暮らしを「モノ化」するのをやめてみる。はしかよこさんと考える「コロナ禍のウェルビーイング」

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新型コロナウイルスの影響により増大した「おうち時間」は、自炊に挑戦してみたり、部屋の整理整頓をしてみたり、これまで見逃しがちだった「生活」に改めて目を向ける契機にもなりました。しかし、在宅期間が長期化するにつれ、徐々に再び生活をおざなりにしてしまいがち、という人も多いのではないでしょうか。

生活共同体「TSUMUGI」の運営を行われているはしかよこさんは、一人旅で訪れたインドで宿屋の主人に「生活をサボるな!」と叱られたという稀有な経験の持ち主。昨年の春までは「ウェルビーイング」をテーマに世界一周を敢行し、現在は「食」を通じて生活を立て直す活動をされています。

今回はしさんには、ご自身が「ウェルビーイング」という概念と出会うまでの過程と、コロナ禍の都市に暮らす人たちが生活と向き合うために何が必要だと思われるか、お話を伺いました。

※取材はリモートで実施しました

インド人に叱られ、「ウェルビーイング」に出会うまで

はしさんは、ひとり旅で訪れたインドでの体験をきっかけにご自身の「生活」を見直しはじめたそうですね。あらためて当時のことをお聞きできますか。

はしかよこさん(以下、はし) インドに行ったのは、4年前の2016年のことです。当時はちょうど転職活動を終えたばかりで、次の仕事が始まるまでの期間にリフレッシュも兼ねてどこか海外に行きたいなと思っていて。旅好きな友人の薦めもあって訪れたのが、ヨガの聖地とも呼ばれる都市・リシケシュでした。そうしたら、そこで滞在していた宿屋の主人に「君は仕事はしているかもしれないけど、『生活』をしていない!」と衝撃的なことを言われまして……。

すごい言葉ですよね……。当時の暮らしぶりはどのような感じだったんですか?

はし それまでは都心のITベンチャーでWebエンジニアとして働いていて、確かに仕事中心の生活を送っていました。食事は基本的に外食で、家も帰って寝るための場所という感覚でしたし、それで特に疑問も抱いていなかった。だから、言われたことには引っかかりがありつつも、すぐにはピンとこなくて。

しかも日本に帰ると、やっぱり身体がどんどん東京モードになっていくので、以前と同じようにがんがん働くようになり……。新しい仕事はコミュニティマネージャー職だったんですが、せっかく身に付けたエンジニアとしてのスキルも手放したくなかったので、会社員と併行してフリーランスのエンジニアとしても働きはじめて。けっきょく半年くらいで体を壊して会社に行けなくなってしまったんです。

はしかよこさんインタビューカット1

インド人の方の言葉がはしさんに届くまでには少し時間がかかったんですね。身体を壊されてからはどうされたんですか?

はし 休職して時間もできたので、自分はどうしてこの仕事がしたかったんだろう? とあらためて考えてみたら、年収が上がるということが大きな理由だったんじゃないか、本当に自分のやりたいことではなかったんじゃないか、と疑念が湧いてきて。これは一度考え直そうと思い、かねてからの夢だった世界一周にいまチャレンジしてみてもいいのかな、と思ったんです。

その世界一周の旅のテーマとして掲げられたのが、「ウェルビーイング」だったそうですね。近年耳にするようになった言葉ではありますが、はしさんは「ウェルビーイング」をどのようなものとして捉えたんでしょうか。

はし 言葉自体を初めて見聞きしたのは2018年頃だったと思います。それまでは漠然と「生きづらさを減らしていくことをライフワークにできないだろうか」ということを考えていた記憶があります。いまの社会は、進学や就職、結婚といった世間の思う当たり前のルートのようなものから一度それてしまうと、それだけで生きづらさが強くなってしまうと感じていて。

なにかその生きづらさを打破できるような考え方に出会えないだろうかと思っていたときに知ったのが、ウェルビーイングという言葉でした。WHOの定義では「肉体的にも精神的にも社会的にも、すべてが満たされた状態」とされているんですが、ここで言う「満たされた状態」って自分がそう感じているかどうかが主軸なので、何か「正解」があるわけではなく、とても主体的な考え方だなと。

それでその言葉に惹かれるようになり、ただ観光するのではなく、ウェルビーイングをテーマにいろいろなライフスタイルの試着のような旅ができないかな、と思ったんです。

「生活」をしながら8時間働くなんて無理だった

「ライフスタイルの試着」、すごくユニークですね。実際にはどのような旅だったんですか?

