全国各地にある、土地に根付いた本屋さんは、きっと街の「いい楽しみ方」を知っているはず。そこで、全国の本屋さんに「この土地で読むのにぴったりの本」と「買った本を携えて訪れるのにぴったりの場所」を教えてもらった。

今回おすすめスポットを教えていただいたのは、山梨県韮崎(にらさき)市にある「YOMU」の土屋誠さん。

編集者・デザイナーとして活動してきた土屋さんが、かつて和菓子店だった建物を活用してオープンした新刊書店だ。店内には約2,000冊の本が並び、隣接するギャラリーでは展示やポップアップも行われている。

 

小さな店が人を呼び合う韮崎

山梨県韮崎市は、県庁所在地の甲府市と、山や高原が広がる北杜(ほくと)市の中間に位置する。市街地の暮らしやすさと自然との距離の近さ、その両方をほどよく備えた町だ。ブドウ栽培が盛んな穂坂地区を中心にワイナリーが点在する一方、半導体関連をはじめとする工場も多い。

山梨県出身の土屋さんにとって、かつて韮崎は「通り過ぎるだけの町」だったという。その印象を変えたきっかけの一つが、2018年にリニューアルオープンした複合施設「アメリカヤ」だ。閉店後、15年間ほぼ手つかずだった5階建てのビルを再生した施設で、現在は韮崎のシンボルとして県外からも人を集めている。

アメリカヤが再生されるまでの経緯は、ジモコロでも以前詳しく紹介した

「アメリカヤができてから町に人が集まるようになり、カフェや古着屋、パフェ屋、パン屋など、小さなお店が少しずつ増えてきました。家族で移住してお店を始める人もいて、『韮崎に行きたい』と街そのものを目的に訪れる人も増えてきたように感じます」

韮崎はサッカーの強豪・韮崎高校や、元日本代表の中田英寿さんの出身地として知られてきた。しかし、土屋さんによれば、最近では「リノベーションが盛んな町」という印象も広がりつつあるという。

「昔は『韮崎といえばサッカーのヒデ』と言われることが多かったのですが、最近は『リノベした素敵なお店がたくさんある町ですよね』と言われるようになりました。ヒデからリノベに、ちょっとシフトチェンジした感じです」

新しく生まれた店は、それぞれが単独で人を呼ぶだけではない。店主同士が別の店を紹介し、訪れた人が街を巡ることで、互いに人を呼び合う流れが生まれている。

「YOMUも平日は県外からのお客さんが多いです。一軒の本屋だけで人を呼ぶのは大変だけれど、韮崎にはいろいろなお店がお互いに人を呼び合う流れがある。この街全体の盛り上がりがなければ、僕も本屋を始めていなかったと思います」

 

最初は本屋をやることにコンプレックスがあった

2025年6月にオープンした「YOMU」。かつて和菓子店だった3階建ての建物を活用し、1階に新刊書店とデザイン事務所を構えている。隣接するガレージはギャラリーとなっており、展示やポップアップイベントも行われている。

オープン当初に並んでいた本は約400冊。店頭でお客さんと会話し、手に取られる本や求められている本を確かめながら、1年以上かけて約2,000冊まで増やしてきた。

編集者・デザイナーとして本づくりにも携わってきた土屋さん。もともとは手狭になったデザイン事務所の移転先を探しており、約2年かけて出会ったのが、現在YOMUの入る物件だった。

「前の事務所は6畳ほどだったので、約200平方メートルある建物を事務所だけで使うのは持て余してしまうなと思って。近所の店主たちとも『韮崎は飲食店に比べて物販の店が少ないよね』『こんなお店があったらいいよね』と話していたんです。この街で自分にできることを考えたら、本屋しかないと思いました」

しかし、土屋さんには書店で働いた経験がなく、当初は「本屋を名乗ること」に気後れしていたという。開店直前まで、本を店の半分ほどに抑え、残りは雑貨を扱うことも考えていた。

「最初は、本屋をやったことがないのに本屋を始めることに、すごくコンプレックスがありました。でも、実際に店に立って、お客さんの反応を見たり、感想を聞いたりするなかで、手に取ってもらえる本をきちんと仕入れて並べられれば大丈夫なんだと思えるようになって。お客さんに店を育ててもらっている感覚があります」

編集者として培ってきた、さまざまな人やものを組み合わせる視点も、店づくりに生かされている。

 

YOMU土屋さんが教えてくれた、韮崎のおすすめスポット

PEI COFFEE

撮影:土屋誠

2026年5月に、YOMUの向かいへ移転オープンした「PEI COFFEE」。朝8時から営業しており、コーヒーのほか、ワッフルサンドや手づくりのスイーツも楽しめる。以前の店舗から100メートルほどの移転ながら店内は広くなり、本を片手にゆっくり過ごせる空間になった。

「YOMUで本を買って、そのままPEI COFFEEへ持っていき、コーヒーを飲みながら読むのもいいと思います。逆にPEI COFFEEに来た人が『向かいに本屋があるんだ』と、うちに立ち寄ってくれることもあって。本屋とカフェは、お互いに相性がいいんです」

PEI COFFEE
山梨県韮崎市中央町12-6
https://www.instagram.com/pei_coffee/

 

吉田のうどん さくら

韮崎市役所の近くにある「吉田のうどん さくら」。煮干しをたっぷり使っただしと、噛み応えのある麺を楽しめる。富士吉田市を中心に親しまれている山梨名物「吉田のうどん」を、韮崎で味わえる貴重なお店だ。

