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はたらく女性の深呼吸マガジン

イーアイデム

「結婚してアガリ」なんてない。手からこぼれていく仕事にしがみつくために、私が選択したこと

文とイラスト 水谷さるころさん

ふわふわとした結婚願望と30歳での結婚

私が結婚したのは30歳のときでした。

20歳からフリーランスのイラストレーター・グラフィックデザイナーをやっていた私は、仕事も暮らしも独りきり。そんな生活が続けば続くほど結婚がしたくてたまりませんでした。

誰かのために頑張ったり、誰かに頑張っていることを褒められたりしたい。人間らしい生活がしたい。と毎日願っていたのです。

そんな中、出会いがあり、私の希望通りに30歳で同い年の彼氏と結婚することができました。


私たちはいわゆるロスジェネ世代(1993年~2005年の就職氷河期に学校を卒業した人たち)で「専業主婦」なんて現実的ではなくて、みんな共働きが当たり前の世代だと思っていました。


ところが、フリーランスの私の仕事が結婚を機に、徐々に減っていきます。

30歳になって、職歴10年……新鮮味が薄れたかな?とか、企画を出していた会社が倒産したりとか、そういう話も少なくなかったので「不況だなあ、厳しいなあ」と思っていました。



しかし、それだけでない気になる出来事がいくつか起こります。

取引先からの支払いが遅れたり、ギャラの交渉の場で「まあ、結婚したからいいじゃないですか」と言われることがあったのです。

「結婚できたんだから、お金には困ってませんよね」ということです。

いやいやいや???

私が働かなかったらやっていけないですよ? 都内で大人ふたり暮らしていけないですよ?

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世間知らずの自分と世間の保守的な結婚観とのズレ

世の中的に結婚は「稼ぎのある男とするもの」という固定観念がある、そして説明しなければそう思われるのだ、ということに、そのときやっと気が付きました。

周りの友達は同業者や職種の近いフリーランスと結婚したりしていたのですが、私は普通の「お勤めの人」と結婚したのもあって、誤解をさらに拡大させていたようなのです。

更に言うと

「30歳ぴったりに、駆け込むように結婚した」

「盛大に結婚式をした」(親族との神前式の後、150人ほど呼んでパーティーをした)

ことも重なって「保守的な結婚」というイメージも大きく付いたようでした。

フリーランスがお勤めの人と結婚することで「身の保障を確保するための、後ろ向きの選択」だと思われてしまったのです。勝手に「しっかりもののあの人のことだから、かなり手堅い男を手に入れたに違いない」と思われ「競争から一抜けした」と受け取っていた人もいたと後からわかりました。

主に結婚している女性、働く妻を持つ男性は引き続き仕事をくれましたが、独身の仕事関係の人からは結婚した直後に「いいですね、もう好きな仕事だけ選んでやっていけますね」みたいなことも言われました。

もちろんそんなつもりはなかったので必死に否定したのですが、その人からもう仕事を頼まれることはありませんでした。


女が結婚した後も仕事をしていくためには、セルフブランディングをしていかないといけなかった。

就職したことのない私は世の中の女性の賃金が男性より低いことも、女性が年齢と共に働きにくくなることも全く知りませんでした。

無知だったゆえに、自分が小さいころから目指し10年やってきた「絵を描く仕事」は気が付いたら「主婦の趣味」に成り下がってしまったかのような感覚になりました。

もちろん、結婚をしたころに仕事が減ったのは自分が「その程度」と思われていた、というのもあります。代表作もヒット作もなく、たいした看板もない自分は「既婚者」の看板に負けたのです。

私の仕事は技術職・専門職ではありますが、資格職ではないので、人の紹介や、業界で名をあげたり評判になったりして仕事がくるケースが多いです。

盤石な仕事の基盤があって、人気も名声もあればもっと違っただろう……と悔しい思いもしました。

だからなおさら「自分は仕事をずっと続けていくのだ」ということを気をつけなければいけなかったのです。



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私の周りでも30歳で結婚して仕事を辞め、子育てが落ち着いてから復職したいと考えていても、なかなか難しい……という話を聞いたりしました。

「ずっと同じ場所で戦ってる」意識のある人たちは、一度その場所を放棄した人に対してとても冷たいように感じます。私は「働くのは当然」と思い過ぎていて「これからもずっと戦い続ける」というポーズをとり忘れていたのです。