はし 400日ほどをかけて、夫婦でタイから東南アジア、中東、ヨーロッパ、アフリカ大陸……と、かなりランダムにさまざまな国を訪れました。例えば、バリ島では朝起きたらまずサーフィンをするのに最適な波の時間を確認し、ごはんを食べたあとにすこしだけ仕事をして、たっぷり運動して眠る……というように自然のサイクルに合わせた生活を体験したり。

本当に憧れる生活です……。

はし でも、旅に出た最初の頃は結局仕事ばっかりしてたんですよ。自分でも薄々、これって仕事場が都心から海外のカフェになっただけじゃん、と思ってはいて(笑)。

暮らしと仕事のバランスが大きく変わったのは、2019年の夏、イスラエルに滞在していたときに起きたできごとがきっかけでした。持ってきたMacBookが急に壊れてしまって、現地で直そうとしたら最大2か月かかると言われたんです。そんなに待てない! と思って、急遽、一度日本に帰ることになりまして。

えっ、MacBookを直すためだけに?

はし そう、それだけのために帰るのちょっと癪じゃないですか(笑)。だから「どこか日本でおすすめの場所ありませんか」ってTwitterで聞いたら、「鹿児島県の喜界島はどうですか」ってメッセージをくださった女性がいたんです。その方は実家が喜界島だそうで、「両親が長期旅行でしばらく家を空けているから、飼っている犬と猫の面倒を見てくれるなら代わりに住んでいただいていいですよ」と言ってくださって。ぜひ住みたいですとお返事して、喜界島での暮らしが始まったんです。

喜界島の風景写真
地元の方と仕掛けた網を取りに行ったときの様子

自然豊かな島なので、海に魚を釣りに行ったり貝を獲りに行ったり、名産品であるゴマの農家さんに会いに行ったり……といろいろな体験をしました。私は東京育ちで、いままで一次生産の現場に触れたことがほとんどなかったので、とても新鮮で。

それで毎日朝起きて散歩に行き、ごはんをつくって仕事をして、という暮らしをしはじめたら、本当にあっという間に日が暮れちゃったんですよね。そのとき初めて、きちんと「生活」を送ろうと思ったら、1日8時間なんて到底働けるはずがないって気づいたんです。

確かに言われてみると、運動して家事もして8時間以上働く、なんてめちゃくちゃ大変ですよね。

はし そうなんですよ。じゃあ私はどうして東京であんなに働けてたんだろう? と考えたときに、自分がお金を使っていろいろなものをスキップしていたことに初めて思い至ったんです。外食すればごはんが一瞬で食べられると思っていたけれど、それって全然当たり前のことじゃなくて、自分で一からやろうとしたらこんなに時間がかかることなんだと。

同時に思い出したのが、あのインドの宿屋の主人の言葉でした。なるほど、確かに私はそれまで「生活」をしていなかったなと。彼は「住まいを綺麗に保つこともごはんをつくることも、ひとつひとつがマインドフルであることが大切なんだ」とも言っていたんですが、それってつまり外食するにしてもコンビニでごはんを買うにしても、ひとつひとつの行為の背景にあるプロセスにどれだけ自覚的でいられるかが大切だ、という意味だったのかなと思ったんです。

それからは世界一周を再開してからも、キッチンのついている部屋を借りて自炊してみたり、地元の方が行く市場に足を運んでみたり、とにかく生活の背景にあるプロセスをいかに実感するか、というところに意識を向けて過ごしました

「食」を通じてウェルビーイングを探求する

いまはまた東京で生活されているとのことですが、はしさんのなかで生活への向き合い方はどう変わりましたか?

