うさぎ帝国の「よさ」が分からず悩んだ私が、ある決意をするまでの話|endo

うさぎ帝国

『うさぎ帝国』の住民たち。左が「ていこくみん」、右が「たれみみ」。

はじめまして。endoと申します。イラストレーターです。ゆるい動物のイラストが得意です。代表作は、LINEスタンプ『うさぎ帝国』です。イベントに出たり、グッズを作ったり、オリジナルのテーマ曲やアニメを作ったり、いろいろと活動しています。

……さて、なんてことのない自己紹介をしました。しかし、こんな平凡な自己紹介を自然とできるようになるまでに、実はおよそ2年の時間がかかりました。

その間、私はずっと悩んでいました。自分が一体何者なのか分からず、イラストレーターだなんて名乗ることはおろか、うさぎ帝国の作者だということにすら強い違和感を覚えていたのです。

うさぎ帝国って、何が面白いんですか?

この悩みを持つきっかけとなったのは、2017年5月のこと。うさぎ帝国として初めて出展したイベントで出会った、Tさん(仮名)の何気ない一言でした。

Tさんは某有名企業の方で、イベントで名刺をいただき、後日直接お話をする機会がありました。Tさんは穏やかな方でしたが、率直な質問をひたすら私にぶつけてきました。うさぎ帝国はどんな経緯で生まれたのか、どんな想いを込めて、何のために描いているのか。次々に繰り出される質問の数々にどぎまぎしながらも、何とか頭をフル回転させて一生懸命に答えました。

喫茶店で2時間ほど話し込んだ帰り道の途中、Tさんはにこにこしながら、最後の質問を投げかけました。「うさぎ帝国って、何が面白いんですか?」

私は、答えられませんでした。

この質問は、決していじわるなものではありません。このキャラクターのどこに魅力があるのか、作者はどう分析しているのか。そういった意図だと感じました。

しかし、私はその意図を汲んだ上で、答えられませんでした。あまりにも言葉が出てこなくて、「ほら、LINEスタンプって白いキャラが人気じゃないですか」などとまったく中身のないことを口走り、「いや、そういうことじゃなくて」とTさんに笑われてしまいました。

結局そのときは「考えてみます」とだけ答えて別れました。その後、Tさんとお会いすることはありませんでしたが、頭の中では、最後の質問がぐるぐると回り続けていました。

「うさぎ帝国って、何が面白いんですか?」

分からない。もしかして、実は何も面白くないのでは? 運がよかっただけで、この状況は一過性のものなのでは? ……考えれば考えるほど、不安な気持ちが膨らんでいきました。

うさぎ帝国は“徹夜のノリ”でできた

そもそもうさぎ帝国は、決してドラマチックに誕生したわけではありません。

2014年10月、大学を中退し再入学した専門学校での課題に徹夜で取り組んでいたときのことです。課題に飽きて集中力が切れていた私は、ふとLINEのクリエイターズスタンプのことを思い出しました。誰でも自由に制作・販売ができるというもので、当時はまだサービスが開始されたばかりでした。

周囲で話題になっていたこともあり、私も何か描いてみようかな……と、課題そっちのけで一晩で完成させたのが、最初の「うさぎ帝国」でした。

言うなれば“徹夜のノリ”で描いたようなもので、コンセプトもテーマもありません。うさぎというモチーフも、私が描き慣れているという理由だけで選んだもの。意識したことといえば、自分が使いやすいものにする、ということくらいでした。

store.line.me

審査を通過しLINE STOREでの販売が可能になったという連絡がきたときには、すでに専門学校を卒業し就職しており、うさぎ帝国を描いたことすら忘れていました(この頃は審査に時間がかかっていました)