「僕が一番よく行く店で、週に1回は必ず食べたくなります。韮崎で吉田のうどんを食べられるのは、おそらくさくらだけ。県外から来た人を連れていくことも多いですね。山梨の名物を味わってもらえるので」

吉田のうどん さくら
山梨県韮崎市本町1丁目18-1
https://www.instagram.com/udon.sakura/

 

ウラクラ

2025年9月にオープンした「クラフト角打ち酒屋 URAKURA(ウラクラ)」。石田西洋菓子店の裏手にある、築100年以上の蔵を改修した酒屋だ。店主が選んだクラフトビールを中心に、ワインやウイスキー、地元のお酒などを販売。その場で飲むことも、気に入った一本をお土産に持ち帰ることもできる。

「クラフトビールをその場で飲めるし、お土産に買って帰るのもいいと思います。店主はプロレスと相撲が大好きで、場所中の午後、ウラクラへ行くといつも相撲のテレビ中継が流れているんです。相撲を眺めながらビールを飲むのも楽しいと思います」

クラフト角打ち酒屋 URAKURA
山梨県韮崎市本町2丁目10-8
https://www.instagram.com/kakuuchi_urakura/

 

YOMU土屋さんが選ぶ、おすすめ本3選

『はてしない物語』ミヒャエル・エンデ

10歳のバスチアンは本を読んでいた――ファンタージエン国は、正体不明の〈虚無〉におかされ滅亡寸前。その国を救うには、人間界から子どもを連れてくるほかない……。映画化された大長編ファンタジー。
(版元HPより)

「うちの一番推しは、この岩波書店のハードカバー版です。物語の中に出てくる“あかがね色”の本が、そのまま現実に現れたような装丁になっていて、本文も二色刷り。本を読むという行為と物語がリンクする、すごくいい読書体験ができます。

子どもが読めばファンタジーとして楽しめますが、大人になって読むと、〈虚無〉と戦う物語としてエンデのメッセージも感じられる。ぜひ、このハードカバーで読んでほしいです」

『はてしない物語』
ミヒャエル・エンデ/岩波書店

 

『マイ仏教』みうらじゅん

人生は苦。世の中は諸行無常。でも、「そこがいいんじゃない!」と唱えれば、きっと明るい未来が見えてくる。住職を夢見ていた仏像少年時代、青春という名の「荒行」、大人になって再燃した仏像ブーム。辛いときや苦しいとき、いつもそこには仏教があった。グッとくる仏像、煩悩まみれの自分と付き合う方法、地獄ブームと後ろメタファー、ご機嫌な菩薩行……。その意外な魅力や面白さを伝える、M・J(みうらじゅん)流仏教入門。

(版元HPより)

「何も条件をつけずにおすすめを聞かれたら、基本的に『マイ仏教』を挙げています。とにかく“みうら節”で書かれているから、まず面白さから仏教に入れるんですよね。堅苦しくないけれど、教えはちゃんと入ってくる。

僕は20代で読んですごく感銘を受けました。ここに書かれていることを実践しているだけだと思うくらい、自分の根っこにある本です。教えを自分の中の軸にしておくと、いろいろなことが解決できたり、少し楽になったりする。迷いの多い今の時代にこそ、読んでほしいですね」

『マイ仏教』
みうらじゅん/新潮社

 

『笛吹川』深沢七郎

生まれては殺される、その無慈悲な反復。

甲州武田家の盛衰と、農民一家の酸鼻な運命。

信玄の誕生から勝頼の死まで、武田家の盛衰とともに生きた、笛吹川沿いの農民一家六代にわたる物語。生まれては殺される、その無慈悲な反復を、説話と土俗的語りで鮮烈なイメージに昇華した文学史上の問題作。
(版元HPより)

「深沢七郎さんは山梨出身で、僕自身も笛吹川(ふえふきがわ)の近くで育ったので、馴染みのある土地が出てくるんです。

武田家が滅亡するまでの物語ではあるのですが、中心にいるのは戦に参加する農民たち。普通に暮らしているだけなのに、時代に翻弄されていくんです。人が生まれては殺される、その繰り返しや輪廻のようなものを描いた小説ですね」

『笛吹川』
深沢七郎/講談社

 

本を片手に、歩いて巡る韮崎

YOMUには店内で注文したドリンクとともに読書を楽しめるスペースも

車での移動が中心となる山梨では、店ごとに駐車場が用意されていることも多い。一方、韮崎駅周辺の小さな店には専用駐車場を持たないところもあり、車で訪れた人の多くは駅前の市営駐車場に車を置き、店から店へ歩いて巡る。土屋さんは、かつて不便だと考えられていたことが、街を楽しむきっかけになっていると話す。

「以前は、お店に駐車場がないことをみんなデメリットだと思っていたんです。でも、車を止めて歩いてみると、『せっかくだから、あの店にも行ってみよう』となる。最初はそれほど興味がなかった店にも、入ってみる人がいて。この辺りは、歩いてもらうことを前提にできている。それが韮崎の商店街のいいところだと思います」

韮崎を訪れたら、車を置き、本を片手に街を歩いてみてほしい。小さな店を一軒ずつ巡ることで、韮崎という街の輪郭が少しずつ見えてくるはずだ。

YOMU
山梨県韮崎市本町1-4-32
https://www.instagram.com/yomu_bookandtea/

構成:佐々木ののか
編集・撮影:友光だんご