はし 去年の3月に帰国して、変わらず生活と向き合っていきたいと思いつつ、東京にいると慌ただしい毎日に逆戻りしてしまうようなところもあり……。それで「TSUMUGI」というコミュニティを価値観の合う仲間と一緒にスタートしました。

もともと「食養生」を実践しつつ、環境や社会との関わりを考える料理教室を主催していた友達がいるんですが、彼女に声をかけてもらったのがきっかけで。暮らしを大切にして、自分なりの形で循環型の経済を体験するというのをテーマに掲げています。

具体的にはどんな活動をされているんですか?

はし 「TSUMUGI」に参加してくださっているメンバーは基本的に関東圏内の方なんですが、自分のように都市で暮らして働いている人があまり無理をしなくても日々の生活の背景にあるプロセスを体感できる場にしたいな、と思っていて。

去年の10月にプレオープンしたばかりで、まだまだ途上ではあるんですが、自然環境に配慮した農家の方と共同で畑をつくり、取れた野菜をみんなでシェアしたり、生産者さんをゲストに招き、生産や循環について学ぶ座談会を開いたり。主に「食」を軸にした活動をしています。

TSUMUGIの活動時の写真1

TSUMUGIの活動時の写真2

どうして「食」にフォーカスされたんですか?

はし ごはんって毎日食べるものなので、食と向き合うことが生活の背景にあるプロセスを自覚すること、ひいては自分たちにとってのウェルビーイングにつながる、と思ったんですよね。

自分が生産者側に回ってみる、参画してみるというテーマで活動の幅も今後広げていく予定です。4月からは、これまでの畑に加えて、千葉の田んぼで米作り、はちみつやハーブを都内でつくる試みも始まります。コミュニティで食べ物を「共給共足」していけたらと考えています。ちなみにコンポストって知っていますか?

ちょっと分からないです……。

はし 家庭で出た生ごみを堆肥に変える仕組みのことなんですけど、そこに毎日出た生ごみを入れておくと、微生物の力でごみがどんどん分解されていくんです。何がいいかというと、自然と毎日の食事を振り返る習慣ができること。「あ、最近お肉ばかり食べすぎているな」とか、「今日は野菜をいっぱい食べられたな」とか。しかも、私たちの場合は畑があるので、できあがった堆肥を使うことでまさに循環を体験できます。

コンポストの写真
コンポストに生ごみを捨てるときの様子

都市で暮らしているとなかなか食の循環や流通を実感できる機会がないと思うのですが、そうしたことを知り、しかも自分が生産にも関わっていくというのは、私にとってウェルビーイングでいるためにすごく大切だと感じます。

ただ一方で、時間や心身に余裕がないときに背景に目を向けることが難しいというジレンマもあります……。はしさんは、目先の手軽さに惹かれてしまうようなことはありませんか?

はし あ、それはありますね。本当は自炊がしたいのに忙しさに負けて唐揚げ弁当を買っちゃったりもしますし……。だから、食事や家事のアウトソーシングを全部やめて丁寧な暮らしをしようと言いたいわけでは全然ないというか。限られた時間のなかで毎回毎回よい選択をできるわけでもないですし、理想を徹底していくと、何をするにも罪悪感が生まれてしまうので、結果的にウェルビーイングとは離れてしまう。

最近いいなと思ったのは、すこし前に読んだ本のなかにあった「学びはいろいろなものを肯定的におもしろがれるようになるためにすることであって、生き方に否定的になるわけではない」という記述です。だから最近は、まずは自分のなかに選択肢が生まれたことを前向きに捉えつつ、できれば自分にも他者にとっても無理がない選択がしていけたらいいなと考えるようにしています。

自分なりのウェルビーイングを見つけるためには

ウェルビーイングというのは丁寧に暮らすことそのものというよりも、その人にとってよい暮らしのバランスを考える、というニュアンスが近いと思います。コロナ禍をきっかけに生活を見直しはじめたという方も多いと思うのですが、自粛期間があまりにも長くなり過ぎて、暮らしに向き合う余裕がなくなってきたという声もよく聞きます。

