006年に『このすばらしきせかい』で長編監督デビュー。主な監督作に『南極料理人』『横道世之介』『さかなのこ』ほか。
ISO「尺出しが終わると次はどんな仕事が?」
田口「撮影準備中は衣装合わせや美術などの打ち合わせに参加して、監督がどうイメージしているのかを把握します。撮影が始まると、撮影順やカット割りを記録して編集部に伝える。同時に、セリフや芝居、俳優の動き、持ち物、髪の位置、目線などの”つながり”を見ます」

『わたしの知らない子どもたち』で実際に使われた撮影順のリスト(提供:田口さん)
ISO「右手に持っていたコップが、次のカットで左手になっていないか、といったことですよね。でも大量にあるつながりを管理するのは大変そう……」
田口「それを台本にメモしていくんです。若い頃はすべてを神経質に合わせようとしていましたが、今はカット割りが決まれば『ここだけ合わせればいい』というポイントがわかる。ただ、食事のシーンはかなりシビアです」
ISO「どうしてですか?」
田口「どの台詞で何を取ったか、料理がどれくらい減っているかなど、見るものが多いんです。『さかなのこ』では沖田監督が俳優さんに『つながりを気にせずにお芝居をしてください』と伝えた時があって……。私は胃が痛かったですが、芝居を優先するならそれでいいんだと思います」
ISO「つながりだけがすべてではないと」

『わたしの知らない子どもたち』で田口さんが作成した「割本」(わりぼん)。カット割りのほか、使用範囲やテイク数、合成、音声素材などを書き込み、編集部へカットの使用内容を伝える(提供:田口さん)
田口「はい。仕上げでは監督と編集された映像を観て、『このシーンは別テイクの方がいい』といった意見を出したり、全体の流れについて話したりします。アフレコや合成があれば台本やリストを作り、最後に字幕などのもとになる完成台本を作る。ダビングにも立ち会うので、最後の最後まで関わります」
ISO「超大事な仕事だった……。もしスクリプターがいなければ?」
田口「現場自体は何とかなりそうですが、仕上げが大変ですよね。小道具、メイク、衣装、美術など各部署がそれぞれ『つながり』を確認しなければいけない。私がいれば『そこは編集で使わないから、つながなくて大丈夫』と言える。いることで全体の負担が軽くなっているのかなと思います」
偶然から始まったスクリプター人生。大切なのは監督との信頼関係
ISO「そもそも、どういう経緯でスクリプターになったんですか?」
田口「映画学校を出たあと、映画業界に入りたいけれど何をすればいいのかわからなくて。そんな時に石井輝男さんの『地獄』(1999年)がボランティアスタッフを募集していたので、演出部に入りました。当時の松竹では一番下の助監督が記録を担当していたそうで、石井さんに『君は記録をやりなさい』と言われたのが始まりです」
ISO「そう言われても、最初はわからないですよね」
田口「そうなんです。同じ現場にいた小林悟監督に書き方を教えてもらったんですが、今思えば全然だめでした。学生スタッフ中心の現場で、私もスチールを撮りながらだったので、きちんと記録できていなかったと思います」

