ドグラ・マグラ(上) (角川文庫)

読んだら精神に異常をきたす……そう言われている小説をご存じですか? 1935年に出版された、夢野久作の『ドグラ・マグラ』です。

ジャンルでいうとミステリーに分類される本作。約700ページにわたって、読者の想像や理解を超える展開が繰り広げられます。

 

夢野久作(ゆめのきゅうさく/1889年〜1936年)

福岡県生まれ。慶応義塾大学文科中退。陸軍少尉、禅僧などを経た後、1926年「あやかしの鼓」で小説家としてデビュー。以降、「瓶詰の地獄」や「押絵の奇蹟」などの幻想怪奇小説を発表。代表作の『ドグラ・マグラ』は、日本の三大奇書と呼ばれている。

2026年11月にはKADOKAWA(角川書店)からドグラ・マグラ 特装版が発売されるということで、今回は『ドグラ・マグラ』の魅力を理解するために、夢野久作の研究をしている鈴木優作さんにお話を聞きました! 

 

鈴木優作さん
神奈川県生まれ。立教大学大学院文学研究科博士前期課程修了、成蹊大学大学院文学研究科博士後期課程修了。鹿児島大学 法文学部附属「鹿児島の近現代」教育研究センター 特任助教。『新青年』研究会会員。著書『探偵小説と〈狂気〉』(国書刊行会)。

中央のモニターにはオンライン参加の鈴木さん。手前左が僕です。

※右は今回の取材に同席してくれたKADOKAWAの編集者・山本さん

 

 

ドグラ・マグラってどういう話?

今日はよろしくお願いします! 夢野久作の作品はいくつか読んでいるのですが、『ドグラ・マグラ』だけは途中で挫折してしまいました。日本中に同じような人がいるんじゃないかということで……まずは大まかなストーリーを教えていただけないでしょうか

非常に複雑かつ難解な物語ですから、説明するのが難しいですね……では可能な限り、大~~~幅に簡略化してお伝えしますね

ありがとうございます!

物語は精神病院の一室で、ある青年が目を覚ますところから始まります。彼は記憶を失っていて、自分が何者なのかを知るため、自殺した正木博士の遺した奇怪な資料を読み進めていくわけです

ふむふむ、ここまでは理解できるし、続きが気になる導入ですね!

正木博士の資料は、チャカポコチャカポコという謎のフレーズが数十ページにわたり延々と繰り返されたり、脳や遺伝、祖先の記憶をめぐる異様な学説などが記されていました

これがワケわからなかったんだよな……

資料にはある未解決の殺人事件についても記されていました。青年自身も、その事件と深く関わっている可能性が浮かび上がる。謎を追い、真相に近づいたと思うたびに、それまで信じていた事実が揺らぎ……ついには死んだはずの正木博士が姿を現します

お、お、おもしろそうだ……!!

 

そして事件の鍵となる絵巻物の秘密が明かされた時、青年は自分の記憶と正体そのものを疑うことになる……というのがあらすじですね。もう一度言いますが、わかりやすくするためにかなり大幅に簡略化していることはご留意ください

こうしてあらすじを聞くとめちゃめちゃおもしろそうな話ですよね。でも実際は構造が複雑で、表現も独特……読了することが難しかった

難しいですよね。「チャカポコ、チャカポコ」という謎のフレーズが延々続いたり、一方で、論文のような真面目なものや、新聞記事、古文書など、性質の全く異なるものが組み込まれている。これは他の探偵小説では見られない独自な点で、あえて「わけの分からない表現」を作っているように感じます

鈴木さんが最初に読んだときは、どんな印象でしたか?

とにかく分からなかった。最後まで読んでも謎が解けずに、全てが仮説のまま放り出されたような感覚でした。ちゃんと理解するにはもっと読み込まなければいけない、とドンドン沼にハマっていって、気がつけばいつもそばに置いている小説になりました

理解できなかったのが自分だけでは無くて少し安心しました

 

『ドグラ・マグラ』には、脳髄は物を考えるところにあらずという「脳髄論」や、胎児は数十億年の進化の悪夢の中にあるという「胎児の夢」といった、よく分からない理論や説が登場します。どこまでが本当で、どこからが虚構なのでしょう

実は、全部が嘘っぱちというわけではありません。久作は、同時代の科学思想や理論や精神医学などの書物をかなり読み込み、それらを取り入れている部分があります

だからやけにリアルだったのか!

