精神科医の井上智介さんは、毎月30社以上の企業を訪問する産業医としても活動されています。環境が変化するなか、仕事上で生まれるストレスや悩みにどのように向き合えばいいのでしょうか。
著書『1万人超を救ったメンタル産業医の職場の「しんどい」がスーッと消え去る大全』などを出版し、数多くの働く人の不安に向き合ってきた井上さんに、ストレスへの対処法やテレワーク下でのコミュニケーションのとり方まで、幅広く伺いました。
※取材はリモートで実施しました
テレワークによる不安や孤立感とどう向き合う?
井上智介さん(以下、井上) 正直に言えば、メリットを感じている人も多いのではないかと思います。これまで職場の上司や同僚との関係に悩んでいた人は特にですが、相手と物理的に離れられることをメリットだと感じる方もいるでしょうね。
その反面、いま言われたように、この春から新しい環境になった方や新入社員の方にとっては、必ずしもいいことばかりではないですね。オフィスに行く機会があまりないことで、業務上の連携のとりにくさを感じるという方もいますし、上司や先輩に相談・質問をするのにも気を使ってしまうという話もよくお聞きしますね。
それに、狭い家でひとりで仕事をするようになったことで、閉塞感や孤立感を覚える方もいらっしゃるようです。地方から都会に出てこられた方などは特に、近所に友達もまだ少なく、コロナの影響でなかなか実家に帰りづらい……という状況が重なって、精神的に苦しくなりやすいのではないかと思います。

井上 仕事の形態や会社のルールにもよりますが、もし家以外の場所でできる業務があるのであれば、カフェやコワーキングスペースなど、人が集まる場所を利用してみるというのもひとつです。
それから、意外と大事なのは環境音。環境音って、集中力を削ぐようなマイナスのイメージを持たれる方も多いと思いますが、外の音やオフィスの音が一切聞こえないと、それはそれで息苦しさを感じるものです。ですから、仕事の際はできるだけ部屋の窓を開けたりして外の音を取り入れ、気分が塞ぎがちにならないように工夫していただくといいですね。自分はひとりではなく、外とつながっているという感覚を忘れないでほしいですね。
井上 そうですね。所属感の減弱、と言ったりしますが、テレワークでは人や組織とのつながりを感じにくくなってしまいがちだと思います。本来は、所属感を補えるようなしくみを会社側が作ってくれるのが一番なのですが、自分の趣味などを手がかりにして、社外のコミュニティに所属してみるのもひとつの方法です。近所の友達に会ったり、オンライン上のコミュニティに所属してみる、というようなことですね。自分の好きなクリエイターのライブ配信や動画を見てみるのもいいかもしれません。
井上 直接的なやりとりはなくても、ファン同士のコミュニティを通じた横のつながりが生まれることもありますし、ライブ配信の場合はクリエイターからのリアクションも返ってくるので、双方向に近い感覚は得やすいのではないかと思います。仮にクリエイターやファンとのコミュニケーションがなくても、配信に集まる顔ぶれを見て「この人、この時間によく来てるな」と思うことで安心感が生まれることもありますから。いわゆる“推し”を作ることには、そういった効果もあります。
井上 1日の終わりに、5分でも10分でもいいので今日を振り返って、自分を褒めてみることを習慣にしてほしいです。最初は違和感を覚えるかもしれませんが、当たり前だと感じるようなことでもいちいち褒めてみてください。例えば時間通りに仕事を始められたとか、会議の予定をきちんと覚えていたとか、先方に断りの電話を入れた、というようなことでもいいです。偉いな、自分はよくやってるなと考えてみてください。
ネガティブなので自分を褒めるのが苦手だとおっしゃる方も多いのですが、そういう人は、ネガティブな気持ちを抱えやすいからこそ、その後どうやって気持ちを切り替えたかを評価してほしいです。例えば、嫌なことがあってイライラしたけれど、そのあとは気分よく仕事ができて偉かった……というように。イライラして周りに当たり散らす人なんてたくさんいますから、それを自分なりに解消できるのはすごいことなんですよ。ぜひ、そういったことを当たり前だと思わず、どんどん褒めてほしいですね。
テキストコミュニケーションは「即レスが基本」ではない
井上 そもそも、頭に浮かんだ疑問や不安をすぐにはっきりと言語化できる人って少ないんじゃないかと思うんです。言語化のためにはある程度の練習が必要ですから、モヤモヤを感じたらまずは一旦、散漫なままでもいいので、自分の思っていることを紙に書き出した方がいいですね。
書き出してみることで、自分は何を不安に感じていて何を確かめたいのかがはっきりしますし、無数にあるように思えていた悩みが、意外と多くなかったことに気づいたりもできます。その上で、整理した内容をメールやチャットで同僚に送るのであれば、すこし相談へのハードルが下がるのではないでしょうか。
井上 そういう方は、「質問する時間」を自分で設定してしまうのがいいですね。例えば「水曜日の16時になったら必ず質問の送信ボタンを押す」というように、自分でタイミングを決めて、その日までに溜まった分の悩みや疑問を上司・先輩に送るようにする。「この時間になったら必ず聞く」とルール化してしまうことで、相談や質問に対するハードルも徐々に下がっていくと思います。
もちろん、緊急度の高い質問はその都度するべきですが、そうではない悩みや疑問って、いま言われたように「相手も忙しいかもしれないから今度にしよう」みたいなことを考えてしまって結局聞けないまま、不安だけが大きくなりがちです。