田口「でも、一度やったら『ちゃんとできるようになりたい』と思ったんです。その後、Vシネマなどにも呼んでもらって、編集部の人に『何をどう書けばいいですか』と聞きながら覚えていきました。そのあと、スクリプターの師匠である宮腰千代さんに本格的に教えていただいて、それまで自己流でやっていたことが一気に整理された。そこでようやく仕事がわかってきた感じですね」
ISO「どんな人がスクリプターに向いていると思いますか?」
田口「主役タイプの人は向いていないかもしれません。自己主張が強い『姫』的な人というか(笑)。黒子になれる人が向いていると思います。あと、私は現場でよく『お母さん』と呼ばれるんです。撮影の芦澤明子さんのような大ベテランからもそう呼ばれたり。もしかしたら周りに安心感を与えられる人も向いているのかもしれません」
ISO「監督との信頼関係も重要ですか?」
田口「すごく重要です。特に初めて組む監督とは、お互い何者かわからない状態から私の意見を信用してもらわないといけない。演出についても意見を言うので、まず信頼関係を作ることが大事です」
ISO「演出について話すことも多いんですね」
田口「私はそれが一番好きなんです。つながりを見るのは、実は一番やりたくない仕事(笑)。本当はずっと監督と演出の話だけしていたいくらいです」
女性が担ってきた「見えない仕事」は、どう変わってきた?
ISO「スクリプターは、俳優に次いで早くから女性が担ってきた映画の仕事だと聞いたことがあります」
田口「世界的に女性が多い仕事です。私も以前は『女性のほうが向いているのかな』と思っていたんです。でも今回こうして聞かれてみると、それ自体が思い込みだったのかもしれない。単純にこれまで男性が少なかっただけで、性別に関係なくできる仕事だと思います。実際、男性のスクリプターもいます。ただ、専業の方はあまり聞かないですね」
ISO「これだけ作品全体に関わる仕事なのに、知名度が釣り合ってない気がします。業界内で正当に評価されている実感はありますか?」
田口「それは会社や現場によりますね。撮影なら画があるし、美術ならセット、衣装やメイクも目に見える。でも私たちの仕事には、具体的な形として見える『表現』がないので、歴史的に軽視されてきた部分もあるのかもしれません。ただ、先輩たちが頑張ってくださったおかげで、今はエンドロールでもメインスタッフの中に入っています」
ISO「現在は後進のスクリプターも受け入れているそうですね」
田口「単純に人が足りていないので、増えてほしいと思っています。ただ、教えたがる人は本当に少ないです。
基本的に一人パートなので、見習いを付けるにはプロデューサーとの交渉も必要だし、ひと現場かけて教えても『やっぱりやりません』と言われることもある。追加でギャラが出るわけでもない。でも、みんなが嫌がっていたら人は増えないので、私は受け入れています」
ISO「そもそも、スクリプターという仕事を知る機会自体が少ないですよね」
田口「そうなんですよ。でも以前、私が受けたインタビュー記事を読んで『スクリプターになりたい』と思ってくれた子がいて。今、実際にスクリプターを目指しているんです。だから、こういう記事に出ることも大事なんだなと思いました」
ISO「実際、依頼したくても見つからないことも?」
田口「あります。みんな先の仕事まで決まっていて、頼みたくても空いていないことが多いです。私が見習いを付けるようになったのは、子どもが生まれたことも大きいんです。二人体制なら、どうしても現場を抜けなければならない日に『1日なら任せられる』ということができる。私自身も助けてもらっています」
ISO「一方で、低予算作品ではスクリプターを置かない現場もあると聞きました」
田口「それ自体は昔からあります。でも、『予算がないからスクリプターを外す』という発想には腹が立ちますね。低予算でも監督が『どうしても来てほしい』と言ってくれれば、条件を相談して参加することもあります。なのに、なぜか予算を削る時に最初に外される。それは嫌ですね」
ISO「長く仕事をされる中で、仕事のやり方が最も大きく変わったのは何ですか?」

田口さんの仕事道具。写真左から反時計回りに、台本のメモや撮影リストづくりなどに使用するiPad、現場で連絡を取るためのラジオ、ストップウォッチ、モバイルバッテリー、ショルダーバッグ
田口「圧倒的にペーパーレスですね。私は早い段階でiPadを使い始めて、2016年頃には講座もやっていました。
当初は『私は紙のほうがいい』『iPadが壊れたらどうする』と何度も言われて、『じゃあ台本が燃えたらどうするんですか。私はクラウドにバックアップしてありますけど』と言い返して、ちょっと喧嘩になったこともあります(笑)
でも5年もしないうちに、批判していた人から『iPadを買ったので教えて』と言われるようになりました。今は紙でやっている人のほうが少ないんじゃないかな」
ISO「なぜそんなに早く取り入れられたんですか?」
田口「もともとガジェットが好きだったのと、監督の佐藤信介さんが早くからiPadを使っていた影響もあります。Apple Pencilが出て『これなら仕事に使える』と思いました。今は手書きもやめて、全部フリック入力です」