『ドグラ・マグラ』には、人間は「悪い遺伝」……つまり祖先に精神疾患の患者がいれば遺伝するのでは、という描写があります。ところが正木博士は、悪い遺伝は誰もが持っている、つまり人間はみんな狂っている、地球そのものが巨大な精神病院なのだ、と説きます

地球が精神病院とは、さすがに少し飛躍している気が……

『ドグラ・マグラ』が刊行された1935年、優生思想が社会に浸透していました。国家間の競争の中で、日本人をより優秀にしていくために、「優秀でない」とみなされた人々を減らすべきだ、という発想です。減らすべき人の中には、精神疾患を持つ人々も含まれていました。正木博士の説は、優生思想に対する批判として読むことができます

なるほど、誰もが「減らすべき人」であり、誰かだけが「優秀な人」ではないと

作中で正木博士は、精神疾患の患者を病室に閉じ込めるのではなく、屋外での作業などを取り入れながら、開放的に治療していきます。この考え方も、当時の精神医学に実際にあったものです。『ドグラ・マグラ』で描かれていることは、全てが科学的事実ではありませんが、完全な妄想でもない。同時代の科学や思想を踏まえていたのです

 

お話を聞いているうちに、『ドグラ・マグラ』に再チャレンジしたくなってきました! 最後まで読むコツがあれば教えてください

一字一句も逃さず読もうとすると、挫折する可能性が高いと思います。一部の読者には怒られるかもしれませんが、飛ばしながら読むのも一つの方法です。例えば「チャカポコ」の部分は、「大きな趣旨として精神病院や近代文明の批判が書かれている」ということを掴めさえすればいいんです

要点だけ捉えて、程よく流し読みをするのもアリだと。僕はまさに、全ての文章をしっかり読んでいった結果、混乱や疲労で挫折しました

最初は全部を理解しようとせず、とにかく終わりまで読み切ってしまうのが良いです。『ドグラ・マグラ』は一般的な推理小説のように、「犯人が分かったから二回目はもういいや」となる作品ではなく、読み返して謎を追究したくなります。螺旋階段をグルグルと下りていくように、何度も読み返しながら少しずつ深みにたどり着く。そんな面白さがある小説です

 

 

当時の反応は?

そもそも、このような異色の小説を、出版社はよく本にしましたね

かなり紆余曲折があったようです。最初に雑誌『新青年』に、久作が『ドグラ・マグラ』の原稿を送った際、編集者が「分量が多すぎて問題にならない」と、送り返されてしまったという話があります

読まされた編集者もたまったものでは無いですね

久作の日記などを見ると、1926年ごろには『ドグラ・マグラ』に関する記述があります。この作品は構想10年・執筆10年と言われていますが、少なくとも記録上は、1935年に世に出るまでに10年近くかかっている。それだけ大変な作品だったということです

ちなみに当時の出版業界ではどのような評価だったのでしょう?

戸惑いが非常に大きかったようです。江戸川乱歩は、「どうもよく分からない」「文学者が描いた狂気の世界ではなく、狂人自身が描いた狂気の世界のようだ」という趣旨のことを言っていて、かなり戸惑っているんですね

乱歩自身もかなり風変わりな作風という印象ですが……

 

パノラマ島綺譚 江戸川乱歩ベストセレクション(6) (角川ホラー文庫)

他にも、大下宇陀児は「読んでいるとこっちの頭まで変になる」と言っているし、蘭郁二郎は『読み終えて頭に残ったのは「ブーン(※)」と「チャカポコ」だけだった』という趣旨のことを書いています

※ブーン=作品の冒頭に登場する擬音。正確には「…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………」

そうそうたる作家たちですらそんな反応だったんですね。では一般読者は……

久作の義理の弟にあたる人物が、「何千部売れたか知らないが、これを通読してくれた人は何人いただろう。従来の夢野久作ファンでも、さすがに『ドグラ・マグラ』にはうんざりしたのではないか」といった趣旨のことを書いています。

ひとことで言うと、当時から「ワケわからん」という反応が多かったと……

こんなエピソードもあります。『ドグラ・マグラ』を5回読んだという読者が久作に手紙を送って、感想を「ブーンです」と伝えたそうです。それを聞いて、久作自身が非常に感銘を受けたと

それって感想なの!?