はし 本当にそうなってしまいますよね。日本の都市部の部屋ってすごく狭いし、おそらくひとりで24時間過ごすことを想定せずにみなさん借りられてるじゃないですか。そんななかで閉じこもって生活も仕事もしろだなんていまの状況、ストレスが溜まらないわけないと思います……。なかにはさまざまな事情で、家がまったく憩いの場ではないという方もいると思いますし。

私の場合は「TSUMUGI」があることもそうだし、いま夫と友達と3人暮らしをしていることもあって、ひとりじゃないことにすごく救われました。だから、家族でも友達でもご近所さんでもなんでもいいと思うんですが、まずはストレスをシェアできる関係性があることがすごく大事なんじゃないかなと。

そうですね。固定化された環境によるストレスを溜め込んでしまうとつらいですよね……。

はし 私も勉強して知ったことなんですが、人との関係性というのはやっぱりウェルビーイングに非常に関係しているそうなんです。どれだけ金銭的に豊かでも、人とのつながりを感じられない状態だとウェルビーイングを実感できなくなってしまう。私の場合は食がテーマでしたが、そうではない趣味を通じてでもいいですし、誰かとコミュニケーションをとることができるサードプレイスのような場所があると良いのかもしれませんよね。

はしかよこさんインタビューカット2

はしさんの場合は、とりわけ「食」を見直すことがウェルビーイングにつながっているかと思うのですが、各々が自分にとってのウェルビーイングを知るためにはまずなにをすればいいんでしょうか。

はし ひとつおすすめかもしれないのは、自分がどんな時間を心地よく感じたかを日記のような形で詳細に記録しておくという方法です。たとえば、「人と会って楽しかった」だけではなく、「人と会っているときは楽しいけれど、帰ってくるとどっと疲れてしまった」ということを書いておいたり、「BGMにこういう音楽がかかっていて心地よかった」とメモしておいたり。

記録をつけてあとから振り返ってみると、自分なりのウェルビーイングがすこしずつ分かってくるんじゃないかと思います。あとすごく単純なことですが、私は最近、夜寝る前に「きょう感じたよかったこと」を思い出すようにしています。

それはどうしてですか?

はし 自分のなかで「これさえ叶えられていれば満たされている」と思えるラインがどこなのかを自覚しておくことが大切なのかなと思うんです。やっぱり、自分がある程度満たされていると実感できないと、人に分け与えることも関係性をつくることもできなくなってしまうと思うんですよね。だから、自分の持ちものを見直してあらためて味わうっていうことはしてみるといいかもしれません。

確かにそうですね。私の場合、コロナによって家にいる時間が増えたばかりの頃は自炊をしたり家を整えたりが楽しかったのですが、正直もう暮らしを楽しもうと思うモチベーションが下がってきてしまっているので、継続的に記録するのが大切だと感じました。

はし そういう方は多いんじゃないかなと思います。考えてみれば当たり前なんですけど、人間ってずっと持ち続けているものに対しては幸福度が下がってしまうらしいんですね。例えば、新しい洋服を買ってもしばらくすると飽きてきちゃったりとかするじゃないですか。

そう考えると、暮らしをモノ化しないのが大事なのかなというか。いわゆる「丁寧な暮らし」みたいなものも、そういうものとして消費してしまったり、「丁寧な暮らしを持っている自分」に視線が向くと長続きしないと思うんですよね。それよりも日々点検して、「いまここ」に目を向けられるやり方や習慣を発見していけると、同じ「生活」でもメリハリがついて楽しんでいける気がします。

はしかよこさん家族写真

取材・文:生湯葉シホ (@chiffon_06
編集:はてな編集部

お話を伺った方:はしかよこさん

はしかよこさんのプロフィール写真

株式会社TSUMUGI取締役 / Capital Art Collective「MIKKE」。
1988年、東京生まれ。循環型経済・ポスト資本主義・東洋発のウェルビーイングなどをテーマにCapital Art Collective「MIKKE」として活動。2020年より「Well-Being starts from the table / 食卓から、善い暮らしを。」をコンセプトとする生活共同体「TSUMUGI」の立ち上げに参画し、コミュニティマネージャーとして活動。現在、「食と暮らしの試着室」を葉山につくるためのクラウドファンディングを実施中。

Twitter:@kayoko_coco

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