でも、チャットやメールに相手がいつ反応するかって、結局相手が決めることなんですよ。それは自分ではなく相手の問題だと考えればいいですし、これは自分宛てのメッセージに関しても同じですが、いつ返信するかは本人が選ぶことができる。本当に急ぎの用件であればいつまでに回答してほしい、など伝えるはずなので、相手に対しても自分に対しても、「即レスが基本」と捉える必要はないと思います。
井上 そうなんですよ。さっき「疑問や不安をまずは書き出してみる」という話をしましたが、いざ文章にしてみると、自分にはどうしようもない問題で悩んでいることに気づくケースもあります。例えば、「この手土産を持っていって先方は満足するだろうか……」みたいな悩みって結局相手の捉え方しだいなので、一度持っていくと決めたなら、もうそれ以上自分にできることはない。だから考える必要もないんです、本来。
井上 気持ちは分かるのですが、手土産のチョイスに関係なく、相手の機嫌が悪かっただけという可能性もありますからね。もし、明らかに選び方に失敗したと自分が思う理由があるのであれば、それは次に生かせばいいだけですし。「やらなきゃいけないことはやった」というところで、まずは納得してほしいですね。
ただ、とはいえやっぱり人間ですから、悩んでしまうことももちろんあるはずです。人間の心には自分を守るためにいろんな機能がついているんですが、「合理化」もそのひとつ。つまり極端な話、手土産を渡した相手の反応が悪かったら、「何か虫の居所が悪かったんだな」とか「相手のセンスがよくないんだな」と思ってしまうのもアリなんですよ(笑)。
井上 もちろん、あらゆるケースに対して自分には責任がないと思ってしまうのは違いますが、自責しがちな人は、自分の失敗を100%受け止めてダメージを受けるのではなく、それを軽減させる方法を選んでもいいんです。「あなたのせいだ」と人に言うのは当然よくないですが、頭の中で考えるのは自由ですからね。
「自分のために会社を休めた」ことは成功体験になる
井上 普段とどう違うかに目を向けることが、自分のストレスに気づくポイントです。例えば、必要な睡眠時間ひとつとっても人それぞれ違いますから、一概に「○時間しか眠れないのはよくない」とは言いづらい。ただ、普段はよく眠れているのに、明日の仕事のことが不安で寝つけないとか、何度も起きてしまうというのは要注意ですね。
食事に関しても同じです。ストレスを感じていると食べものがあまり喉を通らなくなる、という人ももちろんいますが、反対に過食になる人も意外と多いんですよ。普段は食べないようなものがやたら食べたくて仕方なくなる、というような変化を感じたら、すこし注意してほしいです。
井上 「仲のいい友達が自分と同じような状況に立たされていたら、自分はなんて声をかけるだろう」と考えてみてほしいです。「もっと頑張りなよ」と言うことはないですよね。たぶん、「先輩に相談してみたら」とか「環境を変えてもいいんじゃない?」と言うと思うんですよ。他人であればそう言えるのに、自分に対しては「もっと頑張らないといけない」と感じてしまうのは、その人の「思考の癖」なのです。それを無理に直そうとしなくても、まずは「自分はこのように考えるんだ」と受け止めることが大切です。

働く上で直面するさまざまな不安への対処法を綴った井上さんの著書『職場の「しんどい」がスーッと消え去る大全』大和出版
井上 それと、疲れを感じたらひとつやってみてほしいのは、月曜でも金曜でもいいので、有給を取って休みを3連休にすることです。とても単純に聞こえるかもしれませんが、「有給を取ってまで自分のために休む時間を作った」という実感は、大きな成功体験につながります。
いまは定年退職の年齢も上がっていますし、人が人生の中で働く時間はどんどん延びています。そんな中、休まずにずっと働いていたら、いつか破綻して大きな問題が起こるはずです。それに比べたら、数日休んだり手を抜くなんて微々たることだと思ってほしいですね。がむしゃらに働くことよりも、自分のペースで働き続けること、低空飛行でも飛び続けることを意識した方がいいと思います。
私たちは「すでに」誰かに助けられて生きている
井上 まず前提として、自分のために自分でブレーキを踏むのはとても重要なことです。働いていると「限界を超えろ」みたいなことを言われることもあるかもしれませんが、限界って超えるためのハードルではなく、本当に超えちゃいけない一線なんですよ。
それでも周りに対してどこか気を使ってしまうという人は、かかりつけ医や産業医を頼るのもひとつの方法です。梅雨の時期などは特に、気圧による体調の変化を感じられる方も多いのですが、そういった症状は周りに理解されづらいこともあるので、医師の診断を受けたことを盾にして「休みます」と伝えるとすこし気楽かもしれませんし、自分を許す一つのきっかけにもなるのではないでしょうか。
井上 自分は周りに生かされている、という視点を持つことが大切です。何に対しても「自分自身で切り拓いていく」という意識でいると、自分の努力に対して結果が100%跳ね返ってくるとつい思ってしまう。でも本当は、僕たちはたくさんの人のおかげで生かされているんですよね。周りへの感謝の気持ちを常に持てとは言いませんが、そもそも自分は完璧ではなく、周りの助けによって毎日の生活が成り立っている、と考えることが大切ですね。
井上 うん、そうです。実際には、100点のうちの40点分くらいは人や環境に助けられている部分だと思うんです。ですから、手を抜いたり甘えたりすることはよくないことだと思うのではなく、実はもうすでに自分は周りに頼っているし助けられている、と考えた方がいい。そう考えると、自分の力でどうにもできないことは周りに甘えようかな、と前よりも気楽に思えるようになるのではないでしょうか。
取材・文:生湯葉シホ
編集:はてな編集部
仕事の「しんどい」気持ちを軽減させるためのヒント
お話を伺った方:井上智介(いのうえ・ともすけ)さん