「分からない」という反応自体も、この小説の仕組みからすると、ある意味では合っているんですよね。だから、久作は喜んだのかもしれません

 

ちなみに作家の中井英夫は、中学一年生のときに『ドグラ・マグラ』を読んで「毒」を感じたと語っています。つまり、通じる人には非常に深く刺さった。それが、現在まで読まれている理由の一つだと思います

中井英夫といえば、日本三大奇書のひとつ『虚無への供物』の作者ですね。やはり感性が似てたのかな

▼日本三大奇書

・夢野久作『ドグラ・マグラ』

・小栗虫太郎『黒死館殺人事件』

・中井英夫『虚無への供物』

なぜ三大奇書と呼ばれるようになったのかは諸説あります。よく言われるのは、「アンチ・ミステリー」という括りですね

アンチ・ミステリー?

一般的なミステリーは、謎が提示され、推理をしていった結果、犯人や事件の仕組みが分かる、という構造です。ところが『ドグラ・マグラ』は、推理を進めれば進めるほど、「私は誰なのか」「事件を起こしたのは誰なのか」と謎が増えていく。最後になっても解決せず、また最初の謎に戻ってしまいます

こいつが犯人だったのか! というミステリーの痛快感とは真逆な

ミステリー的な追究をした結果、謎が解消されるのではなく、再び謎に戻ってくる。それがアンチ・ミステリーの性格で、「奇書」と呼ばれる作品群の一つの共通点だと思います

 

『ドグラ・マグラ』は、読むと精神に異常をきたす、と言われています。さすがにそんなことは無いかと思いますが、この噂はどこから?

いくつかあります。まず作品のメタ的な構造。主人公の「私」が、若林博士から『ドグラ・マグラ』という原稿を渡される。若林博士はその原稿を、ある精神病患者が書いたものだと説明し、全体の仕組みが分かると脳髄が発狂していることに気づく、といった説明をします。つまり久作自身が、『ドグラ・マグラ』を「読むとおかしくなる小説」として、意図していた部分があると思います

発狂とまではいかなくても、混乱は間違いなくしますよね……

もう一つは横溝正史の記述です。横溝は『ドグラ・マグラ』を読み返した際、夜中に気分がおかしくなった、という趣旨のことを雑誌に書き残しています。こうしたエピソードも、「読むと気が狂う」というイメージ形成に関係している可能性はあります

 

 

夢野久作ってどういう人物?

作者の夢野久作自身も、変わった人物だったのでしょうか?

意外にも、私生活では家族を非常に大事にする人でした。作品のイメージがそのまま私生活に出ているような人物ではありませんでしたね

そうなのですね! 絶対に友達にはなりたくないようなタイプかと思っていました

ただし、経歴はすごく変わっています。久作は作家になるまでに、軍隊、農業、僧侶、新聞記者など、非常に多様な経歴を持っています

やっぱり変人にしか思えない……

その経験は、作品にも生きています。『ドグラ・マグラ』の新聞記事風の描写には記者時代の経験が、宗教に関する部分には僧侶の経験が関係しているでしょう。精神病院の場面もそう。九州で記者をしていたとき、久作は九州帝国大学の精神科を訪ねて取材をしていた経験があるから、詳細な描写ができていたのだと思います

なるほど、夢野久作の人物像についてはある程度わかりました。では読者の方はどうでしょう? KADOKAWAの山本さん、『ドグラ・マグラ』の読者層ってどんな感じですか?

 

現在の角川文庫の読者は、おとな世代の女性が中心です。ですが『ドグラ・マグラ』は、読者の約三分の一が30歳以下と、古典作品としてはかなり若いです。性別では、男性読者の比率も相対的に高く、一方で女性もたくさん読んでいるという特徴があります。夢野久作といえばおどろおどろしいイメージが強いですが、もともとはたくさん童話を書いていたりもしています。実は老若男女が楽しめる作家なんですよね。

読者層はそんなに若いんだ! 『ドグラ・マグラ』はなぜ若い読者を引き付けるのでしょう?