お小遣い稼ぎ程度になればいいか、と気軽な気持ちでリリースさせると、ほぼノンプロモーションにもかかわらず売れていき、当時のLINE STOREの売上ランキングトップ10にランクインしたのです。慌てて続編もリリースし、生活費でカツカツだった私の口座には、新卒の会社員には考えられない額のお金が振り込まれるようになりました。

store.line.me

一体どこからうさぎ帝国が広まっていったのか、これは未だに不思議です。状況への理解が追いつかない一方で、周囲でうさぎ帝国を話題にしている人が誰もいなかったこともあり、私は意外とその様子を静観していました。誰からも何も言われないけれど、売上は確実に振り込まれる。日常とのギャップがあり過ぎて実感が湧きませんでした。

そこでユーザーの生の声を聞きたいと思い、Twitterでエゴサーチをしてみると、予想よりずっと多くのツイートがヒットしました。トーク画面のスクリーンショットもあり、実際にスタンプが使われている様子を見ることができました。

その瞬間、それまで実感できていなかった「自分の制作物を認められる喜び」が、蕾が花開くように、胸の内側から体じゅうにぶわっと広がりました。くすぐったいような、気恥ずかしいような、今までに経験したことのない感情でした。

イラストレーターではなく、デザイナーになるはずだった

しかし、エゴサーチによって獲得した感動は、1週間もすれば薄れていってしまいました。

なぜなら当時の私は、イラストレーターではなく、グラフィックデザイナーを目指していたからです。いつか独立して自分のデザイン会社を立ち上げるのだと心に決めていたのです。

イラストよりもデザインで評価されたい。今考えると慢心ですが、そんなふうに思っていました。エゴサーチ後開設したうさぎ帝国のTwitterのフォロワーも徐々に増えていき、投稿するイラストのお気に入り(現在のいいね)やリツイート数が伸びていくのをほくそ笑む一方で、やはりどこか他人事のように感じていました。

また同時期に、転職先で受けたハラスメントによって心身の調子を崩し、ほんの数カ月で逃げるように退社をしてしまいました。新しい就職先も探せず、完全に社会からドロップアウトしてしまったのです。

デザイナーどころか、普通の社会人として過ごすこともできなくなってしまった。絶望した私の胸には、ぽっかりと大きな穴が空き、そこから大切なものがボロボロこぼれおちていくような感覚でした。

部屋に引きこもって死ぬことばかり考える日々の中で、私の生活を支えてくれたのはLINEスタンプの収入でした。そしてTwitterの中では、フォロワーの皆さんが、変わらずイラストにリアクションしたり、褒めたりしてくれていました。

だから、Twitterの更新だけは頑張って続けていました。はっきり言って依存していましたが、唯一の居場所であり、心のオアシスだったのです。あのとき私を、優しくあたたかく肯定してくれた皆さんは、本当に命の恩人です。

仕事は来る、しかし気持ちが追いつかない

ネットを中心に活動していくうちに、少しずつメンタルも回復していきました。そして、広告案件の依頼とTさんと出会ったイベントへの出展を皮切りに、2017年ごろから活動の幅がどんどん広がっていきました。

グッズ販売やイラスト制作などのお仕事をいただけるようになり、急に忙しくなりました。ロクな社会経験もなかったため仕事の進め方も分からず、初めてのことばかりで大変でしたが、充実した日々でした。

しかし、それでもなお現状を素直に認められず、もやもやした気持ちがずっとつきまとっていました。お仕事をいただくようになったことで、新たな疑問が芽生えてしまったのです。

美大を出ているわけでも、しっかりと絵の基礎を築いているわけでもない。こんな落書きのようなイラストしか描けないのに、お金をもらっていいのだろうか?

