2026年9月4日、映画『バックルームズ』が公開される。さらに12月25日には、ネット怪談のひとつ「巨頭オ」を題材にした映画『巨頭オ』も公開予定だ。

いま、インターネットで生まれた“怖い話”は、スクリーン上で新たな物語として描かれるまでに広がりを見せている。

なかでも「バックルーム」は、もともと海外の掲示板に投稿された1枚の画像から始まったネットミームだ。そこに写っているのは、黄色い壁紙と蛍光灯、そして誰もいない広い室内空間。事件が起きているわけでも、怪物が写り込んでいるわけでもない。それなのに、なぜか目を離せなくなるような、不思議な引力を持っている。

それは恐怖なのか、不安なのか、懐かしさなのか。何の変哲もない“ただの空間”から感じる、この奇妙な感覚はいったい何なのだろうか。

その背景には、ネット怪談が人々のあいだでどのように生まれ、語られ、姿を変えてきたのかという歴史がある

「コトリバコ」や「きさらぎ駅」、そして現在の「バックルーム」や「リミナルスペース」まで──今回は、民俗学の視点から妖怪や怪談を研究する廣田龍平さんとともに、ネット上の“怖いもの”の変遷をたどりながら、私たちが説明のつかないものに惹かれる理由を探った。

話を聞いた人:廣田龍平
1983年生まれ。大東文化大学文学部日本文学科助教。専攻は文化人類学、民俗学。博士(文学)。著書に『妖怪の誕生 超自然と怪奇的自然の存在論的歴史人類学』。『〈怪奇的で不思議なもの〉の人類学 妖怪研究の存在論的転回』、『ネット怪談の民俗学』などがある。訳書にマイケル・ディラン・フォスター『日本妖怪考 百鬼夜行から水木しげるまで』。

 

民俗学は「こぼれ落ちるもの」を観察する学問

──廣田さんは民俗学者として、怪談やオカルトの分野を研究されていると聞きました。そもそも、民俗学の定義とはなんでしょうか?

民俗学は、記録に残されていない人々の生活や文化を研究する学問です。たとえば、お葬式やお祭り、食文化、ちょっと不思議な話など。偉人の名前や有名な事件は文献などに記録されますが、その“外側”で起きている出来事も、この世界にはたくさんあります。

いまはSNSが発達し、誰もが気軽に出来事を書き残せるようになりました。ですが、いつの時代にも、膨大な情報のなかからこぼれ落ちてしまうものがあります。民俗学は、そうした「こぼれ落ちるもの」を観察する学問なんです。

──廣田さんは、民俗学のどんなところに惹かれたのでしょうか?

僕はもともと、妖怪やオカルトが大好きだったんです。それで、こうした分野を研究するにはどんな方法があるんだろうと考えたときに、民俗学がぴったりでした。

民俗学の面白いところの一つは、まだ世間にほとんど知られていないものを発見し、世のなかに広められることです。誰も知らないようなマイナーな妖怪や怪談を掘り起こして、その背景にあるものを探ったり、ほかの話との関係性を考えたりする。そうやって、自分で新しいものを発見していく。その「発見する面白さ」が、民俗学の魅力だと思っています。

──今回は怪談のなかでも「ネット怪談」を中心にお話を伺いたいのですが、2000年代には掲示板のオカルト板などがかなり盛り上がっていましたよね。廣田さんは、当時の熱狂をリアルタイムで体験されていたのでしょうか?

2005年ごろ、掲示板で「コトリバコ」(※1)という怪談が流行していて、大学の卒業論文のテーマにしたんです。そこから、ネット怪談をリアルタイムで観察するようになりました。当時は、「コトリバコ」「くねくね」「ニンゲン」といった怪談が流行していて、自分も参加していました。

※1 コトリバコ……2005年ごろにインターネット掲示板「2ちゃんねる」のオカルト系掲示板で語られ、広まった怪談。投稿者が、祖父から聞いたという「忌まわしい箱」にまつわる出来事を語る形式で、箱には女性や子どもの命を奪う恐ろしい呪いが込められているとされる。具体的な描写や設定が細かく語られていることも特徴で、ネット怪談の代表例のひとつとして知られている。

──私はネット掲示板の文化を通ってきていないのですが、当時のオカルト板はどんな雰囲気だったのですか?