『ドグラ・マグラ』は、主人公の青年が、「自分は誰なのか」と問い続ける小説なんですよね。自分自身が分からないという感覚は、若者に通じるところがあると思います。さらに「人間とは何なのか」「罪とは」「欲望とは」など、答えの無い哲学的な問いも響いたのではないでしょうか

なるほど、すごく納得しました。あと、ちょっと意地悪な視点ですが、若いころって斜に構えて、「人が読んでいない本を読みたい」みたいなところがありませんか? ヴィレッジ・ヴァンガードに通う時期というか。 『ドグラ・マグラ』は、そういう人たちに選ばれた面もあるのかなと

それもあるでしょうね。寺山修司や澁澤龍彦(彦の「立」は「文」)など、いわゆる「異端文学」と呼ばれるものに引かれる時期や、読者は確かにいます。そういった作家や作品群の頂点のような存在としても、『ドグラ・マグラ』は受け入れられてきたと思います

 

 

あのイラストは誰が描いたの?


『ドグラ・マグラ』といえば、角川文庫版の装丁がすごく印象的ですよね。妖しくて淫らで、引き込まれる魅力がある

この装画は、米倉斉加年さん(よねくらまさかね=1934~2014年)という方によるものです。俳優として数々の映画などに出演されていて、絵師としても非凡な才能を発揮した人物ですね

なぜ米倉さんに絵を依頼したのでしょうか

実はこの絵がどういう経緯で『ドグラ・マグラ』の装丁に使われたのか、社内のあらゆる人間に聞いても分かりませんでした。断言はできませんが、『ドグラ・マグラ』のために描き下ろされたものではない……かもしれません。このような女性は、作品内には登場しませんからね

ただ、米倉斉加年さんの絵は、妖美で退廃的な女性を描いた作品が多いんです。夢野久作の小説にも、病んだ女性、退廃的な女性、破滅していく少女などがしばしば登場します。そういう意味では、作風は非常によく響き合っていると思います

実はこの絵、原画が現在どこにあるのか分かっていません。関係者が探しているものの、所在不明のようです

あのー、この女性の股間は黒く塗られ「角川文庫」という文字で隠されていますが……これは表紙に使うにあたって角川さん側が付け足したわけですよね?

そうだと思います

では、この部分が原画ではどうなっているのか、今となっては確かめる方法がないんですね? 別にエロい意味ではなく。ひとつの芸術作品として原画はどうなっているのだろうという知的好奇心でお聞きしているわけですが。マジで

いやわかりますよ。余計なものがない本来の純粋な絵を見てみたいと僕も思いますが、今となっては確かめられません……

 

 

夢野久作の魅力とは?

改めて、夢野久作が残した作品の魅力は、どんなところにあるとお考えですか?

久作が生きた戦前期の「探偵小説」というジャンルは、大きく二つの性質に分かれていました。一つは「本格探偵小説」と呼ばれる、推理によって謎を解き、犯人を当てていく小説ですね。もう一つが「変格」で、謎解き以外の部分、特に猟奇性や幻想性を楽しむタイプの探偵小説です

夢野久作は当然、後者ですよね

はい。久作は変格に振り切っているどころか、変格の代表的な存在と言っていいでしょう。久作自身も、「名探偵など探偵小説に登場しなくてもいい」という趣旨のことを言っています。そういう意味では、かなり変わった作風の持ち主だったと言えます

これまで僕は「本格」を読むことが多かったですが、これを機にぜひ「変格」にも踏み込んでみます!

 

KADOKAWAでは2026年11月に『ドグラ・マグラ』の特装版が発売されると聞きました

そうなんです。まだ実物は無いのですが、こちらが見本です。完成版は函装で、タイトル部分に銀箔が入る予定です

おお! 格好いいし美しい! そして妖しい雰囲気も良いですね!

装丁が素晴らしいです。『ドグラ・マグラ』の初版には、「幻魔怪奇探偵小説」と、作品の性格を示す独特の言葉が添えられていました。今回の特装版も、その怪しく幻想的な性格と非常によく合っていると思います。『ドグラ・マグラ』は「読むもの」であると同時に、「物」としても怪しい魅力を持つ本なんですよね

ちなみに、鈴木さんによる解説が収録された特典冊子もついていますので、興味を持った方はぜひ!

いろいろお話を聞いて、あらためて『ドグラ・マグラ』の魅力を感じました。鈴木さん、山本さん、今日はありがとうございました!

 

 

終わりに

ドグラ・マグラ 特装版

途中で挫折した本、さっぱり理解できなかった本。それが、僕にとって『ドグラ・マグラ』でした。しかしこの取材の後なんとか読破し、「結局どういうこと?」「もう一回読みたい!」という感想を持てました

「人が読んでいない本を読みたい」……そういった作家や作品群の頂点のような存在『ドグラ・マグラ』を、みなさんもぜひ読んでみてください