「自分の絵は子供のようにかわいい」という、よく聞く絵描きたちの気持ちにも共感できない。私が愛着を持ち始める前にあっという間に売れてしまい、キャラクターの方からするりと私の手を離れていったような感覚だったため、自分のキャラクターという気がしない。

しかしこんな考え方は、お仕事のご依頼をくださる方々、そして何より応援してくださる方々に対して、たいへん失礼だということも自覚していました。だから誰にも言えず、表向きは楽しそうに活動をしていた(つもりだった)反面、葛藤と戦い続ける日々でした。

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当たり前ですが、自分が描いたイラストにお金を払ってもらえるなんて、とんでもないことです。これほど恵まれた環境などあっていいものかというほどに、私は恵まれていました。しかし、どれだけお仕事をしても、Twitterで褒められても、イベントで集客ができても、私の胸に空いた穴が埋まることはありませんでした。

現状を素直に受け入れられなかったのは、かつて自分が思い描いた社会人像からあまりにかけ離れている、というのが大きな理由のひとつでした。

私の中では「LINEスタンプで人気が出た、イラストレーターとして仕事ができた」という事実よりも、「デザイナーになれなかった」という事実の方が、圧倒的に重くのしかかっていたのです。

大学を中退してデザインの道を選んだのは、当時の私にとって、非常に大きな決断でした。その道が途絶えているという現状に、とてつもない劣等感を覚えていました。

脳内には「うさぎ帝国って、何が面白いんですか?」というTさんの言葉がリフレインしていました。しかし、依然として答えが出せない私を置き去りにするかのように、うさぎ帝国はどんどん広まっていきます。

自分の気持ちと客観的状況との乖離から「これは過大評価ではないか」と不安になり、いつかやってくる「終わり」に対して恐怖を抱くようになりました。

うさぎ帝国、実はすごい?

いろんな気持ちがごちゃごちゃになって、忙しくも苦しい日々が続きました。しかし、それでも活動を続けていくと、本当に少しずつではありますが、気持ちに変化が訪れるようになりました。

きっかけのひとつは、うさぎ帝国を知っている・LINEスタンプを使っている人と出会う機会が増えたことです。最初は「知ってくれているなんてラッキーだなあ」という気持ちでしたが、あまりにみんなが知っているものですから、段々と「うさぎ帝国、実はけっこうすごいのでは?」と思い始めるようになりました。

そして、転機が訪れました。2018年11月に出展したアートイベント『デザインフェスタ』での出来事です。出展するのは3回目でした。前回、前々回の反省を踏まえて、できるだけ多くの方々に平等に満足してもらうにはどうしたらいいか考え、自分なりに工夫をして当日に挑みました。

結果として、行列もでき在庫もほぼ完売、大盛況で大成功!……と言いたいところでしたが、実際はそうもいきませんでした。盛況ではあったものの、予想以上の状況に対応が追いつかない点もありました。

しかし、それにはさまざまな理由があったため、アンケートを実施しその結果を公開すると共に、当日の状況について説明をする機会をつくりました。これには、出展者側と来場者側の認識のずれを減らし、今後も一緒にイベントを楽しんでいきたいという意図もありました。

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正直、アンケートには批判の声が集まるのではないかと思っていました。しかし蓋を開けてみると、たくさんの温かいコメントが溢れていたのです。こんなにも多くの人が真剣に、うさぎ帝国と向き合ってくれている事実に驚き、心を揺さぶられました。皆はこんなに真剣だ。では、作者である私はどうなのか? 本当に正面から、まっすぐにキャラクターに向き合えているのか? 自分自身に問いかけずにはいられませんでした。

また同時期に、ある先輩イラストレーターから「応援してくれる人たちに対してもっとも失礼なことは、衰退していくことだ」という言葉をかけられました。言われた瞬間は、まるで見透かされているようで思わずどきっとしてしまいました。

私は「いつ終わりが来るのか」を恐れていたつもりだったけれど、実際はそれほどリアルに考えていなかった、ということに気付かされました。キャラクターの走る速度に追いつけない立場に甘んじていたまま言い訳を重ねて、何も変わろうとしていなかったのです。

私に足りなかったものは「うさぎ帝国を描き続けていく」という覚悟なんだと思いました。どこかうやむやにしたままでも許してくれるだろう。そんな状態でもなんとなく続いていくのだろうと思っていました。しかし、それでは駄目なのです。このままでは確実に、うさぎ帝国は衰退し、これまで応援してくれた人たちの気持ちを無駄にしてしまうことになります。