ネット怪談の楽しみ方は人それぞれですが、僕は「本当かどうか疑う」というスタンスで参加していました。いわゆるマジレス勢ですね(笑)。

──そうなんですか⁉︎ 勝手なイメージですが、ネット怪談は“本当だと思い込む”のがお作法だと思っていました。

そういう人もいますし、僕のように疑って議論を展開する人もいます。ネット怪談は、むしろ疑う人がいるから盛り上がる側面もあるんです。否定派が現れるようになると、投稿者もよりリアリティのある追加設定をあとから出してきて、さらに怪談が強化されることも。

「コトリバコ」なんかは、まさにそのケースでした。最初は「謎の箱がある」くらいだったんですけど、数日おきに追加情報が出てきて。謎が多い怪談だったこともあって、掲示板の参加者が考察や議論を重ねていったんです。

──インターネットならではの広がり方で、面白いですね。

僕は、ネット怪談を観察するとき、怪談そのものの内容よりも、その周りにいる人たちがどう反応しているのかに注目しています。民俗学的には、怪談は「投稿されたあと」からが本番なんです。民俗学は、共同体の動きを観察する学問でもあります。ひとりで完結している恐怖体験そのものに注目して考察するのは、むしろ心理学などが専門とする領域なんだと思います。

 

インフラの進化とリンクするネット怪談の歴史

──ここからはいくつか有名な怪談に注目して掘り下げていきたいのですが、2004年に生まれた「きさらぎ駅」(※2)は、映画化もされた有名なネット怪談ですよね。これは私でも知っています。

※2 きさらぎ駅……2004年に匿名掲示板「2ちゃんねる」に投稿された書き込みをきっかけに広まったネット怪談。電車に乗っていた女性が、見知らぬ「きさらぎ駅」に到着し、周囲に誰もいない異様な空間から帰れなくなってしまうという物語。投稿がリアルタイムで更新されていったことも話題を呼び、ネット怪談を代表する存在として知られるようになった。

「きさらぎ駅」の大きな特徴は、語り手が実況の途中で消息不明になってしまうところです。このケースのネット怪談は、世界的にも初めてだったのではないでしょうか。

というのも、それまで怪談というのは、ある日、怖いことが起こって、そのあと日常に戻り、みんなに話す、というのが普通の流れだったんです。でも「きさらぎ駅」は、投稿者によってリアルタイムで実況され、プツンと切れるように終わってしまう。これは革新的でした。

──これまでの構造を壊した怪談だったんですね。ちなみに2004年はガラケー全盛期ですが、そうしたメディアの変化も関係しているのでしょうか。

携帯電話によって、一般の人がどこからでも通信ができるようになったというのも、実況型の怪談が生まれた背景にあると思います。

実は、ネット発の物語として一大ブームになった「電車男」と「きさらぎ駅」は、ほぼ同じタイミングに生まれたんですよ。ネットの中で起きていることを、リアルタイムで追体験する文化が広がった時代だったのかもしれませんね。

とくに日本や韓国では、海外に比べて携帯電話からネットにアクセスする文化が早くから発達していました。1999年には「2ちゃんねる」が開設され、そこからテキストを中心としたネット文化が一気に広がっていきました。

一方、当時のアメリカでは、デスクトップパソコンを有線でインターネットにつなぐのが一般的でした。そのため、日本よりも容量の大きい画像データを投稿しやすく、匿名で投稿できる「4chan」をはじめとする画像掲示板が流行したんです。そんななか、「怖い画像をPhotoshopで作ろう」という趣旨のスレッドが立ち、そこで生まれたのが「スレンダーマン」(※3)です。


「スレンダーマン」をモチーフにした最初の画像

※3 スレンダーマン……2009年にアメリカの匿名画像掲示板「サムシング・オーフル」から生まれたネット怪談。黒いスーツを着た、顔のない長身の男の姿をした怪異で、子どもをさらう、森に現れるなどの設定が、後からさまざまに付け加えられていった。もともとは「超常的な感じがする怖い写真」を作る投稿企画から生まれた架空のキャラクターだが、その後、ネット上で物語や画像が増殖し、実在する怪異のように語られるまでに広がった。