ISO「作業時間もかなり変わりましたか?」
田口「ものすごく変わりました。昔は編集部にFAXしたり、コピーを制作部から送ってもらったりしていましたが、今は現場が終わればその場で送れます。
昔は『スクリプターは寝られない仕事』と言われていたんです。フィルム時代はワンカットにつき紙1枚なので、1日100カットなら100枚。現場で雑に書いて、家に帰って全部清書して翌日に渡していた。でも今はもう寝られます(笑)」
ISO「逆に、デジタルならではの困りごとはありますか?」
田口「バッテリーと気温ですね。『ルックバック』の秋田ロケは冬だったので、寒すぎてiPadが動かなくなるんです。だからカイロで温めながら使っていました(笑)」
『ルックバック』から特撮まで、作品ごとに変わる「つながり」

実写映画『ルックバック』公開中 ©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2Pictures・集英社
ISO「『ルックバック』を観て驚いたのは、子役から大人の俳優への切り替わりが驚くほど自然だったことです」
田口「かなり大胆ですよね。家の外から引きで見せて、時間が経って窓が開くと俳優が変わっている。あざとく切り替えを見せていないから、違和感がないんだと思います」
ISO「スクリプターとしては、どんなつながりが大変でしたか?」
田口「セットとロケのつながりですね。たとえば主人公・藤野の部屋はセットですが、家の外から見る画は実際のお宅で撮っています。小道具の位置までつながらないといけないので、みんな必死に写真を撮っていました。
画材が増えていくところなどは演出部がマンガ監修・指導の藤村緋二さんたちからアドバイスをもらって、各シーンで何を描いているのか、作業がどこまで進んでいるのかプランを考えてリストにしてくださっていました。私はそれを台本に貼って、編集にも伝えていました」
ISO「途中でスクリプターの担当が変わったんですよね。二人体制にすることはよくあるんですか?」
田口「夏編を押田智子さんが担当して、私は冬の2か月を担当しました。スクリプターの二人体制、私は結構やっています。
たとえば『シン・ゴジラ』は3人でしたし、『シン・ウルトラマン』、『シン・仮面ライダー』も一人では書ききれないので二人体制です。メインカメラ以外にも何台もカメラがあって、iPhoneが10台出てくることもある。そのiPhoneを誰が撮ったかまで記録するので、一人では無理ですね」
ISO「特撮やCGの多い作品では、仕事の感覚自体も違いますか?」
田口「普段の作品とは文系と理系くらい違う感覚があります。事前に細かく準備して、決めたことを一つずつ埋めていく。パズルを組み立てるような仕事ですね」
ISO「作品によって、途中で交代できるかどうかも違う?」
田口「違います。佐藤信介組や庵野組のように合成が多い作品は比較的交代しやすい。逆にドラマが中心だと、人物の感情の流れもずっと見ているので途中で抜けにくいんです。『前のシーンではこういう気持ちだったよね』といった積み重ねがありますから」
ISO「『国宝』では、李相日監督と2005年公開の『スクラップ・ヘブン』以来、約20年ぶりに組まれたんですよね」
田口「そうなんです。当時はお互い尖っていたんですけど、20年ぶりに会ったら二人とも丸くなっていて(笑)。李監督はお芝居が固まるまでじっくり時間をかける方なので、そこは昔と変わっていなかったですね」
ISO「歌舞伎を撮るという点でも、普段の作品とは違う大変さがありそうです」
田口「歌舞伎のシーンは衣装も大変ですし、実際の歌舞伎の本番と違って、映画の場合はさまざまなアングルから撮影するので、一日で何度も演じなければならないんです。俳優さんたちは本当に大変だったと思います。その中でどう撮っていくのかという難しさはありましたね」

映画『わたしの知らない子どもたち』原案・脚本・監督:西川美和/10月16日(金)全国公開(©︎ 2026 K2 Pictures・AOI Pro.)
ISO「『わたしの知らない子どもたち』は試写で観ましたが、こちらも素晴らしかったです。戦争孤児を題材とした時代劇ですが、現代劇とは違う難しさがありましたか?」
田口「仕事自体が大きく変わるわけではありません。ただ、セリフが現代的すぎないか、当時の人がこんな動きをするのか、といったことは演出部とよく話しました。たとえば子どもたちが『マジ』とか『〜じゃん』みたいな今っぽい言葉を言わないようにするとか。その時代に合っているかは意識していましたね」

