みなさんは、「転校」にどんなイメージを持っていますか?

当たり前に周りにいた友人と離れ、全く知らない土地で新しい環境に身を置く。子どもにとっては世界が一変するほどの出来事です。

SNSも、LINEでのやりとりもいまほど普及していなかった時代、転校は「長い時間をかけてつくってきた友人を失う」喪失の体験でもありました。一方で、「全く新しい環境で、新しい自分としてスタートできる」という興奮とともにその日を迎えた人もいるかもしれません。

最近、そんな「転校経験」について語られている一冊のZINEと出会いました。

『Re:INTRODUCED 語り直される「転校経験」』。自身も幼少期に転校を経験した作者が、編集者と協力しながらさまざまな転校経験者と出会い、大人になってからその経験を語り直そうとする一冊です。

ZINEに書かれていたのは、「転校経験が自分の人生にどう影響を与えたか」という振り返り。そこから、人との距離の測り方や、挑戦へのモチベーションなど、さまざまな人の心に影響を与えていることが見えてきました。

そこで今回、転校したことのある2名の方に話を聞きました。

 

コミュニティの悩みに、ZINEづくりで向き合った。岡田有祐さんにとっての転校経験

今回の記事のきっかけになったZINEをつくったのは、静岡県藤枝市で書店『SO GOOD books & styles』を営む岡田有祐さん。

岡田さんが「転校経験」を捉え直そうとしたきっかけには、大人になってからのコミュニティの変容と「同調圧力による苦しさ」があったといいます。

2022年、静岡市に選書型書店「SO GOOD books & styles」を開業した岡田有祐さん。2026年3月に、ロックバンド「ASIAN KUNG-FU GENERATION」後藤正文氏が中心となってオープンしたスタジオ「MUSIC inn Fujieda」内へ移転。思想・アート・デザイン・旅・音楽など幅広いジャンルを扱い、リソグラフ印刷機も備える「作れる本屋」として活動している

——転校経験のZINE、すごく面白かったです。共感できる話もたくさんあって。

岡田 ありがとうございます。

——これまでの友人関係を振り返ってみたときに、転校経験者と仲良くなることが多かったんですが、みんなどこか人との距離感を測るのが上手くて。岡田さんのZINEを読んで、これって子どもの頃の「転校」と関係あるんじゃないかと思ったんです。

——岡田さんのZINE『Re:INTRODUCED』では、30代、40代になった大人たちが子どもの頃の転校経験を語っている様子がすごく面白くて。そもそも岡田さんは、なぜこのテーマでZINEをつくりたいと思ったんですか?

岡田 作ったときは、ちょうど悩み事があった時期だったんですよ。

——悩み?

岡田 僕は小学校3年生くらいのときに転校生として、横浜から藤枝に引っ越してきたんです。

転校してきた当時から、なんとなく「自分の居場所はここではないのかも」と思っていたけれど、紆余曲折あってまた藤枝で活動するようになって。藤枝の地域や町のために活動するコミュニティにも、足を運ぶようになりました。

SO GOOD books & stylesが藤枝に移転し、岡田さんが地域に関わるようになった経緯を取材した記事はこちら

——ある意味、転校先に地元として帰ってきたわけですね。

岡田 ただ、コミュニティと関わっていく中で「もうちょっと足並みを揃えようよ」「一緒にこっちを向いてよ」と言われることが多くなって、それをどこか同調圧力のように感じはじめてしまって。

コミュニティのなかでもそれぞれの考えや、理想や、正義を持ち寄って関わりあうべきだし「自分はこうありたい」というスタンスを守りながら関わっていけると僕は思っていたんです。それが、どうやら違うようだぞと感じて。あるとき、ついに衝突してしまったんですよ。

——そういうすれ違いって、苦しいですよね……

岡田 自分にとっては決定的な話し合いがあって、そこからは程よい距離感でコミュニティと関わるようになりました。僕は僕で、藤枝にいい本屋をつくることに注力しようと。

でもふとしたときに、澱んだ気持ちが心に渦巻くんです。言葉で吐き出そうとして考えたのが「人と上手く関われないという気持ちの奥底には、『転校生あるある』と近いものがあるのかもな」ということだった。

それをきっかけに、自分の転校の話だけじゃなく、転校を経験した大人たちにインタビューをすることでZINEを作ってみようと考えたんです。

 