──海外のネット怪談は、画像がベースにあったんですね。

ネット怪談は、完成された物語を楽しむパターンももちろんあるのですが、何か元ネタがあって、そこからみんなで話を膨らませていくことも多いんです。画像は、その「元になるもの」としてすごく使いやすいんですよね。

元ネタを面白がったり、みんなで考察を重ねたりしながら、どんどん話を膨らませていくのって、みんな好きですよね。民俗学では、スレンダーマンのように、ほとんど何もないところから物語を逆算していくことを「逆行的オステンション」と表現しています。心霊写真なんかは、まさに逆行的オステンションのひとつです。ちなみに怪談ではないですが、画像で大喜利をするサービス「ボケて」も、逆行的オステンションに近いですね。

 

物語性が「ゼロ」になったホラーの未来

──元となる画像から、話や設定を膨らませていく……。それって、まさにいま流行っている「バックルーム」(※4)もそうですよね?

※4 バックルーム(The Backrooms)……2019年ごろに海外の匿名掲示板「4chan」で注目を集めたネット怪談・ネットミーム。黄色い壁紙、蛍光灯、無人の広い空間が続く不気味な画像を起点に、「現実から“ノークリップ”して迷い込んでしまう場所」という設定が広がった。やがて、空間ごとに「レベル」や怪異が存在するという世界観がネット上で作り上げられ、さまざまな物語や映像作品へと発展していった。

そうですね。「バックルーム」も、始まりは1枚の写真でした。この黄色い壁の空間は、アメリカにあったホビーショップの改修工事の際に、記録用として撮影された写真だそうです。撮影から10年以上が経った後、「4chan」に「呪われた画像を投稿しよう」というスレッドが立ち、そこでこの写真が投稿されたことをきっかけに知られていきました。

この画像が、やはり「4chan」で、どこか不安を感じさせる「オフな画像を投稿しよう」という趣旨のスレッドに投稿され、そこで初めて、「バックルーム」という名称と、無限に続く室内空間という説明が付けられたんです。

そして2022年、当時16歳だったケイン・パーソンズ氏が、YouTubeで「The Backrooms (Found Footage)」という動画を投稿し、バックルームの存在は爆発的に広まったんです。

バックルームの流行と前後して、同じように、不気味な感じや不安な感じのする建造物や人工の空間の写真が「リミナルスペース」として出回るようになりました。

──「リミナルスペース」の画像は、私もTikTokでよく見ます。プールとか、誰もいない遊園地の画像などが多いですよね。

リミナル=「境界空間」という意味があるのですが、必ずしも境界というわけではなく、普段は人がいるはずの場所に人がいない画像である、という共通点がありますよね。場所でいうと、プール、遊園地、廊下、駐車場など。人工的で、清潔感があるのも、面白い共通点です。いまは、派生して「ドリームコア」「プールコア」といったジャンルも活発になっています。

私たちが普段見慣れている世界と地続きで別の世界がある、という感覚は、明治時代に民俗学者の柳田国男が著した怪談集『遠野物語』や、民話の「隠れ里」などでも描かれています。実は、昔から人間が持っていた感覚なのかもしれないですね。

──なんとなくコロナ禍で生まれたようなジャンルなのかなと思っていたのですが、それ以前から注目されていたんですね。

そうですね。コロナ禍のロックダウンによって、「人がいるはずの場所から人が消える」という風景が本当に現実になりました。その後、2020~2021年にかけて、TikTokでは“誰もいない都市空間”に飛ばされてしまうような動画が流行します。

その後、ケイン・パーソンズ氏による「The Backrooms (Found Footage)」の動画が誕生し、一気に「バックルーム」や「リミナルスペース」という名称が広まっていった……という流れです。

──コロナで現実になったことで、世界観が補強された感じがしますね。そもそもなぜ私たちは、『リミナルスペース』に奇妙な感覚を覚えるのでしょうか。

「リミナルスペース」に感じる感覚は、恐怖というより、懐かしさや違和感じゃないでしょうか。画像の舞台が、誰もいないプールや商業施設が舞台というのもあると思うのですが、思い出せそうなのに思い出せない。記憶がはっきりしていない“あのころ”を刺激するようなものが多いような気がします。