アンケートに集まった温かいコメントと、先輩イラストレーターに言われた言葉が、ずっしりと腹の底に沈み込んでいくのを感じました。

そうか、私は、変わらなければいけないんだ。

それから現状に向き合うべく、少しずつ自分の中のさまざまな気持ちや理想像に向き合い、ひとつずつ解決していきました。

深く内省していく中で気付いたことは、かつて思い描いた理想の自己像に囚われ、自分の首を締め続けていたのは、紛れもない自分自身だったということでした。現状から目を逸らし、幻想のような未来にしがみついていたのです。

誰かが価値があると判断したのなら、私のイラストにだって価値があるはず。れっきとしたイラストレーターだと名乗ってもいいはずだ、そう思い始めました。

今の状況を自分の一部として受け入れた上で、次のステップへと進むために、私は前を向き始めました。

これからのこと

「うさぎ帝国って、何が面白いんですか?」の答えは、まだ出ていません。でも、無理に出す必要はないと今は思っています。

LINEスタンプ発のキャラクターは、おそらく従来のそれに比べて少し特殊です。ユーザーはキャラクターに自分を重ね合わせ、アバターのように使用します。そしてトークの中で各々が好きな使い方をして、その回数を重ねるほどにキャラクターへの愛着が湧いていきます。

これは持論ですが、LINEスタンプのキャラクターとして大切なのは、確固たるキャラクター性よりも、ユーザーが入り込める「隙」なのではと考えています。キャラクターがあまりにも立ち過ぎていると、ユーザーを置いてけぼりにする可能性があります。ユーザーとキャラクターとの境界線をできるだけ薄めるには、ある程度の隙、つまり「決め過ぎないこと」が重要なのではないかと思います。

よって、うさぎ帝国の面白さは、その時々にユーザーが自分と重ね合わせながら、それぞれ決めてくれればいいと今は考えています。

ただし、5年後、10年後にはどうなっているか分かりません。そのことを考えると、少し焦ります。「うさぎ帝国って何だっけ?」「ああ、あのLINEスタンプだったやつね」などと言われる未来だけはなんとかして避けたいのです。

そのために大切なのは、とにかく作者である私自身が活動を続けることだと思っています。ひとつの目標としては、うさぎ帝国という肩書きがなくても興味を持ってもらえるような人間になることです。

イラストレーターとしての現状を受け入れたことにより、自分が持っている余白、今後残されている可能性についても、少しずつ考えられるようになってきました。まだまだ、やれることは山ほどあるはずです。

これまで私はうさぎ帝国の影に隠れて、外は危ないところだと決めつけ、じめじめした暗い部屋に引きこもっていました。しかし、待っていても誰も迎えに来てはくれません。自分が今どこにいるのかすら分からないし、次に行くべき場所も見つけられないままです。でも思い切って外に出れば、世界を狭めていたのは他でもない自分自身なのだと気付きます。

ここに表明します。私は死ぬまでうさぎ帝国を描き続けます。そして人生のエンドロールに、うさぎ帝国を堂々と掲げます。

そのために今できることを精一杯やっていきます。つんのめって転んだり、思わずしゃがみこんだり、じめじめした部屋に逃げ帰ったりすることもあるでしょう。そしてまた外に出て、空の青さに改めて感動して。そんなことを繰り返しながら、少しずつ、生きていきたいと思っています。

こう思えるまで、私はあっちこっち寄り道をしながら、約2年もの月日を費やしてしまいました。でも無駄だとは思いません。それが私にとって必要な時間だった、ただそれだけです。

著者:endo

endo

ゆるいお絵かきが得意なイラストレーター。オリジナルキャラクター『うさぎ帝国』では、数多くの企業やブランドとコラボしたLINEスタンプを制作。その他、個展、グッズ展開、イベント出展、オリジナルアニメ制作、テーマ曲制作などマルチに活動中。また作者個人の活動として、執筆やラジオ番組の配信なども行なっている。
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次回の更新は、2019年4月24日(水)の予定です。

編集/はてな編集部