「誰かに聞いてもらいたかった」転校経験者たちの語り

——ご自身の話だけでなく、いろいろな大人に「転校」を振り返ってもらっているところが、本としてもとてもユニークだと思いました。

ZINEのなかでは、イラストレーターや看護師、事務職、営業職などさまざまな人たちが登場し、自身の「転校経験」を語ってくれている

岡田 ぶっちゃけ、話を聞くまでは「転校経験」に対して自分と同じような鬱々とした感情を抱いている人ばかりだと思っていたんですよ。ところが聞いてみると、切り替えの早い人もいたり、すごくフラットに転校経験を捉えている人もいたり。その違いが面白かったです。

自分で聞くとどうしても「こういうところありません?」と同意を求めてしまいそうだったので、編集者の石垣慧さんにZINEの編集に入ってもらって、インタビューも主導してもらいました。

岡田さんが制作したZINEの1見開き

——結果的に、客観的な目線で他の人の転校経験を聞けたのかもしれないですね。共通項のようなものも見えてきましたか?

岡田 さっき話されていたような、共通の「人との付き合い方、距離感を取ることのうまさ」はあると思いました。

新しい環境ですぐにコミュニティに入り込めているように見せる人もいるけれど、それってその人たちの表面的な性格や演技力からなるものな気がしていて。その内側では、土地のコミュニティにあまり深く入り込みすぎないように気を付ける……みたいなところがあるんじゃないかな、と感じましたね。

あと、みなさんすごく積極的にしゃべってくれますね。多分喋りたかったんだと思います、この経験を。

エッセイスト・中前結花さんの寄稿文には、自身の性格や特性を説明するときに度々転校経験について触れ、「あのときの経験が今の俺を作ってるんだと思う」と語るパートナーの姿が描かれる

——しゃべりたかった?

岡田 「昔ここに住んでました」とか、「実は、生まれはここなんですよ」みたいな引っ越す前の土地の話は、することもあるじゃないですか。でも転校後の苦労の話をしようとすると、どうしても「今の地元」の悪口になりかねない。大人になって、そんな込み入った話を出来る機会自体、なかなか無いですから。

——確かに。いまのコミュニティを大事にしようとすると、気を遣って言いたいことが言えないかも。

岡田 みんな、ふるさとを否定されるのは嫌ですよね。だから吐き出せない思いというのが、応募してくれたみんなにはあったんじゃないかなって思います。

——岡田さん自身は、転校経験についてのZINEを作ってみてよかったと思いますか?

岡田 かなり浄化された気がしますね。いろんなネガティブな気持ちが薄まって、「ここが故郷じゃないのかもしれない」という気持ちと、「でも今はこの土地に住んでいる」という事実を、どちらも受け入れられるようになってきた。

ZINEに収録したインタビューをいま読むと、当時はかなりフラストレーションを抱えていたんだな、と感じますよ(笑)。

——そのタイミングでZINEを作ることができて、よかったのかもしれないですね。

岡田 そう思います。土地のコミュニティとのいざこざはあくまできっかけで、「転校したこと」について僕は誰かに話を聞いてもらいたかったんだと思います。

 

新しい学校で「ヒーローになった」。くろやなぎてっぺいさんにとっての転校経験

ZINEを通して、ひとそれぞれが異なる「転校経験」の受け止め方をしていることを知った岡田さん。同時に、その経験は人前で話される機会の少ない「語られない経験」であることもわかりました。

そこでふと思いました。移動によって異なるコミュニティに入っていくという「転校」の経験は、実は「移住」にも近いところがあるんじゃないか? 転校経験と人への影響をもうすこし深掘りするべく、私たちは移住者でもあり、転校経験者でもある知人に話を聞きに行きました。

映像、音楽、企画など、様々なフィールドで活動する映像作家・くろやなぎてっぺいさん。NHK連続テレビ小説「半分、青い」のオープニング映像を手がけるなど、多方面で活躍中。2021年に東京都から長野県へ移住。

 

——くろやなぎさんは小学校5年生くらいのときに転校してるんですよね。当時はどうでした?

くろやなぎ 実は、僕にとっては転校が結構「ヒーロー体験」だったんですよね。

——そんな人いるんですか!?