実は「クリーピーパスタ」(※5)のような海外のネット怪談は、この懐かしさを利用したものが多いと言われているんですよ。

※5 クリーピーパスタ……ネット上でささやかれている海外の都市伝説、または物語の名称。英語の「creepy(不気味な)」と「コピー&ペースト」を意味するスラング「copypasta」に由来する。

──私のような30代やそれ以上の世代が、こうした場所に懐かしさを感じるのは自然ですが、今の10〜20代の若い世代が同じように「懐かしい」と感じるのは、少し不思議に思えます。

もしかすると、若い世代は場所そのものというより、画質の粗さやぼんやりとした映像を見て、単純に「古いものだ」と認識しているのかもしれません。ケイン・パーソンズ氏が投稿した動画「The Backrooms (Found Footage)」も、画質が粗く、昔のテレビのようなノイズが入っています。こうした映像表現は「アナログホラー」と呼ばれるジャンルになるんです。

──「バックルーム」は画像から始まり、そこから怪物の存在や、階層のレベルなど、設定が後付けされていきました。対して「リミナルスペース」は、考察や設定の後付けがほとんどないのも特徴です。いわゆる「逆行的オステンション」が発生していないんですよね。

付随する「物語」が乏しいからこそ、奇妙な感覚を得ることができて面白いのではないでしょうか。「バックルーム」も有名になってから設定がいろいろ付け足されましたが、その物語がない方が、個人的には好みです(笑)。

たとえば「リミナルスペース」の画像に「凄惨な殺人事件が起きた場所」という設定がつくと、逆に普通になってしまうというか。

──かえって「普通のホラー」になってしまう。ということでしょうか。

そうですね。だから、「リミナルスペース」の動画や画像は、物語が生まれる暇もなくどんどん新しいものが作られているような気がします。ショート動画を見ていても、どんどん新しい画像に切り替わる。これは、逆行的オステンションの阻止なのではないかと考えています。

──しかもその見せ方は、現代のSNSにかなり適していますね。

「リミナルスペース」や「バックルーム」は、テキストでも画像でもなく“動画”を中心に広がっています。だからこそ、音楽をつけることもできるんですよ。独特な雰囲気のBGMをつけることによって、数秒の尺でも見ている人を世界観に引き込むことができる。それも、現代で流行している背景のひとつなのではないでしょうか。

──たしかにTikTokを見ていても、「リミナルスペース」の動画で流れがちな曲は、いくつか思い当たります(笑)。

そうそう。それに比べて、「コトリバコ」のBGMはないですからね(笑)。

@emptyspace_777 The water park never closed. The water simply moves to a different room each day. #dreamcore #liminalspace #waterpark #poolrooms #weirdcore ♬ original sound – 𝐀𝐧𝐨𝐭𝐡𝐞𝐫 𝐖𝐨𝐫𝐥𝐝

──「リミナルスペース」の動画も、AIを使って制作している人が多そうですよね。今後のネット発ホラーでは、AIもツールとして多用されていくのでしょうか。

AIで作ったホラーコンテンツはどんどん増えていくと思います。2、3年前くらいはAIで作られた動画や怪談があってもあまり怖くなかったのですが、最近は精度が上がって、人が作ったものと遜色ないものが出力されているような気がします。今後は、ますますAIが作ったのかどうかの判別がしにくくなるでしょうね。

ただ、実話系怪談などは“体験した人がいる”ことが重要なので、そこをAIが担うとどうなるか……。それは、僕にもわかりません。

──AIは動画や画像を作ることは得意ですが、物語を作ることができるかは、また別の話ですよね。

ただ、「リミナルスペース」のように物語性がゼロに近づけば、振り子のように物語性の強いホラーがまた求められるのではないかとは思っています。

いま断片的なネット怪談を再利用して映画化がされているのもそうですが、映画にするためには、どうしてもそこに物語を付け加えなければならない。そう考えると、物語性がどんどん薄くなっていった先で、逆に「物語を楽しむ」ということが新鮮になってくる可能性はあるんじゃないかなと思いますね。

撮影・編集:友光だんご