離婚、そしてその体験から反省して選択した事実婚

そもそも自分自身の「無自覚かつ保守的な結婚観での立ち居振る舞い」があったことにも気が付き、深く深く反省しました。

私は毎日毎日夫のために食事を作り、仕事の付き合いで夜に出かけるときも、きっちり料理をしてから出ていました。

周りの既婚共働きの女性たちに「そんなことしなくていい」と言われていたのに、「結婚したのだから、家事はきちんとしなければ」と思い込んでいたんですよね。

見込みの甘さは仕事だけでなく、全てにおいて甘く、私はどんどん疲弊して、結局3年半で離婚をしてしまいました。



離婚をした後、ずっと働きたいなら結婚はあまりメリットがないのではと考えるようになりました。

それでも私が最初に結婚したかった理由である「家族を持って、自分以外の存在のために働きたい」「誰かと支え合いたい」という気持ちは変わらずありました。

36歳のときに新しくパートナーになろうという人に出会い、再婚を考えます。

でもまたうかつに「結婚」の枠にはまっていけば、仕事が手の中からポロポロとこぼれていってしまうのではないか。

仕事は、しがみつかなければ、どこかに消えていってしまう……。このときは前の失敗を踏まえて丹念に作戦を練りました。

まずは「結婚することを言わない」

離婚から3年での再婚が早いかどうかはわかりませんが、再婚することで「男に頼りたい女」というイメージが付くのを避けるために、公表はしませんでした。もちろん、結婚式も披露宴もなし。お互いバツイチ同士なこともあって式に対する未練も憧れもなく、身内と身近な友人にだけ報告してひっそりと同居をスタートさせました。

そしてなによりも大きい選択は「法律婚をしない」

事実婚という形を選択しました。

「事実婚」とただの「同居・同棲」がどう違うのかというのは結構説明が難しいのですが、「事実婚」は「籍を一緒にしてない以外は結婚しているのと同じ」状態を指します。

我々の場合は結婚式はなかったものの親同士の顔合わせもしましたし、住民票も一緒にして表記も「妻(未届)」で、自治体の行政の中では「結婚している世帯」として扱われています。



このおかげで初婚のときのようなことは誰からも言われず、ストレスなく仕事をすることができるようになった。と思っていました。

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妊娠・出産・育児という新たなハードルでのブランディング

しかし、妊娠・出産・育児が加わるとまた違ってきます。

私の仕事相手に、フリーランスの女性で「事実婚している夫の存在と子どもがいることを10年近く隠して仕事を続けていた」という方がいました。その気持ちも今なら充分理解できます。ですが、私にはそこまでの根性はないな……と思い、出産を機にパートナーがいること、子どもを産んだことを公表することにしました。


今度は、

「生後2ヵ月で認可保育園に入るためにまず認可外保育園に子どもを預けていること」

「パートナーと家事・育児をシェアしていること」

をTwitterやブログで積極的にアピールしました。

同時に「事実婚であること」「パートナーに扶養されていないこと」も全面的に打ち出していきました。

仕事相手から「いかに安心して仕事を発注してもらえるか」に細心の注意を払って生活しています。

そのおかげか「そんな小さい子どもを預けて働くなんて」「そんなに仕事にしがみつかなくても」みたいな意見は身内、知り合い、ネット等でもほぼ0。

「事実婚」をしているということで「めんどうくさい人」「やっかいなフェミニスト?」とは思われても、初婚のときによくあった「良き妻であれ」という保守的な結婚観の押し付けみたいなものが少ないほうが、私にとってはラクチンでした。



「結婚して、子どもができて、守ってくれる人もいて、もうイイ感じにアガリなのね」とか思われるより、全然いい!

本当に養われていないし、パートナーと二人三脚で生きていかないとやっていけないんです!



今は無事に認可保育園にも入れ、困らない程度に仕事の依頼が来ているし「よかった!」と思っているのですが、こんなに「ファイティングポーズ」を普段から取っていないとダメなんだな……という気持ちもあります。

結婚だって、妊娠・出産だって、浮かれて好きにみんなに話してもいいじゃなーい!

っていう気持ちもすごくあって、それが「マイナス」になるのは自分に実力がないから? そこまで人に求められてないから?と自分を責めてしまう日もあります。

でも「結婚のイメージ」は自分たちが育った環境とか世代とかの影響が大きいものなので、「そういう現状」とうまく付き合うことがまだまだ必要なんだろうな……と実感しています。



しかもこの先は、「年を取ったから」という理由でまた手から仕事がこぼれ落ちていくこととも戦っていくのだと思います。

そう思うときっと人生にはラクチンな「アガリ」なんかないんだろうと思うのです。

「ずっと働き続けたい」と思う限り「逃げず」「諦めず」、かといって「執着せず」「満足すること」も忘れず、常に気を抜かず戦い続けるしかないのかも。と思ってます。

全然スマートじゃないし、不安もいっぱいだけれど、こうやってなんとかやっていける。「前を向いて歩いている」状態が実は一番幸せなのかもしれないとも思っています。

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文とイラスト:水谷さるころ (id:salucoro)

水谷さるころ

1976年1月31日千葉県柏市生まれ。イラストレーター・マンガ家・グラフィックデザイナー。著作に『30日間世界一周!』(全3巻、イースト・プレス)、『35日間世界一周!!』(全5巻、イースト・プレス)、『世界ボンクラ2人旅! タイ・ベトナム』(前後編・全2巻、イースト・プレス)、『結婚さえできればいいと思っていたけど』(幻冬舎)がある。趣味の空手は弐段の腕前。

公式サイト:Salu-page