くろやなぎ もちろん、最初の数ヶ月はすごい辛かったですよ。当時、やっと自転車に乗って街中を遊び回れるようになったくらいの年頃で。好きだった子にも告白できずじまいだったし、友人との「来年も花火やろうね」みたいな約束も、叶わないまま引っ越しちゃったから。

——もとの生活がさみしくはあったんですね。でも、そこからなんでヒーローに?

くろやなぎ 転校先があまり転校生が来るような学校じゃなかったから、「新しい人が来た」ってだけでヒーロー扱いだったんですよ。

先生から紹介を受けたあと、その日のクラス会で学級委員長を決めることになってたんだけど、僕は転校初日に学級委員長に選ばれちゃいました。

——すごい、新しい風(かぜ)として扱われている(笑)。

くろやなぎ しかも、4月だから体力測定とかもあるじゃないですか。僕、足が速かったから50メートル走もぶっちぎりで一位だったんですよ。そしたらクラスの女子の目が変わって。たぶんあのとき、クラスの女子はみんな僕のこと好きだったんじゃないかな……。

——そんなに!? めちゃくちゃ輝かしい転校生活を送ってますね……。

くろやなぎ 小学5年生が人生のピークだったかも。だからお別れは辛かったけど、転校先がすごく楽しかったからなんとかやれてましたね。

——どこからどこへの引っ越しだったんでしたっけ?

くろやなぎ エリアとしては、尾張名古屋から三河エリアに引っ越しました。電車で1~2時間くらいのところですよ。ただ、愛知県ってその2エリアで文化も言葉も全く違うから。

もともと住んでいたエリアは、やっぱり織田信長のルーツがある、新しいものと派手なものが好きな文化。引っ越した先の三河は、職人気質というか、堅実さや実直さが好まれるような。文化がガラッと変わったのは驚きでしたね。

——なるほど。そんななかで、転校経験はやっぱり当時のくろやなぎ少年に影響を与えたんですか?

くろやなぎ もちろん。小学5年生の転校って、もうできあがってるコミュニティに一人で入っていくわけじゃないですか。ダントツのマイノリティになるわけで、「自分だけみんなと違う」ってことがコンプレックスになりましたね。

使っている文房具が僕だけ違うとか、みんなの水泳キャップは黒なのに、僕だけ蛍光イエローだとか。

——そういう小さな違いが、子どもの頃は気になるんですよね。

くろやなぎ でも、悪いことばかりじゃなくて。そこではじめて「他者との違い」を考えるようになった気がします。それは今の職業にも影響があったんじゃないかな。

くろやなぎさんがPlanner&Directorとして携わった、「UNIQLO Holiday 2025」のCM映像

くろやなぎ よく人を観察するようになったのは、転校生だったからじゃないかな。僕は仕事で人を演出することもあるけど、その引き出しの1つとして、転校生なりの人間観察みたいなものはありそう。プロジェクトのチームを組む時も、なんとなく「過ごしやすいクラスにするには」とか考えちゃう(笑)

同時にしんどさもあって「周りに合わせなきゃ」という気持ちと、「自分はこれでいいんだ」って自分を肯定する気持ちが、ずっと拮抗しているんですよ。新しいコミュニティに関わるとき、いつもそこで悩んじゃうんです。

 

転校したことでハマった「新しい環境に飛び込むこと」の可能性

——反対に、よかったことはありますか?転校して、いい影響を受けたこと。

くろやなぎ 転校は辛くもあるし、楽しくもある経験だったから、新しいコミュニティに飛び込むことが怖くなくなったのは大きいですね。

あれがあったから、愛知から上京したり、デザインの仕事をはじめたり、30歳でジャズの音楽学校に2年通ったりできたんじゃないかな。

——ジャズの勉強? そんなこともしてたんですか?

くろやなぎ 数年おきに「自分がマイノリティになる世界に飛び込む」みたいなことを自然とやってるんですよね。これまでの経験が通用しない世界に身を置くというか。

——面白そうではあるんですけど、そこでできない自分とかみんなと違う自分に落ち込んだりはしないんですか?