『わたしの知らない子どもたち』では、戦争によって家も家族も失い、焼け野原となった東京で、たったひとり生きることになった12歳の少女・茅野琴子が少年と偽って生きる姿が描かれる。同じような境遇の少年たちと仲間となって過ごす日々は、琴子にとっての居場所となっていく(©︎ 2026 K2 Pictures・AOI Pro.)
ISO「子どもたちの芝居では、つながりを管理する難しさもありますか?」
田口「あります。でも『右手で持って』『さっきと同じように』と細かく言いすぎると、意識して芝居が硬くなる。それは大人も同じです。必要なところは伝えますけど、最終的にはなんとかなります(笑)」
ISO「初めての西川美和監督とのお仕事はいかがでしたか?」
田口「本当に素晴らしい方でした。リサーチも徹底されていますし、丁寧に大切に撮影していく印象でした。出演者も多く考えることも多い中、スタッフへの心遣いも細やかで、私は『女将』と呼んでいました(笑)」
子育てしながら映画を続ける——スクリプターという仕事のこれから

ISO「映画の撮影現場は長時間労働のイメージもありますが、働き方は変わってきていますか?」
田口「以前に比べればかなり変わりました。今は撮影時間のルールもできて、基本的には11時間が目安になっています。ただ、撮影開始が9時でもメイクさんは朝6時から入っていたりする。準備や移動まで全部含まれているわけではないので、完全にホワイトになったわけではありません」
ISO「『わたしの知らない子どもたち』は地方ロケも多そうですが……」
田口「撮影期間は長かったんですけど、3日撮って2日休むようなスケジュールでした。子役がいることや時代物で準備に時間がかかることもあって、撮影日数自体は抑えられていたんです。だから私も途中で家に帰ることができました」

実写映画『ルックバック』公開中 ©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2Pictures・集英社
ISO「『ルックバック』の秋田ロケでは、ご家族も一緒に滞在されたそうですね」
田口「最初は『子どもがまだ小さいので、2か月も秋田に行くのは無理です』と断ったんです。そうしたら『なら一緒に来ればいい』と、向こうで保育園まで探してくださった。それで家族3人で住んでいる長野を離れて、秋田へ2か月滞在しました。
子どもを保育園に送って、夕方5時頃には撮影が終わるので、お迎えにも間に合います。ただ、仕事が終われば育児が始まるので、それはそれでハードでしたけど(笑)」
ISO「ほかの作品でも支援はありましたか?」
田口「『ルックバック』では地方で保育園を見つけてくださり、『わたしの知らない子どもたち』ではシッターさんを用意してくださいました。こうした仕組みがほかの人にも広がっていけばいいなと思っています。
ただ子どもが小学校に入ると、また事情が変わりますよね。保育園のように長期ロケへ連れていくのは難しい。これからまた新しい問題が出てくると思います」
ISO「改めて、スクリプターという仕事の一番のやりがいは何でしょう?」
田口「やっぱり演出の部分ですね。私が入るか、別の人が入るかで、ほんの少しは映画が変わると思うんです。監督と演出について話したり、『今の良かったね』と同じ感覚を共有できたりする。それが一番のやりがいです」
ISO「仕事をするうえでのモットーはありますか?」
田口「師匠の宮腰千代さんに言われた『群れにならない』という言葉です。監督やスタッフと仲良くなりすぎると客観性を失うこともあるので、一歩引いた場所にいることを意識しています」
ISO「最後に、若い人から『スクリプターになりたい』と相談されたらすすめますか?」

田口「仕事自体は本当にオススメしたいです。ただ、20代の頃はその先の生活まで考えていませんでした。今は長野に住んでいて、本当はずっと長野にいたいけれど、仕事では各地に行かなければいけない。子どもを産んだあとの働き方についても、当時は考えていませんでした。
そういう環境面がもっと整えば、すごくいい仕事だと思います。海外にも行けるし、普通なら入れない場所にも行ける。以前、閉館後のルーブル美術館に仕事で入ったこともあります。そういう経験ができるのは、この仕事の楽しいところですね」
撮影:小林直博
編集:友光だんご
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この記事を書いたライター
奈良県出身。メインジャンルは映画。雑誌やWEBメディア、劇場パンフレットなどで映画評やインタビューなどを執筆。時折ラジオにも出没。映画以外には風呂、旅行、猫、アメリカ、音楽、デカ盛りも好き。経費でアメリカに行きたい。 note:https://note.com/iso_zin_







