くろやなぎ それがね、めっちゃ落ち込むんですよ(笑)。でもそれよりも、新しい世界を知ることとか、全く出来なかったことが昨日より少しできるようになるのが面白いから。

——こうして聞くと、くろやなぎさんは転校経験からめちゃくちゃ影響を受けてますね。

くろやなぎ そうだね。小学生のときの転校って、生まれ変わりにも近いくらいなんじゃない? 大袈裟に聞こえるかもしれないけど、ある日突然、今まで一緒にいた友達と会えなくなって、いつもの通学路もなくなって、昨日までのコミュニティにアクセスできなくなる。目の前の人も環境もガラッと変わって、強制的に自分がリセットされるというか。

——転校は、生まれ変わり……! 確かにそのくらいのインパクトが、子どもにとってはありそうですね。

くろやなぎ 大人の移住は、興味あるところをリサーチして、条件面が整ったら住むみたいな感じじゃないですか。仕事とか友達とかは継続したまま移住できるし。

——なるほど。

くろやなぎ 文化人類学の「ダブルディスクリプション」って話、知ってますか? 僕はあれが転校体験に近いと思ってて。

——知らなかったです!

くろやなぎ 簡単に言うと「自分の世界と異なる世界を行き来する」みたいな話なんですけど。自分の世界だけだと自分がわからないけど、異なる世界を行き来することで、今まで自分がいた世界がどういう世界だったのか、輪郭がはっきりとわかってくる。

人間も、片方の目だけでみると平面的に見えるものが、両目で見ると立体的に感じる。こどもの頃の「転校」は、身近な異世界体験なんだと思うんですよね。

——なるほど、そう考えると転校も「異なる世界を知る」「視野が広がる」という意味で、いい体験と捉えられるのかもしれないですね。

くろやなぎ そうでしょ? だから、僕は子どもにも転校を体験してほしいんですよ。

——おお!

くろやなぎ 長野に家を建てて引っ越したばかりだから、簡単には引っ越せないんだけどね(笑)

——長野県内で、長野市の街中から、飯綱町というすこし郊外に引っ越されたんですよね。上のお子さんはたしか5歳で……保育園を変わって、何か変化はありましたか?

くろやなぎ 最初の1週間くらいは嫌がる素振りもあったけど、若いともう変化への対応が早くて。遊び方も違うんですよ。飯綱に行くと田んぼとか自然がいっぱいあるから、幼稚園までの道中で大きなトカゲを見つけて持っていくと、その日のヒーローになれるみたいで。だから、登園の途中はずっと下向きながら歩いてます。

——落ち込んでるとかじゃなくて、トカゲを探して(笑)。

くろやなぎ そんな感じだから、転校しても平気なんじゃないかなって思うんですよね。もちろん向き不向きはあるけど。「環境の変化に適応すること」って、いつの時代でも必要なことじゃないですか。子どものうちに慣れておくのはいいことだと思うんですよね。

——実際に「新しい環境に行くこと」にハマってるくろやなぎさんが言うと、説得力がありますね。

くろやなぎ ある程度は社会とか世界の見方がわかってきた頃に、違う世界に連れて行けたらいいなって。だから、上の子が小学3年生になったら、二人でちょっと世界を回ろうと思ってて。違う文化とか言葉とか、食べ物に触れるのは、引っ越しに近い体験になるんじゃないかな。両目で世界を見ることを、子どものうちに体験してみて欲しいんですよね。

——転校の話から、思わぬところまで話が広がりましたね。でも、とても楽しかったです。「両目で世界を見ること」の話、とても大事!

 

おわりに

転校経験によって生まれた「人とのうまくいかなさ」を、大人になってから共有することで、乗り越えることができた岡田さん。そして、転校経験を通して変化した自分の特性を、うまく人生を楽しむことに活かしているくろやなぎさん。

ひとりひとりの捉え方が違う「転校経験」に共通しているのは、転校した先で「周囲と違う自分を知る」ということ。変化する自分の周りにうまく適応したり、ほどよく距離を取る必要があったからこそ、むしろ「自分はどんな人間なのか」を考える機会になっているのかもしれません。

岡田さんは、転校経験を振り返ったきっかけをこう語っていました。

「20代〜30代までは、こうした経験からくる悔しさやネガティブな感情も、日々の忙しさで隠せて気にしなくなっていたんだと思います。40歳に近づいて、自分の根っこにあるものに意識が向くようになった」

自分の内面に目を背けづらくなったことではじめたZINEづくりが、結果的にいろいろな人の心の重荷をそっと吐露するきっかけになっていました。

転校をすることでどんな影響があるのかは、人それぞれ。ぜひ、身近な誰かと話をしてみてください。あなたの知らない相手のことが、わかるかもしれません。

編集:友光だんご